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没落の貴公子  作者: 南清璽
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頼子と共に。

腹立たしいあまりかなりの早足で歩んでいた。当の頼子は付いて来るのに往生している様子だった。一連の事柄が体裁として中崎に利用されたとの想いがあったからだ。

「怒っていらっしゃるの?」

「単なる自己嫌悪だ。」

ようやく追いついた彼女の息は上がっていた。そういう次第になった自身の至らなさを恥じるばかり冷静さを取り戻した。それ故気を落ち着かせる意味で船が停泊していない桟橋を選びそちらへと歩んだ。それはその先までゆき、海の向こうの大陸に夢を託す浪漫に想いを巡らしてみたかったからだ。それは畢竟、気持ちを醸せる言葉を言わしめるのだった。そうこんな具合に、「大宮も中崎もこの海の向こうにある大陸の様子を想像しているのだろうか?」と。

もちろん似つかわしくない向きにあった。反面、彼女の表情は幾分か緩んだのも確かだ。一方趣きとしては俺が決着させようとする向きとは正反対にあり、修正を試みた。

「あの時異を唱えてくれたらその場で済んだ次第だったのに。」

俺は時折、確信の持てないまま自己の所感を述べてしまうことがあった。だが今回疑念は存さなかった。あの時、すなわち、俺が彼女に贈った屋敷の売却代金元手に商売を始められた見返りに嫁としてもらい受けたい言った時だ。その場で当の彼女が異を唱えれば無理強いするつもりはなかった。それだけに飛んだ見込み違いとなった。とにかく中崎が妬ましかっただけだ。だから困惑の表情を見れればといわばけちな了見が所以であった。もっともその真意を告げるべきだろうか。だとすればそれなりの状況が必要であった。もちろん今が好機だと見れなくもなかった。こうして心地よい海風のもと想いに耽りぽつりと述べるという具合に。だが、違う選択肢にした。

「あそこのホテルで休もうか?」

さっきに較べ幾分か落ち着いた様子だった。ただ先ほどの息があがっていた様子と、今、この喫茶室での彼女の姿を重ねるのは、俺の幼い時分父に連れられたことと連環している様に想えた。現にその頃と此処の様相は変わっていない。オーク材の深みに心を奪われ借りてきた猫のようになっていたことを思い出していた。だがどこの家庭でもある団欒はなかった。父と母の関係が人目を憚るものであると子供なりに感じていたからかもしれない。頼子もそうだった。俺の元に嫁いだ房子と一緒に来た最初の頃は表情がこわばっていた。さっきもそうだ。それゆえそんなことを思い出したのだ。

やがて給仕は注文の品をテーブルに持ってきた。

「留学先のウィーンでも食したのか?」

頼子の前に置かれた、チョコレートのトルテを見て尋ねた。

「ええ、とても美味でしたわ。」

俺も相変わらずだ。威勢を示し高潔な雰囲気を醸し出そうとする。もうとっくに落ちぶれたというのにだ。いうなればそうして自分の殻に閉じこもり他者との摩擦を避けようとしているだけだった。見れば頼子は美味を感じつつ物憂げにしていた。

「中崎は見越していたのだろうか。俺にそんなつもりがないことを。それを承知で手形を取り戻すことを言い出したのかと。」

こんな具合に水を向け彼女の真意を質そうとした。ある意味受容したのかということをだ。だが、直截に応えてくれなかった

「男気のある方だと思っていました。一緒に暮らしていた折は。でも、そんな一面を人に晒すのを照れていらしていると。」

「そうだろうか?」

「存じています。一度私を道連れなさろうとしたことは。」

そこに続くべき言葉は察せられた。図星!いや違う。俺は抗うことができた。こんな風に頼子から水を向けられても。単に居心地の良さを覚えただけだ。おおよそ、そう如何なる真意であろうとも自分なりに曖昧な意味づけをするということに。そういえば、決着をつけるつもりで頼子を連れ出したはずだ。もちろん、言葉にはしなかったが、中崎を困惑させようとしてのもので、頼子をもらい受けようと考えていないのは伝わっているはずだ。だが、何も語らない訳にいかない。

「道連れにしようとしたのは事実だ。ただ如何なる弁明もせずにおこうかとも考えたが。実に曖昧なものだ。厭世感にとらわれたのには違いないが。君への愛おしさだって否定できない。だがその愛おしさも顧みて幾ばくものか掴めずにいるのだ。」

例え離縁したとはいえ、一度は養子として迎え入れた頼子をそう思うこと自体ありえないという意味づけ過ぎないのかもしれない。一方で改めて自己の脆さを認識したのだ。そして、あの時のような厭世感がもたげないかとの想いもしたのだ。

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