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Play the hero. ー1.ちいさな てのひらー  作者: 宝積 佐知
2.トワイライト・トゥモロー
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トゥモロー・トゥモロー⑵

 高槻が弟を亡くしたのはもう四年も前の事だった。

 中学生になったばかりの弟は、兄である高槻を見つけて横断歩道を駆けて来た。其処に突っ込んだ一台のトラックは銀色の閃光のようで、弟の姿は一瞬で視界から消え失せた。数秒遅れて漂い始めた鉄の臭いと、歩道を染める赤い液体。遠くで上がる悲鳴、燃え盛るトラックの残骸から覗く細い腕。投げ飛ばされた鞄も血に染まり、ぶら下げられた精巧な小さい白球のキーホルダーが赤く染まり転がっていた。

 幼い頃に両親が離婚し、母親に引き取られてからはずっと弟の面倒を見ていた。それでも野球だけはやらせてくれた母に感謝しながら高槻は町外れの安いボロアパートで代わりに家事をしていた。裕福な生活だとはお世辞にも言えなかったけれど、それでも三人で細々と幸せに生きていた。けれど、世界はそれさえ許してはくれなかった。

 この世界の冷たさは知っている。人間に対する諦観は人並み以上で、冷めた性分は弟の死から加速した事は間違い無い。以来、人を信じようと思えないのだ。結局世界を切り開くのは自分しかいない。


 辺りは既に闇に沈んでいる。

 自宅前に到着した高槻はポケットの中に突っ込んだ鍵を探し、嫌な冷たさを感じて動きを止めた。ポケットから出した右手は確かに銀色の鍵を掴んでいるが、それは見慣れた姿ではない。有る筈のものが無いとはここまでの違和感なのかとそんな事を思いながら高槻は一目散に来た道を戻り始めた。

 小雨の降り始めた町は静まり返り、道路を行く車のヘッドライトが視界の端を瞬く。アスファルトは濡れそぼって色を深くし、打ち付ける雫のせいか桜の白い花弁が地面にこびり付いていた。

 傘も差さずに走るものだから全身びしょ濡れだ。頬を伝うものが雨の雫なのか冷や汗なのか今の高槻には判断出来ないけれど、失ったものを見つけない事には帰れない。一体、何処で落としたというのか。

 最後に鍵を出したのは部室の前だった事を思い出し、事務員に頼み込んで探させてもらったが見つける事は出来なかった。帰り道も足元に注意しながら探すが、五センチにも満たない汚れたキーホルダーを誰が交番に届けるだろうか。誰も欲しがったりもしないだろうし、最悪捨てられた可能性もある。

 途方に暮れて再び帰路を辿った。見つけられないキーホルダー、あれは、弟の形見だというのに。

 車道の傍の道で立ち尽くし、信号が変わるのを待っていた。水音と他人の会話が聞こえる何処か遠くで声がした。聞き覚えのある声、信号が変わる。

 赤が青に切り替わり、待っていた人々がゆっくりと一歩を踏み出す。向こう岸から渡って来る二人の兄弟が仲良さげに黒い傘の下で談笑していた。目の端に映る銀色の閃光――。



「――――」



 声が出せずに伸ばした掌が雨に濡れた。

 横断歩道に突っ込んで来たシルバーボディの乗用車は水を跳ねさせながら滑るように二人の姿を高槻の視界から消し去る。小さな悲鳴が上がったような気がした。

 ばしゃん。

 水音がして傘が闇に浮んだ。だが、車は何事も無かったかのように通過し、運転手の若い男は一瞥くれただけで走り去って行く。やがて見えた横断歩道の上、傘を投げ出した祐輝は和輝を引き寄せて目を丸くしていた。



「危ねェなァ……」



 祐輝はほっと胸を撫で下ろす。和輝は苦笑し飛んで行った傘を拾い上げた。



「ありがとう」



 和輝は傘を差し出す。そして、祐輝は弟を救った手でそれを受け取った。

 伸ばしていた掌は雨に濡れ、高槻は引っ込めて拳を握った。きっと、ここに祐輝がいなければ同じ事態を繰り返す事になったに違いない。掴んだ湿った空気を確かめるように掌を開くが、微かな水滴が皺に広がるだけだった。

