Episode 5 : 鳥籠
「さて、今度は君の今後についてだ」
先程と同じ場所、同じところに俺はもう一度立っていた。
しかし先ほどとは違い、この場にいるのは俺を合わせて数人しかいない――
航宙軍兵器開発部長官―ギリアス・スクイットマン
航宙軍統合司令部司令――ドクトレイ・ザンズバルス
航宙軍バイオメディカル局局長―メイヤ・ドン・ポルス
そして扉前に警備が数人――
俺の正面にいる男――ザンズバルスは、ついさっきとは打って変わって抑揚のない声で俺に言う。
―――デジャブ……頭の片隅でそう思った。
「君が今、一般人というくくりなのは先程も話したな」
その問いかけに俺は「はい」とだけ返す。
「それでだ、君が望むというのなら……立場は保証できないが軍に戻すことも可能だ」
立場など正直どうでもいい、俺にとっては願ってもない話だ。
しかし……なにかがおかしい気がする。
奴の目が――いや他の2人の視線にも厳しさがないのだ。
それはまるで媚を売るために頭を下げる政治家の様な――
「一つ質問してもよろしいでしょうか」
「ああ」
「なぜ、自分を軍に戻そうと思ったのでしょうか? 今の自分が戦場で役に立てるとは思えません」
真っ直ぐとザンズバルスの目を見る。
もちろん俺は軍に戻りたいと思っているし、自分が戦力外などとは思っていない。
しかし探りを掛けるためにあえてそう言い放つ。
少し間を開け、ザンズバルスが口を開いた。
「君は“英雄”だからだよ。それでは不満かね?」
そう答えるザンズバルス――
しかし、俺の質問を聞いた途端、ザンズバルスの眼球が上に動いたのを俺は見逃さなかった。
「お言葉ですが、自分はアラン・マグウェアであると名乗ることは禁じられているはずです。
それでどう――英雄と判断していただけるのでしょうか?」
「ふん――そんなの決まっているだろう今回の任務の結果からだ」
ザンズバルスは俺の言葉が終わるのと同時に、まるで事前に予想していたかのようにすぐさま答えた。
いや、事前に予定していたのか……
だがそこまでしてなぜ、俺を戻そうとするのだろう。
「ではもう一つ、今の自分の見た目は少女です。それが任務に就いている――あまつさえ最後の生き残った。それをどう信じて貰うのでしょうか?」
分からないのなら聞けばいい、そう思った俺は次の言葉を投げかけた。
「それは――」
ザンズバルスが固まった……
このことを予想していなかったのだろう。
大方、先程ので俺が納得――あとは上層部の権限で適当に情報操作でと行くつもりだったのだろうか……
だが生憎、俺はそこまで単純じゃない。
それこそ英雄の名が廃れるというものだ。
「――それは君が“今までの立場”であればそうなるかもしれんな」
ザンズバルスの隣で顎を触る男――ギリアス・スクイットマンが口を開き、俺に奇怪な笑みを向けていた。
「クレア君、君はなにか勘違いしているのではないかね?」
「いいえ、自分はザンズバルス司令のお話に感じられた疑問点を指摘しただけです」
「そうか、では奴の言葉は忘れておけ。彼は頭に血が上るのが早すぎる」
そう言い放ったスクイットマンは、ザンズバルスを一瞥すると俺の方に顔を戻した。
「では、どのようにして戻るのでしょう?」
「そうだな、君にはすでに士官学校を出た実績がある。しかし“今の君”にはそれがないだからもう一度、士官学校に入ってもらう」
「それでは時間がかかるのでは?」
「そこは問題ない。“直ぐに卒業”すればいい」
スクイットマンのいう事は無茶苦茶ではあった。
しかし、今までの事を総合すれば可能なのだろう……
卒業と認定されれば問題はないのだ。
だからこそ一度出た俺はそれが容易だ。
そう考えるのは必然的である。
しかし、どうしても虫が良すぎて不信感がぬぐえないのに変わりはなかった。
「スクイットマン長官、一つご質問が」
「なんだね」
「自分を軍にもどすのになぜ其処までして頂けるのでしょう?」
