Episode 50 : 隠されたモノ
潮風と言う物は、とても美しく心地の良い爽やかな風だと俺は今日まで思っていた。
別に海に行ったことが無いわけじゃなかった。しかし硝煙と血生臭さ以外の匂いを感じられたのは今日が初めてだった。
だからこそ死体もなく燃えてもいないプラントデッキの端っこで、他の仲間の邪魔をしないようにじっとしていた俺は思った。
潮風は凄く生臭い――と。
本当、なんというか美しいとか心地よいとか、なんでそんな事を考えたのかを自分い問いたくなるほどに残念な気分だった。
そんなことを考えながら、海を見渡せば太陽が東の空を上り続けるのが見えた。嗅覚情報よりも視覚情報のが素晴らしいものかもしれない……。
作戦開始から6時間と45分。。制圧されていた施設を解放した俺達は、施設内部の詳しい調査にあたっていた。
施設内部にいた人間は誰一人として生きてはいなかったことはマルメラが率いるブラボー分隊が調査済みだった。
今調べているのは「なぜこの施設が襲われたのか」を調査することにあった。
ただ施設内に存在した情報端末の多くは破壊されていたようで、その調査にはとても時間がかかるらしい。
その間邪魔にならない様“俺達”は待っていたわけだが……どうやら、隣の奴はそろそろ限界が近いらしい。
「……なあレディ。俺思うんだけどよ。俺が手伝った方が調査は早く進むと思うんだ」
その声にふと横を見上げれば、巨大な体躯に全身真っ赤なMCSが気だるげにそう呟いていた。
ただしヘルメットだけは外している。
「さっきから言ってますけど、たぶんマルメラかハイドに怒られますよスィリーさん」
「でもよぉ! いくらなんでも隅っこでジッとしとけなんてあんまりじゃねェか‼ 俺はさっきの戦いで活躍したんだぜ! そんな俺様がお呼びじゃないわけがねェじゃねェか! 」
「いや、そうじゃなくてで……えっとホラ。適材適所ってやつです。それにスィリーさんはさっき頑張ったから休憩の意味合いを兼ねてとか、ほらそう言うのとか……あるじゃないですか! 」
「テキザイテキショ? どういう意味かがよくわからんが、俺は休憩なんていらねぇから体を動かしたい」
本当にこの男ほど“適材適所”という言葉が会う奴はいないとおもう。
この会話みたいなことを永遠と繰り返しているのがいい例だ。
いうのは失礼だし、俺が言えた立場ではないかもしれないが……正直に言えばスィリーは戦闘以外じゃ役立たずだ。
いや、ムードメーカーとしてなら問題はないか……。まあどちらにしろ調査とか頭を使うのに向いてるタイプじゃない。
だからまあ周辺警戒という名の仲間の足を引っ張らないように待機すること、を俺と一緒にしているわけだ。
ただ、俺と“ヤツ”には決定的な違いがある。
「もう限界だ……俺は手伝うぞ」
そう……やつに「我慢」の二文字はあまりない。
流石は“独断専行の鬼神”とかいう肩書を持っているスィリー様である。(ちなみにこの異名は彼の元々所属していた部隊『ミョルニル』を題材にした映画が作られた際、部隊のエースとして作品内にスィリーぽいのが登場した際に呼ばれていた名前だ)
まあ2時間以上我慢をできているのだから、今回はスィリーにしてはよく頑張った方だと思う。
皆もそこは汲み取ってくれるだろう……だからもう、俺がスィリーを引き留めれそうにないことだって理解してくれるはずだ。
「そんなに行くって言うならもう私はどうなってもしらないですよ。私はここでちゃんと大人しく――って、ちょっとまッ―――」
俺がしゃべり終わる前からスィリーが俺の後方へと回り込み、車いすの車輪のロックを解除してきた。
もう彼が何を考えているのかは何と無く予想がつく。
「“旅は道連れ世は情け!” 責任取るなら連帯責任だよな! 怒られる時間が違う! 」
「そういう事じゃないっていうか、本当にそれは不味いです! まずいですって! ランドにだって怒られますよスィリー。命令無視は作戦に支障をきたします! 」
俺は必死にスィリーを止めようと叫んだ。
マルメラやハイドにことが伝わるということは、つまるところランドにだって伝わるということを意味している。
そうなれば俺は否応なく“こっ酷い仕打ち”に合うことが明白である。
だから俺は此処で待っている必要がある、いや待たせてほしい理由がある!
