第七話 街並み
美人というものはいくら見ていても飽きないものだ、と先導するメイリアを見ながら修也は思う。普通これ程人のことをジロジロと見ることなど出来ないが、今の彼には彼女についていかなければならないという大義名分がある。このような広い王宮で彼女と万が一にでもはぐれてしまえば多大なる迷惑が彼女やその他にの人間にかかるだろう。それを思えば一瞬たりとも彼女から視線を外すことなどしてはいけないのだ、と誰に言うでもないのに彼は自分の中で言い訳を用意する。
ただついていくだけなので彼の思考は余計なことに向く。昨日は急な展開で、朝は朝で慌てていたため考える暇が無かったが、自分を案内するために目の前を歩くメイリアを見ていることで、これ程の美人が自分専属のメイドなのだという実感が彼に湧いてくる。少なくともそういう設定ではあるのだと思うと彼は自身の顔がニヤつくのが止められなかった。
今まで女性とお付き合いしたことが無く、そういった兆しが全く見られない高校生活を送っている彼にとって、この魅力的な女性が傍に居て世話をしてくれるというだけで非常にクるものがある。
そのように万人が「気持ち悪い」と評するようなだらしない顔をしながらついていくが、悲しきかな、楽しい時間というものはすぐに過ぎ去ってしまう。メイリアが足を止めたため修也はぶつかりそうになり慌てて立ち止まる。彼は全く気付いていなかったがいつの間にか出口に到着していた。
そのような恥ずかしい所を誰かに見られたかと辺りを見渡すが、幸いなことにメイリアの他には見覚えのある背中しか見えなかった。「良かった。誰にも見られずに済んだ」と安堵するもその人物はこちらに背中を向けたまま修也に声を掛ける。
「お早うございます勇者殿。本日は私が勇者殿の護衛を務めさせていただきます」
「お、お早うございますアースさん」
「案内役もつけずに自分を街に行かせることは無いだろう」と予測していたのでアースがいることは修也の予想内だったが、こちらをちらりと見ることも無く自分が来たことを察知した彼に修也は驚愕する。「気配か?! 気配なのか?!」と勘ぐるが単に手鏡でこちらを見ただけであろうことに思い至る。納得すると同時に鏡で先程の阿保臭い姿も見られたであろうことも理解し、赤面しつつアースに尋ねる。
「今日は主要なお店とかを見たいんですけど大丈夫ですか?」
「主要な店、ですか?」
修也からはアースの顔が見えないためよくわからないが、修也が何故そのような店を回りたがっているのかわからないように思えた。
「ええ、自分とこの世界の人とでは色々と常識とかが違うことは昨日わかったので使う物の違いや人の様子を見たいと思いまして」
正直に「あなたたちの言うことが信用ならないので情報収集したいから」と言うわけにもいかないので咄嗟に別の理由を口にするが、中々良い理由を思い付いたのではないかと自画自賛する。アースは「ふむ」と言いしばらく思案する様子を見せる。
「それでは雑貨屋、鍛冶屋、服飾店あたりがよろしいかと」
雑貨屋と服飾店はわかるが何故鍛冶屋がそこに入るのか疑問に思いながらも「じゃあそれでお願いします」と修也は答えた。
「それでは雑貨屋からご案内致します」
歩き出したアースの後を修也は昨日のようについていく。結局一度も相手の顔を見ないまま会話が終了してしまったことに違和感があったが、自分が回り込めば良かっただけの話だと悟る。そして「メイリアはどうするんだろう」と思い振り返ると自分の後ろについてきているのが見えて「誰もが振り返る程の美人、というのはここでは何というのだろうか」と益の無いことを考えるのであった。
修也は雑貨屋へと向かいながら周りの人の様子を伺う。異世界へと行く話でありがちな犬耳の獣人や耳の長いエルフがいたりしないだろうかと観察しているが全く見つからない。彼は密かに期待していたため少なくない失望を覚える。
そういった浪漫を諦めて今度は人々の向きに注目すると、ほとんどの人たちがアースやメイリアと同じ方向を向いているがたまに違う方向を向いている人がいることがわかった。「他の国の人だろうか」と彼は疑問に思い、後で尋ねるよう心に留める。また、店らしき建物に注目すると道に対して横に長いものや縦に長いものなどがあることがわかった。どういうことだと彼は疑問に思うが、もしかして人々の向きに合わせて作られているのではないかという推測が浮かぶ。
「(変に悩み過ぎずにさっさと外に出て良かった……。街一つをたかがドッキリのために改造するなんて馬鹿な真似は流石にしないだろ。いや、何回も使い回すならそれも出来るかもしれないし異世界に召喚されるって方がよっぽど信じがたいだろ……)」
ある程度の情報は入ってくるが修也は結局どちらとも判断することが出来ないまま歩いて行く。
「こちらが雑貨屋になります」
そう言ってアースは周りの建物よりも一回り大きい建物の前で移動を止める。無論日本のスーパーなどとは比べるべくもないが、それでも中々に規模の大きい店なのだと判断がつく。先程立てた予想の正誤を確認するためにも早く店に入りたかったがある問題があることを修也は忘れていた。
「(そう言えば俺お金持って無いじゃん!)」
どうすればいいんだとあたふたするが、背後からメイリアが声をかける。
「佐藤様、購入されたものはこちらがお支払いいたしますのでお気になさらずに」
彼が今困っていることを的確に読み取ってくれたメイリアに彼は感謝すると同時に申し訳なさを感じる。
「何から何まで本当にすいません」
メイリアは微笑んで「それこそ本当にお気になさらないでください」と返してくれたが、「なんだかずっと謝ってばっかりだな」と彼は苦笑するのであった。