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第四話 普通

 そうして修也は腰を落ち着けるべく椅子に座ろうかと考えるのだが、調度品に対して見劣りするような人物に自分が該当することに思い至った。


 極めて平凡な顔の作りをしており、生まれは別段高貴なものでもない。漂う品も無ければ威厳も無いため、仮に自分が椅子に座ればそれはそれは滑稽な図となることが簡単に予想出来た。


 しかしいきなりこのような訳の分からない状況に放り込まれた精神的疲労、及び謁見の間からこの部屋まで長々と歩かされた肉体的疲労は彼の体に少なからず休息を求めていた。更に言えばどこにも座れないからと延々と部屋のどこかで立ち尽くす様の方が余程滑稽であろう。そのように思い結局彼は居心地悪そうにベッドの端に座るのであった。


 彼が座った部分はぎしりと音を立てることも無く沈み込み、その心地よさを十全に彼に伝えてくる。そのまま後ろに倒れて寝てしまいたい衝動に駆られるが部屋にはメイリアが居ることを思い出し慌てて姿勢を正す。そしてちらりと彼女の方を見ると瞑目してやはり彫像のように動かぬ彼女の姿があった。


 考えをまとめたいと申し出たものの急激な状況の変化に彼の頭は付いてきておらず、なんとなしに彼女を眺める事しか出来なかった。


 ありがちなミニスカートのメイドとは違い、彼女は脛の半ばほどまで届くロングスカートを履いていた。全体的に落ち着いた雰囲気の服装をしたその姿は職務に対する矜持のようなものが感じられ、彼女の美貌と相まってその姿はある種の芸術のように思われた。


 いつまで眺めていても飽きないだろうという感想を彼は心の内で述べると、その感想通りしばらくの間なんとなしに彼女を眺めていた。


 彼の今の気持ちを一言で表すならば「現実感が無い」である。勇者だ魔王だとまるで劇のようなことを言われ、更にここは異世界であるという。


 そういった言い分を信じる根拠などまるで無く、彼らが何かのエージェント部隊で自分をここに拉致したのだと言われた方がまだ現実味がある。


 だがそのような者達に狙われるような理由に心当たりは無く、しかもエージェントがやっていることは性質の悪いドッキリだけである。


 彼は自分が置かれている状況の意味が全く分からず、加えて正しく推理できるだけの頭脳も無いため声には出さないものの心の中でうんうんと言いながら悩むこと十数分、結局今の自分には情報が圧倒的に足りないのだとようやく気づき、情報収集に動くべきだと結論付けた。


 そういえばアースさんの歩き方が変だったな。


 その疑問を思い出した彼は「丁度良く専属のメイドがそこにいるんだから彼女に聞こう」と思い声を掛けた。


「あのー、ちょっといいでしょうか」


 彼が声を掛けるとメイリアは目を開き彼の方を見る。


「はい、如何なさいましたでしょうか」

「この部屋まではアース……騎士団長に案内してもらったのですが、その……彼の歩き方が独特というか、印象的というか……」

「独特、と言いますと?」

「何というか、右に移動するのに何故体は正面に向けたままなのかだとか、後ろに行くのに何故振り向かないのかとか、そんな感じですね」


 修也の質問の意図がわからないのかメイリアはその形の良い眉を少しばかり(しか)める。それを見た彼は先程の謁見の間での反応を思い出す。


「あの……もしかしてそういった歩き方は極普通の歩き方なんでしょうか」


 彼の言葉に対してメイリアは同意を示すように軽く頷く。


「そうですね。動きが洗練されているかといった違いはあると思いますが、そういった歩き方は普通のものです」


 「あれのどこが普通なんだ」と彼は言いたくなったがそれをこらえる。もう少し詳しく聞くために、まず自分の歩き方を見せるべきかと彼は考えた。


「ええーっと、こういう歩き方が自分達の場合の普通なのですが……」


 そう言いながら修也は前後左右に歩いてみせる。当然ながら移動する方向に体を向けながらであるが「何故こんな馬鹿馬鹿しいことをわざわざ実演しなければならないのだろう」と心の内で嘆く。


 さてどういった説明を受けることが出来るのだろうかと思いつつ彼がメイリアの方に目を向けるとメイリアは信じられない物を見るように目を見開いて彼を見ていた。


「あの……、こんな風に歩くのが普通なんで、どうしてアース騎士団長みたいな歩き方が普通なのか分からないんですが……」


 むしろそれ程に驚かれたことに逆に驚きつつ修也がそう声を掛けると彼女はハッとして表情を元に戻した。


「佐藤様の仰りたいことが分かりました。確かにそのように歩くのが普通でしたら私共の歩き方に疑問が生じても無理はございません。佐藤様のことは事前に伺っておりましたが実際に目で見るまでは思い至りませんでした」


 そう言うと彼女は「思慮が至らず申し訳御座いません」と言い深く頭を下げた。美人に頭を下げさせるなどという大それたことをしたことのなかった修也は大いに慌てることとなる。


「あ、頭を上げてください! そんな謝られるようなことじゃないですって! そんな風に謝られる方が困るから!」

「畏まりました」


 言葉とは裏腹にまだ納得はしてい無いようでその顔は若干気落ちしたものに見える。そんな彼女のフォローを修也が出来るはずも無いので無理矢理にでも元の話に軌道修正することにした。


「それで! どうしてアース騎士団長みたいに歩くのが普通なんですか?」


 露骨な話題逸らしではあったが、その表情を引き締めるとメイリアは修也に説明を行う。


「簡潔に申し上げますと私共……いえ、この世界の生き物は産まれた時より一つの向きしか向けないのです」

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