Episode 3 : 流されるままに
病院を出ると黒塗りのセダンが車止めに停車していた。
そしてそれを横に流し見た後、ボンネットに腰を下ろした大男と目が合う。
目が合った大男は、ボンネットから降り素早く俺に一礼した。
俺は軽く手を上げ返事をする。
「ど、どうも。お、おじょ……隊長」
「いつもすまないなローグス」
ローグスが俺に言うのを躊躇った言葉に、少し体が寒くなる。
「ローグス。俺に変なあだ名を付けたりしていないだろうな?」
「へ、変なものは、つ、つけてないであります」
きっと睨みつけると、目が遭ったローグスの視線が泳いだ。
俺の疑念は確信へと変わる。
「まあいい。後で、俺が知ってからじゃ、遅いとだけ言っておく」
「す、すみません!! 隊長の事を仲間内で“お嬢”と呼んでました‼」
……このチキン野郎
少し脅しただけで吐きやがった。
照りつける日差しが、活気ある日中の中央通りを照らし。
開けた車窓からは、賑やかな街の声が聞こえてくる。
「あ、あの隊長」
後部座席に座り窓の外をぼんやりと眺める俺。
そして前方からは、先ほど俺の機嫌を損ねた事を詫び様とする、ローグスの声が聞こえてくる。
「なんだ」
「すみませんでした」
「……ああ、あれか」
知っている。
でも、あえて反応はしてやらない。
「ほんとにすみません。隊長が余りにお美しいので……」
「――ふざけて言ってるのか? それが一番聞きたくなかったんだが」
ワザとホッペを膨らまし、窓枠に肘をつき外に顔を傾けてやる。
これを大の男がやったら気持ちが悪いだろうな……
でもバックミラーに映る俺の姿を見てみると、今の姿では様になっている事が解る。
でも俺は認めたくない、俺は男なんだ。
カッコがいいとか凛々しいと言われたい。
決して可愛いとか麗しいとか言われたくはない。
「隊長、流石にローグスが可哀想です」
「はあ、ストレン。お前も俺になったらこの気持ちがわかるぞ」
「は、はぁ。ですがローグスの顔を見てください」
ストレンが、余りに居た堪れない、そう言った様子で言うのでローグスの顔を確認する。
「……その、ごめんな」
酷く、ローグスの顔がやつれてた。
それは今まで見た中でも相当酷いものだった。
それを見た瞬間――
俺の罪悪感はピークに達し――謝った。
「いえ、隊長、自分が悪かったんです」
「ローグス、俺が大人げなかった。ごめんっ」
「いいんです……俺が、俺が……」
流石に、自分の状況を受け入れなさすぎないのも、周りには酷という事か……
「ローグス、お前が思っていることは、俺だって分からなくはない。だけどな、俺はそれを認めたくないんだ。だから強く当たってしまった。すまないローグス」
ローグスの目をバックミラー越しにだがじっと見つめる。
そして目が合うと、ローグスの目に光がともっていくのが見えた。
「じゃ、じゃあ“お嬢”と呼んでもっ――」
「それは止め……いい、許すっ」
否定するつもりだった……
でも、ローグスの目が涙で潤んでいくのが解ってしまった。
それが余りに可哀想で断りきれず、許すことにした。
「よっしゃあっ」
ハンドルから手をはなし、ローグスがガッツポーズを……
「ローグスっ!前!前!」
渋滞していた――。
前方に速度を落とした車が迫る。
「えっ、お、おおっと」
素早くローグスが素早くブレーキを踏む。
事故は回避した。
「くぅっ―――」
しかし急に止まったことによりかかるG によって俺は後ろに背中を打ちけ、軽い悲鳴が漏れる。
「ローグス! 馬鹿かお前はっ」
隣でストレンがローグスを怒鳴りつけている。
「す、すみませんっ中尉!」
そしてローグスがストレンに謝っていた。
「いってぇ……」
「隊長⁈ 大丈夫ですか!!」
「あ、ああ。大したことない」
ストレンがここ最近、すごく過保護な気がするのは気のせいだろうか――
確かに、前から良くも悪くも、上に忠実な奴だった。
でも今、こいつと俺は部下でも上官でもない唯の他人だ。
ここまで心配してくれる義理はないはずなのだが……
「ローグス、いくら“お嬢様”がいいと言っても、俺は許さんぞ」
「も、申し訳ございませんでしたぁ!」
こう見るとストレンも尉官なんだよなぁ、と感心する――が、俺は聞き逃さなかった。
「おい、ストレン」
「はい、なんでしょう?」
「お前に“お嬢様”呼ばわりされる筋合いはないんだが」
「えっ――なぜですか? 」
