第三章 先輩はロリータフェイス
第三章 先輩はロリータフェイス
俺は今、女子寮にいた。
覗きとか不純な理由ではなく、蛍先輩に連行されてだ。蛍先輩の甘い匂いが漂う部屋のソファに俺は腰掛けている。初めて入る女の子の部屋である。蛍先輩だからだと思うが、以外と家具や雑貨、化粧品類なども少なく質素な部屋。間取りは変わらないが邪魔なものが無いため広く見える。
「お茶入れてやろう、感謝しろよ」
唐突に先輩が言うとキッチンに向かう。たぶんここはリビングだろう。寝室はあっちかな。
先輩が冷蔵庫から、麦茶と書かれたラベルの付いたペットボトルを取り出す。コップを置き、麦茶? を注いでいく。トクトクと音を奏でる茶色の液体をバックに白く美しい指先が踊る。綺麗だな。
「先輩って綺麗ですね」
近くまで来た先輩に言葉をかける。
「ば、ばば、バカ! まだ心の準備が」
先輩がなぜか慌てて麦茶の入ったペットボトルを取り落とす。キャップは先輩の手の中にある。結果、ペットボトルは床に激突しバウンド、中の麦茶を盛大に撒き散らした。
「うわああ! 麦茶が!」
ビショビショになった床の周りを先輩が慌ててジタバタする。
「う、え?」
盛大にずっこけた。
おしりで麦茶の池に着地、飛びちった液体で制服がベタベタになっている。そして脚はM字開脚になっているので、……その、下着が丸見えになっている。
「ふぁああああ」
先輩の顔が、湯気が出そうなほどに真っ赤に染まる。
「見てない、断じて見てないです」
「この、エロ杉!」
先輩が俺に飛びかかろうとする。すんでのところで回避に成功。
「待ってこらあ!」
そう叫びながら、ポニーテールを揺らし、追いかけてくる先輩。
「服、服を着替えてください!」
「このぉおおおおおおおおお!」
俺の必死の叫びも届かず、大暴走する先輩に部屋中追いかけ回される。逃げ道がもうない。とっさに明かりの付いていない部屋に飛び込み、ドアの鍵を回す。ガチャンと良い音が鳴る。
「ここは……?」
暗闇の中、目がだんだんと慣れてきて、見えていなかった部屋の内装が見えてくる。ベッドが一つある、俺のベッドと同じデザインだ。シーツが乱れているようだ。手探りで明かりのスイッチを探す。
「……あった」
カチッと音が鳴ると蛍光灯がまたたく。
一気に明るくなり、一瞬たちくらみを起こす。もう一度ベッドを見るとやはりシーツが乱れている。
「先輩、掃除できなさそうだしな。ベッド一つだし、一人部屋なのかな」
快帝学園の寮は入学時にランダムで同室のメンバーを決められる。大体二人、もしくは三人部屋なのだが、申請さえすれば一人部屋にしてもらえる。俺の場合は一人だけ余ってしまったので一人部屋。
「……っ!」
これはブルマではないか。
もう一度、目で見て手にとって確認する。濃紺の生地、この肌触りはまさしくブルマだ。
これを先輩が穿いてくれたら……
想像だけで鼻血が出そうだ。
「くっ」
匂いをかぐか、かがないか、迷いが俺を襲う。先輩……なかなかのロリ系美少女である先輩のブルマだ。もちろんここに脱ぎ捨てられているという事は、まだ洗濯していない物という事。
かぎたい、かぎたい。
ここで男の本能を暴走させてしまっていいのか、理性を保たなければ。
「あ……」
しっかりとブルマを掴んだ手が、俺の手が無意識に俺の鼻に近付いてくる。
ダメだ……、理性が――
「おい、上杉! 観念しろぉ――?」
ドアを吹き飛ばし、先輩が俺のいる部屋に突入してくる。
「お前、何持ってやがる!?」
「先輩のブルマですけど」
「……ししし、しだ」
先輩が顔を下に向けてブツブツと何か言っている。肩が小刻みに震えていて、泣いているみたいだ。
「どうしたんですか?」
「上杉いいいいいいい! 俺様のブルマの匂いをかぐとはいい度胸だ! お前には死、死を。今すぐ殺してやる!」
なんか殺気がドス黒いオーラが。
「ま、まま待ってください、これにはわけが――」
よく考えると無いな。
「問答無用だ!」
ドス黒いオーラを出した先輩が突進してくる。武装を部分展開し、手に光を刃にした剣を握っている。あの赤は血の色かな。
「うりゃああああ!」
防御を無視した横なぎの一撃。身体能力、瞬発力の最大を出して先輩の猛攻から逃げる。
「部分展開、紅閃、紅牙」
もう片方の先輩の手にも剣が握られる。あれ、名前あるんだ。
先輩が片方の剣を振るう、たぶん紅閃のほう。
「うわっ!」
刃から飛び出した光が壁を破壊する。
「先輩、危ないです!」
「うるさい、お前が悪いんだ、止めて欲しかったらあやまれ!」
そう叫ぶ間にも先輩が剣をブンブンと振るうので、粒子の塊が……輝子だっけ、光速で飛んでくる。
「すいませんでした、あやまるから止めてください!」
飛んでくる輝子の塊をよけながら、必死に叫ぶ。
すると先輩は我に返ったのか、剣を振り上げたまま硬直する。
「分かったか、全く」
武装分解し先輩が、両手の剣を消す。
「お前、ブルマ好きなのか?」
「そうですけど」
「もしかして、生徒会長倒す理由ってブルマ廃止案か?」
先輩が目を細めながら。聞いてくる。
「撤廃をお願いしにいきます」
「やっぱりここで殺そう」
「止めてください、洒落にならないです。先輩はなんで生徒会長を倒そうとしているんですか?」
「あいつは傲慢で腹正しいんだ。金髪碧眼容姿端麗成績優秀学園最強、才能ランキングは第一位、二つ名は砕撃の女王。俺様は女神なのになんで女王に負けるんだよ、許せねえ」
問題はそこなのか?
「欠点とか無いんですか?」
「さあな、友達とかと喋っているところは見た事ねえな」
完璧超人というわけでもないんだな。まあ、そんな人間面白くないんだろうけど。ん、面白くないから人が寄り付かない、だから完璧超人には友達とかいないのか? 俺みたいな凡才にはさっぱりだ。
「今、何時ですか?」
「ん、七時ちょっと前」
そんな時間になっていたのか、早く帰らないとききょうとライチに怒られる。
「先輩、そろそろ帰ります」
「上杉、その前に一つお願いがあるのだが」
「なんですか?」
なんだろうここにきて。まさか、告白とか……無いな。
先輩は少しだけ頬を赤らめると小さな口を開く。
「部屋を破壊してしまったから、修理が終わるまで泊めてくれないか?」
「む、無理ですよ」
俺が否定的な言葉をいったせいか、先輩がムッと柔らかそうなほっぺを膨らませる。
「上杉が悪いのになー、上杉が――」
なんだ、この強迫観念。まるで俺が悪人のようではないか。
「俺のブルマの匂いかいだの誰だっけー」
「わ、分かりました」
なんで、こうなるんだ。ききょうとライチ、合わせて三人。猛獣がまた一匹増えた。ききょうに会ってから不幸すぎる。
「じゃあ、荷物まとめたら行く」
「分かりました、ではまた」
最悪だ、猛獣のいる檻に閉じ込められるのと同じ。むしろそれより命の危険があると言っても過言ではない。全員美少女だからといってもプラマイゼロには……なるかもしれない。
「はぁー」
心の底から溜息が漏れた。
部屋に帰ると早速、二匹の猛獣が発奮していらっしゃった。
「涼真、おそい!」
「すまん、先輩の部屋に呼ばれて」
ギロッとききょうとライチ、二人の目線が突き刺さる。
「それで蛍と何を話したの?」
俺はあった事を全て、ブルマの部分は省いて、二人に詳しく説明した。
「……涼真。また勝手に女の子を部屋に泊めるんだね」
いつもの菩薩のような表情とはうって変わって、阿修羅のようになっているライチ。
「なんでほたるまで、泊める約束するのかな?」
拳をバキバキッと鳴らしながら、俺に質問をしてくるききょう。なぜだろう、覇気が出ている気がするのは。
「ま、待て! 俺は悪くないんだよ。頼むから、俺の首にかかっている腕を外してく――」
頚動脈を締め付けるのはやばい、マジでやばい。
ききょうの腕から力が抜けて、締め付けが外れる。
「……ぐっ。ききょう、お前のせいで意識が落ちるところだっただろうが!」
見事な締め付け技だった。
「それで蛍はいつ来るのよ?」
「もうすぐじゃないか?」
「あのアホ。自分で喧嘩吹っかけといて、また来るの。まあ、生徒会長を倒すためならしょうがないけど」
悪態をブツブツとついているききょうはほっといて、夕飯を作らないとな。
「夕飯どうする?」
「僕が作るよ」
ライチが心よく立候補してくれる。しかも料理が上手い。ライチはいい子だね。
「じゃあ任せた」
さて夕飯はライチに任せて、ってききょうなんだその目は。
「涼真のバカ!」
ききょうの光速飛び膝蹴り。バカ、武装を使うんじゃない!
