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雨もしたたる良い河童  作者: 卯ノ花実華子
第三章 夏休みは猫を被って
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  あっという間に荷台に載っていた荷物は玄関先に積み上げられ、そしてそれらも瞬く間に2階の出島の部屋へと運ばれていった。組み立て式の家具をいくつか持ってきていたみたいで、出島と賢介は、抜群のチームワークで言葉もあまり交わさず、てきぱきとそれを組み立てていく。何か役に立てることがあるかと思って、一応、手伝いを申し出てみたのだが、賢介の「女の子は、力仕事なんてしなくて良いんだよ」の一言で段ボール箱には触れさせてもらえず、家具を作っている最中にもう一度聞いてみたら、出島に「じゃあうららさんには、ここに座って見ていていただきたいです。僕のモチベーションがあがるので」と出島の膝の上を笑顔で指さされたので、丁重に断った。


 2人の作業を傍から見ているだけだと、どこぞのストーカー河童と同じだと思ったので、うららは居間のソファに戻ってきている。


 なんだか、のけ者にされたような気がしないでもない。

 せっかく、出島さんが帰ってきたのにな。


 ふと浮かんだ思いに、誰も見ていないはずの居間でうららは赤面した。


 違う違う。今のは、違う。決して、出島に会いたいと思っていたわけではない。ただ、そうだ。ただ、出島が思いの外元気そうで、賢介とのやりとりも見ていて楽しいから。それだけだ。


 「おーい」


 玄関の方から聞き慣れた声がする。ソファで寝転がったときに乱れた髪を、手櫛で簡単に整えてから向かった。


 「よ、青本」

 「よ、岡崎」


 夏休みが始まってまだ1週間も経っていないのに、岡崎は、すでに前回会ったときよりも肌が黒くなったような気がする。その日に焼けたスポーツマン然とした四肢を白いタンクトップと短パンから出して、タンクトップと同じ白さの歯を見せて岡崎は笑った。いつもながら、岡崎の笑顔はピカピカだ。


 「なんだよ、引きこもり?」

 「違うよ。お留守番」

 「あ、おじさんとおばさん、いないの?」

 「そう。岡崎は? お父さんかお母さんに用事だった?」

 「うーん、てか青本家全員に、かな。はい、これ」


 前回もらったものよりもさらに大きい、ネットに入ったお化けスイカを差し出す。両手を出して受け取ろうとしたら、意外なほどに重くて、岡崎に助けてもらう。


 「おいおい。大丈夫か? 結構重いぞ」

 「先に言ってよ、そういうことは」

 「はは。だな。ごめんごめん。運ぼうか? 台所まで」

 「ああ、うん。その方が良いかも。私だったら、途中で落としかねないわ」

 「おっけー」


 軽く快諾して、岡崎がゴム製のサンダルを身軽に脱ぎ、さっと玄関から上がってきた。うららは、生まれた頃からこの家に住んでいて、またこの家も、うららの知る限りでは一度もリフォームなどをしていない。岡崎とは物心つく前からの知り合いなので、彼にとっては勝手知ったる青本家といったところか。迷いのない足取りで、玄関から台所へ向かう。といっても、台所は玄関から入って目の前にあるので、迷いようもない。


 「どこ置く?」


 シンクの前にあるダイニングテーブルを指さして、うららは岡崎の後を追って台所に入る。


 「はいよ」

 「ありがと」

 「どういたしまして」


 岡崎が、他人のお願いを断ったところを見たことがない。同様に、岡崎が、他人の意見を否定しているところも見たことがない。


 岡崎なら、出島さんの話をどう思うんだろう。


 「あの、さ」

 「なに?」

 「もしも、もしもなんだけど。すっごい下らない、もしかしたらって話なんだけど」

 「うん」

 「岡崎がさ、例えば、初めて会ったひとに、私は妖怪なんですって言われたら、どうする?」

 「え? どういうこと??」

 「だから。例えばの話だよ? 例えばの話なんだけど、私が、岡崎にずっと隠してたことがあって、実は私、座敷童なんだとか言ったら、信じる?」

 「え、青本、座敷童なの?」

 「私がそうなんじゃなくて! そういうことを言うひとがいたら、どうするのかなって。岡崎だったら、信じる?」

 「うーん……」


 腕を組んで、岡崎が目を閉じる。真剣に想像しているようで、目を閉じたまま、首を傾げたり眉根を寄せたりしていた。しばらく経ってから目を開けると、口から青春の香りがしそうな爽やかさで、

