8 何しに学校に来ているのか?
県立鳩寺西高等学校は、数年前に共学化したばかりの元女子高だ。
そのため、男子の割合は極端に少ない。
うちのクラスの男子は6人だ。
授業中はちゃんと教室に生息している彼らだが、休み時間になるとさーっと教室から姿を消す。危険を察知して逃げる小魚のように。
あまり人の来ない廊下や、階段の踊り場などが安全地帯らしい。
授業終了の合図とともに速やかにいなくなるので、うっかりここは女子高だと勘違いしてしまうほどだ。
体育の時間とかがやばい。
女子は教室で着替えるのだけど、まだ男子が完全にいなくならないうちに着替えようとしたことは一度や二度ではない。
誤解のないように言っておくが、決して女子がそうしろと命じたわけではない。
無言の圧力とかもかけていないはずだ。
男子が自主的に虐げられてるのだ。
うん。虐げられてるよねー?
数って暴力だよねー。
一体、彼らは何が楽しくて学校に通っているのだろう?
その疑問の答えの一つを、私はここに見た!
たぶん!
その日の一時限目の授業は英語だった。
英語の三浦先生は、50代くらいの男性だ。つまり、おっさんだ。
教師としてベテランだけあって、締めるところと緩めるところの加減が絶妙だなと思う。でも、はっきり言って、英語は苦手だ。
それはさておき。
日直の号令が終わり、教壇から教室内を見回した三浦先生は、呆気にとられた顔をして固まった。
教壇の手前、最前列に座る男子を凝視している。
今日のあなたはいつもより綺麗に見える、とかそういうことだろうか?
両方とも男だけど。
「おい、後藤。もう授業始まってるぞ。なんでそんなに机の上が綺麗なんだ? まだ寝ぼけてるのか? 教科書はどうした?」
違った。
男子ではなく、男子の机の上を見ていたのか。
とりあえず、後藤君はうっかり屋さんらしい。
「あ・・・・・その。忘れました・・・・・・」
後藤君は、こんがり日焼けした坊主頭の小柄な男子だった。
坊主頭がうつむき加減に答える。
「忘れたって、筆記用具も出てないじゃないか。筆箱も忘れたのか?」
「その・・・・・。鞄を忘れました」
「は、はあ!? 鞄忘れたって、おまえ一体学校に何持ってきたんだよ?」
全くだ。
どうやら、机の上にはきれいさっぱりホントに何にも載ってないみたいだ。
受け答えは礼儀正しいけど、なんというか、強者だなー。
学校に鞄を忘れてくるなんて、そんな人、本当にいるんだ。
「え・・・・・・その・・・・・・・・弁当」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか。そうだな。弁当さえ持ってきてれば何とかなるよな。・・・・・・・・・・。とりあえず、筆記用具とルーズリーフくらい誰かに借りろ。それじゃ、授業始めるぞ」
先生は何かを諦めた。
あちらこちらで忍び笑いが漏れる中、努めて淡々と授業を進めていく。
うん。
おかげで、一人、クラスの男子の顔と名前を覚えたよ。
今月のノルマ達成。
しかし。後藤君は学校に着くまで鞄がないことに気付かなかったのだろうか?
どんだけ、うっかりさんなの?
「うちの学校の男子ってさー、何のために学校に来てるんだろうって思ってたけど、お弁当を食べるためだったんだねー」
「あの人、サッカー部だよね? 鞄忘れたって気づいたら、普通は朝練抜けて取りに戻るってもんじゃない? それとも、本当に授業始まるまで気づかなかったってこと?」
授業が終わるなり話を振ると、花蓮は不思議そうに、でもどうでもよさそうに首を傾げた。
「まあ、お弁当を持ってきたのは、えらいよね」
雪音よ・・・・・。
遠足じゃないんだから。
「後藤君、サッカーするために学校に来てるところあるから。部活の朝練終わるまで、本当に気づかなかったのかもしれないし、気づいたけど鞄のために朝練を休むつもりはなかったとかかもしれないし。どっちも、ありえそう」
詳しいな、葵。
一年の時も同じクラスだったのかな?
でも、そうか。
部活をやるために学校に来ているのか。
なるほど。
それもまた、青春ってヤツだよね。うんうん。
「まあ、でも。確かにうちの学校、男子は肩身が狭そうだよね。隣のクラスの新井君とかは、結構お調子者って言うか、女子とも仲良くやってて楽しそうだけど」
後藤君へのコメントをしつつも、私の言いたいことを察してくれたようで、葵はんー、と苦笑いした。
そういう男子もいるのか。
その手の男子にとっては、この高校は天国かもしれないな。
右を向いても左を向いても女子ばっかり。
休み時間中も、他の男子には付き合わずに一人で教室へ残れば、ハーレム気分を味わえるんじゃないの?
「あ。チャイム鳴った。次は、数学かー」
ため息交じりに雪音がぼやいた。
鐘の音とともに、虐げられていた男子たちが教室内に戻って来る。
鳩寺西高校の男子たちに幸あれ!