「ぐっごおおおおお!」
ききょうの膝は俺の顎に突き刺さり、容赦無く振り抜かれ、見事に衝撃を与えた。かろうじて意識は落ちなかったが。まあ、地面に倒れる瞬間にききょうの純白のパンツがしっかりと見えたから、許すけどな。
「ふん!」
なんでそんなにききょうは怒っているんだよ。
「涼真、今日はカレーでいいかな?」
阿修羅から菩薩に戻ったライチの優しい声がキッチンから聞こえてくる。
「ああ、いいよ」
今日はカレーか。カレーは家庭の味というかなんというか、簡単そうに見えて、実は家庭の温かい味を作るのが大変だったりするんだよな、ライチの手料理、今度はカレーか楽しみだな。
「涼真―。アホと戦ったせいで疲れたからマッサージしてよ」
なんちゅう奴だ。昨日の反省でもしたのか知らないが料理には参加しないみたいだな。
「分かった、分かった」
断ったら光速で蹴ってくるからな。内臓破裂の危険がある。
ソファにゴロンと寝転がったききょうは、手をポンポンと叩いて催促してくる。その仕草は少し可愛かった。
「早くしなさいよ」
「はいはい」
うつぶせになって寝ているききょうの上にまたがり、背中を指圧する。
「どこだ、凝っている所は?」
「ふぁ、気持ちいい」
なんかききょうの声じゃない気がするけど、どうやら背中全体が痛いらしい。
「このへんか?」
「う、うん。そ、そのへにゅ」
そんなに気持ちいいのかな。さっきから変な声が出ているけど。
「痛いか?」
「全然、だいじょうにゅ。気持ちいいみゅよ」
「なら、いいけど」
顔がフニャフニャに柔らかくなっているききょうはなんか可愛いな。
「……可愛いな」
「ふにゅ! バカ何言ってんにょ!」
「いや、顔がゆるみまくっているききょうは可愛いと思って」
「こにゅ変態、BL! ブルマコレクター」
確かにブルマを穿いている美少女は大好きだが、ブルマそのものに対する愛はコレクションするほどではない。まあ、他を圧倒はしていると思うが。
あんまり生意気な事を言うならこうしてやる。
「このこのこの!」
先程よりも強くそして優しくききょうの背中を指圧していく。
「ふにょ! やめにょおおお!」
「う、うわ!」
ききょうが起き上がろうと体を持ち上げたせいで俺はソファから転げ落ちそうになる。くそっ、何か掴まないと。ワラをも掴む気持ちで必死になって、近くにあった布を掴む。
「痛あ!」
くっ、最後に掴んだ布なんかではソファに復帰する事は無理だった。頭、打った、痛いな。ジンジンする。
「!」
目を開けると銀色の世界が広がっていた。これはききょうの頭か。結構、いい匂いだな。ついつい、鼻を押し付けてかいでしまった。
「バカ!」
俺の上に乗っかっていたききょうは立ち上がると俺を蹴り飛ばした。
「痛い、やめろ」
「ぐう、がう」
獣のような吐息を吐き出すききょう。
「今、匂いかいだ、この変態ド変態ドド変態」
ドドドドドと連呼するききょう。
「分かった、ごめん。あんまりいい匂いだったから」
「ドドドドドドドド……え? いい匂い?」
「ああ」
ますます顔を真っ赤にするききょう。またなんかかんの触る事言ったかな。
「も、もういいわ」
「……そうか」
許してくれたのか、あっさりしすぎて分からない。
ききょうと格闘している間に結構、時間がたったらしい。もう窓からは綺麗な漆黒の夜空が広がり、星がキラキラと輝いている。部屋の中にはおいしそうなカレーの香りが既に充満していた。
「涼真―。味見してー」
ライチの声がリビングに響く。
「今、行く」
キッチンに行くと出来たてのカレーが湯気を立てて待っていた。ライチがスプーンにすくって差し出してくる。まあ、ここは遠慮なく食べておこう。
「は、はい」
「うん、ありがとう」
ライチが差し出したスプーンをくわえてカレーの味見をする。口の中に広がるほどよい辛さと懐かしい味。
「うん、おいしい」
「そ、そうか。よかった……」
よっぽどうれしかったのか顔を赤くするライチ。
突然、金属がへし折られる音がした。後ろを振り向くともの凄いスピードで玄関のドアが目の前を通過していた。その後に続く、聞き覚えのある声。
「いやー、両手塞がってたから、蹴っちゃった」
「いやー、じゃないですよ。どうするんですか、これ」
玄関のドアを蹴って破壊する女子高生ってなんだよ。怪物かよ。まあ、これが先輩なんだろうけど。
「さて、遅くなってすまなかったな。ん! おいしそうな香りがするな、カレーか?」
そう言って味見をせがんでくる先輩を止めて、夕飯の準備を一緒にしてもらう。
「じゃあ、夕飯にするか」
みんなでいつも食事をする机では狭いのでリビングのソファに座り、カレーを食べる事にする。それでも狭いぐらいだ。ソファが二つあっても意味無いと思っていたが、今回は意味があったようだ。詳しく説明をするとリビングにはソファが二つあってその間に四角い机あるという形になっている。
俺の隣にはライチ。向かい側のソファにききょうと先輩が座っている。二匹の猛獣が隣り合って空気がギスギスしている。
「食べようか」
「あ、ああ」
そんな気まずい雰囲気の中で夕飯を食べ終えた。
その後、全員風呂に入る。一緒じゃないぞ、別々だ。
「じゃあ、始めるぞ」
「何をするんですか?」
質問をしたのはライチだ。昨日と同じく青色を基調としたパジャマに身を包んでおり、一応、さらしもつけているせいか女性らしい膨らみは目視では分からない。
「そうだな、まずはポーカーだ」
そう言ってトランプを取り出す、真っ赤のフワフワパジャパに身を包む部長、なぜか分からないが猫耳を恥ずかしそうに着けている。
「その猫耳可愛いですね」
「う、セット販売だったんだ」
罰が悪そうに顔を背ける先輩、ちょっと可愛いかった。
「なんでポーカーなんかやるの?」
悪態をつくのは見るからに女児用のパジャマに身を包むききょう。そのサイズが高校生でピッタリって、かなり凄いと思う。
「もちろん、生徒会との戦いではポーカーフェイスというものが必要だからな」
「何、ぽーかーふぇいすって?」
「お前、知らないの?」
「ああ、分かった。これね」
そう言って、頬を指差すききょう。
「なんだ?」
「このくぼみの事でしょ?」
エッヘンとない胸を張るききょう。
「まさか……えくぼの事か?」
「え?」
流石に高校に真面目に通ってないだけあってかおバカさんだな。
「ききょう、ポーカーって知ってるか?」
ライチの質問にききょうが自信満々で答える。
「もちろん、服に付いている帽子よね」
「それはパーカー!」
珍回答を連発するききょうを見て、先輩が笑い出す。
「柚木、サンタクロースどこから来るか知ってるか?」
「……名古屋でしょ」
どうしたら名古屋になるんだ。こいつの思考回路はどうなっているんだ。
「……正解」
「え?」
ききょう以外の人間が、俺とライチだけだが、先輩の言葉に目をまんまるにする。今、正解って言ったのか? サンタって名古屋から来るの? 初耳だぞ。
「違うと思うぞ」
「「なんでよ、クリスマスは手羽先が出るじゃない!」」
「フライドチキンだ、それは」
こういう時だけ、気が合うんだな。考え方が似ていると言うか。
「アホか、お前ら」
「「アホじゃない、バカだ」」
「根本的解決になってないぞ」
「「私(俺)は天才だ!」」
「へい、へい」
ここはひとまず折れた方が良さそうだな。両方とも意地っ張りだし。
「それじゃ、みんな五枚ずつ取って」
ライチが仕切りなおし、五枚トランプを引き、ポーカーがスタートする。ききょうはポーカー知らないけど大丈夫なのか。教えてやればいいか。
ききょうに五枚引かせた後、俺もトランプを引く。その後に、部長とセリアが続く。俺の引いたトランプはスペード以外のキングが三枚とハートの一、ダイヤの三。この時点でスリーカードが完成していた。よしっ、二枚交換だな。
ハートの一とダイヤの三を捨てて、トランプの山から新たに二枚引く。引き当てたのはクローバとダイヤの八。フルハウスか、確か……四番目に強かったような気がする。
まあ、勝てそうな気がする。
さてと、ききょうはと、
「絵柄と数字が揃ってないのを捨てるんだぞ」
「わ、分かってるわよ」
頬を膨らませて、プンスカプンスカ怒るききょう。文句を言いながらも俺の言う事に従うその姿は、結構健気で可愛い。
「よしっ、勝負だよ」
みんなが手札を交換したところでライチがコールする。
「いいぞ」
みんなで一斉に手札を表に向ける。
ライチがツーペア、部長がストレート、俺がフルハウスで俺の勝ちって……
「なあ、ききょう。なんでエースが四枚揃っているんだ?」
「知らないわよ!」
これはフォーカードだった気がする。これは二番目に強いから……えっとききょうの勝ち?
