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「今日はとても楽しかったですわ」

「私もとても楽しかったです。また、遊びに来てください」


 お茶会は、終始和やかなまま終了となった。


 帰り際に、アルフィス殿下からまた遊びに来てほしいという誘いに笑顔で応え、私は王城を後にした。





 そして、そのお茶会を皮切りに、私と王太子殿下の婚約への話はとんとん拍子に進んだ。


 まず、何度か私が王城に出向き、アルフィス殿下との面会を重ねる。

 そして、程よき頃に、国王陛下から婚約の打診が公爵家にくる。

 もちろん、これは当事者である私自身にではなく、当主であるお父様に、だけど。


 お父様は一応、私に婚約の意志があるか確認を取るが、これはあくまでも建前である。


 ここまで話が進めば、私の答えは「はい」以外ないし、私もここまで来て「いいえ」と答える気はない。


「慎んでお受けいたします」と、お父様に返事をして、私はとうとうアルフィス王太子殿下の婚約者となった。



 この展開は漫画の世界より早い。

 本当なら15歳で婚約が整うはずなのに、正式に婚約したのは14歳。


 私がバルリアンドル学園に通い始める歳である。


 よって、私は最初からアルフィス王太子殿下の婚約者として、学園に通うことになったのである――










 ◇◆◇


「もうすぐ入学式が始まるね、ティフォンヌ」


 爽やかな笑顔でアルフィス殿下が私に語りかけてきた。


 ここは、入学式が行われる、バルリアンドル学園の講堂内にある王族専用の控え室である。


 何故、入学生である私がここにアルフィス殿下と一緒にいるかというと、今から始まる入学式で私がアルフィス殿下の婚約者だと紹介されるからだ。


 婚約者ということで、私の立場は準王族扱い。


 この一年、アルフィス殿下の婚約者として、殿下と一緒に過ごしてきたけど殿下は私をとても大切に扱ってくれた。


 私が嫌がることは絶対にしないし、贈り物も手紙もマメにくれた。


 とても紳士的に接してくれて、アルフィス殿下は完璧な婚約者だった。


 この先、アルフィス殿下が婚約者である私から、格下の令嬢に心変わりしても、誰も責められないぐらい完璧な婚約者を演じていた。


 その優しさも、心配りも、全部偽物だと分かっているのに、私は幸福感に包まれていった。


 アルフィス殿下の笑顔も私を包み込む腕も、優しく見つめる瞳も、全てはリディア様のものになる。


 分かっているのに、一年も一緒に過ごすと心が揺らいでいく。


 私だって人間だ。

 たとえ未来が分かっていても、心を凍らせたまま過ごすのは辛いものがある。


 好きになっては駄目だと自制をかけるも、気がつくと、私はアルフィス殿下に対して、少しずつ好意を抱くようになった。


 そして、その好意が恋だと、いつ気付いたのだろう。


 片想いなので絶対に失恋確実だから、アルフィス殿下にこの想いを伝えることは一生ないけど、不思議なことにアルフィス殿下を好きだと自覚した途端、気持ちが楽になった。


 私はいずれアルフィス殿下に捨てられるけど、私の存在は殿下の役に立ってるんだって思えたから。


 前世でずっと一人だった私は利己的な考えばかりするようになったけど、こんな風に捨て身の立場も悪くないかもしれないと思えた。

 以前の私だったら「そんな損な役、絶対に嫌!」って思ってたけど、自分に優しくしてくれて、例え偽りでも好意を示してくれる人のために何かしてあげるのって損なことじゃないんだなって、初めて知った。


 きっと私は、アルフィス殿下に捨てられたら平気な顔で二人の前に立つことなんて出来ないと思う。

 辛くて苦しくて悲しくて仕方ないと思う。

 だから、アルフィス殿下に捨てられたら田舎の別荘に行こうと思っている。

 それでも、最後はアルフィス殿下に笑顔で「ありがとうございました。お幸せに」って、ちゃんと伝えたい。


 自分磨きや夢とか色々頑張ろうって張り切ってたけど、今は殿下に笑顔でさよならを伝えることが私の目標だ。





「ティフォンヌ、そろそろ僕たちの出番だよ」


 アルフィス殿下にそう言われて、私たちは椅子から立ち上がる。

 私の手を握る殿下の手はとても温かかった。









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