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「ティフォンヌ様、そろそろ入浴されますか?」
シーラとフィンリーが意気軒昂と部屋を出ていってから一時間ほど経って、二人が部屋に戻ってきた。
そして、入浴を勧められる。
時計を見れば、確かに入浴をする時間になっていた。
「そうね」
私は短く返事をして 席を立つ。
そして、寝室の隣にある浴室へと向かった。
セイラン公爵家はかなりお金持ちなので、家族全員の自室に専用の浴室がついている。
しかも、備え付けの簡素な浴室ではない。三人は入れそうな広い浴槽に高級エステ店のような脱衣室。
さすが公爵家と感心する他ない。
しかし、困ったことにこの国の貴族は入浴に侍女をつけるという風習があり、前世を思い出した私はその風習にかなり抵抗があった。そして、私は頑なに『一人入浴』を貫き通した。
子供の頃ならともかく、一人で入れる年齢になってまで他人に裸をジロジロ見られながらの入浴は絶対に嫌だったのだ。
どの国でも高位の貴族になれば侍女をつけるのは当たり前らしいが、特にこの国はその風習が強く、私の意見を通すのにかなり苦労した。
シーラもフィンリーも渋々納得してくれて、今では一人で入るのが当たり前になってたのだが、どうしてか今日はシーラもフィンリーも私と一緒に脱衣室の中までついてきた。
「えっ、と、あの、二人ともどうして着いてくるの?いつも私一人で入ってるよね」
二人の行動に不安を覚えながらも、出て行ってほしいという気持ちをやんわり伝えてみる。
なのに二人とも出て行くどころか、にっこり笑ってとんでもないことを言い出した。
「いいえ、ティフォンヌ様。私たち今日から入浴はご一緒させていただきますわ」
「そうです。そして、ティフォンヌ様を磨きに磨いて、国一番の美女にしてみせます!」
磨きに磨いて……
「えーーー!?そんなの嫌!裸を見られるなんて嫌よ!」
私は二人の言葉に、裸で台に乗りエステティシャンの手で肌を捏ねくり回される女性を想像した。
実際、そんなエステに行ったことなんてないけど、ほぼ裸になるんでしょ!嫌々、今は私の話で、私は入浴するとき裸になるからやっぱり裸のままアレやコレやされるんだよね!
私は必死になって拒否した。
しかし、二人の決意も固く、いくら私が拒否しても引いてくれなかった。
私はあれよあれよという間にドレスを脱がされ、浴室に放り込まれた。
放り込まれた浴室には薔薇の花がたくさん浮かんでいた。
しかも、一種類ではない。色も赤やピンクや黄色に白と何種類もあり、見たことのない品種もある。
「すごい量の薔薇ね。何だが勿体無いような気がするわ」
どうにも私は貧乏性の気がある。でも、これは前世を思い出してしまったから。安月給で毎月毎月ギリギリの生活費で暮らしていたから、すぐに勿体無いって思ってしまう。
さすがに今は公爵令嬢だから立場に相応しくない言動は控えないと、とは思うけれど中々直らないのだ。
シーラもフィンリーも私の「勿体無い」という言葉にややご立腹だ。
「ティフォンヌ様、何を仰っているのですか。これぐらいのことは、どのご令嬢も皆やっていますわよ」
「そうですわ。ティフォンヌ様は公爵家のご令嬢。もっと高価な花を使っても良いぐらいです」
二人の剣幕に私は笑顔を浮かべるしかなかった。
それにしても、二人の計画ってこのことなのかなぁ。
薔薇の花入りのお風呂に入り、海外から取り寄せた石鹸で身体を洗い、王室御用達の高級店の香油で全身マッサージ。
マッサージは薄い布を被せて、全身隈無く揉まれました。
恥ずかしかったけど、気持ちよかった…
髪も念入りに洗われ、頭皮マッサージも受けた。
これは、恥ずかしくないし、毎日でもしてほしいぐらい。
ただ、石鹸とか香油とか高いんだろうなって思ったら、気になって気になって仕方がない。
でも、私が「高いものでしょ」って聞いたら、「これは全て奥様とミルティナ様からお借りしてきたものです。急だったので今日はご用意できず、急遽お二方からお借りしたのです」と返されて、私はまたびっくり。
我が家の女どもはこんな高い品を毎日使っているのかと、我が家の家計簿が心配になる。
しかも、シーラやフィンリーが「明日、ティフォンヌ様の好みや肌に合った品を買いましょう」と楽しそうに言っていたけど、お母様やミルティナ同様、高級品を買うつもりじゃないだろうなと、さらに心配になる。
もしかしたら、セイラン公爵家にとっては大した出費じゃないかも知れないけど、やっぱり心配なので(買った後で「何、無駄遣いしてんだ!この、バカ娘!勘当だ!」なんてことになったら嫌だから)お父様の許可をもらってから買うことにしようと私は盛り上がる二人を後目にそう心に誓った。
怒濤の入浴タイムが終わり、ホッとする間もなく、私は用意された夜着を見て、目玉が飛び出るほどビックリした。
今まで私が着ていたものとコンセプトが180度変わっているからだ。
私は機能性重視で、デザイン性やら流行ものにはとんと興味がない。
色も無難な白やベージュしか持ってない。
何より拘っているのは、ズボン付きの夜着という点だ。
普通、貴族の女の子はそんなデザインのものなんて着ないのだけど、絶対にそれだけは譲れないと私の我が儘を通した。
お腹を絶対に冷やさないズボン。最高じゃないか。
なのに、私の前に用意された夜着はいつものやつじゃなかった。
ピラッピラ、ヒラッヒラ、フリッフリという擬音が聞こえてきそうなほど、薄っぺらくて実用性に欠けた、ネグリジェという言葉がピッタリな夜着だった。
ひぇぇぇーー、こんなのムリムリ。こんなの着て寝たら、三日間ぐらい下痢になるよ~~って、思ったけど、これも二人の迫力に圧され、反論出来ぬままペラッペラの夜着を着せられた私はドレッサーの前に座らされた。
そして、高そうな瓶に入った化粧水やら何やらをたっぷり塗られ、ようやく寝ることを許された。
その頃には私の神経はすり減っていて、もはや屍状態、好きにしてくれ状態だ。
二人の頑張りは有り難いけど、これって……何の役に立つの?