「なんで、柚木が勝つんだ」
気に食わないらしく、先輩が文句をこぼす。
「あれ? 私勝ったのか。いえーい、アホに勝ったあ!」
両手を上げて、バンザイしながら喜ぶききょう。先輩の顔には悔しさがにじみ出ている。
「うるさい、バカ。俺様は女神様の弦時蛍様だ! 敬え、バカ!」
「チビ女神のアホ。バカは治るからいいんだ! アホは一生治らないんだぞ、アホ!」
「俺様はアホじゃない、バカだ。バカで、天才で女神の部長だ」
矛盾してますけど。
「「うるさい!」」
同時に叫ぶききょうと先輩。
高三と高二の喧嘩じゃねえぞ。小学生以下だ、いまどきの小学生もここまで低レベルじゃないわ。
「じゃあ、ポーカーはやめて、大富豪やるぞ」
先輩が唐突にゲームの変更を宣言する。
「望む所よ」
ききょうが宣戦布告を受け入れ、俺とライチまで巻き込んでのトランプ大会が始まった。
いつまでやっているんだ、こいつらは。
トランプ大会が始まって、およそ五時間。もう時計は十二の文字をとっくの昔に通り過ぎて、日付は変わっていた。深夜の時間帯になってもききょうと部長は争いを続けており、今は一対一のスピードをやっている。ちなみにききょうは百一勝、部長も百一勝と五分五分の争いになっている。ライチはグッタリとしてソファの肘掛にもたれて寝てしまっている。ライチの寝顔は見慣れているけど、やっぱり可愛いな。閉じられた瞳に覆いかぶさる長く、可憐なまつげに視線を注ぐ。
あー、俺も寝たい。ちなみに俺はソファに寝転がって休憩中。ききょうと先輩は床でスピードをしている。両方とも武装を使用して、光速で手を動かしているのでトランプどころか、二人の手がたくさんありすぎて目がついていかない。
二人の手が交錯し、停止して勝敗を告げる。
先に山札が無くなったのはききょう。先輩は残り一枚だった。
「……もう、寝るぞ」
「やったあ……勝ったぁ……」
「くそぅ……バカめぇ……」
「「すーすー」」
一通り何か発した後、二人して可愛い寝言を立てて夢の世界に落ちていった。
二人に毛布を掛けた後、俺の意識は遥か彼方へと飛んでいった。
「うー」
トランプ大会による寝不足で、全く授業についていけなかったじゃないか。
蛍先輩に放課後、職員室前に来いと言われたので、俺は今、廊下を疾走中。足が地面に付く度に脳に少しだけ衝撃が伝わるのだが、これがなかなか寝不足の脳には響く。
今週、放課後全部いろいろ用事でつぶれちゃって、一回もブルマ女子眺めてないな。体育の授業が合同の時は補給できるけど、合同授業が無かったからちょっときつい。
そんなくだらなくない事を考えていると職員室の前の廊下に着いた。
「おそい! 全くこの俺を待たせるとは、お前は何様だ!」
そう俺に向かって言ってきたのは、俺様口調の身長百三十八センチ、真っ赤な髪をツインテールにしている美少女、弦時蛍である。一応、三年らしいので先輩だ。胸はほとんど皆無のききょうよりも小さい。
「何様も何も、先輩が俺の寝不足の原因じゃないですか」
「生活習慣はちゃんと身につけておけ、上杉!」
自分は登校する時間ぎりぎりまで寝ていたくせに、ライチが寝不足で動けなかったから俺が朝食を作ったんだぞ。部屋に三人も女子を泊めているせいで、登校する時もビクビクしながら寮を出ないといけないし。ライチは一応、男……いや一応と言うなら女、まあ細かい事はいいや。
「で、何の用ですか?」
わざわざ職員室まで来て何をするんだろう。
「何を言っているんだ? 生徒会長に勝負……生徒会戦をするには、先生に申請しないといけないんだぞ」
「そうなんですか?」
「お前……本当に常識知らずだな」
「先輩だけには絶対に言われたくないです」
「はあ!? 俺のどこが常識知らずなんだよ!」
どこがって口調、行動、知識。
「え? ……全部ですけど」
「よしっ、黙って俺に殺されるか、俺に殺されて黙るか、選ばせてやる」
と言う先輩の両手には刃が光の粒子で構成された、先輩の身の丈ほどある大剣、紅閃、紅牙が握られている。
「さあ、前言を撤回しろ」
「撤回します」
男らしくない? この人は人間ではない猛獣だ。大の大人だって猛獣に追われたら逃げるだろう。それと同じだ。
「さっさと申請してくるぞ、お前の担任は誰だ?」
「えっと、石狩結先生」
「結ちゃんか、分かった」
俺の返答を聞くと堂々と職員室に入っていく先輩、慌てて付いていく。
「ん?」
何の冗談だ? 結ちゃんって言ったのか? 天下の猛獣、弦時蛍先輩が。ありえん、今のは空耳だ、天の声というやつに違いない。先輩がちゃん付けで先生を呼ぶなんて、考えた……いや考えられない。
とにかく、絶対にありえ
「結ちゃん、相談があるんだが」
た。イメージが崩れる、悪い意味でなく良い意味で。
先輩にも可愛いところがあっても不思議ではないか、ききょうやライチでも可愛いところはたくさんあるんだし。
「なんですか、蛍ちゃん」
「生徒会戦の申請をしたいのだ、いいかな」
俺が隣にいるのに全くお構い無しに話を進めていく二人。完全に置いてけぼり、来た意味あるのか、俺。
「で、生徒会戦の参加メンバーは誰ですかです?」
いつも通り、ゆっくりとした口調で話す結先生。ぴっちりとした黒いスーツを着ていて、大きな胸が谷間を作っている。
「……二年の柚木ききょう、藤堂ライチです」
「先輩! 俺を忘れています」
「だそうです、結ちゃん」
「以上、蛍ちゃんを含めて四名ですね、分かりましたです。申請しておきますですぅ」
独特の語尾とゆったりした口調で、結先生が俺達の申請を確認した。
「あと、日にちはいつですぅ?」
「今日が水曜日なので、金曜日でいいです」
「分かりましたですぅ」
「では、失礼します」
最後に似合わない堅苦しい挨拶を先輩がして、それに俺が続いて職員室を出る。
職員室から出た途端、先輩が不機嫌そうな顔になって、ズンズンと廊下を歩いていてしまう。
「待ってください」
先輩がピタッと立ち止まる。そしてクルリと一回転して、俺と向かい合う格好になる。
「どうしたんですか?」
先輩の近くまで走り、立ち止まってから聞いてみる。
「……上杉は胸が大きい女の子の方が好きか?」
「胸ですか? あんまり気にしてないですけど」
「いや、お前はさっき、結ちゃんの胸を見つめていた!」
「そ、そんな大きい声で言わないで下さい」
他の生徒が聞いたらどうするんだよ。
「そ、そんなに胸は大きくなくてもいいと俺は思いますよ」
先輩の耳元で小さく呟く。その言葉の本質にはブルマさえあればいいという考えが、隠れているが黙っておこう。
「……っ、上杉。顔が近い」
「ああ、すいません」
急いで顔を上げる。
先輩にしては元気のない声だったな。
「先輩、具合悪いんですか?」
「……お前が息を耳に吹きかけるから」
「なんですか?」
「なんでもない!」
そう叫ぶと小さな足を高速回転させて、先輩が走り去っていた。
「あ! 上杉、競技場に来いよ!」
「分かりました!」
俺が返事をした時には、先輩の姿はもう見えなかった。
競技場内に入ると、今日もまたききょう、ライチ、そして蛍先輩がいた。
ちゃんと俺も超F武装を展開している。
競技場には他に人はおらず、俺達だけだ。
「遅かったじゃない、涼真」
最初、話しかけてきたのはききょう。銀髪のツインテールを揺らしている。
「まあな」
適当に返事をする。ブルマを見るために一回、屋上に行ったなんて口が割けてでも言えない。
「上杉、ライチと一緒に武装を使わない徒手格闘の練習をしておいてくれ」
「先輩は?」
「ききょうと一緒に作戦会議だ」
ききょうと一緒に? またおかしな事だな、ききょうが協力するなんて。生徒会長を倒すにはそこまでする必要があるということか。
「分かりました。ライチ、一緒に徒手格闘の練習をするぞ」
「徒手格闘? 分かったよー。涼真は標準武装もネクサスが無いから大変だね」
嫌味のない純真な笑顔で、サラッと傷付く事を言う男装美少女、藤堂ライチ。幼馴染の性格はじゅうじゅう承知だが、なんだかんだ精神的にダメージを食らう。
「じゃあ、標準、追加装備は不使用。超T装甲を展開した状態で模擬格闘戦だね」
「おう」
そう言って俺とライチは少し離れて向かい合う。
「「完全展開!」」
俺の武装が装甲を再構築し、先程よりも頑丈な装甲を展開する。ライチは昨日と同じように青い武装で、背中に三枚の巨大な盾が並んでいる。
拡張領域を使用して、地面からさらに離れる。
「いくぞ!」
「いいよ!」
背中のエネルギーの翼を爆発させて、ライチに突進を仕掛ける。右の拳を突き出す。
「ふっ」
ライチが少し笑みをこぼした瞬間、目の前の青い物体……盾によって攻撃を阻まれる。拡張領域内の自分の装備は自由自在に操れる。
やっぱり、不利だな。
元いた場所から飛んで、ライチと間を取る。空中に足を付ける嫌な感触。
「っ!」
俺が慣れない感覚に気を取られている隙を突いて、ライチが迫ってくる。
顎を狙った左の掌底打ち、眉間を狙った右の正拳。すんでのところで回避する。
「ぐっ!」
腹部に重い一撃。ライチの右足が腹部に食い込む。
蹴り飛ばされる。空中に足を付けて、壁に激突しないよう減速させる。空中を滑るというのもなかなか気持ちが悪い事だが。
「涼真、油断は禁物、大敵だよ」
とっさに顔を上げるとライチの青い武装が見えた。目の前を通り過ぎ……切り返し!