ナチュラルに『俺はいいでしょっ』って顔をされても非常に困る……
「俺は、ローグスが少し哀れだったから許したんだ。お前には許してないぞ」
「えぇ~、殺生なぁ~」
何が『殺生なぁ~』だ。
止めろっ。
俺のプライドは、今、この瞬間にも削れているんだよっ。
「とりあえず、俺にそういうのは止めてくれ」
「……隊長がそういうのなら」
一瞬、車内が静かになった。
「なあ、ストレン」
「何でしょう?」
「お前“中尉”だったか?」
「ああ――」
確か、俺の記憶が正しければ“少尉”だったはずなのだが……
「――それですか。確かに少尉でしたがこの間の事件の後、中尉に昇格しました」
「そうだったのか」
「はい、隊長の代わり――そういうのは正直、烏滸がましいですが、隊の引き継ぎも含めての事です」
「なるほどな……」
如何やら俺が寝ている間に、色々な事があったようだ。
領事館に向かう間、変わったことについて俺は、あれやこれといったことを二人に聞いて過ごした。
× × ×
ヒューゴスティア領事館―――
惑星ベイズの中央都市マルグリッサの中央通りの突き当りに聳えたつ建物。
“無駄なものは無くし合理的であるべき”と主張する国柄が強く反映されてた、シンプルな直線で形作られている。
遠目で見ても浮いているこの建物は、近くで見るとその無機質さが不気味に思えるほどだった。
「お待ちしておりました。クレア様」
ドアを開けた黒のダークスーツ姿の男が、俺に手を差し伸べる。
「大丈夫だ」
その手の横を軽く押し、いらないと拒否する。
「控室へと案内いたします」
「よろしく頼む」
「あ、あの! 荷物を」
横から若く、張りのない声が聞こえたので振り返る。
「に、荷物をお、お持ちいたします」
その声の主は周りと服装が違った――しいて言うのなら、ボーイの様な風貌をした少年がいた。
「……ああ、よろしく」
何というか頼りないが、持ってくれるという好意に甘え荷物を渡す。
渡した時、少しだけ少年が嬉しそうにしていたのは何故だろうか……
それと先ほどから周りの視線が、俺に集中している気がする。
「こちらです」
先程のダークスーツの男が再度俺を呼ぶ。
「今行く」
俺は踵を返し建物中へと歩を進めた。
建物の中も、相変わらず機能性を重視したつくりで、5歩歩いただけで景色に飽きた。
この建物、窓がほとんど無いのだ。
ただ台形の形をした通路が永遠と続いている。
あえて言えば数歩おきに扉が設置されているだけである。
ストレンやローグスがいるのなら、このことを愚痴ってやりたいところだ。
でもご生憎様、二人とも別の用があるらしく、此処にはダークスーツの男と、俺しかいない。
後ろからボーイの少年がついてくるが、彼はノーカウントだ。
そして無言のままエレベーターに乗り込む。
誰もしゃべらない。
いや、私事は控えろと訓練されているのだろうな。
空気が張り詰めていて、以後心地がすこぶる悪かった。
少し周りを観察する――
少年の目線が先ほどから、ちらちらと俺を見ては、壁を見る、という事を繰り返している事に気付いた。
素人の動きそのものだ。
仕事にまだ慣れていないのだろう。
素人っぽい動きは、昔の俺を思い出さる。
まあ、こんな時は悪くはない。
少し心が和んだ。
目が会ったので少年に、それとなく微笑む。
「――!」
するとなぜだか少年は、顔を赤くしそっぽを向いてしまった。
そのあと少年がこちらを向くことは無かった。
再び張りつめた空気が俺に戻ってくる。
ちょっと残念だ―――。
「こちらです」
エレベーターが止まった。
そして扉が開いたところで再度、ダークスーツの男に呼び掛けられる。
「ああ」
その後をついていく。
男は俺の歩調に合わせ、丁度いい歩幅で歩いてくれる。
流石としか言えなかった。
その道の人間の動きは、いつみても感心させられるものだ。
そして道なりに進んだ後、正面の扉の前で男が止まる。
「こちらです」
男が扉を開けてくれた。
「案内をありがとう」
「はい。それとこの後のご予定ですが、お呼びするまでは此方の部屋で待機していてください。時間成りましたらまたお伺い致します」
「ああ」
男は一礼すると、廊下を引き返していく。
「あ、あのどうぞ」
ボーイの少年が俺に荷物を渡してきた。
「ありがとう」
軽く頭を下げ荷物を受け取る。
「い、いえ仕事ですのでっ」
ボーイがなぜか慌てている、こいつ大丈夫なんだろうか?
