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私は今、一人、部屋に籠り、これからのことを真剣に考えています。
そう、悪役令嬢の明るい未来について――
10歳の時に前世を思い出して早2年。
自分が悪役令嬢だと気付いたのならもっと早く手を打てよ!と、過去の自分を殴りたくなるが、私って女はいつもこうなのだ。
やらなくてはならないことをいつも後回しにする。
例えがショボいけど、夏休みの宿題を「明日から明日から」って言って結局夏休み最終日三日前から動き出すタイプ。
しかも、三日前からやりだすから絵とか自由研究とかのクオリティーが低い低い。
こうして私の評価は右肩下がりとなり、薄っぺらい人生を歩むはめになるのだ。
それでも、前世は何とかなったけど現世はそうもいかない。
この貴族社会の世界で悪役令嬢がどんな目に合うか。
想像以上の悲惨な結末が待っているかもしれないのだ。
そう考えただけでも身震いしてしまう。
早く、早く私の悪役令嬢回避対策を考えないと!って焦るものの私の頭では中々良い案は浮かばない。
さて、どうしたものか?
部屋で一人悶々と考えていても何も思い浮かばないので、私はまず情報収集をすることにした。
私が向かったのは二つ上のエルシードお兄様のところだ。
前世では男性に免疫がなかった私だけど、身内ということもあって安心して甘えられる大好きなお兄様だ。
お兄様は王太子殿下と同い年でバルリアンドル学園でも同じクラスらしいので王太子殿下の情報をたくさんお持ちだろう。
もちろんお父様もたくさん持っているだろうけど、お父様に王太子殿下の話を振って王太子殿下のことが好きなのかと勘違いされても困る。
空気読めない女だった前世の教訓を生かし、ここは勘違いされても差し障りのない相手を選んでみた。
コンコン。
「お兄様、失礼します」
扉をノックして、私はお兄様の部屋の扉を開けた。
今日は学園はお休みなのでお兄様は部屋にいるはず。
「どうしたんだい?ティフォンヌ」
ほら、いた。
お兄様はソファーに座って本を読んでいた。
とても分厚い本で私なら見ただけで投げ出してしまいそうな本だ。
お兄様の金の髪が窓から射し込む光りに反射してキラキラと煌めいて、その碧い瞳で私を見る。それだけで、私は鼻血を出して倒れてしまいそう。
前世の私だったら絶対に縁がない人種である。
私がいきなり部屋に乱入したのにも関わらずお兄様は嫌な顔せずに本を閉じてテーブルの上に置いた。
ここも見習いたいところだ。
人の話を片手間じゃなくて、ちゃんと聴こうという姿勢の現れだと思う。
当たり前のことだと思うけど、中々出来てる人は少ないと思う。実際、前世の私は出来てなかった。ながら聞きばかりしていた。はい、反省します。
現世はお兄様だけでなく、お父様もお母様もちゃんと私の話を聴いてくれるので、私もそれに倣っている。
妹や弟は勿論、公爵家で働いている人たちの話もちゃんと聴くようにしている。
こういうことは日頃から訓練していないと身につかないもんね。
さて、それはさておき、私はお兄様の隣に座って単刀直入に王太子殿下について訊いてみた。
「あの、王太子殿下のことが知りたいのですけど……」
私が王太子殿下と言った瞬間、お兄様の顔が強張ったのが分かった。こんなお兄様の顔を見るのは初めてで私の顔も強張ってしまった。
もしかして、私ごときが王太子殿下の何を知りたいんだ、とか思われてるのかな?そうだよね?だって私、漫画のティフォンヌと違って平凡顔だし公爵家でも異色な存在だし。王太子殿下のこと知りたいなんて言い出してごめんなさい、お兄様。
私は言葉を失って固まってしまった。もしかしたら、この世の終わりみたいな顔をしているかもしれない。
お兄様はそんな私に気付いて「ごめんごめん」といつもの笑顔で頭を撫でてくれた。
お兄様がいつものお兄様に戻ってくれてホッとするも、今度はお兄様が私に質問してきた。
「ティフォンヌが急に王太子殿下のこと知りたいって言い出すから驚いてしまって。怒ってるわけじゃないからね。でも、どうして王太子殿下のことが知りたいんだい」
まさか反対に何故知りたいか訊かれると思っていなかった私はまた固まる。
答えない私にさらにお兄様が質問攻めする。
「王太子殿下に好意でも持った。まさか、王太子妃になりたいとか……」
「違います!それだけは絶対にありません!」
お兄様の口から王太子妃になりたいのかと言われて、私は速攻で否定した。
これも私の悪い癖。
考えてから発言するよりも、すぐに思っていることを口にしてしまう。
王太子妃とか関係なしに、公爵令嬢なのにこんなにお口が軽いのはいただけない。
言ってから反省するも、落ち込む私とは正反対にお兄様は天使の笑みを浮かべている。
「そう、よかった。ティフォンヌは優しくて繊細だから王太子妃なんて向いてないから、もし、なりたいって言われたらどうしようかと思ったんだ」
優しくて繊細……
お兄様こそなんて優しいお言葉。
私はただのお馬鹿のチキンなだけなのに。
「でも、それならどうして王太子殿下のことが知りたいなんて言い出したんだい?」
優しいお兄様だけど、尋問は終わってないようだ。
私は言葉を選びながら、正直に答えた。
「それは……私は公爵令嬢で王太子殿下とも年が近いので、もしかして王太子妃候補にされるのではないかと……」
「うんうん、それで」
えーー、これで許してくれないの?まだ、根掘り葉掘り聴くの?
もしかして、お兄様は異性関係にはうるさい人なのかしら。
「うー、でも私は王太子妃にはなりたくなんて、それで穏便に王太子妃候補から外れる方法とか王太子殿下に嫌われる方法を考えてようと思って、それで殿下の情報を……」
私は全部正直に話した。
これ以上、追い詰めても何も吐くものなんてありまからね、お兄様。勘弁してください。
お兄様は私の答えに満足したのか満面の笑みを浮かべていた。
天使……じゃなくてちょっと悪魔っぽいけど、そこは美形なので問題なしです。
「そうなんだ。良かった。でも、大丈夫だよ。ティフォンヌが王太子妃になりたくないなら僕が全力で阻止してあげるから、心配しないで」
えっ?お兄様が全力で阻止?
私……もう、悪役令嬢の悲惨な未来から回避できた……の?