第二話 謁見の間
レゲーム王が喋り始めた時から彼以外の周囲の人間はざわめくことを止めていたため、謁見の間と思われる部屋は十分に静かであったので王と修也の声は良く響いた。
しかし修也が質問をした時、単に誰も喋らないということ以上の静けさが広がり、修也以外の全員の顔に「何故そのような質問をするのかわからない」という疑問がありありと浮かんでいた。
修也も修也で「こちらこそ何故そこまで疑問に思われなければならないのかわからない」と思っているとレゲーム王が平静を装いながら修也の質問に答えた。
「ふむ……、勇者殿の問いは人は何故息をするのか、何故人は死ぬのかという問いと同じようなものであり、何故かと問われれば『そういうものだからだ』としか答えようが無い。答えになっておらぬとは思うが、この世界の人間はそのようなものだと思って欲しい。確かに勇者殿は今も足が動いておらぬ。勇者殿の世界ではそれが普通であるのか?」
「え、ええ、そうです。俺……、私の世界では立ち止まっている時には基本的には足踏みはしません。ただ、人が息をして、いずれ死ぬのは同じです」
異世界召喚や自分が勇者であることに比べればまだ「そういうものだ」と受け入れやすいことであったため修也は「そういうものだ」と考えることにした。ただ、それ以外のことは同じであるとフォローはしておくことにした。
彼らの話を信じるならば自分は彼らにとって希望である勇者であるため非道な扱いを――異世界に召喚して拉致をしている時点で十分非道であるとも言えるが――受ける可能性は少ないだろう。
しかし異質な存在に対して迫害が生じやすいことは地球の歴史が証明しており、修也は自分が迫害されることを恐れた。
勇者が魔王を倒した後、第二の魔王として処分されるというシナリオの創作物をいくつか彼は知っていたため、それを避けるためにも迫害される要因は排除すべきと考えたのだ。
果たして彼の懸念は妥当なのかはわからないが、レゲーム王は修也の答えからいくらか間を置いた後に再び問いかける。
「して、勇者殿、先程の……この世界を救ってほしいという我らの願いを聞いてはもらえぬだろうか」
「あ、そういえばそんな話だったな」と修也は思った。だが修也はレゲーム王の問いに答えることが出来ない。修也は今の今までただの高校生として生活していたため戦い等とは無縁の生活を送っていた。
必然的に戦う術など彼は持っておらず、強いて言えば中学生の時に受けていた剣道の授業くらいなものである。無論修也はそんなもので命を賭けた戦いが出来る等考える程無謀では無い。
それでも尚レゲーム王の問いに是と答えるとすれば困っている人は絶対に見過ごせず、人の言うことをすぐ信じるお人好しくらいなものだろう。
修也としても困っている人は助けたいが、それは自分が多大な迷惑を被らない場合に限るし、そもそも彼らの話をほとんど信じていない。
ここで「わかりました!勇者として世界を救います!」と即答などすれば、ネタバラしの後で盛大に馬鹿にされるのではないかとすら考えている。
結局の所修也に今出来るのは後で馬鹿にされず、且つ彼らをこの場で敵に回さないように保留となるような答えをすることだけであった。
「その……、正直に申し上げまして異世界や勇者、魔王と言われて困惑しております。考えを纏めたいと思いますので出来れば数日程時間を頂けないでしょうか」
修也が優柔不断な人間にありがちな答えを返せば、恐らくそういった答えを予測していたであろうレゲーム王もまたありがちな答えを返した。
「相分かった。確かに勇者殿にとってあまりに急な話であったな。今日明日にでも魔王が攻めてくるということは無いとは思うが早い内に答えてくださると助かる。急な話ではあろうが色好い返事を期待しておるぞ。アースよ! 勇者殿を部屋まで案内して差し上げろ」
「畏まりました」
そう言って、修也よりもずっと背が高く、吸い込まれるように深い青色の眼を持ち、木を思わせるような茶色の髪をした顔の彫りが深い男が修也の前にやって来た。
「この国の騎士団を率いるアースといいます。お見知りおきを」
「はあ……」
明らかに日本人では無いと分かるような男にいきなり話しかけられて正しく応対が出来る程修也は人間が出来ていないため非情に気の無い返事となったが、アースがそれに気を悪くした様子は無い。修也よりも余程人間が出来ているようだ。
「では勇者殿、勇者殿の部屋まで案内致しますので私についてきてください」
「わ、わかりました」
特に退室しろと言われなかったのでそのまま退室してよいのかよくわからず、でもついてこいと言われたのだからついていって悪いことにはならないだろうと考え、とりあえず退室の挨拶をしてこの場を去ることにした。
「失礼します」
そう言って修也は頭を下げた後、アースについていくために振り返って謁見の間を退室するのであった。
謁見の間の扉が閉まる際背後から「やはり見間違いでは無かった」だの「やはりあれこそ勇者の証明なのでは」などと聞こえるが、これに関しては全く身に覚えが無いため聞き間違いであると修也は判断して無視することに決めたのであった。