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落ちた花籠はフィンリーが拾ってくれた。
私はというと、落としたままのポーズで固まっている。
メッセージ付き花籠を贈ってくれたのがアルフィス殿下だという言葉を理解するのにかなりの時間を有した。
『早く元気になってください』――確かに、お茶会を体調不良で欠席した私に送る相応しい言葉である。
でも、どうして王太子殿下が?
絶対ないと思うけど、王妃様が贈ってくるならまだ分かる。
なのに、何故、王太子殿下が?
私の謎は深まるばかり。
落ちた花籠をフィンリーが整えてくれて、また私の手に戻ってきた。
私はその花籠をジッと見詰めた。
花籠……花……
家族以外の異性から花をもらった。
それは、私にとって生まれて初めての経験だった。
本当なら困った状況なのに、ちょっと嬉しいと思っている自分がいることに私は認めざる得なかった。
「お返事はどうなさいますか?」
花籠を見詰めたまま呆然としている私に、フィンリーがそう訊ねてきた。
返事……
そうか。花を貰ったのだからお礼の返事をしないといけないよね。
でも、お礼の返事ってどうすればいいの?
◇◆◇
「……と言うわけで返事はどうすればいいと思いますか?」
返事に困った私はまずお兄様の部屋を訪れた。
今日は学園がお休みの日なのでお兄様は朝からずっと家にいるのだ。
本当はお母様に訊ねたかったのだが、お客様が来ているので先にお兄様に聞きに来たのだ。
お兄様なら良い知恵を授けてくれると思ったのだけど、花籠を王太子殿下から頂いたと言った瞬間、眉間にあり得ないほどの深い皺が刻まれた。
「アルフィスから花だって……」
お兄様の怒りのオーラがビシバシと伝わってきて、私は思わず後退りしてしまった。
「あの、私が王妃様のお茶会を体調不良でお断りしたから、そのお見舞いで贈ってくださったようなのですが……」
私が悪いわけではないのに、何故か言い訳がましい言い方になってしまう。
それほどお兄様の、顔は笑っているけど目は笑っていない表情がとても怖かったのだ。
「ティフォンヌが断ったのは王妃様のお茶会であって、王太子殿下のお茶会ではないよね。それなのに、アルフィスが見舞いの花を贈ってくるなんておかしいよね」
(……そ、そんなこと、私に言われても)
「無視でいいと思うよ」
(それはよくないと私でも分かります、お兄様……)
「何なら、僕がアルフィスに突き返してもいいけど」
(喧嘩を売るような真似は止めてください、お兄様)
私はこれ以上、ここにいても良い知恵を授けてもらえなさそうなので早々に立ち去ることにした。
自慢のイケメンお兄様も王太子殿下が絡むと少し残念になるのが残念だ。
「貴重なご意見ありがとうございます、お兄様。参考にさせてもらいますわね。では、ごきげんよう」
お礼だけ言って、私はそそくさとお兄様の部屋を出た。
その際、お兄様が「絶対にお礼の返事をしては駄目だよ」と叫んでいた。
うーん、もしかしてお兄様と殿下は本気で仲が悪いのだろうか?