とりあえずチップだけ渡してやろう。
そう思いポケットを探る。
「……すまない、今持ち合わせがないみたいだ。私の持っているものでよければないか一つ上げよう。何かほしいものはあるか?」
仕方ないので鞄から金になりそうなものを取り出すことにした。
「け、結構です。ししし、失礼しますっ!」
鞄を探っている間に少年は小さく悲鳴を上げながら何処かへ走り去ってしまった。
変な奴だったな……
まあ、今度会ったらチップを上げればいいか。
俺に用意された部屋は“それなりにいい部屋”だった。
部屋の大きさは一般的なワンルームマンションより少し小さいくらい。
シャワーとトイレが付いている部屋だ。
そして何より窓がある。
残念なのは、その窓が開けることができないうえに100mmの厚さを持つ防弾ガラスであるという事くらいだ。
手前のベッドに鞄を放り投げる。
「はあ~……」
ため息を一つ着く。
疲れた……
凄い疲れた。
ショーツボレロを外しハンガーにかける。
そしてそのままベッドに潜り込んだ。
寝よう……
とりあえず一時間ぐらい寝てから今後の事を考えよう。
そして俺は、眠りにつくことにした。
× × ×
「……くぅ、くぅぁ―――」
目が覚め手を上に伸ばし背中を伸ばす。
そしてベッドの端に座り、少しぼうっとする。
目をぐりぐりと擦り、枕元の時計を確認する。
「だい、た、い、30分、くらいか……」
不鮮明な頭に、面白いぐらいに蕩けた甘い声が響く。
それから意識が徐々に覚醒していくとともに体に張り付くような不快感が出てきた。
寝汗だ。
それもかなりの量が出ていて薄いワンピースの端が足に当たる度に張り付くような感触がある。
「シャワー浴びるか……」
その場で徐に服を脱ぎ捨てていく。
そしてトップスとボトムスを脱いだあたりで俺は手を止めた。
「あ、あ~、そうだよなぁ……そうだったぁ」
下を見ればふっくらとした双丘が顔を出している。
ちなみにブラはしていた様だ。
なぜ他人行儀かと聞かれるなら、これは俺が自主的に着たのではなく、気づいたら着ていたのだ。
多分、看護師の人がご丁寧にもつけてくれたのだろう。
そして、そんなブラを前に俺は躊躇していた。
「とっていいのか……でも、これは俺の体だし―――」
少女の服を剥いでいく。
こう言えばとても卑猥に聞こえてしまうだろう。
だがこの“少女”は“俺”であり俺はこの少女なのだ。
そして俺が、俺の服を脱ぐことは別段おかしい事じゃない。
そう――頭は理解している……理解はしているんだ――
「……ううぅ」
可愛く唸っている少女が鏡に映る。
――俺だ。
そして鏡の中の少女に俺は訴えかけてみることにした。
―――脱いでもいいか?