 そんな高槻に気付いた和輝は鞄を背負ったまま指差して呼ぶ。



「キャプテン!」



 子供のように手を振る和輝を見て高槻は苦笑し、祐輝は首を傾げつつ軽く会釈した。

 歩道を歩いて近付いて来る間、和輝は祐輝に軽く高槻について説明する。傍まで来た和輝は目を丸くして声を荒げた。



「キャプテン、びしょびしょじゃないですか!」



 慌てふためく和輝は鞄の中から几帳面に折り畳まれた水色のタオルを取り出して差し出す。



「これまだ使ってないんで使って下さい」

「いや、いいよ」

「風邪引きますよ。あ、ちゃんと洗濯してくれればいいんで気ィ使わないで下さい」



 頭の上にタオルを乗せて和輝は笑った。高槻は苦笑しつつタオルを受け取り、珍しそうな顔で黙っている祐輝に目を向ける。目が合うと祐輝はテレビで見せる万人受けする輝くような笑顔を見せた。



「初めまして、こいつの兄の蜂谷祐輝です。何時もお世話になってます」

「晴海高校の野球部キャプテンの高槻です。此方こそ」



 お互い距離を取って頭を下げながら、高槻は陰で口角を吊り上げた。天才はテレビで見るよりも遥かに人間らしい。

 高槻は目を斜め下に向け、呟くように言った。



「君が少しだけ、羨ましい」



 何の事か解っただろうか。

 祐輝は数秒の沈黙の後、アイドルさながらの笑顔を見せた。



「よく言われます」



 蚊帳の外にいる和輝は首を傾げていたが、思い出したように顔を上げる。



「そういや、キャプテンこんなところで何してるんですか」

「あ、ああ……。ちょっと落し物」



 和輝ははっとしてポケットに手を入れた。部室前で拾った汚れた野球ボールの壊れたキーホルダーが掌に転がり、高槻は咄嗟に手を伸ばして奪うように取る。

 その感触を確かめるように掌で転がし、高槻はほっと胸を撫で下ろした。



「……キャプテンのですか?」

「ああ」

「大切なもんみたいですね」



 桜橋が捨てていいよと言っていた事は黙っておいた。

 不思議そうに揃って首を傾げる蜂谷兄弟を尻目に高槻は呟くようにそっと言った。



「弟の形見だ」



 その瞬間、空気がパキリと音を立てて凍り付いた。反応を取れない和輝とは違って祐輝は『やっぱり』とでも言いたげに目を細める。反応を期待していた高槻としては十分成功だろう。



「弟さん、亡くなったんですか」



 探るような目で慎重に問い掛ける和輝に高槻は笑う。



「ああ、四年も前に事故でな。生きてればお前と同い年だよ」



 和輝は気まずそうに動きを止め、高槻は解り易いやつだと笑った。



「じゃあ、また明日な」



 高槻が背中を向けると和輝はすぐに元気良く挨拶を返した。祐輝が何も言わなかった事については、先程の言葉が皮肉だったのだと気付いたからだろう。その全てを把握して笑っているのだから、高槻自身も大概歪んだ人間だ。

 夜の闇に消えて行く高槻の背中を見詰める和輝の横で祐輝は言った。



「ありゃあ、とんだ曲者だな」

「へ?」



 顔を上げる和輝を無視するように祐輝も歩き出す。

 和輝は、野球部がたった五人になった理由が高槻にあると言っていた桜橋の言葉を思い出していた。







トワイライト・トゥモロー・2









 翌朝の空はからりと晴れて雲一つ無い晴天だった。

 いつも通りに朝食を食べ終えた父は予想通りの忙しさで本当は帰る暇さえ無いのにわざわざ帰って来た為、今も慌てて玄関に駆けて行く。優しいというか、お人好しというか。

 それでも自慢の父を玄関まで見送りに出た和輝は向こう隣の匠の兄である浩太がバイクに跨っている事に気付いた。一先ず先に父を見送り、そのままサンダルで浩太の傍まで小走りに近付く。茶色の髪を立てている浩太は和輝に気付いて匠と同じ猫目で軽く手を上げて笑った。