「なんだ――君は我々を疑っているというのかね?」
言った――俺が言わない様にしていた言葉を彼は平然と言ってのけた。
そして周囲の俺の見る目が先ほどとは違い厳しいものへと変わる。
「いえ……そういうつもりでは」
流石にわかりやすすぎたか……
気が短いザンズバルスとは違うな。
「別に君が軍に戻らないというのなら、我々はそれをよしとするつもりだ」
「はい、それは理解しているつもりです」
「それならなぜ我々を疑う必要があるのかね」
「――疑っていた事であなた方が不快に思ったのなら謝罪します。しかし、自分がそこまでされる義理はないと思ったからです」
「ふむぅ…‥そうか、では単刀直入に言おう」
そう言って一呼吸置いたスクイットマンは、大げさに咳払いを一回して口を開いた。
「君は貴重な人材であり、他の組織にとられたくない」
「それはどういうことですか?」
「そのままだ。だからこそ我々は君を確保しておきたい。しかし君には人権がある、だから無理強いをするわけにもいかない」
「では、最初から人権など与えなければよかったではないですか」
スクイットマンが黙り込み眉をひそめた――
「自分が何を言っているのか自覚はあるのかね?」
「いえ、ただどうしてもその場にとどまらせたいのなら、それが一番早いと思ったのです」
「―――なるほど、それができたら我々はそうしたかもな」
スクイットマンの目は笑っていないが、今のは冗談だと思いたい。
「それは一体?」
「君に戸籍を与えたのは我々ではないのだよ。それに君が我々をそんな風に思っているとはとても心外だ」
「申し訳ありません」
「いや、いい。ともかくだ我々は悪の組織でもなければ非道極まりない人間でもない。君には興味があるが君が望むなら我々は手を引くつもりだよ」
スクイットマンは目を細めながらそう言った。
「それでだクレア・ハーミット、もう一度聞くが君は軍に戻るか、戻らないかどっちにする」
「その前にもう一つ質問をよろしいですか?」
「―――まあいいだろう、我々は君の人権を優先する」
「今ここで断っても、自分が軍に入ることは可能でしょうか?」
「それはどういうことだ。それは我々の元ではなく違うとこで――そう言いたい訳か」
「率直に言えばそういうことです」
スクイットマンが考えるように机の方へと視線を向けた。
それは俺の事を考えているわけではないだろう――
自分の利益を考えているのだ。
そしていくらかの沈黙の後、スクイットマンは口を開いた。
「可能だ」
「そうですか」
「それでどうする?」
「今回についてですが辞退させていただきたい」
その言葉に蚊帳の外だった残り二名がスクイットマンを睨みつけた。
「……ああ、いいぞ。我々は君の人権を―――」
「辞退は許さんぞ! クレア・ハーミット」
スクイットマンがしゃべりきる前に、業を煮やしたザンズバルスが叫んだ。
「ザンズバルス殿、それはいけない彼女には人権がある」
「長官、貴様は解っていないのか、こいつを逃せば我々の――」
「黙れザンズバルスっ!!」
スクイットマンがザンズバルスの方を向き、今日一番の剣幕で怒鳴りつけた。
「貴様がいくら軍の司令であっても、彼女の人権は国が保護している。貴様が無理やり命令したことが知られれば貴様の立場は無くなるぞっ」
「―――っ」
スクイットマンの言葉にザンズバルスは、拳を勢いよく机を殴りつけ座った。
ザンズバルスはそのまま何かブツブツと言っているが、どうやらスクイットマンの言葉で引き下がったようである。
そして俺に向き直ったスクイットマンが何事もなかったかのように口を開いた。
「さて、見苦しいものを見せてしまったな」
「いえ――」
今のやり取りの迫力は凄かった――
なんというか骨の内側から電流が流れるような緊張感があった気がする。
俺はスクイットマンの事を軽く見過ぎていた様だ。
「それで――そうか君は辞退するのかね」
「……はい」
「それでその後どうするつもりだ」
「―――はいっ?」
