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『絵を描いていたのか』
と言われれば「はい」と答えるしかないのだけど、目の前にいる人物の登場に私は一言も発することが出来ずに立ち尽くした。
私も貴方に問いたい。『何故、ここにいるのか?』と。
殿下は私に向かって歩を3歩4歩と進め、私との距離を縮める。
その距離は手を伸ばせば触れられるほどの距離に。
「久しぶりだな。元気だったか。体調不良だと聞いていたが」
身体は固まっているけど、もう、私の頭はパニック状態だった。
殿下の言葉もまともに頭に入ってこない。
こんな時、私はいつも何か言わなければと焦って検討違いのことを返してしまい、アホな子扱いされてしまう。
それで、どんどん周りから雑な扱いをされたり、イジメのターゲットにされたりするのだ。
落ち着け、落ち着け私。
ここで「まあ、殿下。セイラン公爵家へようこそ!」とか「もう、体調は良いですわ。また、お茶会にご招待頂けたら今度は絶対に出席しますわ」とか調子のいいこといっては駄目!
でも、明らかに『どうしてここにいるんだよ!』みたいな顔をしても駄目!
難しい。自分を下に見られず、相手に不快な思いをさせず、そんな会話をするのって難しい。
とりあえず、焦らずに一言一言、慎重に言葉を選びながら話をしよう。
大丈夫!今の私は公爵令嬢!ちゃんと会話出来る!
喉がカラカラに乾いているのを感じながら、私は殿下との会話をスタートした。
「お久しぶりです、アルフィス王太子殿下。あの、今日はどうして我が家に…殿下がいらっしゃると聞いていませんでしたので、私、驚いてしまって…ご無礼お許しください」
私は水彩画セットを下に置き、殿下に挨拶をした。声は少し震えている。これは、演技ではない。本気で声が震えているのだ。自分でも思っている以上に緊張しているようだ。
「いや、今日ここに来ることは誰にも言っていないから…驚かせてすまない」
殿下も緊張しているのか、言葉少なげだ。
殿下はそれだけ言うと黙ってしまい、私も突然訪問した殿下に何と言っていいのか分からず、二人の間に沈黙が流れる。
『お兄様に御用があったのですか?』
いやいや、これは、これで嫌味っぽいかな。
私に会いに来たんじゃないでしょ。さっさとお兄様の所に行きなさいよって言ってるみたいだし。
『まあ、もしかして私に会いに来てくれたのですか?』
これは、もっとダメ!
浮かれ女の典型で、もし、本当にそうだった場合、私は悪役令嬢への道をまっしぐらだ。
あ~ん、どうしよう~~。
こんな時、どうすればいいの??
本気で私が困っていると、殿下の方が先に口を開いた。
「見舞いの花を贈ったが、送り返されて……迷惑だったか?」
えっ?私が送り返した花のことでここまで来たの?
怒ってるの?文句を言いに来たの?やっぱり送り返すのはまずかったのかな?でも、今さらなかったことになんて出来ないし。
取りあえず謝った方がいいのかな?でも、なんて言って謝ったらいいの?
角が立たないような謝り方をしないと。
殿下は私を見て、私の言葉を待っている。
私は取り乱さず、その場しのぎの言葉で、この場をやり過すのは止めようと小さく深呼吸した。
「殿下から花を頂いたことはとても名誉な事だと思っています。それは、とても感謝していますが…受け取れません。受け取る理由がないからです」
そこで私は言葉を止めた。
これ以上言えば、あーだこーだと話の内容がぐだぐだになってしまいそうだと思ったから。
私はまた小さな深呼吸を一つする。
勢いだけで、言葉を発することをしないように。
すると、殿下がまた一歩私との距離を詰め、ゆっくり口を開いた。
「理由は…私がティフォンヌに花を贈りたかっただけでは駄目か?」
まさかの台詞に私は顔がひきつるほど驚いた。
えっ?なに?そのドラマみたいな台詞。イケメンの切ない表情。
や~め~て~こんな時の対処法、私、全く知らないから~
「わ、私は…とにかく畏れ多くて…だから、あの…ご、ごめんなさい!」
気が付いたら、私は走り出していた。
ごめんなさいって言って走って逃げるって、これは有りなの?!
分からない、分からないわ!
ごめんなさい~殿下~~
走って自分の部屋に逃げた私は、その場にしゃがみこんだ。
もう、何が何だか分からない。
どうすればいいのか、全く分からない。
そんな気持ちが私を苦しめる。
感情が高ぶったせいか、気が付けば私は泣いていた。
なんの感情が高ぶったのか分からない……ううん、本当は分かっている。
アルフィス殿下は私に興味もしくは好意を持ってくれている。
いくら私が異性関係に疎くてもネガティブでも、それぐらい分かる。
ただ、その好意は殿下の本意ではなく、漫画の修正力の可能性が高いのだけど。
でも、あんな顔されて、あんなこと言われたら……
嬉しくなるじゃないか。
ときめいてしまうじゃないか。
本当に私のことが好きなんじゃないかって思ってしまうじゃないか。
私も…私も殿下のことが好きですって言いたくなっちゃうじゃないか。
もし、殿下の気持ちが修正力のせいだとしても、いいやって思ってしまうじゃないか。
異性から興味を、好意を持ってもらうことが、こんなに嬉しいことだなんて知らなかった。
こんなに気持ちが苦しくて暖かくなって、泣いてしまうほど色んな感情が混ざり合うなんて知らなかった。
アルフィス殿下…逃げてごめんね。
アルフィス殿下、お花、嬉しかったです。
会いに来てくれて、嬉しかったです。
私に興味を持ってくれてありがとう。
そんな気持ちを素直に伝えられなくて、ごめんなさい。
私、これからどうすればいいの……




