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 午前中の授業はアルフィス殿下とリディア様のことで頭がいっぱいで授業の内容が頭に入ってこなかった。


 覚悟はしていても、やはり予期せぬ展開が待っているのかもしれないと思うと、心が揺れる。


 この場合……やはりシミュレーションした方がいい。


 モヤモヤした気持ちのままでいるよりも、あらゆる可能性を考えて心づもりをしようと決め、授業そっちのけで私は今日にも訪れるかもしれないアルフィス殿下との別れを覚悟した。






 昨日、アルフィス殿下とリディア様が放課後二人きりで会っていたことが間違いないとしたら、何故、二人は二人きりで会っていたのか。

 以前から恋仲だった可能性もあるし、昨日、出会って恋に落ちた可能性もある。

 以前から恋仲だとしたら……もうこれはどうすることもできないし、ただ今後の成り行きに身を任せるしかない。全く二人の関係に気付かなかったことに悲しい気持ちはあるけど仕方がない。私という存在がいたせいで二人の方が苦しい思いをしていただろう。


 出会った瞬間、恋に落ちた場合なら、入学したばかりのリディア様とアルフィス殿下が親密になり、誰もいない音楽室で二人きりになる。


 普通なら考えられないこと。


 でも、リディア様はアルフィス殿下の【運命の相手】なのだ。

 一目で恋に落ちることだって無きにしもあらず……だ。


 昨日、私と別れてからリディア様とどんな出会いがあったのだろう。

 それは、考えても分からないけれど、アルフィス殿下はリディア様に運命を感じたのだろう。

 だからこそ、未婚の令嬢と個室に二人きりになるという、普段のアルフィス殿下では考えられないような行動を取ったに違いない。


 運命の相手とは何と恐ろしく、無敵な存在なのだろうと、私は背筋がゾッとした。


 私という婚約者があっても、今まで皆無だった恋心を出会った一瞬で燃え上がらせ、非難されても仕方がない行動に移させる。


 ――私なんかが絶対に敵わない相手なのだ。


 逆立ちしようが、苛めようが、縋ろうが、何をしても勝てない相手。


 いくらなんでも話が飛躍すぎとか、進行が早すぎるとも思えるが、他にアルフィス殿下とリディア様が二人きりになる理由が思い当たらない。


 ただ相談にのっていた……って、どちらが相談し、される方かは分からないけど、どちらにしても初対面の相手に相談する?しかも、個室で二人きりで?ないない、絶対にない。あのアルフィス殿下が、一令嬢と二人きりになって噂の種を自ら撒くような真似絶対にしない。

 たとえ、リディア様があの手この手でアルフィス殿下と二人きりになろうとしても、アルフィス殿下がその気(・ ・ ・)にならなければ二人きりにはなれない。


 なら、アルフィス殿下はその気(・ ・ ・)になった……ということになり、お二人の恋は始まってしまったと考えていいだろう。

 そして、リディア様は運命の相手が王太子殿下で、すでに私という婚約者がいることに涙した――と。


 昨日の目撃情報の詳細は概ねそれで間違いないとして、今後どのような展開になるのかが問題だ。


 二人が周囲に気付かれないまま、愛を育む場合。

 これは、漫画のストーリーどおりなので、私は静観すべきだろう。

 来るべき時が来れば、私は自動的に捨てられるだけだ。


 ふうっ。


 いかんいかん、想像しただけでため息が……


 想像だけでも結構ヘコむ。

 でも、それは覚悟の上で婚約したのだ。我慢我慢。


 もし、展開が一気に進む場合……そういう時は私はどうすればいいんだろう?


 今日や明日にでも、アルフィス殿下から「ティフォンヌ、すまない。君より愛する人ができてしまったんだ。悪いが婚約は破棄してくれ」って言われるかもしれない。

 昨日まであんなに私に優しかったアルフィス殿下が、たった一日でそこまで豹変した場合――


「わかりましたわ、アルフィス殿下。私は身を引きます」と言って、試合放棄するか、「そんなこと認められません!私は絶対に婚約破棄なんてしません!」と言って、試合続行するか。


 うーん、悩む。


 本音を言えば、傷が浅い内に試合放棄したい。


 でも、それじゃあ駄目なんだろうなぁってことは分かる。

 いくら何でも、あっさりとそんなことを許したら、アルフィス殿下もリディア様も私も世間の笑い者になる。


 しかし、嫉妬にかられた女を演じるのは嫌だし……


 前世だったら、こんな時、私は「え~そうなんだ!〇〇さん、すごくいい子だもんね。全然気にしないで。お幸せに!」って、全く傷付いてませんよ、みたいな態度を取るんだろうな~


 はぁ、それはそれで情けない……


 まあ、今は公爵令嬢・正式な婚約者という立場なのだから、それを考慮して、取り乱さずできる女を演じてみよか。


「落ち着いてくださいませ、アルフィス殿下。リディア様という方がどのような方かよく存じ上げませんが、いきなり婚約破棄というのはあまりにも乱暴なお話です。どうか、一度冷静になってくださいませ。私もこれまで以上に殿下にふさわしい妃になるよう努力いたしますので」



 うん、これこれ!これがいい。


 これこそ恋愛偏差値ゼロの私が憧れる、できる女!