思わず声が上ずる。
この後――この後のことなど俺は考えていなかったのだ。
そしてスクイットマンはその事を突いてきた。
つまり“その後”という言葉に深い意味があるという事だ。
とりあえず何か答えなければ――
「まずは本国へ――」
「君は如何やら自分の置かれた状況を理解していないようだ」
「と、言いますと?」
「もしもここで君が軍に入らないというのなら。君はこの建物を出た瞬間、無一文のただの少女となるのだ」
一瞬だけ俺は何を言われているのかが解らなかった。
しかし思考をめぐらせその言葉がどんな脅迫よりも脅迫だという事に気付いた。
そう――俺は今、軍に保護されているだけの人間なのだ。
軍を出る――
つまりそれは俺が何も持たない非力な人間になるという事と……
「君はまずこの星から出ることができないが、それでどこの軍に入るのだね? 君はヒューゴスティアの人間だ、ローン公国軍では働けないぞ?」
「それは……」
俺は言葉が詰まった。
そう、他の国の人間を受け入れてくれる国――ましてやこんな少女然とした俺を軍に迎え入れるとこなど在る訳がない。
(くそっ、何が人権だ)
俺は心の中で悪態をつく。
戸籍の登録によって人間は生きていくうえでの人権を保障される。
それと同時に所属する国と地域が決まるのだ。
其処に問題があるのだ。
それは登録されている所属地域だ――ここで言う地域とはヒューゴスティアやローンなどといった連邦内に組み込まれた国の事である。
所属する地域が違う場合、地域の軍に入るなど、天地がひっくり返ってもありえないことなのだ。
そう――今の俺は戸籍という首輪によって逃げることのできないように、鎖を掛けれているに等しい状況だった。
とまあこれが一人なら絶望的な状況だっただろう。
―――しかし、俺には頼もしい仲間がいる。
「それなら――」
「言い忘れていたがノートレン中尉とグミディア軍曹は、すでにこの宙域にはいないぞ」
俺の頭の中は真っ白になり、体は硬直し動けなくなった。
そんな俺に対し、スクイットマンの口元は三日月のように曲がり、その眼は鋭く俺を貫いていた。
「先ほど彼らは、君と別れた後、今回の件を直接本国に報告するため早々に旅だったのだよ」
恒星間通信が整った今の時代、態々直接報告するなど正直無駄である。
ましてや俺ではなくストレンやローグスがその報告に行くなど可笑しい―――
(こいつ最初から俺を嵌めるつもりで―――)
俺はスクイットマンを睨みつける。
それに気づいたスクイットマンはあからさまに口元を歪め笑って見せた。
「おぉ……怖いねぇ。でも君はなぜそんなに我々を警戒するのだ、君にとって悪い話ではないだろう? なんたって君はこの後我々の支援がなければ路頭に迷って野垂れ死ぬ可能性だってあるんだ。」
スクイットマンは打って変わって能面のような真顔に戻り俺を見据える。
――確かに、そうだ。
俺は拒もうと今まで必死だったが、ここまで拒む必要があっただろうか……
彼らのやり方はいささか強引ではある。
しかし今までのやり取りの中で俺に害があるようなことは言っていない。
俺は軍の保護を受け、飢えなくて済む――
彼らは、俺が軍に入ることで喜ぶ―――
別に何もおかしくは……
いや、それこそがおかしいのか?
なぜそこまでして強引に戻したがる――
なぜ俺が断ろうとした時、脅迫まがいのこと言った―――
俺が断ることによって彼らに何らかの不利益が生じる―――
もしくは俺が此処で頷いたときに利益が生じる―――
一度俺は頭の中を整理して今までの事を振り返ってみることにした。
まず最初に、ここで戻らせる理由――
ここで戻ると宣言すれば所属するのは今目の前にいるザンズバルスの下――ヒューゴスティア地方軍の所属となる。
そうすれば俺が仕事で功績を上げれば彼らの手柄ともなる……
つまり俺が英雄と呼ばれるほどの実力を持っているからこそ、彼らは彼らのために実績作りに俺を利用しようとしているのか?
