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出島さんがこじらせています。うららちゃんも、実は若干面倒臭いひとです。その不完全さが愛おしい。なんてね。
「僕の直感は、うららさんは、僕のことを好きだろうなって言っているんですから」
そう言う出島は、まったく悪びれた様子もなく、天使の微笑みを浮かべてうららを見上げるばかりだった。うららはといえば、一瞬息を止めた後、目を軽く見開いたかと思うと固く瞑り、次に開いたときには眉間にしっかりと皺が刻まれていた。
「出島さんって、最悪ですね」
そう言い捨てると、座ったままの状態で両脚を横に勢い良くずらした。太もも分からの落下だけとはいえ、予期せぬタイミングで膝枕を外されて、出島は側頭部をしこたま芝生の上にぶつけて小さく悲鳴を上げる。その合間にも、うららはてきぱきと靴下を拾い上げ、素足でローファーを履くと、スタスタと歩き去ってしまう。
「え、え? ちょ、ちょ、ちょっと待ってください、うららさん! うららさんってば!」
「ついてこないでください、この自意識過剰の自惚れ河童!」
辛辣な言葉を吐き捨てながら、背中越しにうららが振り返る。その真剣な怒りの表情を目の当たりにして、出島はようやく自分の犯した失言に気づいた。
「うららさん、うららさん!」
とりあえず立ち上がり、靴を拾い上げてうららの後を追う。
「ついてこないでください」
「うららさん」
決して自慢ではないが、出島は物心つく頃から異性に人気が高かった。相手の年齢にかかわらず。なので、どこに行っても特別扱いしてもらっていたし、何か買おうと並べば信じられないくらいの値引きやおまけは当たり前、サービスの範囲に入るのかも怪しいほどのおもてなしを受けたことも、数え切れないくらいある。自分の容姿が世界一だと思っているわけではなかったが、ああもあからさまに特別扱いを受けることが多いと、自然と、出島の持っている容姿は己に与えられた武器なのだろうと気づく。そして、その武器を必要に応じて使っても仕様がないのではないか、とも。
決して言い訳ではないが、出島としてはいつもの技を使っただけなのだ。この村に来るまでに所属していた営業部では、こうやって少し、ほんの少し自分の容姿を有効的に使うだけで、欲しい情報がいくらでも集まってきた。相手に不快な思いをさせたことなどないし、泣かせたことなどもない。だから、これは非常に効率の良く、なおかつ有効的な手段なのだと思っていた。
うららに、あんな顔をされるまでは。
「うららさん、ちょっと待ってください」
うららは駆け足で橋の階段を上ってはいたが、いかんせん、出島との身長差がある。単純に考えて、出島の一歩はうららのそれよりも大きい。少し急ぐだけで、すぐに追いつけた。ためらったものの、出島はうららの手首を取る。できるだけ、優しく。
「離してください。私、出島さんとこれ以上、一緒にいたくないんですけど」
そう言ううららの声音は今までよりも格段に冷たく、彼女が本気であることを知らしめたが、ここで諦めるわけにはいかない。
「うららさん。ごめんなさい」
女性が機嫌を損ねたら、とりあえず謝る。謝って、少し機嫌が良くなってきたら、そこで事情を聞いたり、自分の言い分を説明する。そう、今までの経験で習った。
が。
「何に対してですか」
「え?」
「ごめんなさいって、何に対して謝ってるんですか?」
まさか、女子高生に正論で攻めてこられるとは思わなかった。思わず言葉をつぐんだ出島を、うららは眉間に皺を寄せたままの顔で睨みつける。
「え、っと……、うららさんを傷つけたことに、対して?」
「私が、何に傷ついたと思っているんですか?」
まさか、女子高生に質問に質問で返されるとは。さすが、うららさん。内心、感動で慄いたが、それはさすがに伝えるのを控えた。
「僕が、空気読めないことを言ったから、ですか?」
「出島さんが空気読めないのって、デフォルトじゃないんですか? ていうか、多分ですけど、出島さんって、わざと空気読んでないですよね? 空気読めなくてもなんとかなるし、それに、空気読めないのも自分の魅力のひとつになるか、とか思ってませんか?」
若干、その通りだったが、それをそのまま受け止めてしまうのも憚れたので、なんのことでしょう?と出島は首を傾げた。
「この際、私も空気読まないで言いますけど。正直に言いますね。私、出島さんの顔は好きです。すごく好みです。でも、話せば話すほど、その性格が鼻につきます。なんていうのかな、あざといです。それで、私、あざといひとは好きじゃありません。でも、あまりにも顔が好みなので、どうにか性格的にも好きなところがないかなと思っていたんですが、もうダメです。そりゃ、顔が好みなので、近づかれたり、触られたりしたら、生理現象として赤くなったりしますよ。でも、それって好きですか? こんな女子高生に説教されなくても、出島さんくらいの大人のひとだったらご存知だと思いますけど、もっと、好きって、自然に出てくるものなんじゃないんですか? そうやって、顔が好みだとか、好きにさせるとか、そういう駆け引きみたいなのとか、下心のあるような戦略的なことって、好きからはどんどん離れていくように思うんですけど」
出島のつかんだ手首を振りほどこうともせず、片手にカバンを持ち、うららがまくし立てた。こんなに感情を露わにすることがないのだろう、話しながら、どんどんと顔が紅潮していく。
なんて、可愛いんだろう。彼女を守りたい。彼女を自分のものにしたい。彼女を、自分のものにして、彼女が傷つかないように守りたい。彼女が、いろんな顔を見せてくれるまで、ずっとずっとそばにいたい。
心の底から出島は思った。
今すぐに、彼女にすべてを打ち明けられれば良いのに。




