第九話 魔法
本日1話目
「佐藤様?」
この世界においては何でもないただの日常風景、ただヒールを使っただけの光景を目にして大きく目を見開いた修也を見たメイリアが不思議そうに首をかしげて声を掛ける。しかし彼は「え……嘘……マジで魔法……? てことは本当に異世界……?」とぶつぶつと呟くばかりで声を掛けられていることに気付いていない。
深く考え込んでいる様子の修也を見たメイリアはそれ以上声を掛けることをせずに口を閉ざした。一分ほどしてようやく修也は平静を取り戻すと二人を放置していたことを思い出す。
「あ、ごめん! つい考え込んじゃって」
問題は無い、とばかりにメイリアが軽く首を横に振る。しかし彼が何に驚いたのかが気になったのかメイリアは彼に尋ねる。
「いえ……、それはよろしいのですが、佐藤様は何に驚かれていたのですか? 何か問題が御座いましたか?」
「ああ……、いや、その……」
全く取り乱した様子の無い二人の姿を見て修也は確信する。
「(魔法は二人にとっては全然大したことじゃない、ということか。魔法が空想上の存在で実在しないのであれば二人も驚くはずだ。一部の特権階級だけが魔法を使えるということでもないな。それだとその辺の店員が使えるわけがない)」
「魔法」という超常現象を見せられた修也の考えは「ここが異世界である」という方向に大きく寄ってしまう。もしかしたら、それこそ魔法と見間違う程の超技術を用いてそう思わせることも可能かもしれない。
だが、もしも、自分自身が魔法を使うことが出来たら、いや、使うことが出来てしまったら、それは決定的になってしまう。それを想像して修也は顔を青くする。その様子から修也に何かあったことは想像に難くない。
アースにとってもそれは同じようであり彼は修也に帰還を促した。
「勇者殿、どうやらご気分がすぐれないご様子で。服飾店に行くのはまたの機会にされては如何でしょうか」
「ああ、うん、そうするよ……」
どうにも上の空な修也が気がかりなのか二人はちらちらと修也の様子を伺うが、修也はそんな二人を一切気に掛けることなく王宮へと戻るのであった。
外出を早めに切り上げたこともあって修也が部屋に戻ったのは丁度昼時であったが、彼は気分がすぐれないことを理由に昼食は抜くことにした。実際には魔法について考えたいがためだったのだが、気分がすぐれないのも事実なので面倒が無いようにそちらを述べた。
彼は相変わらず椅子では無くベッドに腰をかける。加えてメイリアの目を気にすることなくそのまま後ろに倒れこみ、先程の魔法について考える。
「(ヒールの魔法は一般的なものということになっている……。恐らくヒールはかなり簡単な魔法ということなんだろう。多分メイリアさんも使えるはずだ)」
そう修也は推測し、ほぼ絶対に使えないだろうが、念のため魔法を唱えてみてからメイリアに魔法について尋ねることを決める。
「ヒール」
失敗しても恥ずかしくないように非常に小声で、先程より不安からシクシクと痛んでいるお腹の上に手を置いて魔法を唱える。
出来る訳が無い。でも、もしかしたら。
そして彼の予想に反して、だがある意味では彼の予想通りに彼のお腹が淡い光に包まれてしまう。
「嘘だろ……」
ほんの少しだが痛みが引いてしまう。この現象は間違いなく自分が起こしたのだという確信がある。自分の周りから何かが無くなったような感覚がある。自分は魔法を使えてしまったのだ。
部屋の温度は変わらないはずなのに急激な寒気が彼を襲う。歯の根が合わなくなりガチガチと奥歯が音を立てる。体が酸素を欲して何度も浅い息を繰り返す。何かから隠れるように両腕で自身を抱いて縮こまる。視界が震え、目の前の光景が目に入らなくなる。ヒールの効果が切れでもしたのか胃の痛みが増し、内容物が食道を逆流しようとする。
「――――! ――――!」
誰かの声が部屋に響くが彼の耳には届かない。彼は分かってしまったのだ。あまりにも多くの事が違い過ぎるこの世界に、周囲に信じられる人も親しい人もおらず、たった独りで、魔王と戦うことを期待されて、世界を超えて呼び出されてしまった。
信じたくなど無かった。戦いとは無縁の生活を送っていた自分が命を張って戦うことなど出来る訳が無い。自分だけは魔法が使えなくて、誰かが魔法を使って、それは何かのトリックなのだと思いたかった。誰かが自分に声をかけ、全て嘘なのだと自分を馬鹿にしに来てほしかった。異世界など、魔王など、勇者など、全部全部否定するための情報が欲しかった。
それなのに、それなのに彼が魔法の存在を知った時と同様、ごくごくあっさりとそれらが本当であるという確信を得てしまった。
「(俺は一体どうなってしまうんだ……!)」
そして彼は恐怖し、耐えきれず気を失った。
メイリアはすっかり憔悴してしまった修也の看病を行いながら、やはりあの時に何かあったのだろうかと思案する。鍛冶屋を出た時からの一連の出来事は既に報告してある。しかし実際に何が彼の身に起こったのかは不明なので、相談という形で聞きだして明らかにすべきだろうと判断する。
「やはり勇者という重責はそれほどまでなのでしょうか」
世界を救う勇者であると言われてすぐに信じることは出来なかったが、何らかの理由により自身が勇者であると確信したことで気を失ってしまったのではないかとメイリアは推測する。世界の行方が自分の行いにかかった時、その不安が如何ほどであるかメイリアには想像も出来ない。
しかし、それでも尚彼には立ち上がってもらわねば困るのだ。魔王を打ち破り、世界を救ってもらわねばどのような未来となってしまうのか。
彼を奮い立たせるためにどのような言葉をかければよいのか思いをめぐらせながら彼女は修也の看病を行うのであった。
いきなり戦えとか言われても普通は無理だと思います。
聖なる夜に電話越しにこの作品を朗読されるとかいう嫌がらせを受けました
でも僕は元気です(半泣き)
そしてもう少し見やすく改行した方が良い、この描写いる?と指摘を受けたことともう少し三人称単視点を意識すべきだと考えたことと約物の使い方間違ってんじゃねーかボケ! ってことに気づいたことにより改稿しました。
内容自体は一切変更有りませんので見直す必要もないです。