――それはたぶん違うだろう。
この国は今、強国として安定した平穏が保たれている。
そしてこの国に地域間での紛争はない。
ついでにヒューゴスティアは連邦の盟主だ。
普通の軍人として働くとき、俺はヒューゴスティア国のためではなくヒューゴスティア連邦のために働くが、実質ヒューゴスティア国のために働くものに等しい。
いずれ軍に戻ると宣言した俺に、態々ここで戻らせる必要があるとは思えない。
貴重な人材である――彼らは確かにそう言って、俺を欲している。
前述したとおり俺が“英雄”だからという意味ではないはずだ。
じゃあ……なんだ?
この任務で何らかの“貴重”な何かが生じたという事か?
でもそれならストレンやローグスだっている―――
確かにあの異形生命や虫を見たのは俺だけかもしれない――
しかし見ただけで何かを持って帰ってきたわけじゃ―――
そう……そう考えた時だった――俺の頭の中でスパークが起こる。
――たしかに俺は何か持ち帰ったわけではない、ないが……何にも代えがたいものを持っているではないか。
この変化した体を――
そしてそのことを元に彼らの今までの行動、そして今この場で俺を手に入れた場合何が手に入るのか――
ありとあらゆることを頭の中で整理し、勘違いしていたのであろう部分と交換していく。
そうして一つの結論にたどり着いた―――
この体がアカシックレコードの存在を証明するものであり、そしてそれによって変化したであろう体は“研究対象”として特別“貴重”であると――
もし、この場で頷いた場合に起こりうる最悪のシナリオを俺の頭は即座に思考する。
まず、ここで肯定するとした……
そして次に待っているのは士官学校などではなく、辺境惑星にある研究施設だろう。
ここで肯定したことの“肯定”の部分はきっと人体実験に合意するという意味に差し替えられてしまうはずだ。
そのくらい平気でやってのけそうな連中なのは、ここまでの強引さで確認済みだ。
そして俺の体は隅々まで葬り倒されたあと、想像もできないほどの数の拷問の様な検査が待ち構えている。
そしてアカシックレコードが見つかるまで――いや見つかった後も永遠と検査と実験のため使われ続ける。
多分、死ぬまでずっとだ。
もし今こうやって深く考えていなければ、ひと時のニンジンに気を取られていたら危うく地獄の門をくぐっていたに違いない……
その考えた途端、俺の全身から血の気という血の気が引いた。
「どうした。顔色が悪いぞクレア君、君が頷けばただちにこの場は終わるぞ?」
スクイットマンは顔色一つ変えず、ただ淡々と俺に頷かせることを促してきた。
逃げなければ――
しかしその理由が今の俺には少なすぎる。
ここで強引に断っても待っているのはスクイットマンが言った通りの結末だろう。
スクイットマンは間違ったことは何も言っていない。
ただ、それを言う事で話の流れを持って行ったのだ。
俺は考えた。
此処から逃げる術を―――
頷いてから途中で逃げ出す?
いや、そんなことしたら敗走兵扱いで、即刻処刑だ。
俺の場合は処刑ではなく、地獄行きの特急チケットを渡されるかもしれない。
どちらにしろここで頷けば、俺の人権など無い様なものだ。
しかし、逆に否定すれば人権という枷に俺は縛り殺される―――
俺の頭の中は同じ問答をし続けるループに陥った。
目の前の問題に足踏みしている余裕など無いというのに……
判決はすぐそこに迫っている――
「クレア君、悪いが我々とて暇じゃないのだ。それ以上黙っているようなら……君の身の安全は保証しかねるぞ?」
「あと、あともうちょっと待ってくださいっ!」
早く――早く考えなければ……
無事に帰る方法を……
「あと10秒だ。それ以上は待たない」
スクイットマンが付け加えた。
このまま放り出されるべきか?