―――脱いでもいいに決まってるだろ馬鹿なのか。
よし、諦めよう。
今この姿こそが、今の俺なんだ。
そして俺はブラホックをはずし、そして思いっきりブラを脱ぎすてた。
そしてそのままの流れでショーツにも手を伸ばし、考える暇を与えず脱いだ。
「よし」
なんというか誇らしかった。
鏡に映る裸の少女もなんというか満足そうだ。
俺だけどな―――
そしてシャワールームに入った。
シャワー中は何も考えないことにしよう……
邪を捨てよ俺――
邪を捨てよ俺――
邪を捨てよ―――
邪を――――――
邪―――――――
じ―――――――
気づいたらバスローブに身を包んだ状態で、鏡の前に立っていた。
体からは甘いシャンプーの香りがする。
置いてあったシャンプーなどのアメニティは、高級そうなものが置いてあった。
普段の俺なら決して使うことが無いような奴だ。
鏡に映る俺は、少女の体に鼻をつけ臭いをかぐ変態的行動をしている。
しかたないだろう……
いい匂いなのだ――
後で、これがどこで買えるか聞いてみよう。
風呂場を出た俺は鞄を開き、替えの衣服を探そうとして硬直した。
「えっ……」
鞄の中に入っていたのは、つい先程まで着用していたランジェリーよりも遥かに、可愛らしいフリルなどの装飾がふんだんに盛り込まれているものだった。
……どういうことだ。
……ああ――
そういえばストレンには、俺の着る衣服関係のすべてにおいての買い物をしてもらっていたことを思い出す。
つまりだ、これはあいつの趣味でそれを俺に穿いて欲しいという意図があっての“これ”なのだろう。
――今度会ったら覚悟してろよ……
ベッドを、少しだけ強く殴りつけ呼吸を整える。
こういう時大事なのは平常心だ……殺意じゃない。
まずは目の前の問題をどうにかしなければいけない。
俺は思考をすぐさま目の前の“ブツ”に向ける。
形からするとローライズショーツだろうか……
腰上が浅く、正直履き心地が良いとは思えない。
レース生地のそれは黒く、そして腰のゴム辺りは白色のフリルで丁寧に装飾されていた。
先程まで来ていた服に合わせるのなら、たぶんこれがあっているんだろう。
あいつ――中見込みで選んできたのか?
俺は全身が寒気に襲われた。
だが、穿かなければノーパンだ。
いや、もうこの際、ノ―パンでもいい気はする。
むしろそっちのが遥かに俺の精神衛生上はいいと思う。
しかし、この後あるのは上層部からの事情聴取――
穿かない……それはマナーとしてダメだ。
恐る恐る、手を伸ばした。
そして親指と人差し指で摘まむように持ち上げる。
「……う、うぁ~」
“それ”を穿かないといけない――
目の前にしてそのことが脳内を駆け巡ると、躊躇いで俺は唸ってしまった。
そしてそれをベッドの隅に放り投げる。
「――無理」
穿くなんて御免だ。
そして、おもむろに鞄をあさる。
今度も、先ほどとよろしく可愛らしい、ブラジャーが出てきた。
色合いとか装飾の仕方を見るからに、先ほどのショーツとセットなのだろう。
目にした瞬間に、着ける意志が失せた。
「裸の王様は偉大なんだよ」
うんうん……もう裸でいいじゃん。
あんなもの着けれるわけないだろ。
バスローブに身を包んだ俺は、ベッドに大の字で倒れた。
ノックの音が聞こえる。
あ、あ~……まずい。
何も着てないぞ俺――
「クレア様、ご支度に参りました」
扉の向こうから聞こえるのは若い女性の声だだった。
そして微かだが他の声も聞こえる、推定人数は俺に今話しかけている人物、そしてその後ろで喋っている人間。
つまり最低3人はいるという事だ。
そして間違いなく全員女性だろう。
こうことを考えてしまうあたり、俺はまだ兵士としての感は鈍っていないことを理解した。
ついでに言うと、支度くらい自分でできる。
「それなら、自分――
俺の言葉は無視されそのまま扉越しに声が続いた。
「いえ、お連れ様からお聞きしております。クレア様は“魔性の裸愛好家”であり、目を離せばすぐに脱ぐようなお方だと」
「ちげぇえええええええ!!!」
扉を開け、思わず叫んだ。
「なるほど、確かにこれが一番早いわね……」
「へっ……」
何か小さく、呟くような言葉が聞こえた。
あ、これはおびき寄せの罠じゃ……
伏せていた首を持ち上げる。
嫋やかに微笑んで、俺の顔を見つめる女性5人が、俺の目の前で全員仁王立ちしていた。