 「信じる!」

 言い切った。


 「ええええええ、まじで? まじで言ってるの、それ? 岡崎、頭大丈夫?」

 「なんだよー、青本が言い出したことだろ」


 岡崎らしいといえば岡崎らしい答えなのだろうけれど、しかし、驚いたことも確かだ。


 「いやまあ、そうだけどさ。でも、なんで? なんでそんなすぐに信じるの?」

 「うーん、なんて言うのかなあ。冗談でそんなこと言ってるって雰囲気じゃないって分かったら、やっぱり信じるよね。だってさ。妖怪だなんだってことだけじゃなくて、他のことでもそうなんだけど、自分の事情? みたいなのって打ち明けるのに勇気がいると思うんだよね。だから、わざわざおれにそういうことを言ってくれたんだなって思うと、信じてあげたいなって思う」

 「良い人すぎでしょ、岡崎」

 「そうかなあ?」

 「そうだよ!」


 激しくつっこむが、つっこまれた本人は照れて頬を掻くだけだ。


 「もし、騙されてたら?」

 「まあ、そのときは、そのとき?」

 「なにそれ。考えなしじゃん」

 「ていうか、他人がなにを考えてるとか、他人がどういう事情を抱えているとか、おれにはわからないことの方が多いから。そのときそのとき、話してくれたり伝えてくれる内容でしか理解できないじゃんか。だから、妖怪だって言うんだったら妖怪なんだなって信じるし、実は嘘なんだって言われたら、嘘だったんだなって信じる」

 「岡崎ってさ」

 「うん?」

 「なんか、思ってたよりも人間できてたんだね」

 「思ってたよりもってなんだよ」

 「はは、ごめん」


 岡崎の言うことはもっともで、今まで、出島が河童だ河童じゃないとひとり悶々と考えていたのが馬鹿らしくなる。単純だけれどもシンプルな考え方が一番強いのだと思った。同時に、同じ年齢でそんな考え方ができる岡崎を素直にすごいと感心したのだけれど、いかんせん、うららの性格ではそれをそのまま伝えることはできず、揶揄するような言い方になってしまう。当然、岡崎は苦笑してうららの肩あたりを小突き、うららもそれに笑って応じる。


 「うららさん、段ボールってどちらに捨てた方が良いですか?」


 うららの声を聞きつけてか、出島が台所に入ってきたとき、ちょうどうららは岡崎と小突きあいをしているところだった。手にした、折り畳まれた段ボールを音を立てて床に落とすと、出島の目がうららと岡崎を交互に見る。何度も、何度も。