いや……でも……
「残り5秒だ」
くそっ!
早く、早く結論を――
「さぁ―――」
スクイットマンが俺に判決を下そうとした、その時だった――
俺の後ろにある重厚な大扉が開かれた。
「なっ――なぜ貴様が此処にいるのだリュドミールッ‼ 」
スクイットマンの目が大きく見開かれ、仏頂面だったその顔は、驚愕と焦りなどの色が入り混じったものに変わっている。
スクイットマンが叫んだ名前に、俺は思わず後ろに振り返った。
そして、扉から入ってきた老人――そしてそれが俺のよく知る人物だという事を確信した。
リュドミール・ノルデンシェルド――ヒューゴスティア連邦議会議長・諮問機関【コマンダーズ】の長
俺と同じく、ミルキー紛争及び第三次海峡戦争で数々の功績を残してきた人物であり、俺を英雄にした人物その人でもある。
「おやおや、嫌な歓迎のされ方だなまったく……そうは思わないかねアラン君?」
その老人は俺を真っ直ぐ見つめそういった。
「……」
俺はリュドミールの行動にただ茫然と、その場で固まる事しかできなかった。
「うぅむ……今は“クレア”のがよかったかな?」
リュドミールは更に俺を見つめ喋りつづける。
なぜこの男は、全部知っているんだ……
連邦議会に今回の件はまだ報告していないはずだろう――
「リュドミールっ! そいつに言う前に、まずわしに何か言う必要があるだろうっ‼ 」
スクイットマンもやはりリュドミールの思わぬ登場に焦りの色を隠しきれずにいた。
「――おっとこれは失礼、ヒューゴスティア国・航宙軍兵器開発部長官、ギリアス・スクイットマン長官殿――貴殿の事をすっかり忘れていたよ」
「い、言わせておけば抜けぬけとぉ……」
まるで目に入っていなかったと言わんばかりの物言いをするリュドミール。
対してスクイットマンはあからさまな威嚇をリュドミールに向けていた。
「まあ落ち着けギリアス。で、ギリアスお前は一体何をしているんだ?」
リュドミールは冷たい視線でスクイットマンを見つめた。
「……わしはただ、彼女を保護しようとしていただけだが」
呼吸を徐々に落ち着けているスクイットマン。
数秒間深呼吸を繰り返した後、静かになった。
そしてそれを確認したリュドミールは言葉を続ける。
「そうか、しかし君は一つ手順を飛ばしていないか?」
「どういうことだ」
「君は一地方軍の――さらにその中の一部署のトップに過ぎない訳だ」
「それがどうした。別に軍人の一人や二人増やすことぐらいいいだろう?」
「まあ、そのスカウトしたのが唯の一般人ならそうだ」
「なら問題はないだろ。彼女は――」
「彼女は、アラン・マグウェアだ。議会での報告並びその後の事についてはそこで話し合うべきだと思うがね」
リュドミールが静かに、しかしこの場の誰もが平伏しそうになる様な声を発した。
「違う、彼女はアランじゃないっ! クレア・ハーミットだ 我々が――」
「それは私が彼女に与えた戸籍だ。私が与えたんだからその事実を知らないわけないだろう」
「―――‼? 」
スクイットマンはその新事実を聞いた途端頭を抱え机にひれ伏した。
そして俺もその事実に驚きを隠せず口をあんぐりと開けてしまう。
この場の誰もが彼の言葉に驚きを隠せていないのは間違いなかった。
「君たちが議会に隠れてこそこそと何かをしていると思えば、こんな事になっているとは私も正直最初は驚きを隠せなかったよ」
「い、何時から知っていたんだ」
「そうだな。アランが君たちの命令でウィーズボストを離れてから1週間後だ」
これもまた驚きの事実であった。
まさかそんな早くから、彼はこの任務について知っていたというのか。
「くっくく……まさかそんなに貴様が情報通だとは思っていなかったぞ」