そしてその中央の女性の目は完全に、策士のそれだった。
「クレア様ご覚悟を……」
中央の女性がそう言うと俺は周囲を取り込まれ部屋の中へと連行された。
「ま、まてっ俺は」
「さぁ」
「此方です」
「いや、やめっ」
そして俺の意識は、ここでドロップアウトした。
× × ×
「お疲れ様でした――とてもよくお似合いです」
後ろから肩を叩かれる。
終わりの合図だ。
俺は姿見の前で自分の姿を眺める。
此処小一時間でされたことは俺のプライドを深くまで削り取るものだった。
化粧は人を化かす――そういう言葉があるが、目の前でそれを見せられると否定ができない。
シャワーを浴びる前に、俺は今の自分の顔をじっくりと眺めていた。
その顔は、まるで作りものを見ているような感覚に陥る程の物だった。
そして化粧という魔法は、それを引き立たせ、また“別の美しさ”を追加するようだ。
しかしそんな初めての化粧をした少女の顔は、なぜだか困惑と戸惑いの表情を浮かべていた。
……すまない、俺が別人だったなら、助けられたんだ。
心の中で俺は目の前の鏡の中の少女に謝った。
それから意識を五感に戻す。
「クレア様はお肌が綺麗で化粧するのが怖かったです」
「クレア様の髪は濁りのないブロンドで、正直羨ましいですわ」
「あ、ありが、がとう……」
――苦笑。
後ろから俺を褒める称えてくれる言葉が永遠と続いていた。
現実逃避と意識の放棄。
そこから戻れば、耳だこができるような絶賛の嵐。
俺は顔を引きつらせない様に少し笑うので精一杯だった。
此処まで来て分かったことがある。
俺は女性というものをある程度知っていたつもりだったが、どうやら知らなかったようだ。
彼女らは身なりに関して言えば、誰よりもプロで達人だった。
アレやコレ、言われてみればわからない単語の連続――
とりあえず頷いておけば、どんどんと飾り付けられていく。
それも――飾りが“主張しすぎないように”
それにしても女性はこういう話題が好きなんだな――
彼女を持った仲間が、女についてのアレやコレをぼやいていたのを思い出す。
そんな事を思い出しつつも自分い再度意識を戻す。
下着を何時着たのかは覚えていない。
ただ感触があるから穿いているのは間違いはなかった。
そして黒のフォーマルドレス。
極力飾りなどを減らしつつも、ワンポイントで入ったバラのコサージュが全体をうまいこと取りまとめている代物だ。
「髪はどうしますか?」
「―?」
「ああ、では結わせていただきますね」
何を言われたのか分からなかった俺は、髪に手を当てる女性の言葉に無言で頷いておくことにした。
丁寧に髪をすかれる。
そして一部が編み込みにされ後ろでまとめられる。
編み込みハーフアップというものらしい。
後ろの女性たちの会話を聞いていて理解した。
しかしまあ、髪の毛の結び方にこんなにも種類があるなんて驚きである。
「終わりました」
「ありが、とう……」
心中穏やかではないが、やってもらったので一応お礼は言う。
「……」
「?」
姿見越しに後ろの女性がじっと俺を見ているのを見つけた。
何かを吟味するような目は、職人の様でもあるが、俺には悪魔にしか見えない。
心拍数が上がってくる。
この間が怖い、この間のあとに恐ろしい出来事があるのだ。
もちろん俺のプライドを削る敵な意味合いで。
女性の目はさらに険しくなっていく。
何を――これ以上何をするというのだ。
俺は手をぎゅっと握る。
「これ以上は大丈夫ですね」
――お?
「もう、いいん、ですか?」
着せ替え人形にされる恐怖に震える声を、抑えながら女性に尋ねた。
「はい、これ以上は無駄ですから」
淡々と受け答えする口調は先ほどまでとは違い、仕事人のそれだった。
「ふぅ……」
解放された俺は安堵の息を洩らし、顔を緩める。
「それではクレア様、私たちは失礼します」
「あ、はい……ありがとうございました」
「――ああ、それと」
「……他にも何か?」
「その笑顔素敵ですっ」
そう言い残し彼女らは俺の部屋を出て行った。
最後の言葉に俺はドキッとした。
それは、言葉本来の意味だけでドキッとしたわけではない。
彼女の嬉しそうな笑顔にドキッとしたのだ。
―――大丈夫、俺はまだ、心は男だ。
俺は鏡に映る自分を一瞥した後、部屋に備え付けられたデスクに赴き。
報告する内容についてまとめることにした。
【その後】 鏡前
「やっぱり可愛い……ぐぬぬぬっ」