「なっ!」
ライチの上からの攻撃を回避したはずなのに、下から拳を鳩尾に決められ、内臓を締め付けられるような痛みを味わう。
見事なフェイントと切り返しだった。
「涼真、そんなんじゃ死んじゃうよ」
ライチの足が肩に乗って、蹴り抜かれる。
抵抗する事も出来ずに、地面と背中が衝突する。
体に傷一つ付かない超Fスーツだが、衝撃はそのまま伝わる。重く深い衝撃。視界は砂ぼこりではっきりとしない。
体を起こそうにも、全身がズキズキと痛み立ち上がるのもままならない。ライチの意外な強さに驚くよりも先に、自分の弱さに驚いた。
凡才だから仕方が無いと言ってきた自分が甘かった。超F武装は兵器だ。命などたやすく消せる。生徒会長の強さなどライチの比ではないだろう。何十倍も強いはずだ。ききょうと先輩が作戦会議までするほどの相手。俺みたいな不純な動機で戦ったりしたら、死ぬ。
「っ!」
ネガティブになってどうするんだ。
今日と明日頑張るしかない。
だから、早く立ち上がらないと。
「ぐっ……」
腕で体を支え、膝を地面に付く。よつんばいの状態から立ち上がる。膝がガクガクと振るえ、笑っている。
「さてと、練習だ」
体の痛みなど無いように無視して歩く。
だんだんと砂ぼこりが晴れて、ライチの姿が確認できる。俺を蹴り飛ばしたその場所でブラウンの髪を風になびかせている。
悔しい、女なんかに負けていられない。男は女を守る側だ。
そんな気持ちが俺の中で渦巻いていた。
「もう一回だ、ライチ」
「大丈夫?」
「ああ」
いつものライチの優しい言葉も無視して、俺は地面を蹴る。もう一度拡張領域と背中の翼に意識を向けながら、ライチの隙を探す。
そして、衝突。
拳と拳がぶつかり合う。俺の右の正拳がライチの顎に突き刺さり、俺の顎にライチの右の正拳が突き刺さった。ほとんど同時に振り抜く。脳が揺れて意識を保つのが難しくなる。意識が無くなれば超F武装は分解される。必死に持ちこたえる。
地面に背中を向けて、ゆっくりと落下する俺の胸に何かが飛び込んでくる。
「え?」
肩まで伸びた、艶やかなブラウンの髪。ほんのりとライチの女の子らしい香りが漂ってくる。男の格好をしているのに、こんな匂いがするのか。
どうやら意識を失っているらしく、力が抜けていて、武装も分解されている。こういうのを強制分解っていうんだっけ。
「俺の勝ちだ、ライチ」
ライチの体をしっかりと抱きとめて、地面にゆっくりと着地する。
気を失ってしまったライチをいわゆるお姫様抱っこし、ききょうと先輩のところに移動する。超F武装のおかげでライチの重さはほとんど感じない。
「りょ、涼真。ライチどうしたの?」
ききょうが心配そうな声をかけてくる。結構仲が良いからなこの二人。
「ああ、ちょっと気を失ってる」
「涼真、勝ったの?」
「まあな」
流石に武装を使わない勝負なんだし、途中で負けそうだったのは言わない方がいいかな。こいつに言うと絶対にバカにされるし。
「そんな凄い事か?」
「涼真、あんたは詳しくないでしょうけど、超F武装を装備できてなおかつネクサス、追加装備を構築できるようになる人間は二十パーセントにも満たないわ。私から見れば普通だけど、ライチは結構、優秀な生徒。今回ばかりは褒めてあげるわ」
ききょうがいつもとは違い、俺を褒めてきた。
「なんか、お前に褒められると気持ちが悪いな」
とてもむずがゆい。背中がとてもかゆくなる。普段、罵倒しかしない奴に褒められるのはすごく違和感を、感じる。
「な、何よ! せっかく褒めてあげたのに。それに――」
「それに?」
「…………お姫様抱っこ」
「え?」
「もういい! このド変態!」
やっといつものききょうらしくなってきたな。意味が分からないけど。
「上杉、ライチを起こせ」
うしろから先輩の声が聞こえる。
「ライチを起こせって言っても気絶してますよ」
「じゃあ、一回更衣室に連れて行け。十分で起こしてこい」
「は、はい」
なんだか先輩が不機嫌だ。ちいさなこめかみには血管が浮き出ている。ききょうは鋭い視線をさっきから送ってくるし一体どうしたんだ。
「なあ、俺は何か悪い事したのか?」
「「うるさい!」」
意味が分からない。なんで先輩まで不機嫌になっているんだ。
はてなマークを浮かべながら、俺は更衣室に戻った。
一度、武装を分解してから更衣室に入る。
超F武装の補助が無くなりライチの重さ、肌の質感、弾力を直に感じる。やっぱりライチも女の子なんだな。女の子らしい肌の柔らかさがそう示している。
とりあえず、ライチを更衣室にある長イスの上に寝かせる。
「どうすれば起きるんだ?」
伝統的な水をかけるといったところか。でもライチに水をかけるのは可哀相だしな。他に方法は無いかな。
「うーん」
「……ん……ん」
俺が起こす方法を考えているとライチが寝言のような事を言っている。
「…………き……きす」
今、キスって言ったのか?
確かに俺にはそう聞き取れた。ライチはキスして起こしてほしいのか? まあ、女の子の頼みなら聞くけどキスはなー。ちょっと抵抗がある。
ライチの顔を覗き込んでみる。
みずみずしい白い肌、さくらんぼのような淡いピンクのくちびる。
俺は健全すぎる男子高校生だ、キスしたくないわけがない。こんなにも綺麗な顔が近くにあるのに無視するなんてもったいない。それにライチだってキスって言っているわけで。
いいのか?
本当にいいのか?
のっそりとライチが寝返りを打つ。気絶しているのに寝返りとは変な話だが。
問題はライチの手。白く細い両腕は寝返りを打った際になぜか、俺の首に巻きついた。するとライチの腕に力が入り、俺は倒れる格好になる。
「っ!」
顔に当たる柔らかな感触。さらし越しでも分かるライチの膨らみ。
こんなに成長していたんだ、じゃなくて。
「ライチ、起きろ」
早く起こさないと、ききょうと先輩に殺される事を忘れていた。
「……ん」
ライチが再び寝返りを打つ。そして俺の腰にライチの足が巻き付いて……
俺達は長イスの上で抱き合う形となった。
「お、おい。ライチ、起きろ」
ライチの胸にうずめられながら必死に叫ぶ。なんか格好悪いな、俺。
俺の叫びを無視してぎゅうぎゅうと抱きついてくるライチ。寝相が悪いなんてもんじゃない酔っ払い級だ。
「ぐう……」
寝ている時に、ぐうって言う奴が本当にいるのか。
その時、薄暗かった更衣室に光が差し込んできた。
(やべっ、ききょうか)
慌てて、顔を上げられないので目線だけ光の差し込む方に向ける。ドアが開いていてそこから光が入ってくるようだ。
「ん?」
この前ぶつかった金髪碧眼の美少女がそこに立っていた。相変わらず人が近寄りがたい雰囲気をかもし出している。
「…………変態」
「俺は変態じゃない」
俺はライチと抱き合った状態で必死に叫ぶ。
「……男……抱き合ってる……変態」
言い返す言葉がない。俺の今の状態は変態以外の何者でもない。ライチは女だって言ってしまったら、ライチの秘密を漏らすことになってしまう。男としてここは変態になってでも、ライチの秘密は漏らさない。
「部屋……間違えた……じゃあ」
「え、ちょっと」
「……これだから信じられない」
最後に意味深な言葉を残して、金髪碧眼美少女は去っていた。以外と身長は小さめであったが女の子らしい膨らみはライチ以上。もちろん、ききょうと先輩は論外だ。あの二人本当に高校生かな。
「……ん」
ライチがどうやら起きたらしく俺の背中に回していた手を離し、離した手で目をこすっている。
ライチの目が開く。
「え……涼真?」
「おはよう、ライチ」
ライチが戸惑ったような顔をしてから、今の自分の状態を確認する。
さあ、俺も確認しよう。
まず、俺はライチの上に馬乗りのような体勢で乗っかっている。ライチの顔は少し動いただけでキスできそうな位置にある。両手はライチを起こすために肩の位置に置かれている。そうまるで、ライチを襲っているかのような体勢になっていた。
「涼真、僕に何をしたの?」
「ライチ、こ、これには深いわけがあるんだ」
「どういうこと? 僕は涼真になら……襲われたっていいよ」
頬をほんのりと染め、恥らうように顔を背けてつぶやくライチ。男子制服を着て、男の格好をしていても破壊力は半端ではない。現に俺の心臓の鼓動はさっきよりも大きくなっている。
「いや、お、襲っているわけじゃなくって」
「じゃあ何?」
「え、えっと」
素直にライチが抱きついてきたって言うべきなのに、口が言う事を聞いてくれない。ライチが俺に抱きつくかのように両手を俺の肩の腰に回す。そしてそのまま起き上がる。
「お、おいライチ」
体勢は入れ替わり俺の上にライチが馬乗りになっている格好になった。
「……涼真」
ライチがゆっくりと羽織っている制服を脱ぎ、下のシャツのボタンを外していく。
「ば、バカ! ききょう達が来たらどうするんだ!」
「そうか、それもそうだね。やっぱり涼真は優しいな」
そう言うと顔を近づけてくるライチ。どうやら、寝ぼけているみたいだ。
「な、何するんだ?」
「キスしてもいいかい?」
「な、えええっと」
何て答えればいいんだよ。拒否をしたらライチが傷付くだろうし、でもライチは寝ぼけているみたいだしこんな事でキスしたら謝りきれない。
俺の焦りとは裏腹にライチは決心したかのように目を瞑る。
顔をもっと近づけてくる。もう唇同士が触れ合う――。
「涼真! 何してんの!? ライチ、もうバカ!」
超F武装を分解した状態で競技場から帰ってきたききょうは、何やら血相を変えて俺とライチのところに走ってくる。
ライチを勢いよく蹴り、その反動で天井近くまでジャンプするききょう。ライチは蹴り飛ばされて長イスから落下した。
「このド変態!」
ききょうの肘が俺の腹部に食い込む。長イスの脚も粉砕したらしくドスンと背中に衝撃が伝わる。これも結構痛いが、ききょうの肘鉄程ではない。
「ライチ、ごめんね」
ライチに駆け寄り立ち上がらせてからききょうが俺の方を向く。
「このドドド変態! ライチまで襲うとか、マジでドドドド変態」
「断じて襲ってない」
「口答えをしない! この完全変態!」
「完全変態っていうのは虫の事だぞ」
「う、うるさい!」
怒涛の罵声を浴びせて、怒りも収まったのかききょうが一息つく。
「ああ、もう。早く行くわよ、ライチも」
「はいはい」
仕方なく、というか抵抗すると命が無いので超F武装をもう一度展開する。隣でライチも武装を展開している。
「全く、なんで涼真はそんな変態なのよ」
