10
何を話しているんだろうと、自分を客観的に見るもう一人の自分は呆れているようだった。それでも、一旦口を飛びだし始めた言葉たちは止まることを知らず、うららは半ば、その奔流に流されるようにして口を動かし続けていた。
結局のところ、悔しかったのかもしれない。
図星だったから。そして、自分の浅はかさを見せつけられるようだったから。
祖母が楽しそうに話す、「良い男」だったという祖父の話。当時は珍しかったという恋愛結婚の話。本で読む、素敵な男性とのロマンチックな関係。平凡を望む自分と、将来巫女になると決められている未来と、それをあまりにも楽観的に受け止めてネタにする同級生たち。
うまくいかない。思った通りにいかない。
だからといって、そのもどかしさを伝える相手もいない。
だって、そんなことを大っぴらに話せば、まるで自ら平々凡々な日々を手放そうとしているみたいだから。
穏やかに、今日みたいに晴れた空のように、流れる雲をぼんやりとながめながら、河に泳ぐ魚をながめながら、そよぐ草むらの匂いをかぎながら、もらったスイカに喜ぶような、そんな小さな幸せばかりが集まった日々が良い。そして、その隣に、祖母みたいに恋に落ちた相手と、ニコニコしながら毎日を過ごしていきたい。
そう、思っている。
なのに、現実はどうだ。
友人たちには非現実的だと言われるようなひとと恋愛したいなどとのたまい、出会った見た目だけは著しく優れた出島に心をときめかせ、彼の性格に難ありと見れば手のひらを返したように揚げ足を取るような真似をして。その性格を知らなければ恋に落ちないなどと口では言いながら、出島の行動のいちいちに動揺し、挙げ句の果てにはそれを指摘されれば、こうやって彼を罵倒する。
最低だ。
浅はかで、愚かで、考えなしで、馬鹿みたいに夢見がちなのは、自分だ。そのくせ自分をかわいそうぶって、相手を傷つける言葉ばかりを紡ぐ。出島につけられた傷は、本来はうらら自身がこうむるもののはずなのに。
「もう、やめてください。私を振り回すの。私みたいなのを振り回す暇があったら、もっと時間を有効に使ってください」
太陽はその輝きを増し、うららの頭だけでなく全身をじりじりと焦がす。紫外線だとか美白だとか、そんなことも脳裏をよぎったけれど、足が動かなかった。
「もう、私のことは放っておいて」
いつだったか、バラエティ番組で聞きかじったことがある。女性は、泣いているときになぜ自分が泣いているのかを理解していないのだと。それを聞いたとき、うららの母は、しきりに同意の相槌を打っていたが、うららはそんな女性を馬鹿にしていた。自分のことなのに、理由もわからないとはどういうことか。私は違う、とも。
でもこのとき、言った自分の言葉を聴覚を通してから初めて、うららは自分の真意を理解した。
出島が、怖いのだと。出島がというよりも、彼と一緒にいる自分が、自分で自分を制御できなくなる状況が怖いのだ。
「うららさん……」
うららの手首を掴む出島の手は、優しい。ここに引き止めたいだけなら、もっと乱暴に掴めば、力でうららが敵うことなどないのに、出島はそれをしない。きっと、振り解こうと思えば、楽にそれができる。でもなぜか、それができなかった。
靴を履く暇すらなかった出島は、うららと違って裸足でその場に立ち尽くしている。うららの豹変ぶりに、いや、ヒステリーに、びっくりしている。慌てて立ち上がったからか、白いシャツの裾が片方だけパンツから出ていた。
頭上から降り注ぐ太陽の光を反射して、バス停で見たときよりも出島の瞳は緑の色が濃くなったように思う。ビー玉みたいな双眸には、空を気持ちよさそうに流れる雲が写り込んでいた。瞳の中に写り込んだそれとは対照的に、出島の双眼は苦しそうに細められて、あれだけ流暢だった唇はぴくりとも動かずに真一文字に引き締められている。
「離してください」
力任せに振り解けば良いのに、そんなことを言う自分は、なんてズルいんだろう。
「うららさん」
出島が再度、うららの名を呼んだ。心なしか、さっきよりも言葉に覇気がない。
「ごめんなさい、ちょっと、これは……、想定外の状況……です…」
最後は聞き取れなかった。代わりに、出島の体が傾ぐ。長身の出島が、うららの方に向かって倒れこんできた。またこれまでと同じ、出島お得意の色仕掛けかと思う暇もなく、うららは手にしていたカバンを放り投げてその手を差し伸べる。
うららの手首を掴んでいた手もだらりと外れて、出島はうららの腕の中で目を閉じて荒い息をしていた。
「出島さん? 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……。すみません……」
そういう声に、まったく信憑性がない。うっすらと目を開けて、出島が無理に微笑んだ。そして次の瞬間には、気を失ってしまう。
「出島さん? 出島さん? しっかりしてください、出島さん!」




