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「お兄様!失礼しますわ!」
勢いよく部屋に入ってきた私をお兄様が驚いた顔で見る。
「いきなり、どうしたんだい?」
「何度もお邪魔して申し訳ありません。実はお願いしたいことがありますの!」
「お願い?」
「はい!王太子殿下から頂いた花籠のことですが、やはりお返ししようと思いますの」
私の言葉にお兄様が少し嬉しそうな顔をした。
「そうなんだ。それは良い選択だと思うよ」
「はい。でも、ただお返しするだけではご不興を買うかもしれません。そうなれば公爵家に迷惑をかけるかもしれません。何か良い知恵はありませんか?」
そうなのだ。
貰った物を返すのは簡単だが、そんなことをすれば相手は怒るに決まっている。それは、相手が誰であろうと同じ。そして、私が返そうとしている相手は王太子殿下。王太子殿下を怒らせて公爵家に迷惑をかけるのは私の望むところではない。
「アルフィスはそんなことで怒らないと思うけど。大体勝手に花を贈ってきたのはあっちなんだし。気にすることはないよ。でも、気になるなら、そうだな、『お見舞いありがとうございます。お気持ちだけいただきます』って言って返せばいいよ」
「なるほど!分かりましたわ。お兄様の言うとおりにしますわ」
お兄様が気持ちいいほどはっきり言い切ってくださったので私は安心してお兄様の教えのとおりに実行した。
贈ってくれた花にお兄様の言っていた言葉どおりのメッセージを添えて、花を殿下に送り返した。
これで、私のことを嫌ってくれればそれで良し。
本当は悪役令嬢とか関係なしに仲良くなれればなんて思っていたけど、私を悪役令嬢にする力が働いているなら、話は別だ。
ここは、嫌われる勇気を持とう!
◇◆◇
花籠事件から一週間経った。
その間に、お母様やミルティナから花を送り返したことを避難されまくったけど無視した。
お父様は苦笑いしながら「それはちょっと手厳しいね」と呟いていた。
お兄様だけが上機嫌でニコニコしていたけど。
あれから、殿下からは何も言ってこないし、日常を取り戻したと言ってもいいだろう。
なら、また私は自分磨きに励むのみ。
まず、外見磨きだが、美容方面は毎日頑張っている。
入浴は半身浴を取り入れ、寝る前にはたっぷりの化粧水・美容液をつけ、軽くストレッチもする。
十分な睡眠を取って、食事は野菜・果物中心に摂る。
水分補給もまめに行い、ハーブーティーや紅茶を飲み、砂糖の代わりにハチミツを入れたりする。
肉や魚も過度にならないようにしっかり食べている。
やはりガリガリの身体では魅力的とは言えないからだ。グラマラスな女性に少しでも近付きたいと思っている。デブは絶対ダメだけど。
もちろん外見だけではなく内面も磨かなくてはいけない。
内面を磨くのに一番良いのは夢を持つことだ。手当たり次第にたくさんの習い事をしてもいいが私の性格上、その方法は合わないと思う。それに、元々貴族の令嬢だから礼儀作法やダンス等のレッスンは当たり前に受けている。
なら、今、習っている習い事以外のことに挑戦するべきだろう。
挑戦か…
挑戦するって何がいいだろう?
私がなりたいもの。私がやりたいもの。
でも、公爵令嬢だから仕事なんて……いや、待てよ。働くのも悪くないんじゃないか。優しい人と結婚するを目標にしてたけど、そこに仕事という選択肢を加えても問題ないよね。
私の人生なんだから自由に生きてもいいよね。
よし、まずは私が本当にやりたいことを見つけよう!
趣味でもいいし、仕事にしてもいいし、とにかく夢中でやれることだ!
私は真剣に、自分のやりたいことについて考えてみた。
前世ではほぼ引きこもりで、趣味なんて食べることと漫画を読むことぐらいだったけど、考えてみると、やりたいことは沢山あった。実行に移さなかっただけで。
漫画家に(この世界に漫画はないけど)、小説家に、雑貨屋に、食べ物屋に(可愛い感じのお店がいいな)、弁護士に(でも、我が家の顧問弁護士さんは滅茶苦茶賢い人だがら、あのレベルを求められると、ちょっと…)、画家に(絵を描くのは好き。プロになれなくても趣味ではやりたいな)、華道家に(花も好きだな。詳しくないけどこれも趣味の範囲でもいいからやりたい)……等々、やりたいことだけは沢山ある私。
問題はどれが一番夢中になれるかだ。
まずは、14歳の私がやれるものからやってみよう。
漫画は――無理だよね。まず道具がないし、トーンとかもないのに全部一人で書くのは無理。
小説家――これは、挑戦してみる価値あり。文才なんてないと思うけど面白そうだしやってみたい。
雑貨屋――これは、経営になるし14歳の私では無理だと思う。でも将来、独り身のままだったらやってみようかな。
食べ物屋――これも、雑貨屋と同じ。将来の選択肢として保留しておこう。
弁護士――……夢というにはハードルが高すぎるし、する前から挫折してる気持ちになるのは何故だろう。
画家――絵はやりたい。水彩画やってみたいな。我が家の家とか庭とか、ううん、外にも出て色んな風景を描いてみたい。うん、これはやろう!決定!
華道家――これも、やりたい!この国はフラワーアレンジメントが主だけど生け花みたいなのもしてみたい。うん、やりたい!決定!
考えた結果、私は絵と花をすることにした。ベタかもしれないけど、前世では習い事なんて何一つしてこなかった私にとっては大きな挑戦だ。
私は早速、水彩画の道具を用意して貰った。
鉛筆、筆、絵具、パレット、水彩紙、水入れ……「これが欲しい」と言って、すぐに用意してもらえるのはお金持ちの令嬢の醍醐味である。
道具を揃えて貰った私はまず、庭に向かった。
庭園の端に小さな噴水があるのだ。
初めての水彩画はその噴水を描くことにした。
噴水の前のベンチに座ると、噴水の水が陽の光に反射してキラキラと光っている。まるで生き物のように。
その後ろには青々と生い茂る木々が広がっていて。
生命の強さを清らかさを感じる風景を一枚の紙に描く。
私は鉛筆を握り、真っ白な紙に目の前に広がる風景を描き始めた。
私は雑なのに凝り性という面倒くさい性格なので、細かい描写を好む。よって小さな所まで描こうとしてしまい、中々スケッチが進まなかった。
二時間もすれば疲れてしまい、鉛筆を持っているのも辛い。
書いては消し、書いては消しを繰り返して、紙を見れば全体の半分ほどしか描けていなかった。
「今日はここまでにしようかな…」
昼食後から描き始めたので、時刻はもう午後3時前だった。
もうすぐおやつだし、屋敷に戻ろうと水彩画セットを手に持って、私はベンチから立った。
「絵を…描いていたのか?」
不意に声を掛けられて、驚いた私が振り向けば、そこに居たのは――アルフィス王太子殿下だった。