 「ううううう、うららさん。そそそそそそ、そちらは?」

 「え? ああ、えっと」

 「どうも、こんにちは。青本、このひと誰?」


 明らかに狼狽している出島に、岡崎は体育会系らしい会釈をする。


 「ああ、えっとね」


 急にややこしくなった状況に頭を抱えながら、うららはどうやって説明すれば一番波風が立たないだろうと考えた。


 「出島さん。岡崎は、私の高校の同級生で、この間スイカをくれたひとです」

 「厳密に言うと、スイカ買ってきたのは、おれの母さんだけどね」

 「ああ、あなたが……」


 夏の暑い日だったはずなのに、どこから冷気が漏れているような気がする。そしてそれは、出島の両眼からドライアイスのように出ているような気がする。


 「それで、岡崎。こちらは、出島さん。なんか難しい話なんだけど、会社のインターンとかなんとかで、うちに居候っていうかホームステイすることになったひと」

 「未来の恋人です」

 「は?」

 「出島さんは黙っててください!」


 幸い、出島の失言を岡崎は聞き漏らしてくれたみたいだが、シンクの下から包丁を取って投げつけてやりたい衝動に駆られた。


 「段ボールのゴミですよね? えっと、段ボールって」

 「古紙回収のときに、一緒に捨てられるだろ。でも、古紙回収って月に1回だから、次は……」

 「次っていつだっけ」

 「おれも、そこまで詳しくないからなー。あでも、もうすぐだと思うよ」

 「なに、自信満々。なんでわかるの?」

 「うちの新聞が大分、溜まってきてるから」

 「あはは、それがバロメーター?」

 「じゃあ、それまでは自室に保管しておいた方が良いですか?」


 岡崎の明るさにつられて笑顔を取り戻したうららだったが、出島のブリザードのような語気に、眉をひそめる。


 「出島さん、大丈夫ですか? どこか、具合悪いとか?」


 「ああ、大丈夫大丈夫。具合悪いっていうか、人生で初めて体験する嫉妬に、自分で処理しきれなくなって拗ねてるだけだから、浩平ちゃんは」


 さらに大量の段ボールを手に、賢介がやってくる。出島の肩に手をかけ、うららにウインクをよこして余裕のある笑みを浮かべた。岡崎が、視線だけで、あれは誰?と聞いてくる。


 「あちらは、黒本賢介さん。出島さんのお友達で、出島さんのお引っ越しを手伝ってくれているひと」

 「あ、そうなんだ。はじめまして。岡崎俊樹っていいます」

 「俊樹くん。はじめましてー。あれ? その大きなスイカ、もしかして俊樹くんが持ってきてくれたの? すごいね、力っ持ち〜」

 「みなさんでどうぞって、うちの母親からです」

 「ありがとー」


 岡崎も、賢介のベルベットボイスには弱かったらしい。妙に照れて、はにかんだ顔で、しきりに後ろ頭を掻いている。


 「うららちゃん。古紙回収の日まで、どこかに置いておけないかなあ、この段ボール。結構な量があるからさ、浩平の部屋に置いておくと、虫が湧くかもって思ってさ」

 「あ、いつもあそこにまとめてあるんじゃなかったっけ? ほら、裏の」


 岡崎に先に思いつかれて、やっとうららもその場所を思い出す。たしかに、家の裏側に古紙ばかりを集めたところがあった。


 「あ、俊樹くん、その場所知ってるの? だったらさ、悪いんだけど案内してくれない? ついでに段ボールも運んでくれると嬉しいなあ、なんて。ああ、もちろん、俺も一緒に行くよ」

 「いいっすよ!」


 賢介になついているのか、岡崎は彼の提案に快く乗ると、出島が落とした段ボールを拾い始めた。それを手伝おうとすると、賢介に止められる。


 「うららちゃんは、いいよ。段ボールを触って手でも切ったらどうするの」

 「でも……。私ばっかり、なんの役にも立ってない気がするんですけど」

 「役に立ちたいの? うららちゃん」

 「そうですね、多少なりとは役に立ってたいです」

 「じゃあね、お願い。コーヒーってある? 荷物を全部出すところまでは終わったからさ。ちょっと休憩したいなって思ってたところ」

 「コーヒー、ですか。お父さんが飲むから、あるとは思うんですけど……。でも、私自身は飲まないんで、淹れ方とかわからないです」

 「大丈夫だよ。浩平が、そのへんは教えてくれるはずだから。な、浩平ちゃん?」

 「喜んで」


 気付けば、出島がうららのすぐそばに立っていて、短く答えた。


 「じゃあ、そういうことで。さ、俊樹くん。俺らは力仕事頑張りましょ」

 「はい!」


 ジャーマンシェパードの後を尻尾を振りながらついていくポメラニアンのようだ。賢介を先導しながら、彼の方を何度も振り向いて嬉しそうに去っていく岡崎の横顔を見ながら、うららは思った。


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