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久しぶりの更新です。
ちょっと緊張します。
気持ちがたいぶ落ち着いたころ、誰かが私の部屋をノックした。
その音に、一瞬アルフィス殿下が来たのとドキッとしたけど、すぐに違うと分かった。
「ティフォンヌいる?エルシードだけど、入ってもいいかい?」
私の部屋を訪ねて来たのはお兄様だった。
本来ならお兄様相手に緊張なんてしなくていいのだけど、殿下のことで訪ねて来た可能性もある。
私はすぐに「どうぞ」と返事ができなかった。
返事がないので、お兄様がもう一度「ティフォンヌ、入っていい?」と聞いてきた。
その声はとても優しくて、私は何だか泣きそうになった。
せっかく涙が止まったところなのに、お兄様の優しさが胸にじんわり広がる。
涙が溢れそうな目をハンカチで押さえて、私は小さな声で「どうぞ」と返事をした。
私の許可を得て、お兄様が扉を開けて中に入ってきた。
「ティフォンヌ、大丈夫?」
私の姿を見たお兄様の第一声はそれだった。
おそらく、アルフィス殿下から何があったのか聞いているのだろう。
どんな風に聞いたのかわからないけど、私はお兄様の姿を見て安心できた。
「はい、大丈夫です。わざわざ来てくれて、ありがとうございますお兄様」
私が笑ったのでお兄様も安心したようだ。
表情が柔らかくなった。
「いきなり、アルフィスが訪ねて来たから驚いただろう。アルフィスがティフォンヌを驚かせてしまったと言いに来た時は僕も驚いたよ。何の前触れもなくアルフィスが訪ねて来たことも、アルフィスがティフォンヌと接触を図ったことも」
もしかしたら、お兄様は詳細を知らないのかもしれないと私は思った。
アルフィス殿下は私が驚いて部屋に戻ってしまった……としか説明していないかも。
それにしても、アルフィス殿下は本当に誰にも言わずに公爵家に来たのか。すごい行動力だと思わず感心してしまう。さすが、ヒロインと身分違いの恋に落ちるお人だ。
「あの……お兄様、アルフィス殿下は?」
「アルフィスはすぐに王宮に返したよ。アルフィスがお忍びで公爵家に来たことが世間に知れたら変な噂が立つからね」
「変な……噂」
「アルフィスがティフォンヌに会いに来たっていう噂だよ。まあ、実際噂じゃなくて真実だけど」
どうやらアルフィス殿下はお兄様に私に会いに来たって正直に伝えたようだ。そんなことを人に簡単に言っていいのだろうかと疑問に思うが、きっとアルフィス殿下は素直な性格なのだろう。
やはり、身分違いの恋をするお人だ。
「こんなことを僕の口から言うのはよくないと思うのだけど、相手が王族だから口を出させてもらうよ」
真剣な顔に変わったお兄様は私をソファーに座らせた。
そして、お兄様もその横に座り、話を始めた。
「ティフォンヌも気付いているかもしれないが、アルフィスは……ティフォンヌのことが好きらしい」
お兄様の言葉に私の心臓がドキッと跳ね上がる。
「お茶会で会ってティフォンヌに好意をもったそうだ。気付けばティフォンヌのことばかり考えるようになって、もう一度会いたくて王妃様に頼んでお茶会を開いてもらったが、ティフォンヌは体調不良でお茶会を断ったから、見舞いの花を贈った。なのに、その花も送り返され、ティフォンヌに嫌われたと思い、居ても立ってもいられず今日、誰にも内緒で会いに来たそうだ」
想像はしていたけど、こうして真実として告げられるとその衝撃は計り知れない。
その真実を知って、自分の今の感情が分からなくなるほどの衝撃だった。
「ティフォンヌを驚かせたことを申し訳ないって言ってたよ。会って謝罪したいって言ってたけど、僕はそれは断った。そして、今日のところはすぐに帰った方がいいと言ったんだけと……ティフォンヌはアルフィスに会いたかった?」
会いたかったと問われても、よく分からない。
アルフィス殿下が帰ったと聞いてホッとしている自分もいるし、あんな別れ方をしてしまったことを謝罪したかったりという気持ちもある。
「……分かりません。でも、私はアルフィス殿下に失礼な真似を……」
「それって、走って逃げたこと」
その場面を想像をしたのか、お兄様はクスッと笑った。
笑い事じゃありませんよ、お兄様。
公爵令嬢が王太子殿下の前から走って逃げたんですから、黒歴史の一つです。
「それについてはアルフィスは怒ってなんかいなかったよ。それどころか驚かして悪かったと言っていた。でも……ティフォンヌに距離を置かれているようだってちょっとショックを受けてたけど」
もし、私が好意を持った相手に会いに行って走って逃げられたら、めちゃくちゃショックだろう。それこそ、このガラスのハートが粉々に砕け散ってしまいそう。
それなのに私は、贈ってくれた花を受け取る理由がないとか言っちゃったよ。
「また、会いたいって言ってたよ。それと、これを。描き終えたら見せてほしいって」
お兄様が私に差し出したのは描きかけの水彩紙だった。
噴水が描かれている紙を見て、私はアルフィス殿下の切なそうな顔を思い出す。
「僕も最初はティフォンヌがアルフィスの妃になるのは絶対反対だったんだけど、あんなアルフィスを見るのは初めてで……もしかしたらティフォンヌのこと本気かもしれないね」
お兄様は絶対にアルフィス殿下のことを反対すると思っていたのに、アルフィス殿下の恋心にほだされている。
私はどう答えていいのか分からなくて、一言も喋らなかった。
お兄様は私のポンポンと頭を撫でて、「よく考えなさい」と言って部屋から出て行った。
私は黙ってお兄様の背中を見送るしかできなかった。
お兄様が出ていって、私はこれからのことを考えた。
これまで通りアルフィス殿下に近付かないようにするか、アルフィス殿下を信じてお付き合いするか、とりあえずお友達として交流を持つか。
お付き合いしてそのまま王太子妃なれば、やっぱりその先に待つのは悪役令嬢としての人生が待っているのだろうか。
お友達として交流を持って、アルフィス殿下がやっぱり私なんか妃にしたくないって判断してヒロインもしくは違うご令嬢を妃に迎えるのだろうか。
何だろう。
どちらにしても私のガラスのハートが粉々に砕け散るルートだよね。
友人にしろ恋人にしろアルフィス殿下と親しい間柄になれば、どちらにしても私に明るい未来は待っていないと思う。
せっかくアルフィス殿下のいない人生計画を立てたのに、またアルフィス殿下のことで悩んでいる私。
もしかして、私はアルフィス殿下から逃れることはできないのでなかろうか。
そして、色々考えても私は自分が傷付くことを恐れている。
ティフォンヌという悪役令嬢の顛末を知っているから、その道に飛び込むことにどうしても躊躇してしまう。
その記憶がなければアルフィス殿下の好意に勇気をだして飛び込むことができるのに……って、そんなこと分からないけどね。
あくまでも、もしかしたらってことだけで、絶対にそうする!って言えない優柔不断な私。臆病な私。自分を守ろうとする私。
結局、答えがでないまま時刻はもう夕食の時間になっていた。