ともあれ、お兄様の意見は全く参考にならなかったので、私は、今度はミルティナの元に向かった。
が、ミルティナ付きの侍女から「ミルティナ様は今、全身マッサージ中でございます」と告げられた。
マッサージっていってもアレよ。
あ~肩こった~あ~腰痛い~あ~足がダルい~とかいって、揉み揉みほぐしほぐしみたいなやつじゃないからね。
美容方面のやつだからね。
エステみたいなやつだからね。
ちなみに私は前世でも現世でもそんなものは受けたことがない。
人生を謳歌している妹の一面に直撃し、私は心が少しだけ折れた。
無駄足だったどころか、女子力の差を目の当たりにして私はスゴスゴと退散した。
後、相談できるのは……
◇◆◇
私は急遽、隣の家のホルドアン公爵家を訪れた。いつも的確なアドバイスをくれるリリアナ様に意見を聞こうと思ったのだ。
「……というわけで、お礼のお返事はどうすればよいと思いますか?」
王太子殿下へのお礼の返事をどうすればいいのか訊ねると、リリアナ様は「まあ!」と驚くも、その顔は少し嬉しそうだ。
「王太子殿下からお花をいただくなんて素敵ですわね!」
いつもおっとりのリリアナ様が少し興奮気味なことに私も少し驚く。
本当は家族以外の人にこの話をすれば、「王太子から花貰った~自慢かよ」って思われるかなって心配だったから。
でも、リリアナ様は嫌な顔ひとつせずに話を聞いてくれたどころか、花を貰ったことを喜んでくれた。
その事が私にはすごく嬉しかった。もしかしたら殿下から花を頂いた事よりも嬉しいかも。
それでも、そんな気持ちを表に出せば『ウザい女』『調子に乗っている女』になってしまうから、あくまでも冷静に、そして、謙虚に受け答えしなければ。
「素敵…でしょうか?私は何故、殿下が花を贈ってくださったのかよく分からないのですけど。でも、花を頂いて無視というのも失礼な気がして」
私はあくまで返事をするのは礼を欠くことをしたくないからだと告げる。
それ以上でも、それ以下でもないつもりで。
「ふふっ、ティフォンヌ様は真面目でいらっしゃいますのね。私は殿下がティフォンヌに好意を持っていらっしゃると思いますわよ。王妃様のお茶会には殿下も出席するつもりだったのではないかしら。でも、ティフォンヌ様が体調不良でお断りされたので花を贈った、ということでしょうね」
……本当は私も少しだけそう思いました。
でも、それは安易に口にしてはいけないと考えないようにしていた。
だって、私が殿下から花を貰ったなんて話、誰にとっては何の得にもならないことだから。
『浮かれる女』にはなりたくないし、皆にそう思われたくないから私はこう思うことにした。
殿下が平凡な私に好意なんて抱いたりしない。
それに、もしそうだったとしても、それは漫画の修正力のせいだと思う。
悪役令嬢を誕生させるための……
実はそれが自分の中で一番しっくりきている。
(だって、殿下が私を好きになる要素なんて一つもございませんのでね)
前世の記憶がなければ、私は先日のお茶会で殿下へ好き好きアピールして、今回のお茶会にも嬉々として出掛けただろう。
そして、王太子殿下の婚約者となり王太子妃への切符を手に入れ、そして、ヒロインにその座を奪われるという運命を辿るのだ。
やはり、王太子殿下とヒロインの恋に悪役令嬢というのは必須なのだろうか。
だから、殿下は私に好意を持つように何か見えない力で誘導されているのではないだろうか、と――
それとも、王太子殿下の名を使って王妃様が贈ってきたのかも。
今、思い付いたけど、これは、かなり有りだと思う。
理由は悪役令嬢を誕生させる為で、修正力が殿下本人だけでなく王妃様にも働いているかもしれない。
おお、恐ろしい……
何故か納得してしまった私は、自分が殿下から好意を受けているかもと淡い気持ちを少しでも抱いてしまったことを恥じた。
「お返事は『嬉しかったです。ありがとうございます』後は『また、お会いできる日を楽しみしております』とか『殿下の贈ってくださった花にお茶会に参加できなかった寂しい心を慰めてもらっております』とかは如何でしょう?こう、お返事すると殿下も次のお誘いがしやすくなると思います」
悪役令嬢への道を歩まされようとしていることに気付いた私はリリアナ様の返事の内容を聞いて首を思いっきり横に振った。
もしかすると、殿下、王妃様だけでなく他の登場人物も悪役令嬢への道へ誘導しているのではと――
まさか、まさかのリリアナ様も?!
ひぇぇぇ~駄目、私!ここに居ちゃ駄目よ!
「あ、あのリリアナ様、今日はこれで失礼いたしますわ。相談に乗って頂きありがとうございました~」
私はそれだけ言ってホルドアン公爵家を飛び出した。
我が家であるセイラン公爵邸に戻った私はいの一番でお兄様の所に向かった。
今現在、私が知る人の中で唯一『悪役令嬢への修正力』が効いていない人物の元に――




