3 山の民の暮らし
牧野雪音は山の民だ。
隣村の山奥から通っているので、勝手に山の民と呼んでいる。
名前の通りに色白で、大分ぽっちゃりした女子高生だ。
二段重ねのお弁当に、デザートのフルーツ。
それが雪音のお昼の定番だ。
一の段にはふりかけのかかったご飯。二の段にはおかずがぎっしり。
あの腹を維持するためには、それでは足りないのではと思うが、まあ、余計なお世話だろう。
今日の雪音のおかずのメインは、鳥の唐揚げのようだった。
てゆーか。
あの唐揚げ、冷凍じゃないっぽいんですけど?
遠足でも運動会でもないなんでもない日に、自分の家で揚げた唐揚げが入っているとは。なんて、羨ましい。
今度は、私の分も揚げてきてほしい。
いや、揚げてるのは雪音じゃなくて、お母さんなんだろうけど。
じっと唐揚げを見つめていると、視線に気づいたのか雪音が顔を上げた。
「ん? 何? 欲しいの? あげようか?」
え? いいの?
頷きかけて、寸でのところで思いとどまった。
いや、まて。
おかしい。
あの食にかけては貪欲な雪音が、お弁当のおかずを分けてくれるなんてあるわけがない。
あの唐揚げには、何かある。
「あー、いやー。そういう訳じゃないんだけど。その唐揚げ、何かあるのかなー、と思って」
そもそも、いつもなら誰よりも先に弁当に齧り付くはずの雪音が、まだ一口も手を付けていないというのがおかしいのだ。
私の指摘は、どうやら図星だったらしい。
雪音の視線が泳ぎ始める。
「あー。実は、昨日さあ・・・・」
雪音が、山の民の暮らしぶりを語り始めた。
「昨日さあ。風呂に入ろうと思ってドア開けたらさあ。風呂場の奥に、首切られた鶏が吊る下がっててさー」
「は、はあ!?」
「に、鶏?」
「なんで、お風呂にそんなものが吊る下がっているの?」
顔を引きつらせつつも、花蓮さんは冷静ですね。
てゆーか。
なんなの? 山の民のお風呂場って。
マッパで首切られた鶏と対面とか意味分からん。
夜中に、いや夜中じゃなくても、軽くホラーなんですけど。
「なーんか、養鶏やってる知り合いにもらってきたらしいんだけどさ。ドアに張り紙でもしといてくれればいいのに、さすがにいきなりアレはびっくりするわ」
いきなりとかいきなりじゃないとか、そういう問題じゃなくてさ。
いや、それも問題だけど、問題はそこだけじゃないっていうか。
「だから。そもそも、なんでお風呂場なの?」
卵サンドの袋を開けながら、花蓮がもう一度クールに問う。
うん。そう、それ。
「血抜きした後、血を洗い流しやすいようにじゃね?」
当たり前のことみたいに言うなー。
理屈は分かったけど、やっぱり意味分からん。
山の民の生活、怖い。
「まー、仕方ないから、そのまま風呂には入ったんだけどさー。シャンプーとかの泡が飛び散ってそうな鶏肉食べて大丈夫なんかなーと思ってさー」
そう言って、しげしげと弁当箱の中の唐揚げを見つめる。
は?
そ、そこ?
いや、それも大事なことだけどさ。
てゆーか。
首切られた鶏の傍で、頭洗ったり体洗ったりしてたのかよ。
血を垂らしながら吊る下がってる鶏見ながら、湯船に浸かってたの?
私、お町の人間だから、山の民の感性、理解できない。
あと。そういう話は、お昼を食べ終わってからにしてくれよ。
お弁当に手を付ける気になれず固まっている私と葵を余所に、花蓮は平然と卵サンドをぱくついてるけど。
君はもう少し、動揺しろよ。
なんで、そんなに落ち着いてんだよ。
一人食べ始めた花蓮を見て食欲を刺激されたのか、雪音も箸でひょいと唐揚げを摘み上げる。
そのまま、鼻の下にもっていって、クンクンしだした。
あ!
それ、もしかして。それが、あれなの? い、今更、気づいた。
ど、どうなの?
シャンプーのフローラルな香りとかしちゃってるの?
固唾を飲んで見守っていると、眉間にしわを寄せていた雪音は、
「まあ、いいか」
そう言って、そのまま一口でパクリ。
うわ。食べた。
「ど、どうなの? 石鹸の味とか、するの?」
恐る恐る聞いてみると、雪音はごくんと口の中の鶏肉を飲み込む。
「ん。大丈夫だった。普通にうまい。まあ、考えて見れば、世の中には洗剤でお米を洗う人もいるんだしね。ちょっと、泡が飛び散ったくらい、どうってことないよね」
うんうん、と頷きながら、箸と口を忙しく動かし始める。
いや、それは、なんか違う。違うけど、まあ、今はどうでもいい。
私と葵は目を合わせて力なく笑うと、もそもそと自分のお弁当に取り掛かった。
山の民の食べ物に、迂闊に手を出してはいけない。
私は固く心に誓った。