「俺はそこまで鬼畜じゃねえ」
犯罪者を見るような目で、俺を見るききょうに反論をする。
「変態は変態よ、存在するだけで犯罪なの!」
「分かった、分かった」
半ば、いや全部諦めてききょうの一方的な主張を認める。
「涼真、僕は寝ぼけていたみたいだ。ごめんね」
「別にいいよ」
やっぱり寝ぼけていたのか。キスしなくて良かった。
「でも……」
「ん?」
「な、なんでもない!」
何か言いたそうにしていたのに聞いたが、何でもなかったらしい。若干、悲しそうなのは気のせいだろう。
競技場に戻ると先輩にまた一つ提案がされる。
「上杉、共通意識による意思疎通はできるか?」
なんかもの凄く難しい言葉が飛んできた。
「できません」
とりあえず、聞いたことのない言葉なのでできないと答える。
「お前、快帝学園に入って何してきたんだ?」
もちろん、ブルマと美少女を見てきましたと言いたいが、また変態扱いされるので止めておこう。俺は純粋にブルマを着ている美少女を愛しているだけなのに。
「まあ、いい。俺がみっちり教えてやる」
小さな体で偉そうにふんぞり返る先輩。
俺の周りに浮遊しているのは他にききょうとライチ。黙って先輩の話を聞いている。
「まず、超F武装による補助で、同じく超F武装を展開している人間なら意識を共存することができる」
意識を一体化させるということか。いちいち小難しいからな超F武装に関する説明は。
「それで意識を共通させた相手とは会話する事無く、思った事をすぐに伝えられる。それが意思疎通だ。これは敵に作戦を知られないための手段だ。さあ、練習するぞ」
とりあえず、先輩の指示に従うことにする。
「まずは、目を瞑って意識を共通したい相手を必死に思い浮かべるんだ」
目を瞑る。先輩の事を必死に思い浮かべる。
……何も変化は起きない。
「出来たか?」
「全然です」
「おかしいな、もう一回だ」
再度同じ事を繰り返してみる。でも何も変化は起きない。先輩の意識とつながっているような感覚もない。
「ダメか?」
「そうですね」
「ん、今、俺の事を思い浮かべたよな。今度はライチにしてみてくれ」
「はい」
今度はライチを思い浮かべる。しかし、一向にライチと意思は疎通されない。
「くっ、とりあえずやり続けるんだ」
「先輩は出来るんですか?」
「出来るぞ。おい、ライチ」
先輩がライチを呼び寄せお互いに目を瞑る。
「ほら、出来た」
「分からないですよ!」
「う、とりあえず練習だ」
そんな無意味に近い練習で刻々と時間は過ぎていった。今日の練習で身に付いたのって徒手格闘だけだな。先輩の教え方が悪いとは言わないが、やっぱ天才は感覚でやっているんだろうな。俺みたいな凡才にはもう少し、こう分かりやすく説明してほしかった。
「涼真!」
ライチも先輩も更衣室に戻ったので、俺も戻ろうとするとききょうに呼び止められる。ききょうの方を振り向くと何やらモジモジしている。
「どうしたんだ?」
「共通意識の意思疎通だけど、コツがあって」
「コツってなんだ?」
「ああ、もう。涼真、こっちに来て!」
素直にききょうに従い、ききょうのすぐそばに移動する。
「ほら、手を出して」
「ああ」
「私の背中に回して」
「こ、こうか」
ゆっくりと両手をききょうの背中に回す。ききょうも両手を俺の背中に回して、ギュッと抱きしめてくる。
「お、おい」
「いいから、このまま」
俺もききょうの背中に回した手に少し力を入れる。ききょうの小さな体は軽く抱きしめただけでも壊れそうだった。俺の腹の辺りに押さえつけられる胸のような小さな膨らみ。銀色の髪から漂ってくる柑橘系のいい匂い。
「目を瞑って」
ゆっくりと目を瞑るといっそうききょうの体つき、匂いが感じられる。そして俺の意識の中に何かが入り込むような感覚。
(聞こえる?)
(え、うん)
ききょうの声が頭の奥底から聞こえてくる。それに返すように言葉を考える。
(これが共通意識の意思疎通。分かった?)
(なあ、何でききょうは緊張しているんだ?)
意識をシンクロさせているわけだから、全部とはいかないが少しだけききょうの考えている事が見えてくる。
(べ、別に!)
(まあ、いいけどよ。なんで先輩とかライチとはできなかったんだろう)
(相性が人それぞれあるのよ)
(ふーん、俺とききょうは相性が良いんだな)
(な、そういうわけじゃないと思うけど)
(どういう意味だ?)
(なんでもない!)
さっぱり意味の分からない会話になってしまった。しかしいつまで抱き合ったままなんだ、流石に気恥ずかしいぞ。ききょうはききょうで両手の力がドンドン強くなっているし。
(ききょう、痛い)
(へ? あ、ごめん)
ききょうが俺から離れる。
「今ので、もう私と涼真は繋がったから、超F武装を展開すれば常に話すことが出来るわ」
「分かった、早く戻るぞ」
認証登録みたいな物なのかな。詳しい事はよく分からん。真面目に授業を受けておけばよかったな。
「涼真、ちょっと待ちなさい」
「分かった、分かった」
しかし、まあ。こいつがいるとなんだか、昔を思い出せそうになるぜ。
俺の空白の記憶を……
女子寮の部屋の中で、最も大きい間取りの部屋。一流ホテルのスイートルームのようなVIPルーム。最上階にあり、優秀な者のみが住める部屋、そこに金髪碧眼の美少女。柏倉来月はいた。
静まり返った部屋では、シャワーの水飛沫の音が響く。
シャワールームでは、来月が金髪を濡らし、高校生にしてはよく成長した体に水を這わせていた。
「……人間なんて」
来月は大きな悩みを抱えていた。人間不信だ。来月自らの強さに、友達は恐れ、離れていた。仲の良かった、親友と呼べた人も今では音信不通だ。
それ以来、来月は友達を作らず、出来るだけ人と関わらないようにしてきた。
「……ふぅ」
心地のよい温かさの水が、来月の心を落ち着かせる。
今日の出来事は予想外であった。
更衣室を間違える、という自分の失敗のせいだが、男同士でまさか抱き合っているとは思わなかった。
校内でも有名な変態、上杉涼真と有名な美少年、藤堂ライチだった。クラスの女の子が噂しているのを耳にしたことがある。二人はBLでカップルだと。
来月はそこまで言われる仲の良さがうらやましかった。
そんな友達が欲しい。
そう考えていた。
でも自分は強すぎた。超F武装を展開した状態の自分は、来月自身恐ろしい。どんな相手でも叩き潰せる、そんな力が来月にあった。
友達が離れる。
そんな事分かりきったことだった。
大の大人でも、兵士であろうと真正面からぶつかって、勝てる自分に友達が出来るはずが無かった。
仕方が無いと考えていた。友達がいないのは仕方がない。いなくても変わらない。一人で生きていくことは可能だと、そう考えていた。
しかし、今日の二人を、いやクラスのみんなを見て、少し考えが変わった。
あんなに笑顔で、楽しそうに話している人たちを見て、自分も話してみたいと思った。友達がいた頃は楽しかったのだろうか。今となっては思い出すことも出来ない、記憶の奥底。
「……そういえば今度生徒会戦があるんだった」
重い考え事を一度、止める。
生徒会戦、生徒会の方針に異議のある生徒と生徒会メンバーによる戦い。
もちろん、今年の生徒会は来月一人だ。そういう場合でも一対一などにはならない。多人数対一人だ。
毎年、才能ランキング上位三名で構成されるが、今年は二位と三位が止めてしまった。
これも自分のせいだろうか。
来月は思案をめぐらせ、また一つ悩みを増やす。
シャワーを切り、シャワールームから出て、バスタオルのみを体に巻きつけて、今日鬼堂結先生から受け取った生徒会戦のプリントを手に取る。
「……金曜日、放課後。……っ」
来月が目をまん丸にして、バスタオルが柔らかなカーペットの上に落ちる。男子生徒が歓喜するだろう豊満な肉体が外気にさらされる。
しかし、そんな事もお構い無しに来月はプリントをマジマジと見つめる。
「…………」
生徒会戦を申し込んできたのは、上杉涼真、藤堂ライチ。そして元生徒会メンバーの柚木ききょう、弦時蛍の四人だった。四対一、まあたいした事ではない。
問題なのは、その四人。
なんとも言えない感情の波が来月の心の中で渦巻く。
そして決心した。
煮え切らない自分と決別するために、自分はこの四人に勝つと。
そして、高校生活始めての友達になってもらうと。
今まで、生気の無かった来月の青い瞳に決心の炎が宿る。
左の目がゆっくりと色を変えていく。
金色になった左目。これもまた友達を失った原因。
快帝学園、才能ランキング第一位。砕撃の女王、柏倉来月。学園内最強の女が全力全開の本気で戦うと心に決めた。
入学以来一度も出した事のない本気。
また友達になってくれる人が減るかもしれない。
だけど、来月はこの戦いに賭けてみることにした。
丁度よいチャンスだと。
「よっーし、今日も訓練するぞ」
蛍先輩が悪魔の宣告をする。
「今日は早めに寝ましょうよ」
今日も俺の部屋は、部屋の修理が終わらない先輩となぜか泊まりっぱなしのライチ、そして居候のききょう。猛獣がいっぱいで動物園になっている。
窓の外はすっかり暗くなって、もう良い子は寝る時間だと告げている。
「訓練は続ける事に意味があるんだぞ」
「寝不足で死にますって」
「その程度の忍耐力では生徒会長には勝てないぞ」
「それは……」
それを言われるときつい。正当な理由だからだ。
「じゃあ、今日はこれをやるぞ!」
そう言って先輩が自分の旅行用バッグから何かを取り出す。黒い機械のような物。
「プレイランドネクストだ」
有名ゲーム機、PLN。確かリモコンを振り回して遊ぶ、体感型アクションゲームだったかな。
「これで動体視力、身体能力の向上を狙う」
「夜にうるさいですよ」
「快帝学園の寮の防音性能は国家機関並だぞ。さあ、始めるぞ」
先輩がリビングの隅にあるテレビを担いで、ソファの近くに運んでくる。どんな怪力だよ。
そして、ゲーム機から伸びる端子をテレビに繋げてテレビ、ゲーム機本体の電源のスイッチを押す。
テレビの画面に表示されるゲームのホーム画面。
「何するんですか?」
「これだ」
そう言って、先輩が、黒と赤のコントラストが印象的なディスクをゲーム機に入れる。
「何ですか、それ?」
「血しぶきをあげよ、黒き血の戦い。ブラッディブラック第三戦だ」
思いっきり中学生が喜びそうなタイトルだった。
画面いっぱいに表示されるタイトル。先輩が専用のリモコンを持ち、ボタンを押す。
ポン!
