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雨もしたたる良い河童  作者: 卯ノ花実華子
第一部 第一章 その出会いは運命か?
9/56

 「あの、出島さん?」


 「なんですか?」


 「この状況は、一体なんなんでしょうか?」


 「え? うららさんが、僕の顔も容姿も、全然好みじゃないっていうから、これくらいのことしても全然大丈夫かなって思って。

 もしかして、大丈夫じゃないんですか?」


 「いやいや、全然大丈夫ですよ。

  何言っているんですか。

  大丈夫に決まってるじゃないですか」


 「良かった。あ、違うなあ。良くないんだ。

  だって、僕はやっぱり、うららさんにとって魅力的な男性だったらいいなって思ってますから」


 もう、充分に魅力的ですから。

 むしろ、そこが問題というかジレンマの核ですから。

 あなたがそこまで魅力的なのにもかかわらず、どう贔屓目に見ても距離を置いていた方が良いんだろうなと予測される電波さんだから、困っているんです。

 困っているからこその、この状況なんです。


 とは言えない。


 「あのね、うららさん」


 今更ながら、これは負け戦だったのかもしれないと弱気になるうららに、出島がささやく。

 極力彼を見ないようにすれば、眼前を流れる河の中を数匹の魚が泳ぐのが見えた。

 小さい頃は岡崎や他のこたちと一緒に、手づかみで魚を捕まえたりしたっけ。

 今にして思えば、ずいぶんと恐れ知らずだったものだ。今のうららは、そんなことはできないだろうから。


 「うららさん、僕が河童だって言ったとき、どう思われました?」


 「空耳か聞き間違いだったら良いのになって思いました」


 「正直ですね」 


 出島が、うららの肩の上でクスクスと笑う。

 喉の震えがそのまま、髪を微量に震わせる。

 うららの首筋をくすぐるその感覚が、ものすごく恥ずかしい。


 「今は? どう思われてますか?」


 返答に窮していると、出島が言葉を続けた。

 泳いでいた魚たちは、いつのまにかどこかに行ってしまって、もう見えなくなってしまった。

 あとに残ったのは、水の中をそよぐ水草ばかり。


 「いつのまにか、ちょっとだけ、僕が河童だって信じてらっしゃいませんか? 

  それでいて、河童や妖怪の存在は信じていらっしゃらないのでは? 

  妖怪なんているはずない。だから、河童なんてのも存在しない。

  なのに、僕が河童だということは、いつのまにか信用していらっしゃるのではないですか?」


 「私が信じようと信じまいと、いるものはいるんだろうし、いないものはいないんだろうなって思います。

  サンタクロースと同じですよ。

  子供は、本気でサンタクロースがいるって信じてますよね? 信じているこに、いないよって言っても仕方ないし、もうサンタクロースはいないと思っている子供に、いるんだよって言っても仕方ない。


  そもそも、いるかいないかなんて、証明できるんですか? 


  河童がいるって証明されても、やっぱり私はいないと思いたいですし、でもだからって、河童はいないと言いたくもないし。

  私は河童はいないって思っているので、無理矢理いるってことを信じさせられたり強制されたら嫌ですから。

  その理屈でいけば、反対に、私も河童はいるって信じているひとに対してあれこれ言えないというか。

  だから、その、この件については堂々巡りになってしまうから、話さないことが得策なんじゃないかなと思います。

  あれ、なんの話だったっけ」


 「ふふ。僕はね、うららさん。

  うららさんのそういうところが、好きなんですよ」


 「は? いきなり、なんですか。河童の話じゃなかったんですか」


 甘い声で優しく告げる出島の声に動揺して、うららは制服のスカートをつかんだ。

 何かに触って、気を紛らわせたい。


 「うららさんが、河童なんていないと思われるのも、妖怪なんて絵空事なんだと考えられるのも、いたって普通のことです。

  でもね。

  僕が生きてきた中で、僕が河童だと話して、それを真っ向から拒否しないひとは稀です」


 「拒否、してましたよ? 出島さんって、電波さんなんだろうなって」


 「僕がですか? なるほど。それは初耳です。

  でも、うららさん、そうは言いながら、僕の話を真面目に聞いてくださっているでしょう? 

