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Episode 7 : 免税街のケバブ

今回は少し長くなったので前編・後編と別けさせていただいてます。


 

 俺が自分の心と向き合ってから丁度一週間が過ぎようとしていた。


「そろそろ静止軌道ステーションに着く、其処でいったん休憩しよう」


 俺が部屋でたっぷりとミルクと砂糖を入れたコーヒーを飲んでいると、リュドミールことミッシェルが俺に話しかけてきた。

 コーヒーはもともとブラック派だった。

 しかしこの間ブラックのコーヒーを飲んだ時に物凄い苦みを感じてから、俺は砂糖とミルクをよく入れるようにしている。


「そのまま宇宙港にはいかないのか? 」


 確かにゴンドラの旅はそろそろ飽きてきていた。

 でも静止軌道ステーションを超えてしまえばあとはすぐなのだ。

別に乗り換えが必要な物じゃない、だったらこのまま乗っていればいいではないか。


「いや、別にそれでも構わないが向こうに着いてからじゃ、君と話す機会があまり取れなくなってしまうのでね」


 そう笑うミッシェルは何処となく楽しそうだった。

 俺もこの懐かしい気分をもう少しだけ味わっていたかったので了承することにした。


 それからは静止軌道ステーションに着くまでの間、俺は持ってきていた荷物の整理をする。

 結局あの一連の騒動の後、部屋に戻って荷物を回収した俺達はすぐにエレベーターに乗った。

 そのため荷物はかなり少ない。

 それでもミッシェルもまた小さな鞄一つの荷物しかないと知った時は驚いたが。



 そして3時間後、アナウンスが静止軌道ステーションに着いたことを知らせた。


「議長閣下、お迎えに上がりました」


 部屋の入り口の方から控えめなノックが響いた後、護衛官の男の声がした。


「ああ、今行く」


 そうミッシェルは告げ、俺もその後に続く。

 外に出たとき、俺の顎がまたもやあんぐりと開きかけたことだけは先に言っておこう。


 なんたって、このワンフロアには俺達と護衛官しかいないはずなのに、その人数はゆうに100名を超えていたのだっ!