全く合わない効果音が鳴り、タイトルから画面が変わる。黒の背景に血のイラスト。
「これで何するんですか?」
「これは悪魔を協力して倒すゲームだ。まあ、とりあえずリモコンを持て」
拡張子が装着されたリモコンを手渡される。ライチは先輩の話の間にもう寝てしまったので、俺とききょうがゲームに参加することになった。隣で嫌そうな顔をするききょう。俺も嫌だ、我慢しろ。
「さあ、始めるぞ」
先輩がリモコンを勢いよく振る。この拡張子なんだっけ、ヌンチャックだったかな。
「とりあえず、簡単な悪魔から倒すぞ」
そう言ってクエストのような物を選び始める先輩。
「あのー、俺達キャラ作ってないですけど」
「ん? 大丈夫だ。このゲームは実際の写真からキャラが作れる。お前達のキャラはもう作っておいた。武器は自由に選んでくれ」
ピコン!
お間抜けな効果音が鳴った。クエストが確定したようだ。画面が四つに分裂して表示される。
「よしっ、操作方法は説明書を読んでくれ」
勝手に走っていく、先輩のキャラ。現実の先輩と同じように赤い髪をポニーテールにしている。装備は西洋ヨーロッパの騎士の鎧と巨大な剣を二つ。そのまんまだな。
俺のキャラはというとなんか地味な高校生。装備は制服着用、メリケンサック。再現がリアルすぎる。
さっきから全く動かずに突っ立っているのが、ききょうのキャラ。銀髪ツインテールで、なぜかRPG7を担いでいる。ききょうも、さっきからやけに静かだな。
「どこ行くんですか?」
「この三って書いてある場所だ」
適当にボタンを操作する。
画面が一度真っ暗になって、俺のキャラが三と表示された場所に移動する。
そこには明らかに、RPG風な悪魔がいた。ただし、超巨大。普通人間と同じぐらいの大きさの悪魔を思い浮かべるが、おおよそキャラの身長の三倍から四倍。
「なんですか、これ」
「間違えて、最強クラスのクエストにしてしまったようだな。こいつはデビルジョー。このゲームのラスボスだ」
「へー、って初心者で、出来るわけないじゃないですか!」
「大丈夫だ」
なんだ、先輩。ちゃんと俺にもゲームの仕方教えてくれるんだ。
「上杉、お前の役目はおとりだ」
「そうですか。って、やっぱりおとりなんですか!」
「やっぱりって、予想していたのか。自分の立場がよく分かっているじゃないか」
先輩の頭に装着された猫耳がピヨッとはねる。なんだかんだこのパジャマ、お気に入りなんだな。
こんなに可愛いのに、なんでこんなに口が悪いんだ。せめて、ニャンとか言って欲しいものだ。
テレビの画面に目を戻すと、ラスボスらしい巨大悪魔が雄叫びを上げていた。
剣を構えて突っ込んでいくのは先輩のキャラ。流石に手馴れているようで、巨大悪魔の攻撃を華麗にかわしては、自分も反撃をしている。隙のない完璧な戦い。巨大悪魔の方はキャラの攻撃が当たるたびに血しぶきをあげて、痛そうに声を荒げる。
猫耳を着け、光るような笑顔で悪魔を攻撃する先輩。可愛いのにどこか残念。素直にミンテンドッグでもやればいいのに。
「俺も攻撃するか……」
リモコンを操作し、巨大悪魔に近付いていく。そしてメリケンサックで攻撃と、思ったら巨大悪魔の吐いた火球で俺のキャラが吹っ飛ぶ。
画面上部に表示されたヒットポイントらしきものが減る。
なかなかハードなゲームだ。
先輩の猛攻で、巨大悪魔がキレたようにまた雄叫びを上げる。攻撃力が増しているのか、先輩のキャラがあっという間に追い詰められる。
「おい、上杉。助けてくれ」
「は、はい」
先輩のキャラに集中している巨大悪魔の背中を、思いっきり俺のキャラが殴る。
ほとんどダメージが無かったようで、今度は俺のキャラが追い詰められる。
「せ、先輩助けてください」
「後でな」
先輩のキャラは、協力キャラがやられているのにのんきに回復していた。
「ふぅー、大体やり方は分かったわ」
沈黙を守っていたききょうが、それを破る。
「な、なら助けてくれ」
「いいわよ」
画面の端で、ききょうのキャラがRPG7を構える。
無駄にリアルな発射音がした後、巨大悪魔にRPG7が炸裂した。近くにいた俺のキャラを巻き込んで。
俺のキャラから血が噴き出し、画面いっぱいにべったりと付く。
無駄にリアルだ。
三つに分割された画面の内、先輩とききょうの画面にはクエストクリアの文字が。
俺の画面には、バラバラになった俺のキャラの死体とゲームオーバーの文字。
なんでここまでリアルに作ったんだと言うほど気持ちが悪い映像。
「先輩、このゲームは辞めませんか?」
「そ、そうだな。ちょっとな……」
今まで、ゲームオーバーになった事が無いのか、先輩がショックそうな顔でうなずく。
「じゃあ、今度は……カラオケするぞ」
「カラオケするなら、生徒会戦の後に、打ち上げでしましょう」
「む、じゃあ……」
少し悩んで、先輩が不敵に微笑む。
いい事と言うよりは悪い事を思いついたようだ。俺にとってな。
「そうだなー。じゃあ、家宅捜索にするか」
「は、はあ?」
「魔女、部屋を捜索しろ。特にエッチな本を探せ」
「……アホに従うのは嫌だけど、面白そうね」
先輩の指示をいつも聞かないききょうが、素直に聞いて俺の部屋の捜索に入る。
「お、おい。止めろぉおおお!」
ききょうを止めようとする俺の首に、光の剣が当てられる。先輩の超F武装だ。
そこまでして調べたいのか、この人は。
内心、俺があきれていると、
「おい、上杉。正座しろ」
先輩はそう言って、ききょうの元へ去っていった。
そのうしろ姿は格好良く、じゃなくて何してんだよ。
というかなんで俺は床に正座しているんだ。ブルマーズラブ男子の誇りはどうした。
自分を自分で戒めているとききょうと先輩が恐ろしい剣幕で戻ってきた。
「予想はしていたがな……」
「流石は涼真ね……」
なんかあきれられてないか、俺。
確かに俺はブルマの、いわゆるコスプレ物のエロ本を持っているが何がいけないのだろう。
「涼真……。何で俺は悪くないって顔になってんの?」
「俺は健全な男子だ。エロ本持っていて何が悪い!」
俺の叫びを聞くと、ききょうがいっそう恐ろしい剣幕になる。
「何が、健全よ! コスプレって……このドドドドド変態!」
今回の『ド』は五個か。いつ『レ』になるのだろうか。
「ド変態!」
俺を見下すようにききょうが見下ろしてくる。
「はあ」
「……むっ」
溜息をついたら顔を踏まれた。そして蹴り離された。
後頭部が床と激突する。
「バカ、痛いだろ」
「変態はこのぐらいの扱いで結構よ」
ふん! と言わんばかりに俺から目線を外すききょう。
「騒いでないで、寝るぞ」
先輩が俺とききょうに忠告してくる。
「元はといえば、先輩が悪いんですよ!」
「アホ!」
「む、このヤロー」
今日もまた俺はあまり眠れなかった。主に先輩とききょうの口喧嘩を止めていたせいで。
ただでさえ、寝る場所が床で硬いのに。
第四章 生徒会戦前日、やってきたのはスパルタ特訓
今週、三回目の超F武装戦闘用競技場だな。今日も明日の生徒会戦に向けて特訓だ。相変わらず地味なグレーの超F武装を展開し、競技場内に急ぐ。
二日連続、トイレ掃除だった。授業中寝たのは先輩のせいだというのに。理不尽だ、全く。
競技場に入ると見慣れない、黄色の装甲が目に入る。ききょうは銀、ライチは青、先輩は赤だよな。
装甲カラーは凡才以上になった時に決まるものだけど。俺は何色になるのだろうか、凡才からランク上がらないかな。
背中にあるエネルギーの翼の出力を上げて、ききょう達のところに飛んでいく。飛ぶというより、空気を滑るだが。
「涼真、遅い!」
昨日も同じような事を聞いた気がする。
黄色の装甲の正体は、鬼堂結先生だった。
「涼真くん、トイレ掃除ご苦労様でしたですぅ。今日は特訓を手伝いに来ましたですぅ」
屈託のない笑顔で俺に微笑みかけてくる結先生。あなたのせいで、俺はききょうに怒られた。
それはそうと、
「結先生、超F武装使えるんですか?」
「この学校の教師たるもの超F武装は使えますですぅ」
結先生の大きな胸が揺れる。
「ぐわっ」
ききょうにどつかれた。
「結ちゃん、後は任せた」
相変わらず似合わない口調で、先輩が結先生に話しかける。
ん? 任せる?