 正解かどうかは分からないけど、一度、冷静かつ相手を思いやり、健気な自分をアピールする、小賢しいのか大人の意見なのか紙一重な台詞をスラッと言ってのけるのよ。


 そうと決まれば、アルフィス殿下に会うまでに、この台詞を噛まずに言えるように練習しなくちゃ!


 方針が決まり、私は早く昼休みになれと心の中で願った。








 午前中の授業が終わり、昼休みに突入。

 私はリリアナ様たちに「一人で昼食をとりたい」と伝え、一目散に教室を出た。


 食事をする場所はこの学園にはたくさんある。

 食堂(と言っても高級レストランみたいな食堂だけど)やサロンや中庭にもテーブルや椅子が多数設置されていて、どこでも自由に食事ができる。


 まあ、学年関係なく、どこの場所も爵位の高い人の方が優先権はあるのだけどね。

 私も本当ならリリアナ様たちと一緒に食事をするつもりだったけど、今日は台詞の練習をしたいので予定変更。

 入学して初めてのランチタイムで友人に「一人で食べたい」なんて言うなんて失礼だと思うけど、今朝、アルフィス殿下とリディア様のことを聞いたばかりなので、三人とも私が「一人になりたい」と受け取ったようだ。三人とも切なそうな顔してたもんね。

 もしかして、私、かなり傷付いているって思われたからな。


 確かに、全然傷付いていないわけではないし、平気ってわけでもないけど、覚悟はしてるから。うん、大丈夫。


 でも、よく考えたら、普通はめちゃくちゃ傷付くよね。

 髪を振り乱すほど取り乱すのはよくないけど、あまり平然とするのも不自然なのかな。

 アルフィス殿下だけでなく、周りへの対応も考えないとだめなのかなぁと思いながら、私は校舎の裏にある庭園に足を進めた。






 校舎裏の庭園はとても広く、あまり人はいなかった。

 私はその庭園をさらに奥に進む。

 奥には雑木林風の庭園があって、人目を避けるには持ってこいの場所だ。

 ベンチもあり、花も咲いている。木々が影を作ってくれて、中々落ち着ける場所でになっている。


 私は周りに誰もいないことを確認し、ベンチに座った。

 ふぅとゆっくり呼吸する。

 誰もいないので、私の耳に入ってくるのは風に揺られる木々の葉の音や鳥の声だけだ。

 こうしていると気持ちが落ち着いてくる。

 色々考えすぎて、パンクしそう頭や力が入りすぎている体に新鮮な空気が入ってきてリラックスできる。


 上を見ると木々の木漏れ日がキラキラと輝いて私のカチコチの神経を癒していれる。


 だんだんと冷静になってきて、私はふと思う。


 私……何がしたいんだろう?って。


 あれだけ頑張ろうって決めたのに、アルフィス殿下とリディア様の恋が始まった今、また心が揺らいで、もっと他の道はなかったのかなって思ってしまう。


 そんなこと今さらどうにもならないって分かっている。

 リディア様にいずれは取られるって分かっていて、アルフィス殿下と婚約したのに……


 ああ、私は今も前世(むかし)も心が弱い人間だなぁ。


 何か、どうでもよくなってきた。

 こうしなくちゃならないとか、こう言った方がいいとか、考えることに疲れてきた。


 やっぱり恋愛経験のない女が、悪役令嬢みたいな大役務まるわけないよね。


 はあ、私って、何て難しい役を買って出てしまったんだろう。

 婚約しないでアルフィス殿下の幸せを影から祈っていればよかったのかな。そして、私は位は低くても優しくて穏やかな人と結婚して田舎暮らしとかした方がよかったのかな。


 後悔とかそんな風には思わないけど、これでよかったのかなって私は何度も自分に問いかける。


 もし、悲惨な結果になっても、誰かに「これで良かったんだよ」って言ってもらえたら、少しは救われるかな。


 アルフィス殿下にリディア様のことを切り出された時に言う台詞の練習をしにここまで来たのに、私は練習もしないで物思いに耽っていた。

 悪い癖だなぁって思いつつも、もう練習をする気にもなれない。

 昼休みは一時間半もあるから、もうここで寝ちゃおうかななんて思いながら、私は体の力を抜いて目を瞑った。




 目を瞑って、しばらくウトウトしていると、頭を優しく撫でられながら声をかけられた。


「ティフォンヌ、ティフォンヌ、起きて」


 その声は私の大好きな声。

 いつも私を優しく包み込んでくれる……大好きな人の声だった。


 ゆっくり目を開けると、そこにいたのはアルフィス殿下だった。




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