「どうした、クレア?」

「い、いや……やっぱり格が違うなぁ、と」

「ふっ、そうか。だが私としては煩わしいだけだよ」


 そう言っているミッシェルはどこか誇らしげで、周りの護衛官たちの事を見ていた。

 俺もその視線を追って護衛官たちを見る。


 んっ……

 軽く横眼を流しただけのつもりだったのだが、なぜか見た奴全員と目が会ったぞ。

 しかもたまにウィンクされるし。


「なあミッシェル」

「なんだ」

「あいつら凄いな、俺が軽く横眼流しただけなのに全員と目が合ったぞ」

「――――ふむぅ……そんな訓練はした覚えがないのだが」


 ミッシェルはそういうと改めて護衛官の方を見ていた。

 すると打って変わって今度は護衛官たちが、若干視線を俺から逸らしていることに気付いた。

 これってもしかすると、もしかしたりするんだろうか……


「どうやら、奴らはお前の事が気になるようだな」

「へ、へぇ……」


 ああ、やっぱりそうだった。

 あんまり深く考えないように生きているつもりだったが、ここまで来ると自分が女なんだなって意識が嫌でも自覚させられる。

 一応ではあるが自分が、今の俺の見てくれが良いことは自覚はしているつもりだ。

 何というか……この体、どうやら相当男にもてる様なのだ。

 もちろん自惚れなどではない、というかこれに関してはストレンに車内で死ぬほどきつく言われたから意識している。


 うん、何て言うかこう考えるとストレンが親、もしくはシスコン拗らせた奴に思えてきたな……


 ついでにあのぺド野郎が俺にした数々の行為を、俺はまだ許したつもりはない。

 ちっ、あの後会えないって知っていたのなら保安局に突き出していたというのに。

 あぁ……考えるとなんだか無性に腹が立つ。


 頭の片隅で白い歯を見せ笑うストレンが浮かんだが直ぐに掻き消して、改めてミシェルの方を向いた。


「……では行こうか」


 右手を挙げそう言ったミッシェルに俺はついていく。

 そして護衛官の男たち数人は俺達を囲み、その他は通路の安全確認などに走り出した。






 ×      ×       ×



 現在、ステーション内の免税街を絶賛歩いているわけなのだが、余りにも護衛官が多いせいで俺の心は気が気でなかった。


「すまないな、これ以上減らすと私が狙われるかもしれんのでな」


 ミッシェルは慣れているのかあんまり堪えてないない様で、この状況に慣れない俺を心配してくれる。


「あ、ああ……それは理解している……理解して――」


 周りを見て、俺は思わず天を仰いだ。

 周りを見るとずらっと並ぶ黒服、しかもあまりにも密集率が高いのと、俺の背が小さいせいで周りがないも見えないのだ。

 ゴンドラに帰りたい……

 暇でもいいからこの圧迫感から逃れたかった。


「な、なあ」

「どうした?」

「い、いや……やっぱり何でもない」

「んっ、何かあるのか?」


 こうやってミッシェルが此処にいるのは俺と話すため……

 そう思うとなかなか言い出せない。


「いや、なんでも……」

「―――そうか、いいぞ。では通信端末を一つ渡すから気がすんだら連絡をしてくれ」

「――っえ?」

「これでは楽しむものも楽しめないだろう、少し一人で回ってきてもいいぞ」

「だ、大丈夫だ、一緒に回る。」

「無理するな、此処に来る間、お前が背伸びをしていたり、天井ばっか見上げているのを知っているぞ」


 モロばれだった。

 そんな大げさにやったつもりはないのだが、ミッシェルにはバレバレだった。


「で、でもミッシェル」

「いや、いいんだ私だって最初はこういう対応によく疲れたものだ。ただし1時間以内に帰ってこい」

「わ、わかった。ありがとう」


 近くの護衛官から通信端末を受け取り、俺は一人免税街へと繰り出した。





静止軌道ステーション内にある免税街はかなりの大きさで、それこそ本当の街と見間違うほどの広さを有している。

 何処までも拡張が可能な空間なのを良い事に施設内に建物が立ち並び、最大の物で高さが100mを超えている。

 免税街のある空間は天井が300mなので圧迫感はそこまでない。

 ただし広いが故に治安がいいかと聞かれると、場所によってはそうでもないので気御付けて歩く必要はあるけれど……


 ミッシェルたちと別れた俺は、ゴンドラの発着駅から数キロ離れた、免税街の中でも一際人気のあるエリアに来ていた。

 免税街のメインストリートとも呼べるこの場所は道幅が20mほどあり、人が歩くにはそれなりの広さを有している。

 はずなのだが……さすがはメインストリートと言うべきか、道幅に収まりきらない程の大勢の人々でごった返していた。

 予め言っておくと俺はここに来る予定はなかった。

 俺の体はやはり小さい、そしてこの場にいる殆どの人間より軽かった。

 そのために俺は免税街の人混みをかき分けようとした結果、流れに逆らえきれずに、ここメインストリートまで来てしまったのである。


 何とか人混みを抜け出し壁にもたれる。

 額には人混みから出るために苦労したお蔭で汗がにじんでいた。

 おもむろに着ていたフォーマルドレスのポケットに手を入れる。

 すると四角く薄りものが手に当たった。


(ああ、そうだミッシェルにお金を貰ってたんだっけ)


 手に当たったのは通信端末だ。

 通信端末には電子マネー機能がある。

 そして先ほどミッシェルから渡された通信端末には10万クレジット入っていた。

 連邦の物価で言えば、一般的な定食弁当は約500クレジットで食べることができる。

 つまり10万クレジットは結構な額であり、1時間遊ぶには十分すぎるほどのお金である。


 子供時代は孤児院の中で引きこもりのような生活。

 そして軍人と成ってからはずっと戦場を渡り歩いてきた。

 そんな俺は、今みたいに広い街を一人で歩くことが自体が初めてである。

 そう思うと無性にテンションが上がってきた。


 再度人混みの中に飛び込む。

 今度は人混みに流されることすら新鮮に感じることができ、悪くないと思った。


 それから暫く人混みの中を歩き続けていると、人混みの中の歩き方というものを俺は会得した。

 ふいに香ばしい匂いが俺の鼻孔を刺激した。

 

(食べ歩き――それはいいかもしれない)


 俺はすぐさま人混みをかき分け匂いの方へと赴いた。


 人混みをかき分けた匂いの先に一軒の屋台があった。

 屋台の上には“名物ケバブ”と書かれている。

 


