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教室に向かうために角を曲がろうとした時、私はある人物とぶつかった。
と言っても、お互いが転んで星が飛ぶほどの勢いはなくて、ちょっとぶつかってよろめいた程度だったけど。
「あいたた……すみません、大丈夫ですか?」
ぶつかった頭を擦りながら、私は相手の安否を訊ねた。
相手は頭を擦りながら「大丈夫ですわ」と答えた。
そして、お互い顔を見て、二人の第一声は「「あっ!」」だった。
私が驚いたのはちゃんと理由がある。
何故なら、目の前にいる少女が――『子爵令嬢の恋愛事情』のヒロイン、リディア・ロシェド子爵令嬢だったからだ。
薄いピンク色のふわふわの髪に薄い紫の瞳。
間違いない!リディア様だ!
まさか、入学してこんなにすぐに出会うなんて思っていなかったから、私は言葉を失うほど驚いた。
漫画では、まずアルフィス殿下とリディア様が出会うのだ。出会いはリディア様が階段から足を踏み外し、そこをアルフィス殿下が受け止めるという出会いだった。それから、二人は徐々に接近し、そんな二人にティフォンヌが嫉妬して……というストーリーだったのに、どうして私の方が先にリディア様と出会うの?!
軽くパニックになっている私に対して、リディア様は私を見てハッとした顔をした。
そして、深々と頭を下げたのだ。
「申し訳ありません、ティフォンヌ様。王太子殿下の婚約者という尊いお方にぶつかるなんて……わざとではないのです。どうぞお許しください。どうかお怒りを鎮めてください」
そして、瞳に涙を浮かべながら必死で謝ってきた。
えっ……私、別に怒ってませんけど……
リリアナ様たちも、リディア様の様子に唖然としている。
そこに、他の新入生たちが集まってきた。厳密に言えば、リディア様の友人たちだ。
男女二人ずつ。その人たちがリディア様の周りを囲む。
「リディア様、どうされましたの?」
一人の女性が心配そうにリディア様にそう尋ねた。
「実は、王太子殿下の婚約者であるティフォンヌ様とぶつかってしまって、お怒りを買ってしまったのです。ですから、何度も謝罪して……」
「まあ、でも、わざとではないのでしょう?」
「それに、お怪我もなさそうですし」
女子二人はそう言いながら、チラッと私を横目で見てきた。
いや、だがら、別に私は怒ってないからね。
そう言おうとしたら、その前に、男子二人がやや怒り気味に口を開いた。
「ティフォンヌ様、どうかリディアを許してやってください。仮にも貴女様は未来の王太子妃。権力を振りかざして、ぶつかったぐらいで一令嬢を責めるのは止めてください」
「そうです。こんなことをしても自らの名を貶めることになりますよ。もっと王太子殿下の婚約者に相応しい対応をなさってください」
二人の言うことは至極真っ当な意見だ。
その意見に私も賛成だ。
でも、やっぱり私、怒ってないよね……
「は、はあ」
四人の剣幕に私はそれしか言えなかった。
そして、四人はリディア様を守るようにして「では、失礼します」と言って去って行った。
残された私を含め、リリアナ様もシルビア様もローザリエ様も目の前で繰り広げられた小芝居に呆気に取られ目が点になっている。
五人が嵐のように去り、静寂が戻り、私はずっと疑問に思っていたことを、リリアナ様たちに尋ねた。
「……私、怒りましか??」
「「「いいえ、ちっとも」」」
リリアナ様たちの返答にホッとするも、やはり疑問の残るリディア様の言動と態度だった。
リディア様ってあんなキャラだったっけ?
漫画のリディア様は明るくて優しくて元気でお人好しで、大好きなヒロインだったんだけどな。
外見は一緒だけど、性格が一致しないというか……
う~ん……
いつまでも立ち尽くしている訳にはいかないので教室に向かったけど、私はどこか釈然としない思いを抱いていた。
それは、リリアナ様も同じだったようで、「どちらのご令嬢かしら?」と言っていた。思わず、「リディア・ロシェド子爵令嬢ですよ」と答えそうになったけど、私がリディア様のことを知っているのはおかしいので「存じませんわ」と答えた。
当然、シルビア様もローザリエ様も知らないようだった。
まあ、クラスも違うし、アルフィス殿下と出会うまではもう接点はないだろうと思って、私はリディア様への疑問は忘れることにした。
それに、リディア様の友人たちの言葉に私自身、反省すべき点があることに気付き、ホームルームが終わる頃にはそちらのことで頭がいっぱいだった。
私が反省すべき点とは、アルフィス殿下が私を『教室まで送る』と言った時に『殿下がホームルームに遅れると先生や他の生徒に迷惑をかける』と正論を振りかざして偉そうに意見を述べたことだ。
私の意見は正しいと思う。でも、正しいからといって、私のことを心配して言ってくれた殿下の気遣いを突き放す言い方はよくなかったと思ったのだ。
リディア様とぶつかった時にリディア様の友人たちにリディア様を怒ったと勘違いされて正論で非難されたけど、あれはちょっと傷付いた。
勘違いではあったけど、あの人たちの言うことは正しい。でも、正しいけどあんなに『貴女がやったことは間違っている!』ってこちらの意見も聞かずに言い切るのは相手を傷付けると思ったのだ。
あんな、自分が一番正しい!みたいな態度はしてはいけないということを私はリディア様の友人たちから学んだ。
私は早く、アルフィス殿下に謝りたくて、ホームルームが終わるとリディア様たちに挨拶をして、教室を出た。