しかしまあ、もちろん。そんなことで止まるスィリー様じゃなかった。
「何ビビってんだ! 時には命令を無視するという“エイダン”っていうのが兵士には求められている! レディ、それじゃあ真の男にはなれないぜ! 」
「私はおん――いや、お……お、というか別にそれとこれとは関係ない! 止まれ、止まって――止まってください‼ 」
車輪はすでに動きだしていた。
等加速度直線運動的にではなく、二次曲線的な勢いで速度を上げて。
―――俺は泣きそうだった、二つの意味で。
ただ、その声を聞き届けてくれる奴などこの場には存在しなかった。
だから俺は必死に車いすのひじ掛けにしがみ付き、考えるのをやめた。
× × ×
「うッ……うぅ……」
「だ、大丈夫かレディ……? いや……悪かったって」
ただ早く移動しただけだ……それだけなのに……。
「な、なぁ。元気出せって。何があったのかしらねェけどよ……な? 」
屈辱だ。
幾ら戦闘服に排泄処理機構が付いていて、それこそ“不測の事態”が起きたとしても問題ない作りだったとしても……こんなことで、怖いって思ったあげくに、あまつさえ漏らすなんて……。
未だにあの速さに震える腕を車輪に向ける。
「お、おいレディ! どこ行くんだよ」
「ついてくるな! 」
そう俺は声を上げて車いすを進める。
これ以上あいつに振り回されるのは御免だ。
そのまま突き当りのエレベーターホールへと向かった。
空を見上げてすべてを忘れてしまいたい。
昇降ボタンを押してエレベータの到着を待った。
暫くしてエレベーターが到着する。
エレベーターの中は所々に血が飛び散り、床には血だまりの跡があった。
あまりこの中で長居はしたくないな。
エレベーターの操作パネルを探し直ぐに見つけた。
若干壁から外れそうになっている縦長のパネルがそうだろう。
すべてのボタンは一枚のデジタルパネル上に表示されているただ、薄緑で表示されていて見ずらかった。
一歩下がってパネルをしっかり見れる位置に移動する。
む……。
デッキへ上がるボタンは見つかった。
しかしこのエレベーターは如何やらデッキが最上階に設定されているらしく、デッキへのボタンが一番高いところにある。
車いすに乗ったままでは、手が届きそうになかった。
全く持って不親切な設計だ。
平等を求めるあまり公平性を捨ててしまった奴が作ったに違いない、平等とは一見すべてが等しいようでとても歪であることをもう少し理解してほしい。
ブツブツと不満を言いながら俺はパネル前まで移動する。
パネル前で車輪を固定し、腕に力を入れ、まだ完全に回復したわけではない足で立ち上がる。
体を支える腕に一つを離して、ボタンへと伸ばした時だった。
「ひゃッ――」
ガタンッ――と足元が揺れる。
すぐさま外れかかったパネルに片手を伸ばし捕まる。
しかし掴まると同時にパネルはあっけなく外れ、ドンッっと鈍い音と供に俺は床に落ちた。
鈍痛に小さく顔を歪める。
気にする程度の物ではないが不意打ち気味に来る痛みは止めてほしいものだ。
車いすが固定した位置からずれているのを見つけた。
どうやら血だまりが完全に乾いてなかったらしくタイヤが滑ったらしい。
なんともまあ運がない……。
手元に落ちている縦長のパネルを見てため息を吐いた。
「おい、今ガタンって音が――」
上から降りかかる声に顔を上げれば、なんとも間抜けな顔をしたスィリーが立っていた。
「なんで来たんですか? ついてくるなっていったじゃないですか」
「……だってよ。レディがずっと今日怒ってたじゃねェか……だから俺がなんかやっちまったのかなって」
なるほど気にしてたからついてきたのか……まあずっと怒っていたのは別にスィリーだけのせいではないのだが、どうやらスィリーは自分が一番の原因なのだと感じたらしい――まあ半分正解ではある。
「スィリーさんだけのせいじゃないですから別に」
「じゃ、じゃあ――」
「半分はスィリーさんのせいですけどね」
「……悪かった」
まあ、反省はしているらしい……次に生かせないなら意味はないのだが。
「あとよ。レディ、大丈夫だったか? 」
「……別にただ車いすからちょっと落ちただけなんで、気にしないでください。自分で何とでもできます」
指しのばしてきたスィリーの手を押し返し、俺は床を滑りながら車いすへと戻ろうとする。