「へい、らっしゃいっ!」

「こ、こんにちはっ」

 

 突然声を掛けられたのとその声の大きさ驚いた俺は慌てて返事をした。

 後ろから大勢の視線を感じる。

 俺は顔が赤くなるような感覚を覚えた。


「おう、嬢ちゃん挨拶ありがとよ‼ 」


 屋台の店主らしき人物が俺の可笑しな返事に対し、しっかりとフォローを入れてくれる。

 そのおかげで少し落ち着くことができた。

 

「そこにあるのが“名物ケバブ”ですか?」


 俺は店頭で焼かれる大きな肉の塊を指差し尋ねる。


「お、おう? もしかして嬢ちゃんはケバブ知らねえのか?」


 俺は店主に知らないと頷く。


「そうか知らねえのかっ! いいかよく聞けっ。こいつは超ウマイッ!」


 店主は徐に肉の塊の一部にナイフを通し肉を切った。

 そしてそれを他の具材と供にパン生地の様なもので包む。

 

「ほらっ食べてみろ」

 

 店主が俺にそれを食べやすいように作られた袋に入れて俺に差し出してきた。


「え、でもまだ……」


 俺は代金を支払う為、通信端末を取り出そうとする。


「いやっ代金はいらねえっ! ただ食って欲しいだけだ、ほら食ってみろ」

「本当にいいんですか?」

「いいんだよっほら」


 俺は戸惑いつつもそれを受け取った。


「ほらっ食べてみろ」


 店主が早く食べてくれと言うので、俺は恐る恐るケバブとやらを口元に運んだ。


 一口目は残念ながら野菜しか口に入らなかった。

 欲張って肉のところまで大きく頬張ろうとする。


「大胆だなぁ……」


 店主の温かい眼差しなどつゆ知らず、俺は慌てた。


「んっ――!んんっ⁈」


 欲張りすぎて具が零れそうになったのだ。

 急いで口元に放り込んでいく。


 そして四苦八苦しながらも無事に初ケバブを食べ終えることができた。


 感想としては、食べにくかったもののあの切り落としていた肉は、他の具材と旨い具合にマッチングしていて、それを包むパン生地もまた柔らかく口当たりがよくて美味しかった。

 口の中に残る幸福感を楽しみつつ視線を上にあげる。


 すると知らないうちに俺の周りには複数のギャラリーが集まっており、俺はその中心でケバブを頬張っているという構図になっていることに気付いた。

 そして周りの人々は俺をみてなぜかニコニコしている。

 

 口元のソースが付いたままの姿を見られているのかと思うと無性に恥ずかしかった。

 必死にソースを拭おうと、ケバブ包んでいた紙を口元に当て拭こうとする。


「嬢ちゃん大丈夫か?ほれっ」


 店主がおしぼりの様なものをくれた。

 俺はありがたくそれを受け取り、急いで口元に着いたソースをふき取った。


「あ、ありがとうごございましたっ」


 店主にお絞りを返そうとした時、周りのギャラリーが増えていることに気付いた。

 そして返事すら更に恥ずかしくなり、お礼を噛んでしまった。


「おうっ‼ で、おいしかったか?」

「―――あ、はい!とてもおいしかったです」

 

 店主はそんな事など知らないと言った様子で俺に感想を聞いてくる。

 一瞬、虚空に飛んで行った俺の意識を戻す。

 そして俺は店主に感想を伝えた。


「そうか、それはよかったっ! 俺のケバブは最高にうまいってことだっ!」


 ケバブ――旨かった。

 俺はまたどこかでそれを食べたいなと、心のメモ帳に書き留めておくことにした。

 こんなに美味しい物をくれたんだ、やはりお金は払わないといけないのではないだろうか……


「お金払います。いくらですか?」

「いやっ‼ ホントにいいぜ嬢ちゃん、うちも良い宣伝になったからよ」

「せん、でん?」


 俺は後ろを振り向いた。


 すると――


 なんと俺の後ろには大勢の人だかりができていて、この屋台のケバブを買おうとしているではないか。

 なるほど……俺は宣伝に使われたってことか。


「そういうこった。だからいらねぇ」

「ならご馳走様でした。凄くおいしかったです」


 ならば何も心配はいらないか。

 そう思った俺は屋台を後にした。





ご一読ありがとうございました‼

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