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没落の貴公子  作者: 南清璽
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回想に耽っても

確かに中崎だ。俺は寄託者の代表取締役名からそう察した。今度預かる荷主の伝票を整理していたところだった。

「谷、どうかしたか?」

社長の大宮は俺が暫くその伝票を見つめているのに訝しさを感じていた。一方、嘗ての使用人であったと告げる気は起こらなかった。しかもそれが意味のないプライドから来ているのは重々承知できていたが。だが、頭にもたげるばかりだ。どうして中崎が頼子にあの別荘を贈与する様に勧めたのかと。確かにあの日頼子に猟銃を向けた。それは彼女を自死の道連れにしようとしてのことだ。だが中崎が弾を抜いてくれたお蔭で幸い未遂に終わった。というかおおよそ結果が起こりえない不能犯ともいえる向きだった。それにしても中崎が云った罪滅ぼしの言葉には説得力があった。気が動転していたこともあったのだろうが、そうしなければという気にさせた。こんな具合に回想し、暫く沈思した。もっとも我に戻ると気恥ずかしくあった。

「君に雇ってもらえて助かったよ。」

随分感慨の伴うもの言いにした。それもこれもその荷主に興味を抱いているのを覆い隠そうとしての仕儀だった。ただ幾分かは狡猾であったかもしれない。もっとも生来の自己性愛故かこれしきのことは誰でもするものだとも考えた。

「ご尊父の紡績工場、あの頃景気がよかったな。」

これは同情であると共に深層では皮肉ったものともとれた。大宮とは中等学校の同級生だった。まさにその当時を回想して言葉だ。彼は商科大学に進学し今こうやって倉庫業を営んでいる。何分大陸との交易のお蔭で受注は絶えなかった。もちろん起業した直後は苦労も続いたようだ。そんな彼を尻目に俺は利殖生活を送っていたから何かと羨ましがられたのも事実だ。それにしても父は思い切って株式を手放したものだ。あの一番いい時分に知人に経営共々譲渡し、そのお金を元手に投資し配当金で悠々自適に余生を過ごしたのだから。でも分かるような気がした。というか事業に対する熱意を失った遠因に俺達兄弟の事情があったのには違いなかったからだ。一つには兄が男色だったことだ。何分父は丁稚奉公から身を起こしたものでこれといった学問はおさめていない。それだけに帝大に進めた兄に相当期待したのだろう。なのに件のとおりだったからな。それに加え俺も勉学の方はからっきし駄目で、予科から私学の大学に進むのが精一杯だった。だから父はどちらにも会社を継がせる気にはなれなかったのだろう。

「どうだろう。たまには外回りもさせてくれないか。」

俺の言葉を聞いてどういう風の吹き回しかという顔つきを大宮はした。それというのも分掌として俺が事務を司り大宮が外回り、営業と決めていたからだ。何分零細であったゆえ社長といえども実態は限りなく営業を担当する従業員に近いものだった。

「言っとくが顧客への挨拶まわりもうちのようなちっぽけな会社では馬鹿にはならないからな。もっともそこの社長は物腰が柔らかく付き合いやすい人だ。何だったら行ってくるか?何か適当な菓子折りでも持ってな。御令嬢も手伝っていらっしゃることだし。」

「御令嬢?いや、そうさせてもらうよ。」

こう述べると共にわずかに耽ってしまった。それもあいつに娘がいたとは。一方俺が荷主に興味を抱いていると察しているものの、その訳を尋ねようともしなかった。何ともいえない心地よい距離の置き方だ。むしろこれを承知して彼の世話になろうと思った。

「相当な借金をしていたのか?株を全部手放さなければならなかったとは。」

大宮も知らず知らずのうちに俺を慮っていた。もちろんこうともなれば畢竟なのだろうが。

「なにせ嫁の浪費が凄まじかったからな。」

もちろん、その所以は分かっていた。頼子を、いや妻が連れてきた娘を子としてではなく何時しか異性として感受していたからだろう。やがてそんな俺を蔑み葛藤に苛まれだした。そしてそれを晴らさんと浪費し、酒に溺れてしまったのだ。一方俺の認識も甘かった。当初は金銭の消費貸借でしのごうとした。しかし、つい借り入れを増したばかりに残債が雪だるま式に増え、しかも恐慌となりにっちもさっちもいかなくなってしまった。やむなく不動産や株を売却したのだ。だが、大宮にこれを語るかの決心はつきかねていた。やはり醜聞には違いないからだ。大宮はこの様子から幾ぶんか俺の心持ちを察してくれていた。俺は何も告げず出て行った。だが、大宮には分かるだろう。単なる気ままでないと。

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