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第三話 メイド

 閉まりゆく扉を背に修也はアースの後ろをついていく。通路の幅は非常に広く「これだけ広ければ行進でも出来そうだな」などと修也は思った。


 物珍しさから辺りをキョロキョロと見ながら歩いているといつの間にか彼は自分が曲がり角に来ていることに気づいた。


 T字路ではなく単に右に曲がるだけの道だったため、彼はアースに追いつくべく慌てて右を向き歩調を速めた。幸いアースはすぐそこに居たため別段焦る必要は無かったのだが修也はアースの姿を見た時「ひぃっ!」と小さく悲鳴を上げた。修也のそんな声を聞いたアースは移動を止めると修也へと声を掛ける。


「勇者殿、どうかなされましたか?」

「いえ! 何でもないです! 」

「ならばよろしいのですが……」


 明らかに何かある様子の修也は不審そのものであるが、それ以上追及することをアースはせず、再び移動を開始した。それにより困ったのは修也の方だった。何でもないと答えてしまった手前、アースに質問するタイミングを失ってしまったのだ。彼はアースに質問したくて仕様がないがアースを直視できずに目線をあちこちに動かす。


「(ヤバい……凄く聞きたい……。何でアースさん蟹歩きで移動してんだ……)」


 正確には蟹歩きではなく、足の動きは前に歩く時と同様にも関わらず体は横に滑るように移動している。どちらにせよ身長の高い外国人風の男がそのような移動をしている絵面は非常に間抜けなものであり、そもそもどうやってそのように移動しているのか、どうしてそのような移動をしているのかと問い詰めたくて仕方が無くなったのだ。


 事態は更に悪化する。挙動不審になりながらアースについていくとまたしても右に曲がる曲がり角に辿りついた。修也は嫌な予感から唇の端をヒクヒクとさせていると、彼は予感が的中したことを知る。彼が曲がり角を曲がるとそこには真顔でムーンウォークをしている騎士がいた。意味が分からず彼は思わず泣きだしそうになった。


 暇を持て余してレトロゲームで遊んでいたら埃のせいでゲーム機が爆発し、気が付けば見知らぬ場所で見知らぬ人たちに囲まれて勇者だ魔王だと色々言われ、終いには真顔の外国人男性が目の前でムーンウォークをしている始末。彼の精神が非常に貧弱な物であれば本当にその場で泣き始める所だが、幸か不幸か普通の男子高校生程度の精神力は持ち合わせていた。


 無事に家に帰れれば真面目に勉強をしよう。面倒くさがらずに掃除はきちんとやろう。そしてレトロゲームは全部処分しよう。


 彼は現状について考えることは不毛だと思い現実逃避を開始する。それが功を奏したのかある種の余裕が彼の中に生まれた。ふと目の前にいるアースは後ろを見ずに歩いて平気なのだろうかと思い彼が何処を見ているのかが気になった。


 アースは修也の後ろを見ていることに気付いたため修也が振り返ってみると先程曲がった曲がり角に大きな鏡が設置してあるのが見える。修也は「成程」と納得すると同時に「そんな手間かけるくらいなら普通に歩け」と思った。


 しかしそれでは自分の影になる場所は見えないのではと新たな疑問が生じたが、アースが手にもった小さな鏡をちらちらと見て背後を確認しているのが目に入った。そうやってちらちらと見るだけで背後を把握できるのは無駄に洗練された技術だなと思い、そして「そんな技術を身につけるくらいなら普通に歩け」と思うのであった。


 そうして右へ左へと曲がり、修也が「一人の男をこれ程色々な方向から見たのは人生で初めてではなかろうか」と考え始めた頃にようやく目的地に到着したのかアースは足を止めた。


「こちらが勇者殿の部屋となります。中にメイドがおりますのでご要望がありましたら彼女に命じてください」


 メイドと聞いて修也は少しばかり目を見開いた。彼は別に重度のオタクというわけではないのでメイド喫茶などに行ったりはしないのだが動画サイトを巡回する程度にはサブカルチャーを嗜んでいるため、メイドや猫耳といったワードに敏感になってしまっているのだ。


 ともかく入ってみないことにはどうしようもないと考えて修也は扉を開けて部屋の中へと入ると彼は一歩後ずさってしまった。


 まず彼の目に入ったのは天蓋付きのキングサイズのベッドだった。一人で寝るのにそんな広さは絶対に要らないと断言できる大きさであり見ただけで滑らかさが伝わるような布がキッチリと敷かれていた。その上にある毛布は触れたら二度と離したくなくなり、一日中でも安眠出来るものだと確信した。


 ベッドだけでも大きな衝撃を受けたというのに非常に品の良いテーブルまである。恐らく木材で出来ているであろうそれは学校の机などとは比べることすら烏滸がましい程美しかった。それとセットであろう椅子には精巧な細工が惜しげも無く彫り込まれていて一種の芸術品とも思え、座るのがもったいないと彼は思ってしまった。


 果たしてこの部屋一つでどれだけの価値があるのだろうかと思い、他にはどのような物が置いてあるのかと部屋を見渡すとすぐ横に彫像と見間違うほどにピシリと背筋を伸ばして身じろぎ一つしないでいる人がいることに気付いた。


「うおっ!」


 小心者の彼はその姿に驚き小さくない声を上げた。そのような声を上げてしまった恥ずかしさと驚きからその人物に声を掛けられずにいると相手の方が先に声を掛けてきた。


「驚かせてしまい申し訳ありませんでした。本日付で勇者様の専属のメイドとなりましたメイリアと申します。何なりとご用命ください」


 ああ、この人がメイドなのか、と修也は理解する。お互いの立場を考慮した場合どのように返すのが正解なのかよくわからないが、挨拶をされたならばとりあえず挨拶を返すべきかと彼は考えた。


「佐藤修也です。勇者ってさっきから言われてますけど、自分ではそんな風には全然思っていないんで出来れば佐藤って名前の方で呼んで下さい」

「畏まりました佐藤様」


 そう言ってメイリアはにこりと微笑む。そしてその時初めて修也は彼女の顔をしっかりと見た。


 銀の長髪は夜の星々のように煌めきその瞳は空を思わせる青さをしている。そしてそれらの美しさに負けぬほどに肌も美しかった。綺麗だ、と彼は思った。柔らかな微笑は見ているこちらまで釣られて微笑んでしまう。


 出来ることならばその髪に触れてみたいと修也は思った。成程、彼女ならばこの部屋に置かれている数々の調度品に負けることは無いだろう。下手な人物がここにいれば調度品に見劣りしてしまい、メイドとしての能力以前に不快に思うだろう。


 彼女のあまりの美しさに呑まれてしまいしばし黙り込んでしまう修也であったが、どうにかして声を絞り出し「よろしくお願いします」と言ったのであった。

この話を書いてて急に湧いて出てきたヒロインのメイリアさん

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