「早ェな、もう学校か?」

「親父の見送りだよ。浩太君は?」

「俺はバイト! 人手不足でさァ」



 楽しそうに笑う浩太の目の下には隈が出来ているが、話を聞く限りバイトの為だろう。

 中々戻って来ない和輝を呼びに来た祐輝もまた浩太に気付いて軽く手を上げる。二人は同い年で嘗ては同じ野球チームでバッテリーを組んだ間柄だ。

 祐輝は和輝の背中を押して家の方へ歩かせながら言う。



「お前早く飯食えよ。皿洗えねェだろ」

「はいはい」



 家に押し込まれる和輝は最後に浩太に声を掛けて戻って行く。

 残された浩太は笑いながらそれに応えた後、祐輝の方に向き直った。



「おう、久しぶりだな。どうした?」

「頼みがある」

「へェ?」



 浩太は口角を吊り上げてシニカルに笑う。

 和輝は、知らない。親友の兄の浩太が、裏では『情報屋』と呼ばれる存在である事を。

 祐輝は玄関に目配せしつつ声を潜めて言った。



「晴海高校野球部の過去と、そのキャプテンについて」

「晴海高校って、そこにある和輝の学校だろ」



 浩太は晴海高校の方向を顎でしゃくった。祐輝が神妙な顔付きで頷くのでふうっと溜息を吐いて目を細める。



「お前、弟馬鹿も好い加減にしろよ。何時までもガキじゃねェんだから」

「あいつはまだまだガキ……って、そうじゃねェよ!」



 祐輝は腕を組んで眉を寄せた。



「何かとんでもない問題抱えてるような気がするんだよなァ」

「ふぅん。和輝の事だから大丈夫だと思うけど、調べてといてやるよ」

「悪ィな」



 バイクが低く唸りながら灰色の煙を吐き出す。早朝の町には迷惑だろうと祐輝は眉を寄せるが、ヘルメットを被った浩太には解らなかった。

 最後に浩太は祐輝に目を向け、皮肉っぽく言う。



「親友、だからな」

「――ああ、そうだ」



 意味深な笑みを交し、浩太の乗ったバイクは飛び出すように道を走り出した。祐輝は一瞬にして小さくなった背中を見詰めた後で家に向かって歩き始めた。

 家に戻れば食事を終えた和輝が食器を流し台に運んでいるところだった。何の話をしていたのかなんて訊かずに笑顔でご馳走様と言う和輝の笑顔には表面では解らない意味が隠されているのだろうが、祐輝は何と無く悟って頭をくしゃりと撫でた。

 中学卒業後、祐輝は親友と言っても過言ではない浩太との間に深い溝を作っていた。溝をより深くしたのは和輝を巻き込んでしまったせいだが、その溝を飛び越える決心が着いたのもまた和輝のお陰だ。仲の悪かった兄が仲直りしたのがきっと、嬉しいのだろう。

 祐輝は洗面所に向かう弟の小さな背中を見た後、黙って食器を洗い始めた。口元には笑みが残っている。

 仕度を終えた祐輝は学校が遠くにあるので和輝よりも先に家を出る。靴を履きながら玄関まで見送りに来た和輝の寝癖の付いた頭に手を乗せ、笑った。



「じゃ、行って来ます」

「行ってらっしゃーい」



 祐輝は扉を押し開けた。

 春の暖かな風が頬を撫でて行く。扉の閉まる音を後ろに聞きながら門の傍にある青い自転車に跨り、地面を蹴った。車輪は滑るように舗装された道を走り、周りの見慣れた静かな景色を後ろに飛ばして行く。

 頭の隅で昨夜の高槻を思い出し、少しだけ嫌な予感を覚えた。

 過保護だとか弟馬鹿だとか言われる自覚が無い訳では無いけれど、たった一人の弟をどうして蔑ろに出来るだろうか。浩太の言う通り和輝は子供と言われる程幼くも無いし、無力ではない。でも、やはり和輝は生きるのが下手だ。進んで苦痛の道を選んでしまう不器用さを止められず、そう成長させた責任は自分にもある。ならせめて、進む道を少しでも和らげてやるのが兄ではないかと思うのだ。自分には父のような強さも優しさも無いのだから。

 兄のそんな心を解っているのか解っていないのか、和輝は踵を返してリビングに向かって歩き出す。時刻は七時を迎え、ニュースキャスターが昨日の事件の報道を始めていた。

 登校までまだ一時間以上も時間がある。どんなにのろのろと仕度しても兄達に合わせれば確実に時間は余ってしまう。かと言って眠っていたら遅刻するのだから、何もしない空白の時間はテレビを見ながら物思いに耽るしかないのだ。

 ソファに座って膝を抱え、両手を合わせて拝むような姿勢で和輝は小さく息を吐いた。頭の中に浮んだのは匠の怒った顔だった。



――俺は、お前と野球したかったんだよ!