「じゃあ、涼真くん、ききょうさん。特訓です」
先輩とライチは練習を二人で、始めている。先生と一緒に特訓って事か。まあ、この大きな胸を拝みながらやるっていうのも悪くないな。
そんな事を考えているとまたききょうに叩かれた。
「何するんだ」
「うるさい! このド変態!」
なぜか知らんが怒っているききょう。言葉遣いはいつも通りだし、心配は無いな。
「二人は仲が良いのですねです」
結先生、ききょうはあなたのクラスの生徒ですよ。と心の中で突っ込みを入れておく。屋上登校も辞めさせないとな。
「だ、だだ誰がこんな変態と」
ききょうが少し顔を赤らめて叫ぶ。
「俺は変態じゃ――」
変態です。堂々とした変態だった俺は。
「さてと、じゃあ二人でデュエットを組んで、私と戦ってください」
デュエットとは二人組になって戦う事。パートナーとのコンビネーション次第によっては、本来の実力よりも何倍にもなる場合がある、そうだ。
ききょうと俺で、デュエットか。かなりバランス悪いと思うんだが、二人とも格闘型だし。
「始めますよ。涼真くん、これはあなたの才能を引き出すための特訓ですよ」
俺の才能?
まあ、期待されているならやってやろうではないか。
結先生の実力がどれくらいか知らないが、もちろん全力で行く。
「「展開!」」
俺とききょうがほとんど同時に展開を開始する。二人とも大した変化は起きないが。
続いて、結先生。
「展開、マルチアモラー」
結先生の超F武装が展開される。黄色の装甲が開き、両肩のあたりにはレーザー砲のようなものが、四基浮遊。右手にはレーザーブレード。結先生の周りをグルグルと回っているのは、なんだろう。
「さあ、来るですぅ」
(行くわよ)
ききょうが動く。
空気を蹴ったかと思うと、一瞬で結先生の目の前に移動する。
「容赦はしません!」
装甲をも打ち砕くききょうの回し蹴りが、結先生を襲う。
しかし、
「舐めちゃいけませんですぅ」
ききょうの蹴りは、結先生にあとちょっとで当たるという所で停止していた。
「私は仮説を作れなかったので追加装備こそありませんが、標準装備の多さなら誰にも負けませんですぅ」
ききょうは危機を察したように、瞬時に結先生から離れる。
(どういう事だ、ききょう?)
昨日覚えたばかりの、意思疎通でききょうと会話する。
(これは、ATシールドよ。攻撃を自動的に弾く標準装備よ。本体は無防備だから、本体さえ壊せばいけるわ)
ききょうの詳しい説明。だが、それもゆっくり聞いている暇は無かった。
結先生の肩から発射されたレーザーが、俺とききょうを同時に襲う。
「っ!」
すんでのところで回避する。光速で放たれたレーザーだろうと、超F武装による補助を受けた人間にとっては、回避することは不可能ではない。
(ききょう!)
(挟み撃ちよ!)
ききょうが結先生のうしろに回る。
俺は先生の真正面に立ち、特攻をかける。拳を硬く握り締める。
「くらぇええええ!」
だが、俺の拳はやすやすと、結先生の装備によって止められる。
「そんな単純な攻撃――」
右手のレーザーブレードでなぎ払いを行いながら、結先生が目を見開く。
「挟み撃ちかです」
見事に俺達の作戦は見破られてしまった。結先生は体を切り返し、レーザーブレードをききょうのガントレットにぶつける。
散る火花。
(涼真、何してんの! 攻撃しなさい!)
(おう!)
ききょうの指示に従い、もう一度結先生に攻撃を仕掛ける。
しかし、いや今回も俺の攻撃は当たらなかった。結先生の左足が俺の腹に突き刺さる。
「ぐっぉおおおお!」
空中を滑り、競技場にある観客席に落下する。
「くそっ」
案外強い。普段はのほほんとしている結先生であるが、熟練の強さを感じる。
まだ、ききょうと結先生は接近戦を繰り広げている。少しでも協力しなければ。腹に響く痛みに耐えながら、体を起き上げる。
(っ!)
ききょうとの意思疎通で、ききょうの焦りが伝わってきた。
ききょうと結先生を確認すると、ききょうを結先生が捕らえていた。そしてききょうを捕らえる四基のレーザー砲。
(ぐっ)
なぜか、頭に鈍痛が走る。今まで大丈夫だったのに、体がずっしりと重くなる。目の前がだんだん暗くなってくる。
耐えるんだ。
今はききょうを助ける事がさっきだ。俺はききょうのパートナーだ。
目を瞑り必死に頭に、脳にまで響いてくる痛みに耐える。
この痛み、なんだ?
目を開くと、俺は黒い粒子に包まれていた。
意識が吹き飛んだ。
両手の掌に感じるジリジリとした痛みに、目を開く。
目の前には結先生。そして俺はききょうを押しのけ、両手で二基のレーザー砲から放たれたレーザーを受け止めていた。
「ぐっ」
レーザーに押されて、吹き飛ばされる。どうにかききょうは巻き込まずに済んだ。
特殊合金の床に叩きつけられる。どうやら、超F武装は分解されてしまったらしい。体がとても重たい。
なんで俺はレーザーを受け止めていたんだ? どうやって移動したんだ?
なぜか、記憶が欠落している。
詳しく考えている暇もない。
(レーザー砲が散弾モードに移行したわ)
頭の奥からききょうの声が聞こえてきて、俺は戦いにもう一度集中する。
俺に向かってレーザーが細かく、短く連続で放たれる。四基のレーザー砲からそれぞれ十発程度。計四十発。
腕を交差し、ガードするが遅かった。特殊合金の床にレーザーが当たり、火花の音がする。それはだんだん俺に近付いてきて、
「ぐっああああ!」
全身に衝撃。あまりの攻撃に体が飛ばされる。これが超F武装の戦闘訓練。
ほとんど訓練してこなかった俺には厳しすぎる。
「ぐっふ」
再び特殊合金の床に腹から落下し、肺から空気が漏れる。
(何してるの!? そのままじゃ、袋のネズミよ!)
意味は違う気がするが、言いたい事は伝わってくる。だが今の俺には立ち上がる気力がない。
脳への衝撃で、俺は意識が朦朧としていた。迫ってくるレーザーは確認できるが、避ける事も意識がはっきりとしてない俺では無理だ。
さっきまでレーザーをしっかりと受け止めていたはずの両手がうずく。
「終了だ」
競技場内に響く、先輩の声。レーザーは俺の目の前で床と衝突し、消える。
生徒会戦前の最後の特訓は終わったようだ。
スッキリしないのは頭のモヤモヤ。
どうにもこうにもスッキリしないが、みんなの所に集合する。
俺の顔を見ると、
「涼真、……ありがとう」
照れくさそうに、ききょうがつぶやいた。
「ああ、まあな」
何の事か、さっぱり分からなかったが話を合わせておく。
(涼真、思い出した?)
ききょうが今度は意思疎通を使って、話しかけてきた。変な奴だな、普通に話せばいいのに。
思い出したって何を思い出すんだ?
「何の事だ?」
「……もういいわ」
ききょうは顔をうつむかせながら更衣室に戻っていた。
「涼真くん、頑張ったですぅ」
うしろから結先生の声が聞こえてくる。戦闘時とは違って、いつもののほほんとした雰囲気だ。
「あ、はい。ありがとうございました」
何を、俺は頑張ったんだ?
不可解な疑問を残して、俺は競技場を後にした。
そして、俺は競技場を出て、帰路についていた。
隣にはききょう、ライチ、先輩。見慣れた道もみんなで帰るとまた違った道に見えてくる。
ききょうは競技場を出てから、ずっと何も話さないが、ほっといたほうがいいのだろうか。女の悩みなんて男には分からない。
「上杉、遂に明日だぞ」
いつもの調子で先輩が話しかけてくる。その明るさに今までの暗さが吹き飛ぶ。先輩もききょうはほっといたほうが良いと思っているのだろうか?
「明日って生徒会戦は放課後ですか?」
ライチが先輩に話しかける。
「そうだな、放課後だ。今日は早寝して、明日に備えないとな」
「それを言うなら、昨日までの夜更かしは何だったんですか?」
全く、今頃になって早寝したって、俺の寝不足は解決されない。
俺がムスッとしていると、しっかりと早めに寝ていたお肌ピチピチのライチが首を傾げてくる。このもちもちとした頬からして美少女に間違いない。
「りょ、りょうみゃ。ほっぺをつねらなにゃいで」
「す、すまん」
いつの間にかライチの頬をつねっていたらしい。
急いで手を離す。
「もう」
ライチは顔を真っ赤にしながら文句を言う。
しかし柔らかかった。こんなに柔らかくってスベスベしているのか女の子の頬は。先輩の肌も血色が良くて柔らかそう。
「な、なんだ!? 触らせないからな、俺様のほっぺを触るなど光が進むよりも速い!」
「先輩の頬、柔らかそうですね」
先輩が手足をバタバタさせて、抵抗するが今の俺には関係ない。容赦なく先輩の頬をつまむ。
「ば、ばきゃ! は、はにゃせ!」
いつもの俺様口調も封じられた先輩は、尋常じゃないくらい可愛い。まあ、普段があんなんだからかもしれないが。
「先輩、可愛いです」
「きゃわいい、おれさみゃはかわいくなんきゃない!」
照れたのか、さらに手足をバタバタさせる先輩。
もうこの辺で、あとが怖いのでやめておこう。
「上杉、今度やったらどうなるか覚えていろよ」
涙目で頬をさする先輩。やりすぎたかなと思ったが、部屋のドアを破壊された恨みを思い出した。昨日、いつの間にか直っていたからいいけど、修理費かかったら大変なんだぞ。親は外国だし、仕送りは少ないし。
人通りの多い道に出る。男子寮が近くなったせいか、快帝学園の生徒を多くなってきた。
『お、おい。あれって蛍様じゃね』
『なんであのロリ体型、ロリ顔の女神であらせられる蛍様が、変態上杉と』
『ライチ様と……横にいるのは変態?』
『遂に変態上杉×ライチ様が……』
『あいつ両手に花束持ちやがって、今度セメントで固めてやる』
言いたい放題だな。特に鼻血出して倒れている奴と鬼気迫る顔で、セメント作っている奴は怒りを通り越して、心配になってくる。
「……ねえ、涼真」
今まで黙りこくっていたききょうが口を開き、一歩進んで俺の前に立った。うつむいた顔にはいつもの元気がなく、瞳には光がともっていない。
「ききょう、どうしたんだ?」
「……っ」
ききょうが俺の目をじっと見つめてくる。しかし、何かに失望するかのように再び、目線を下に落とすききょう。
何がしたいんだ?