  それは、とってもとっても貴重です」


 「真面目……ってことはないと思いますけど……」


 「真面目ですよ。それはうららさんの良いところですし、そんなところが僕は好きです。

  うららさん。

  もし、うららさんが河童なんていないと思っていたとしても、僕が僕自身を河童だと思うことは認めてくださいますか?」


 「それは……」


 肩にある出島の頭のせいで、首を自由に動かせない。

 代わりにうららは目線をきょろきょろとさせて、次の言葉を探した。

 水の中の魚は、いつのまにか戻ってきていて、尾ひれを揺らせて漂っている。


 「……すでに認めています。悔しいですけど」


 「ありがとうございます」


 ひとつひとつの音を噛みしめるような、そんな発声だった。


 「うららさん、大好きです!」


 「うわっ!」


 ぐわば!と出島の長い腕がうららの腰に巻きつく。

 いつものセクハラ行為かと思いきや、不思議とその手からはいやらしさは感じず、それを本能的に感じ取ったのか、驚きはしたものの、うららは拒否反応を示さなかった。


 うららの腹部あたりに顔を埋めて、出島が呟いた。


 「やっぱり、……です、うららさん」


 「え?」


 もごもごと制服越しに振動は感じるものの、聞き取れなくて、うららは出島の顔を見ようと上半身を曲げる。


 出島が顔を上げて、片手でうららの腕を彼の方に引っ張った。

 そして、出島は素早く、その唇をうららの頬に押し付ける。


 「!!!!」


 「あれ? どうしたんですか、うららさん? 顔が赤いですよ?」


 「だ、誰のせい……!」


 まさか頬にキスされるなんて想像もしていなかったうららは、赤面を指摘されて、余計に赤の濃度を上げた。

 恥ずかしさともどかしさと怒りと、そして何かよくわからない感情に支配されて、うららが声を荒げる。


 「僕の顔なんて、僕の容姿なんて、全然恋愛対象にならないんじゃなかったんですか?」


 「そ、それは。

  そう、ですよ。もちろん、そうです。

  出島さんの容姿なんて、全然、どうでもいいです」


 「じゃあ、だったらどうして、今のうららさんは赤面されていらっしゃるんでしょう?」


 「それは! ……当たり前じゃないですか」


 「当たり前? それは、どういう意味ですか?」


 「だって、こんな、き、き」


 「キス?」


 「キス! されたら、そりゃあ、顔だって赤く、なります」


 「誰でも?」


 「誰でも、です。たぶん」


 「うららさんは、誰にキスされても、赤面されるんですか?」


 「え、ちょっと、なんですか、その言い方。

  それだと、まるで私が誰にでもキスさせるみたいじゃないですか?」


 「違うんですか?」


 「違うにきまってるじゃないですか」


 しれっと膝枕をしている出島の顔を、憎々しげにうららは見やる。

 憤慨して、唇をとがらせた。


 「じゃあ、誰にでもキスさせるわけじゃないんですね」


 「当たり前じゃないですか。

  出島さん、私のことをなんだと思ってるんですか」


 「じゃあ、じゃあ、うららさんは誰にだったらキスさせるんですか?」

 

 「へ? 誰にだったら、って……。

  それは、えっと、彼氏? とか、あとは、私が一緒にいて安心できるひと……?」


 「僕って、うららさんの彼氏ですか?」


 「は? 違うに決まっているじゃないですか」


 思い上がるのなよ、小僧。と少年漫画の悪役が崖の上から放つセリフのような威圧感を、うららは眼前の出島に与える。

 そんなオーラにはまったく気がつかないのか、出島はなおも、


 「じゃあ、僕はうららさんにとって、一緒にいて安心できるひとですか? 

