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お茶会の場となったのは王妃様の私室の一つだった。
4人だけのお茶会なので部屋自体はそれほど広くないが、趣味の良い部屋はさすが王妃様といったところだろうか。
庭も一望できて、とても開放的だし、私は思わず「お庭に降りてもいいですか」と言ってしまったほどだ。
少し考えれば、あの人が「私が案内します」と言うことは分かっているのに。
案の定、アルフィス殿下は目をキラキラさせて、私に「庭に案内しましょう」と言ってきた。
お母様も王妃様も「行ってきなさい」「良かったわね、ティフォンヌ」なんて言って、笑顔で送り出そうとしている。
ミスったと思ったが、身から出た錆とはこの事だろう。
自分の言動には責任を取らねば。
「ありがとうございます」と笑顔で応え、私はアルフィス殿下と共に庭に降りた。
「素敵なお庭ですわね」
見事な庭に感嘆の声を上げた私に、アルフィス殿下は嬉しそうな顔をする。
私が楽しそうにしているのが嬉しいのだろう。
それが、アルフィス殿下の本意ではないとしても、そんな顔を向けられるとこちらも嬉しくなる。
「私にはこの庭に咲く花よりもティフォンヌの方が美しく見えるよ」
アルフィス殿下の思いがけない言葉に、思わず顔がひきつりそうになった。
絶対にそんな褒め言葉を言うキャラじゃないと思っていたから、すごくビックリした。
それにしても、褒め言葉一つ、素直に受け取れない私の性格も結構難儀だなぁって思う。
もっと素直に受け取って喜べばいいのにって。
そうすれば、悪役令嬢という役割を与えられても、私の人生は明るいものになるだろうか。
「薄紫のドレスもよく似合っている。とても可憐だ」
アルフィス殿下はドレスも褒めてくれた。
今日のドレスはお母様が選んでくれたものだ。
高級ブランド店のドレスで時間がないにも関わらず、オーダーメイドで作ったドレスだ。
デザイナーさんを含め、お店の人はきっと徹夜してこのドレスを仕上げてくれたと思う。
ご苦労様でした……その一言に尽きるドレスだ。
短時間で仕上げたとは思えない出来のドレスは確かに最高だと言う他ない。デザインもよく、繊細なレースをふんだんに使ったドレスは素晴らしいとお母様もミルティアもシーラもフィンリーも褒め称えた。
もちろん、私も。
しかし、素晴らしいドレスを前に複雑な気持ちにもなる。
特別とも言えるドレスを見て、確実に王太子殿下との婚約に一歩一歩確実に歩んでいるように思えたからだ。
ドレスを着て、見違えるように美しくなった肌に薄く化粧をして、艶やかな髪は結わずにおろしたままにすることにした。
これは、全てお母様の指示だ。
私が一番美しく見えるようにと。
お母様の指示通り、出来上がった私は確かに綺麗だった。
地味めの顔も、クールビューティーと言えるほどの出来映えだ。
ああ、悪役令嬢にピッタリな顔だなぁと鏡に映った自分を見て、私はため息をはいた。
「このドレスはこの日のためにお母様が選んでくれたのです。褒めていただけてとても嬉しく思います。ありがとうございます」
私は形だけの笑顔で礼を言う。
悪役令嬢を回避しようともがいていた時は、きっとこんな風に笑えなかったと思う。
でも、運命を受け入れようとしている今は、こんな心のこもってない笑顔も自然と出来るようになるんだと気付いてしまった。
自分が悪役令嬢の道を歩き出して考えるようになったのは、漫画のティフォンヌのことだった。
ティフォンヌはアルフィス殿下のことを本当に好きだったんじゃないかって思う。
でないと、公爵令嬢で王太子殿下の婚約者という立場の人が、一令嬢を苛めたりするかなぁって思う。
しっかり教育も受けていただろうし、そんな人が自ら自分のプライドを捨てるようなことするかなって。
ヒロインを苛めれば苛めるほど、自分の立場が悪くなり、公爵令嬢としてのプライドも無くなっていくのに……
ティフォンヌは必死だったと思う。
アルフィス殿下に捨てられないように、リディア様に殿下を取られないように。
それを、私は惨めだとか、往生際が悪い性悪女だとか思っていたけど、本当はアルフィス殿下のことが好きで好きでどうしようもなくて、プライドも自分の立場も捨ててまで引き止めようとしただけなのかなぁって思うようになった。
だって、誰だって悪役令嬢になんてなりたくないよね。
幸せになりたいよね。
好きな人の婚約者の地位を簡単に手放したくないよね。
自分が悪役令嬢ティフォンヌの立場に立って、ようやくティフォンヌの気持ちが理解できた。
自分のことしか考えていなかった自分が恥ずかしいという思いと、こうして悪役令嬢ティフォンヌの道を歩むことにより、ティフォンヌの気持ちが理解することができて、漫画とは違う悪役令嬢ティフォンヌの人生を歩めるような気もする。
やってみよう。
私の『悪役令嬢ティフォンヌ』を――
「ティフォンヌ嬢、ぼんやりしてどうかしました?」
私が自分の世界に入り込んでいたから、アルフィス殿下が心配そうに声をかけてきた。
いけない、いけない。
今はアルフィス殿下と散策中だった。
ぼんやりして殿下を放置するなんて公爵令嬢失格だわ。
「失礼しました、アルフィス殿下。見事な庭に見とれてしまって。それに、アルフィス殿下に案内されて緊張してしまって……」
「緊張しているのは私の方です。愛しい方と一緒に庭を散策しているのですから」
「まあ、そんな…愛しいだなんて……」
端から見たら、年若い二人の初々しくも微笑ましい光景に見えるだろう。
しかし、そこにお互いの感情は一切存在しない。
アルフィス殿下は、ヒロインとの燃えるような恋のために悪役令嬢を作ろうとしているだけだし、運命に逆らえないと悟った私は、そんな殿下に合わせているだけだ。
アルフィス殿下は初めてお会いした時より、かなりキャラが違ってきている。
お茶会の時のアルフィス殿下は、もっと表情豊かで感情を隠さず、我が儘だと言えるほどの人物だったのに、今のアルフィス殿下は漫画のアルフィス殿下そのものだ。
優しく、礼儀正しく、女の子が憧れる王子様そのもの。
きっと、アルフィス殿下も運命に逆らえずに、こうして人生を歩まされているのだと思うと気の毒に思う。
アルフィス殿下はこの世界が漫画の世界だなんて知らないから、今の自分の行動も気持ちも疑問に思ってないだろう。
自然にアルフィス王太子殿下を演じる殿下に比べて、悪役令嬢を回避しようとして、結局、逃げられなくて、諦めの心境で悪役令嬢を演じる私とでは大きな差があるように思えるけど、好きでもない女を未来の恋人のために、自分の婚約者として迎えようとしているアルフィスに親近感を覚えてしまう。
上手く言えないけど、二人とも己の感情に反する道を今、一緒に歩いているのだ。
近い未来、その道は大きく別れることになるのだけど、それまで二人で頑張りましょう。
今、この繋いだ手を離す時まで、二人で――
そう心の中でアルフィス殿下に語りながら、私はアルフィス殿下が差し出した手の上に、そっと自分の手を置いた。