俺には何を暗示しているのか、全くと言っていいほど分からなかった。
「涼真、私を誰だか覚えてる?」
「誰ってききょうはききょうだろ?」
柚木ききょう。
その名前にピンとくるものはない。
「ききょう、何を思い出してほしいんだ?」
「涼真が思い出さないと意味ないのよ! なんで、なんで……」
次第にききょうの目には涙が溜まり、あふれてききょうの頬を伝って地面に落ちる。
ききょうの涙。
なぜだろう。さっきまで忘れていた、脳の奥底から発せられる痛み。
圧迫感、沈痛感。どんな言葉でも表せられない痛み。
思い出してはいけないものを思い出そうとしている感覚が、俺を支配する。
地面が回転しているような錯覚。思い出そうとすればするほど、痛みの感覚に支配される。まるで俺ではない他の誰かが、俺をコントロールしているかのように自分を失う。
膝が不意に笑い出し、冷たい地面に落ちる。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
意識的に忘れる事で、逃げてきた痛み。心が痛い。
自分の体が自分ではなくなる。
叫ぼうにも、誰かに助けを求めようにも口は堅く閉ざされ開かない。
誰か助けて。
「涼真、大丈夫か!?」
ライチの声が聞こえる。
そうだ、俺は誰かを助けたかったんだ。
誰だ?
ライチか、ききょうか。
今まで会って来た人の中の誰?
何で覚えてないんだ、思い出せないんだ。大事な事のはずなのに。
「上杉、落ち着け」
そうだ、落ち着くんだ。混乱した頭で何を考えたって、意味ない。
忘れよう、思い出してはいけない。
俺は立ち上がると手に付いた土を払う。
「……もう、いいわ。涼真じゃあね」
そう言い、トボトボと歩き出すききょう。人混みにまぎれ、潜り込み見えなくなった。その小さな背中には、力は残っていない。
「くそっ」
ききょうを追おうとする俺の腕が、誰かに掴まれる。
「涼真、ダメだ」
「上杉、お前が行っても逆効果だ」
ライチと先輩の二人の忠告。
「で、でもききょうは――」
「僕が行くから、涼真は待っていて」
「上杉、お前も頭痛がするんだろ。ここは休め」
優しい言葉に隠れた二人の強い意志。
俺の弱りきった心では、ダメだと分かる。こんな事じゃ何も進まないと分かる。
何も思い出せないと分かる。
誰も守れないと分かる。
ききょうさえも取り戻せないと分かる。
一回落ち着くんだ。
そうブルマでも……
そんな気分にはなれそうにはないな。
ライチが俺の腕を離して、人混みの中に入っていく。
「上杉、お前の事はよく分からないが何であっても忘れろ。気にするな」
先輩の小さな口が出る、強い言葉。
「分かりました」
俺は素直に従い思い出す事をやめた、忘れてはいけない大事な事なのに。
傾いた太陽に照らされる公園。そこには一人、ききょうがいた。
結局、涼真との思い出の公園に戻ってきてしまったききょう。
「今更、戻れないし……」
その心の中は後悔の念でいっぱいだった。まずは涼真にひどい事を言ってしまった。そして涼真の近くにいれなくなってしまった。
本心、涼真に自分の事を思い出して欲しかった。
ききょうと涼真は昔、友達だった事を思い出して欲しかった。だから、なかなか思い出してくれない涼真を見て悲しくなってしまった。涙があふれてしまった。
それだけ家族がいないききょうには、友達という存在が重要だったから。涼真の事を知ったのは去年の暮れ。一年の時からあまり教室にいなかったききょうは、涼真が同じ学校にいる事に気付かなかったのだ。
「ききょうー!」
聞き慣れたライチの声が聞こえる。
涼真ではなくライチだったのは残念だったが、これで涼真に謝れると、ホッと胸をなでおろすききょう。
「やっぱりここにいた」
ライチがききょうの隣に座る。数日前座ったベンチと同じ物だ。
「ききょう、みんな心配してる。戻ろう」
ライチの紳士的な口調。落ち着きを失っていたききょうの心を静めるには、最適だろう。
「で、でも……」
いつもの強気の姿勢になれないききょう。ライチが来てくれた事で幾分か落ち着いたのだが、まだ涼真に会う勇気は出ない。
「どうしたんだ、ききょうらしくないよ」
ライチが首を傾げ、心配そうに話しかけてくる。
「そ、そうね」
ライチの言葉にいつもの自分を思い出すききょう。
強気な自分。
弱い自分は自分じゃない。
私は強いんだ、そう考えるききょう。
「戻ろう」
もう一度、はっきりライチが言う。
そして、ききょうの心も決まった。戻って涼真に謝る。
涼真の記憶は超F武装が関係している。
だから、生徒会戦で涼真の超F武装を成長させる、そうすれば涼真は記憶を取り戻す。そう思うと楽だった。
「ねえ、ライチ。お願いがあるんだけど」
「何?」
ききょうがライチに一つだけお願いをする。
ライチは快くそれを承諾する。
「じゃあ、スーパーによって行こうか」
「協力しなさいよ」
ききょうとライチ、揃ってベンチから立ち上がり急いでスーパーに向かって走っていく。
ききょうの小さな背中に、また強さが戻ってきた。
俺は焦げ臭い煙が充満する部屋で、夕飯が出来上がるのをソファに座り、待っていた。この煙は食べ物が真っ黒に変化する際に発生した。
主に原因はききょう。帰ってきたかと思うと、俺に謝り夕飯を作らせて欲しいと頼んできた。もちろんブルマと美少女には弱い俺だ。夢のききょうのブルマ姿を見るために軽く許した。結果、こんな臭いが部屋に充満してしまった。
夕飯を作ってくれているのだから文句を言うつもりはないが、これは少しきつい。窓は開け放たれて、時折冷たい風が入ってくるし部屋に臭いが染み込んでしまう。
せっかく美少女の匂いが染み付いてきたのに……
ここで補足しておくとききょうが作っているのは、天ぷらである。どこで煙が出てくるのか全然分からない。
まあ、良い匂いが少しずつしてきたが。
「涼真―。出来たよー」
ライチの癒し声。
「作ってあげたんだから、感謝しなさいよ」
いつも通りのききょうのアニメ声。すっかり元気になっているようだ。
「楽しみにしていたのだ、早く食わせろ」
俺の座っている側とは反対側に陣取り、手には箸を握る先輩。食欲旺盛というか目がライオンみたいになっている。
続々と運ばれてくる料理。
中央の一番大きな皿には、天ぷら。中くらいの皿には唐揚げが乗っている。
先輩の隣にはライチ、俺の隣にはききょうが座る。
「じゃあ食べるか」
「おう!」
誰よりも早く唐揚げを掴む先輩。
「うまい!」
「これは僕が作ったんだ」
ニッコリと笑うライチ。その笑顔に嫌味はないんだろうが、ききょうは凄い顔になっている。
「涼真、て、天ぷら食べなさい」
「お前が作ったのか?」
「そうよ、ほら食べなさい」
ききょうがエビの天ぷらを箸で掴み、俺の口元に差し出してくる。えっと食べればいいのか?
それじゃあ、遠慮なく。差し出されたエビ天を口に入れる。
「……ん?」
「おいしい?」
衣のサクサクとした触感。ポリポリとしたエビの触感。ここまでは普通なのだが、
「なんか甘いぞ、これ」
先輩が容赦なく言い放つ。それを聞いてムスッとしながらききょうが俺の方を向いてくる。
「涼真は?」
「……甘いと思います」
天ぷらにしては異常な甘さだ。一体何だ、これは?
「…………」
「だ、大丈夫だききょう。食べられるから。それより何を使ったんだ?」
「エビとなす、あとはサツマイモとか野菜よ」
「そうじゃなくて、天ぷらの衣」
「水と卵、ホットケーキミックスよ」
そうか水と卵おかしくないな。
それで小麦粉はどこに行った?
「ホットケーキミックスか……」
「な、何!? おかしいの!?」
ライチの溜息にききょうが戸惑いを見せる。
「あのな、ききょう。普通は小麦粉を使うんだぞ」
「そ、そうなの?」
そこまで料理をした事がないのか。ライチが手伝えば良かったと後悔しているようだ。ライチの表情が硬い。
「まあ、食べられるから良いよ」
そうだ、これが暗黒物質のような物で包まれていたら、食べる事も出来なかった。
そう思っても、甘い天ぷらは予想以上に精神を疲れさせるのであった。