「だからさ、マジで悪かったって……俺が何か悪かったのは分かったからよ。ほらよっ」
スィリーがさっと俺を持ち上げそっと車いすの座面に下ろす。
「……お礼は言いませんよ」
「いらない。ただ悪かったなって思ったからよ――だから」
みるみるスィリーの顔がしょげていくのがわかった。
まあスィリーも悪い奴じゃない――ただ馬鹿なだけなのだ。
分かれば反省だってするし謝りもしてくれる。
だからと言ってすぐさま怒りが収まるわけではない。
ただ……まあ許してはやることにした。
「はぁ、もういいですわかりました。とりあえずデッキに戻りますよ! そしたら全部なしですリセット、それでいいですか? 」
「本当か? 」
「そうです。うじうじしないでください見っとも無い」
「……あんがとよ」
「まだ怒りが収まったわけじゃないですよ? そこだけ勘違いしないでください。わかったらとりあえず上まで私を連れてってくれますか」
パネルは壊れたせいでこのエレベーターは使い物にならないからな。
とりあえず他のに乗らなければいけないな、と考えていたらエレベーターの扉が目の前で閉まっていく。
パネルは壊れているから扉は閉まるなんてことは――――。
「スィリー何してるんですか? 」
「いや、だからボタン押しただけだって。上に上がるんだろ? 」
「は? 」
パネルが壊れているのにボタン何てあるわけないだろ。
そう言おうとしてスィリーの手元――元々操作パネルがあった場所――を見ると、そこには確かに操作用のボタンらしきものが一つだけついていた。
「違うのか? 」
「いや……えっと」
どういうことだ。なんでパネルの裏にボタンがある……。
興奮状態にあった頭を、素早く研ぎ澄ませていく。
政治的にも軍事的にも経済的にも価値がない惑星にある、たった一つの施設。
それが何らかの理由で襲われるとするなら隠し事があるはずで、それが何かを今探していて未だ見つかっていない。
壊れかけたエレベーターの操作パネル裏か出てきた謎のボタン――。
今エレベーターは間違いなく上ではなく下に向かっていて、先ほどいたのが海上に聳え立つ施設の最下層だったということは。
偶然にも俺達は、当たりにたどり着いたという事になる。
「スィリー、皆に連絡入れて! 」
「どうした突然」
「早く! 」
「わ、わかった」
通信機は俺が取り出すより、装甲内部に通信機が内蔵されているスィリーのが早い。
スィリーが慌てて呼びかけを始めたのを見てから俺は、目的地に着き止まったエレベーターの、開く扉をじっと見つめた。
扉が軋むような音を立て開いていく。
開いた暗闇からは小さな埃が入り込み、ひんやりとした風が流れ込んだ。
薄緑の未知の金属でできた通路、壁に刻まれた解読不能の文字列。
その中にたたずむのは現代の技術で作られたことがわかる計測器達。
一目見てそれが何を意味しているのか理解した。
「……遺跡」
ここに隠されていたのは秘密の武器工場や、特殊な何かを作る工場でもなく。
なにか隠さなければいけないような秘密の実験場でもない……それよりももっと価値があり、それこそそれだけで戦争の発端になりかねないモノだった。
遺跡
その言葉の響きは、いつまでも俺の耳に残り続ける。
俺が“あいつ”と出会った場所で。
俺と“あいつ”の永遠の別れを作った原因の発端で。
俺が“俺”でなくなった場所。
まるで絡み合ったコードの様に、それは何時までも俺の心に反響し続けた。
どこまでも、ずっと、その言葉が消えることなどない。
そして、また、意図せずして俺は“それ”に再開した。
拳にぐっと力が入る。
「おい‼ 」
ぐっと俺の肩が引き寄せられた。
「――は、はい」
ハッと我に返り後ろを見ればスィリーが若干心配そうに俺を見ていた。
「レディ。隊長が何があるか聞いてるんだが何てこたりゃいいんだ」
「遺跡です」
「遺跡があるらしい」
一拍置いてスィリーが通信機に向かってそう答えた。
暫くスィリーは頷き続けたかと思うと、俺の頭に手を載せてくしゃくしゃと撫ぜてくる。
「俺達お手柄だってよ! やったなレディ」
スィリーが嬉しそうにそう言った。
その言葉に頷きながら、俺は小さく喜んで見せた。
何もなければいいが……。
心のどこかでそう思いながら、俺は通路の先見るのだった。
続く




