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没落の貴公子  作者: 南清璽
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割引屋

「旦那いいですか。」

平野は俺にこれからの次第を述べ確認した。しかし、旦那とは。恭しくもあるのだろうがどちらかというと鼻につく卑屈ぶりだ。それに眼球がギョロっとしていたからか心持ちとして薄気味悪さが存した。だが長年の友人であり勤め先の社長でもある大宮の旧知ともあれば訝しさを顕にできない。それどころか今の状況ではこの男の筋書に事を委ねる外はなかった。何分今からこの平野の事務所で人と会わねばならない。もうそろそろ刻限だ。そして約束の時刻に男はやって来た。名は田辺。中崎と同じく貿易商の会社を営んでいる。歳は未だ若い様だ。もちろん青二才と蔑む年の頃は随分と過ぎていた。ただ薄笑いが小憎たらしくあった。もちろんそれは羨みの以外に何でもなかった。若くしての成功者。それを象徴したかの様な眼鏡の向こうにある瞳は柔和だった。

「谷です。」

俺は先に名乗った。そうしつつ視線は既に抱えていた風呂敷包みに落ちていた。おそらく中崎の手形だろう。

「しかし、あなたもあこぎなお方だ。私怨をはらすためとはいえ、この手形を引き取ろうとは。」

俺は、ここいる平野を介し件の話を田辺に持ちかけたのだ。それは中崎の振り出した手形を額面で引き取ろうとするものだった。その動機として中崎が俺の屋敷を娘に贈与させ、それを我が物の様に処分し、その代金を元手に貿易商を営んでいるのが許せず、手形を交換所に廻し不渡りさせるというものだった。もっとも当初はそんな話に田辺がそうそうのるとは思えなかった。一方、この平野は手形の割引業としてはかなりのなうてだから平野からの話ともなれば田辺ものってくるのではと大宮は云った。それにしても大宮も若い時分はヤクザなことをしていたみたいだ。何せ互いに融通手形を振り出していたというのだから。もっとも平野の手形が落ちず、そのお鉢が裏書人ゆえ回って来たこともあった様だ。その恩義からか平野は大宮にいわば闇の世界も知った人間として助けてもくれた様だ。今回の仕儀をうちあけたところ、すぐに平野を俺に紹介し、助言を求める様に云ってくれた。その口添えの結果、平野の事務所で田辺と会っている。もっとも大宮が少々のことで動じないのは平野の様な裏社会にも通じる人間との知己があるのも所以の一つかもしれない。

「所詮は理解してもらえないかも知れませんが。もちろん裏切ったとまでは言わない。でもあんな風に屋敷を手放させそれを我が子に贈与する様に仕向けるとは。悔しいものです。何分、あれ程忠節を尽くしてくれただけに。」

明瞭に言葉を発した。しかも沈着にだ。ある意味中崎を真似たものだった。だが、あいつほど声に深みを持たすことはできなかった。劣等感を懐くまでもないが、さりとて自分を顧みない訳にもいかなかった。

「分かります、十分。ところで確かめますか。」

田辺はその脇にあった風呂敷包みを俺の目の前に置いた。

「一応は。」

包みを解き手形の一枚一枚を確認した。大丈夫。中崎の預けた分全てあった。時来たり。田辺は再びそれを風呂敷に包むと自身の傍らに置いた。

「今、外に待たせている者に約束のお金を持って越させます。」

俺はおもむろに立ち上がりるとドアの方へ向かいノブを回した。

「お金だ!」

田辺は全く警戒していない。今だ。俺はその包まれた手形を取るとそのまま走り去った。そして一目散にビルの出口に向かった。得も言えない高揚感を覚えた。予期していたのは無我夢中というものであったが、現実は違った。


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