選ばれし者の望み
ハイデクツの視点で謁見の間でのやり取りを見てみましょう。
ハイデクツ王は目の前のナガハルの子孫と言われる少年をじっと見ていた。
(さぁ、どうする。まぁどうせ、ナガハルの名誉を回復せよ、などと申すのであろうな)
少年は顔を赤くしながら何かを言いかけ、何かを思いついても首を振って否定しているようだ。
「どうした、遠慮なく申すがいい」
ーーーさあ、言うがいい。
討たれたナガハルではなく、もと支配者としてのナガハルの地位と名誉を回復せよ、と。
千年間、悲願として伝えられているであろう、ナガハルの子孫の望みはきっとそんなところだろう。
王はその考えを嘲るように笑った。
幼少の頃より教えられてきた国の歴史。
ナガハル・サイヴァッタの悪政に疲弊した民たちを救うためにカディアン・ミゾグが立ち上がり、ナガハルを討ったという。
しかもそれまでの善政に敬意を表すのと、悪政をしないようにとの戒めのために国の名前と姓にサイヴァッタの名前を使ったのだ。
王宮神官らの研究によると、その際に年寄りや女、子どもや同族の助命を受け入れる代わりに、ナガハルの一族は有事の際には先頭に立ち、敵を討ち滅ぼすことを約束したのだという。
当時、一族の助命嘆願を受けたことでさえ寛大な処置であるというのに、千年以上経った今になって、忘れ去られたナガハルの地位と名誉の回復など必要ない、と王は思っていたし、大臣たちからの奏上を見る限り、彼らの意見も王と同じである。
少年はやがて何かを決意したように頷くと、ハイデクツ王をまっすぐと見つめて口を開いた。
「せ、セシリアというアイドルを、王様はご、ごぞんじですか?」
「は?」
その予想外の言葉にハイデクツ王は目を点にした。
「あ、あの、さっき、お城の廊下にポスター貼ってあって、王様もご、ごじょんじかにゃって」
ハイデクツ王の反応に少年は泣きそうになり、身振り手振りをしてさらに噛みながら言葉を続ける。
その言葉に廊下に貼られてあった防犯週間のポスターを思い出し、セシリアとはあの可愛らしいおなごか、と大きく頷いた。
「知っておる。彼女がどうかしたのか?」
「あの、俺、セシリアちゃんの……ライヴに…ぃきたぃです…」
「なんと申した?」
「セシリア」までは聞き取れたが、そのあとの言葉が聞き取れなかった。
「ぁああすみませんすみません!!すみませんお赦しを!!俺なんかがおこがましいですよね、王様にセシリアちゃんのライヴに行きたいと頼むなんて!!すみませんすみません!!!でもセシリアちゃんのライヴは競争率高いし、お小遣いじゃチケットも買えないし、でもすみませんごめんなさい申し訳ありません!!!」
思いつく限りの謝罪の言葉を述べ、その場に平伏した少年をまじまじとみつめた。
すごい音がしたが、額を床に打ったのではないか?
要は、セシリアというアイドルのライヴに行きたい、そういう望みなのだろう。
あまりにも予想外の望みに、笑いがこみ上げてくる。威厳を保つのも忘れ、王は気づくと大笑いしていた。
少年をはじめ、謁見の間にいるすべてのものがぽかんと口を開け、王を驚きの目で見ている。
「陛下?」
傍らに立つ大臣の問いかけに我に返り、ハッとして口を押さえる。
しかしまだこみ上げる笑いを収めることができず、くくく、と体を震わせた。
「よいよい、そのようなことはたやすいわ。のう、タツミ」
そういえば、と思い出したことに階下の女騎士に言うと、彼女もまた、笑いを堪えられないように口を歪めていた。
「はい、王様。妹のマネージャーに伝えておきます」
「い、妹?!って、ことは…」
「セシリアは私の妹です」
「お姉様っ!!」
その言葉に少年は卒倒しそうになり、後ろにいた鉢巻を巻いた若者に支えられている。
なんと賑やかな少年だろう。
「セシリアちゃんのお姉様と旅ができるなんて…」
すぐに起き上がった少年は手を合わせ、まるで聖母を拝むようにタツミを見ている。
そんな風にされてタツミは少し戸惑っているようだ。
「そんなことで良いのか?家の再興、地位の回復などはいらぬのか?」
少年の本心は本当にセシリアのライヴのみにあるのだろうか。
もしかしたら演技をしているのかもしれない。