  だって、でないと辻褄が合わないですもんね」


 「辻褄?」


 「はい。うららさんは、今、顔が赤いのは、僕にキスされたからだとおっしゃる。

  でも、誰にでもキスさせるわけではないともおっしゃる。

  キスさせる相手として考えられるのは、うららさんの彼氏さんか、うららさんが一緒にいて安心できるひとだと、うららさんはご自分でお考えになっている。

  当然、僕はうららさんの彼氏ではありません。

  そうしたら、僕は、うららさんにとっては、一緒にいて安心できるひとなんだと解釈するのが、一番自然で、矛盾のないことのように思えますが、いかがでしょう?」


 「そ、それは……。

  でも、私はそうかなって思うだけで、もしかしたら、思っているだけで、違うかもしれないし」


 「うららさんは、誰にでもキスさせるわけじゃないと思っていらっしゃいますが、実はそうではなくて、誰にでもキスさせるかもしれないということですか?」


 「そこは、絶対に違います。

  二度目ですけど、出島さん、私をなんだと思っているんですか」


 「じゃあ、どうして、うららさんは僕にキスを許したんでしょう?」


 「だから、それは、その……。不意打ちだったし」


 「痴漢も不意打ちですよ。痴漢にキスさせますか?」


 「だから、させませんってば!」


 想像するだけで、気持ちが悪い。

 見ず知らずの、よくも知りもしない男性に触られるなんて、ありえない。

 いや、知っていたとしても、恋愛感情もない相手に触られるのは、やっぱりごめんだ。


 「じゃあ、どうして僕は? 

  僕にはキスさせてくださったんですか?」


 「し、知りません!」


 「それは、ずるいなあ」


 膝枕のまま、仰向けになっていた出島が、嘆息とともに目を閉じた。

 長いまつげに縁取られた瞳の輪郭に、うららはつい見とれてしまう。

 ずるい、ともう一度つぶやいて、出島が体勢を変え横向きになる。


 閉じられたままの瞳は、片目しか見えないが、そこからつながる鼻筋がきれいなラインを描いていた。

 額から指を滑らせて、あの鼻梁を下がったら、どんな感触なのだろう。


 「知ろうとしないで、知らないってそっぽを向いちゃうのって、ずるいですよね」


 言いながら、出島がその腕を伸ばして、むきだしになったうららの脚を指でゆっくりとなぞった。

 ぞわぞわと悪寒によく似た感覚が、うららの背筋を這い上がってくるが、それはどこか悪寒とは違っていて、その差がうららの心を乱した。


 「ね、うららさん。ちゃんと考えてみてください」


 「な、なにを……?」


 出島の指が、うららの膝の皿のあたりを円を描くようにしている。その刺激に耐えながらも、うららは問いを口にした。


 「どうして、誰にでもキスを許すわけではないうららさんが、不意打ちとはいえ、僕にはキスを許してしまったんでしょう? 

  どうしてだと思われますか?」


 「そ、れは。出島さんといると、調子が、狂う……から」


 「調子が狂う? たとえば、どんな風に?」


 「出島さんといると、自分のペースがつかめません」


 それは、本当のことだった。

 いつものうららは、もっと自分に対してのコントロールがきいているというか、自分で自分の行動をもっと把握できている。羽目を外したように見せかけても、それは意識的にやっていることであって、自分の想像以上に羽目を外すことなどほとんどない。

 友人に対して嘘はつきたくないと思っているから、できるだけ本音のみを口に出すようにはしているけれど、口に出す本音の選別は厳しい。

 出島といると、その選別会を自身で行えないような気がするのだった。気づけば体が反応していることが多く、脳が後からついてくるような。

 そういう感覚は初めてだったし、同時に、とても不快だった。


 「 正直に答えてくださったうららさんに、僕も正直に言いますね。

  さきほど、龍神様に誓えーだとかなんだとか言ったのは、もちろん、下心があったからです」


 出島の指は、なおもうららの脚をなぞったりしていたが、心なしか、その動作にためらいが起きたように思える。


 空は憎々しいほどに晴れたままで、太陽の光はなおも強い。

 橋の下とはいえ、照り返した日光で温度は上昇し、制服の下のキャミソールが汗ばむほどだった。


 「下心っていうと、聞こえが悪いですね。

  直感からくる確信、が一番近いかもしれません。

  今から申し上げること、うららさんは聞きたくない、認めたくないことかもしれませんが、僕の直感は結構な確率で当たりますから」


 「もったいぶりますね」


 「もったいぶりますよ。だってね、うららさん。

  僕の直感は、うららさんは、僕のことを好きだろうなって言っているんですから」

書きためていた分が、今回でなくなりました。というわけで、ここからはいよいよ不定期連載になるかもしれないです。ガンバリマス!

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