 そんな事を言ってくれるとは思わなかった。思い出すとつい口元が緩んでしまう。

 嘗ての兄達のように溝が生まれても仕方ないと思っていたせいか、あの言葉を聞いて救われたのだ。馬鹿な幼馴染だと思っているのはきっとお互い様だろう。

 ぼんやりとテレビの音声を聞き流しているとチャイムが鳴った。沈み掛けている思考は急浮上し、和輝はソファから飛び下りてインターホンの受話器を取る。小さな画面には見慣れた件の幼馴染の顔が映った。

 玄関の扉を開けると匠は「遅い」と苛立った声を上げる。



「十分早いだろ。で、どした?」

「言っただろ、俺は明日で寮に戻るんだよ」



 ああ、と和輝は手を打つが、匠は眉間に皺を寄せた。



「そんな親友を昨日は無理矢理帰して、今日は無視か?」

「寂しいならそう言えよな!」



 和輝は既に笑ってしまっている。



「匠は昔から何も変わらないなぁ」



 匠も釣られるように笑った。

 良くも悪くも人間は簡単に変わってしまうから、出来るなら変わらぬ親友のままでいて欲しい。和輝はそんな事を思いながら笑うが、匠は言った。



「変わらない人間なんていねェよ。変わる事は悪い事じゃない」

「それでも、変わらないで欲しいと思うのは俺の傲慢かな」

「さぁな。でも、変わるべき人間もこの世界にはいるんだよ」



 誰の事を言っているのか、考える必要も無く和輝は悟った。

 変われと言われたって簡単に変われるものじゃない。人の言う通りに生きれば自分は抹殺される。馬鹿でも阿呆でも卑小でも自分はこの世に一人しかいないのだと主張したいのだ。だから、変わる訳にはいかない。

 だから和輝は、未だに自分が変わろうとしている事に気付けない。匠は笑った。



「必要とされてるのは変化じゃない。新たに得る事も必要なんだよ」

「新たな何を得るんだ?」

「例えば、歩き出す一歩とか」



 我ながら臭かったかと匠は照れ臭そうに鼻の頭を掻くが、和輝は笑わずに「そうだな」と呟くように言った。

 妙に素直だと首を傾げる匠だが、和輝は顔を上げる。



「なあ」



 和輝は眉をハの字にしていた。



「踏み止まる事と歩き出す事、どっちが本当の強さだと思う?」



 それは誰の事を言っているのだ。

 匠は吐き出しそうになった問いを呑み込んで少し考え込んだ。



「強さの定義は人それぞれだから答えなんて無限で一つには絞れないよ。でも、堂々と胸張ってるやつはどんなに泥塗れでもカッコイイと俺は思うぜ?」

「……っふ」



 和輝は顔を伏せて笑う。



「逃げるなって事だろ?」

「そうだよ。お前も逃げるなよ、絶対に、何があっても」

「当たり前だ」



 だって俺は、向き合う為にここにいるんだ。

 和輝はそう言って笑って見せる。丁度、携帯のアラームは喧しく登校時間を知らせ始めた。慌て始めた和輝を見て匠はそっと出て行こうとする。だが、最後に和輝は叫んだ。



「匠、ありがとな!」



 匠は笑った。

 和輝は扉の閉まる音を遠くに聞きながら急いで仕度を整えて弾丸のように玄関から飛び出す。片袖しか通していないブレザーが風を孕んでバタバタと舞い、走り出そうとするが鞄がそれを阻む。苛立って顔を上げれば向こう隣の白崎家の前で匠が塀に寄り掛かってそれを見ていた。



「頑張れよ」



 和輝は少しだけ笑い、家の中に戻って行く匠の背中を目の端で見た。

 遠くチャイムが響き始める通学路を疾走すると辺りの風景はあっという間に後ろへ飛んで行き、同じく遅刻寸前の仲間は次々に置き去りになる。

 校門には遅刻を取り締まろうとする教師陣、和輝は閉められる門の隙間を潜って校内に侵入した。教師の笑い声が後ろから聞こえても足は止めない。上履きに履き替えて階段を駆け登り、教室の扉を開く。丁度、担任が言った。