「家?地位?えっと、うちは何年かのローンがまだ残っているって話ですし、父さ…父は会社の部長なんで、それなりの地位だと思いますけど…」
「話が見えないキン、何が言いたいキン?」
赤き神の使いーーーしゃべる金魚台輪の問いに、ハイデクツ王はしびれを切らしたように身を乗り出して言った。
「ナガハルの家の再興はよいのか、と問うておるのだ!」
「ナガハル?」
ハイデクツ王の言葉に、少年を始めその後ろにいる少女や青年たちも首をかしげる。
「もう忘れたキンか?かつて領主だったゲイエスの先祖だキン」
しゃべる金魚台輪が少年に耳打ちすると、あぁ、という風に手を打った。
「正直知らない人ですし、どうでもいいです。そんなことよりも俺はセシリアちゃんのために魔王を倒すって決めたんです!」
胸を張って少し照れたような顔をして少年がタツミを見る。
憧れの人の姉であるタツミに良いところをみせたいのだろう。
彼女は困ったように王を振り返った。
こちらを見られても困る、とハイデクツ王は咳払いを一つした。
「ならば、そなたはセシリアのライヴのチケット、で本当によいのだな?」
「はいっ!俺、頑張りますっ!」
なんだかどっと疲れたと、玉座に腰を下ろす。
少年の頭の中にはそのアイドルのことしかなく、お家の再興も、ナガハルの名誉の回復も何も眼中にないらしい。
希望を叶えなければ伝承を逆手に国を危機に陥らせると脅してくるのでは、と考えていたのがバカバカしくなって、大きなため息が漏れる。
「他のものは?」
額に手を当てて、先を促す。
「私はギルドを代表して彼の護衛のためについてきているだけなので、遠慮します」
「そ、某も、同じにござりまする!」
鉢巻をした青年が緊張のためか、一人だけ時代が違うような言葉で話した。
「あ、あたしは、ゲイエスと結婚したいです!!」
少女はチャンスとばかりに手を挙げる。だが。
「ごめんミルフィ、俺の気持ちは、セシリアちゃんのものだから…」
そう言ってまたタツミを見つめる。言外に、自分はセシリア一筋だとアピールをしているのだ。
「…はは…」
また困った顔をしてタツミは曖昧に笑って返答することしかできずにいる。
「気持ちのないものを無理にくっつけることは、王命であってもちと、難しいのう…」
「そんな…じゃあ何もないです…」
妙な一団だ、とハイデクツ王は再びこみ上げる笑いを必死でこらえていた。
「ならばわらわの希望を言うても良いかの?」
その肩を落とした少女がすぐに顔を上げて、まるで別人のように微笑んだ。
先ほどまではキャピキャピという女子高校生らしい様子であったが、いまは妖艶な雰囲気がでている。
「何者だ!」
タツミを始め、騎士たちが武器を構えた。
「わらわはユベーシ。由緒ある石戸神社の神、ぞ」
ふふふ、と笑み、顎に手を当てて妖艶に微笑む。
「彼女は憑座の巫女なんだキン」
「ほう…」
しゃべる金魚台輪の言葉に危険性はないと判断し、手で騎士たちに武器を納めるよう指示を出す。
「ふふ、わらわの望みは…」
そこまで言いかけ、少女は口をハッとして抑えた。
「なんでもありません!ユベーシ様のことは聞かなくても大丈夫ですっ!お気持ちだけ、お気持ちだけで結構です!」
女神ではなく、少女に戻ったのか、と納得した。
「では王様、ご命令をお下しください」
大臣にうながされ、咳払いを一つ。
「うむ。では王命を告げる。赤き神の使いに選ばれし者ゲイエスたちよ、西の都サヴァヤスに巣食う魔王エリスを倒せ!」
王命を下すと、少年にしゃべる金魚台輪が何かを耳打ちした
「はい!謹んで拝命いたします」
少年にタツミを見張りにつけることにしたが、もしかしたら必要ないかもしれないと思い始めていたハイデクツ王だったが、念のため、とその考えを消した。
人はいつ、心変わりするかもわからない。かつては善政を敷いていたというナガハルが悪政を行うようになったように。
少年がもしかしたらナガハルの子孫らを率いて王権を奪おうとしにくるかもしれない。
それが杞憂で終わることを願い、ハイデクツは玉座をたった。
国の歴史、サイヴァッタの由来などを書きたかったので王の視点から書きました。