「まあ、これでも色々周りに気を配らないといけない立場なのでね」
「だがっ! それがどうした! あいつが! あいつが英雄マグウェアだとしても今は唯の小娘だっ! わしらが何をしようが貴様が追及することはできないだろっ‼ 」
「そうだな……たしかに何もできない。彼女を英雄マグウェアと信じる人間はほぼいないだろう。確かにこれでは議会に通す前に問題が生じそうだ」
「そうだ! だから貴様がいくら情報を知ってようがわしらに何もすることはできまいっ‼ 」
「―――まあ議会に仰ぐのは無理そうだが他に手はある」
リュドミールの視線が厳しくスクイットマンに向けられた。
「どういうことだ。リュドミール」
「私が聞いていた話だと、貴殿は彼女をモルモットにしようとしていたらしいじゃないか」
「な、何を言ってる! この小娘をモルモットにしたことでどこに有益性があるというのだっ! するわけないだろう! 」
「……そうか。では2日前、君がある組織に転送したメールは何だったのかね?」
リュドミールの一言にスクイットマンが一瞬固まった。
「――っ! 戯言をっ、何処にそんな証拠があるんだ」
「証拠ならここにある」
リュドミールが懐から取り出したのは小型の端末だった。
それはこの銀河では一般的に普及している情報データ端末で、かなり普及しているものであった。
「そ、それがどうした」
「これは貴殿の物だ。そしてここにある文章には、クレア・ハーミットを第一級遺物としてガダル調査センターに送ると記載してあるのだが。違ったか? 」
「そんなの貴様が今、わしを嵌めるために作ったでっち上げだっ! それにわしの端末はここ―――」
スクイットマンは徐に同種の端末を取り出し画面を見つめて固まった。
「ああ、貴殿の持っているそれは、つい先ほど私が部下に入れ替えさせた物だ」
「……」
「つまりこっちが貴殿の奴だ。試にコールしてやろう」
リュドミールが手元の端末を操作する。
すると室内から端末の受信音が聞こえてきた。
音が鳴ったのはのは周囲の黒服たちからだった。
「どうだ、これは君の奴でしか出来ない事だろう? 」
「……っ」
「どうやら合っていた様だな」
リュドミールはそれを確認して少しだけほくそ笑むと、それを懐に再度閉まった。
「さて、これだけで君をここから追い出すことは簡単なわけだが。もう一つ言い忘れていたことがある」
「……」
「君のこれまでにやった数々の汚職が芋づる式に見つかったようだ。それにしてもずいぶんと汚い事をしていたじゃないか長官殿」
「―――なっ⁈ 」
「これはすでに議会に提出済みだ。そしてつい先ほど議会の意向が決まった……君は永遠の豚箱行きだ」
「馬鹿なっ!! 」
「捕まえろ」
リュドミールがそう言い放った途端、周囲の扉から連邦所属の憲兵が流れ込み忽ちスクイットマンと周囲の黒服たちを拘束した。
それに対して俺はただ茫然とそれを眺めていることしかできなかった。
「さてアラン、君は私についてこい」
「あの……」
「安心しろ私は君を解体したりするつもりはない。それにある程度君に余裕が出たら、私の元をいつでも離れていくがいい」
リュドミールは軽く俺に微笑むとまた前向いて歩きだした。
「いえ、そう言う訳では……」
「いいんだ。今は疑っておけ、それが君の為だ。それと今からはクレアと呼んでもいいかね?」
「は、はい」
俺はリュドミールに連れられ領事館を後にした。
話を作ってく上で人の騙し合いを書きたいと、いざ意気込んだのはいいのですが、この回を書いていく途中で難しいという事が痛いほどわかりました(笑)
嵌めようとして者が嵌められる、そんな展開を書いたつもりですが、少しでも感じ取っていただけたのなら幸いです。
それでは、ここまで読んでくださり有り難うございました!