「三十二番、蜂谷和輝」

「――はい!」



 どっと教室から笑い声が零れる。

 和輝は滑り込みセーフを祝うクラスメイトとハイタッチを交しながら自分の席に座った。近くの席の箕輪が茶化せばクラス全体が沸き上がる。心地良く賑やかな朝、穏やかに授業は始まった。


 その数時間後、埼玉県某所にある私立翔央大学附属高校の三年某クラスに在籍する蜂谷祐輝の携帯電話が羽虫のような音を立てて低く唸った。数学の授業の最中だったが、祐輝は机の下で携帯を開いて中を確認する。大きなディスプレイに『メール受信完了』と表示されていた。

 教師の目を盗みながらメールを開けば相手は今朝会ったばかりの幼馴染で悪友の白崎浩太。件名を見て祐輝は息を呑んだ。



From:白崎浩太

Sub:調査結果


>晴海高校野球部が五人になった理由はキャプテンの高槻智也との対立。

内容は部活に関する意識の違い。(緘口令が敷かれている為、これ以上の調査不能)


>晴海高校野球部キャプテン高槻智也の過去。

両親は離婚し、四年前に弟が飲酒運転のトラックとの衝突で事故死。

本人は弟の死を傍で目撃。


>メモ

緘口令を敷いたのは高槻本人であり、詳細は誰も知らない。

つまり、誰にも知られてはならない『何か』が起こった。



 その『何か』を調べるのがお前の仕事だろうと言ってやりたかったが、咄嗟に言葉は出て来なかった。もしかすると、晴海高校の野球部には想像以上に大きな事態が隠されているのかも知れない。

 祐輝はそのメールを和輝に転送しようとして、止めた。調べた事を知れば和輝は怒るに決まっている。でも、このままにしておくには余りにも危険な気がした。

 とにかく、浩太に向けてメールを返す。



From:祐輝

Sub:どーも


>肝心な事解ってねェじゃん(`◇´)ゞ

でもま、一応ありがとさん



 メールを送信して携帯を閉じ、教科書に目を戻した。過去に勉強した数学の範囲の難易度の高い応用問題が小さな冊子にびっしりと埋め込まれている。眩暈はするが、数学は嫌いじゃない。

 教師に指定された章の問題を解き始め、予定よりも早く半分程終わったところで再び携帯が震えた。



From:白崎浩太

Sub:このやろう


>一応って何だよ!

見てろ、今日中に調べてやっからよ!<(`□´)>


>この弟バーカ



 祐輝は舌打ち混じりに再びメールを打ち始める。



From:祐輝

Sub:Re:


>誰が弟バカだ!

緘口令を敷いて過去を直隠しするようなチームに弟放っておいて心配じゃねー兄が何処にいる



 メールを送信した直後、一番最後の最も難易度の高い問題を当てられて祐輝は不覚にも肩を跳ねさせた。解けない訳ではないが、まるで浩太の呪いのようだと思ってしまう。

 携帯をポケットに突っ込んで黒板に向かい、白いチョークを拾う。他の比較的簡単な問題を解くクラスメイトの横に立って黒板にチョークを突き立てた。乾いた音が教室に響き、同時にポケットの中で低い音がした。

 流石に教師も、クラスメイトも気付いただろう。だが、祐輝は素知らぬ振りで難無く問題を解くと席に戻った。

 教科書で隠して携帯を開くと、やはり、浩太からだった。



From:白崎浩太

Sub:Re:Re:


>過保護なんだよ

お前の弟は守って貰わなきゃならねー程、弱かねェ



 黒板には赤いチョークで大きな丸が書き込まれた。だが、祐輝はメールを見て密かに笑った。

 お前に言われたくないとか、何様だとか言い返したい事は山程ある。下手に言い返したって口で浩太に勝てる訳は無いし、顔を合わせてしまえば殴り合ってしまうような気さえした。だが、今は聡明な幼馴染に感謝しよう。

 祐輝は返信はせずに携帯を閉じた。丁度、校舎にチャイムが鳴り響いていた。

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