Episode 37 : 目覚めの時
「どういうことだ。詳しく報告しろ!」
『は、はい。先程通過したアステロイド群内部より、レーザー兵器による攻撃が始まったとのことですッ」
「攻撃してるのは何だ!」
『分かりません。レーダーはおろか光学装置を使用しても小惑星しか見えず、攻撃は小惑星間の空中から忽然として出現している模様ッ』
「一体どういうことだッ。もっと詳しく報告させろ! 」
『はい司令官ッ! ただちに』
ストラフェルは戦略モニターを眺め唸る。
そんな彼を余所に、俺は頭の中で渦巻いていた不安がどこから来ていたのかを理解した。
“レーダー、光学機器、に映らない艦艇”
それが今、牙をむき始めたということに。
相手が戦艦まで持ち出した事や、52隻という絶妙な数の艦隊数。これらは俺達の認識を攪乱するために計算されたものであったのならば、今までの戦闘全ては、この時の為の搖動で会ったという事になる。
そして……間違いなく、敵の隠密部隊はこれだけではないはずだ。
『前方右翼、スラン分艦隊より入電。右翼前方のアステロイド群から正体不明の攻撃を受けているとのことですッ』
『前方左翼からも入電! 同じく正体不明の攻撃を受け始めたとのことですッ』
ストラフェルは苦虫をかみつぶしたような表情になる。
「……ッ! 例のステルス艦、今の今まで隠れていたというのか! クソっ……まんまと私は騙されたのか、賊ごときに……この私がっ」
ストラフェルは先ほどまでとは一転し、椅子に座り込み正面のデスクに肘をついた。そして表情こそ見えないが、戦闘前とは違い、怒り、そして落ち込みが見えた。
そしてストラフェルが落ち込んでいる間にも、戦略モニター上では味方を表すマーカーが、その数を徐々にだが減らし始めていた。
戦略モニター上には依然として、敵要塞を示すマーカーと味方艦のマーカー以外は表示されていないが、通信員たちの話を統合すれば、正面に敵要塞、左右前方、そして後方に敵艦隊がいて、ストラフェルの艦隊は完全に包囲されてしまっていた。
通信員が叫ぶ。
『司令、各艦隊より入電。新たな作戦指示を要求しています』
「わかっている。現状維持、案をまとめ次第、随時連絡すると伝えろッ」
『りょ、了解』
頭を掻き毟り、ストラフェルは通信員に叫ぶ。通信員はその様子に驚きを隠せないのか、言葉を詰まらせつつ了承。各分艦隊へと指示を飛ばした。
通信が終わると、ストラフェルはその重い腰を椅子へと墜落させた。
「ステルス艦がいたことは分かっていた……私は知っていた。なのに、なぜだ……なぜ今の今までその存在に気づかなかったのだ。私は完璧だった。作戦だって十分注意して立てていた。なのにッ! なぜ! なぜこうなったんだッ! 」
敵の作戦がうまかったから。
理由はそれだけで十分だと俺は思った。
『こちらファルコム。僚艦2隻が大きな損傷を出している。至急、内側へ退避する! 』
『了解、グリコシヌス分艦隊、前線へ。ファルコム率いる2番艦隊はグリコシヌス分艦隊と交代で内側への退避を』
『こちらブームストーム分艦隊、敵艦は、未だに――ッ! 緊急回ッ―――』
『敵の飛行隊が突撃して……ぬぁあああ―――ッ‼ 』
『スラン、グラニア分艦隊、全艦沈黙! ファルコム、航行不能……司令! こちらの損害が大きくなっています!』
気づけば、先程の空気とは一変し、艦橋では怒号や悲鳴が飛び交いだし始めていた。
このまま混乱していけば、この艦隊の損害は更に増え続けるだろう。
敵の正確な位置は不明。ただ3方向から攻撃されていて、後方にいるであろう敵は、この艦隊の真後ろを取ろうと動いているという事が、戦略モニターに映る、ストラフェル艦隊の被害状況を見て推測できた。
まだ数で勝っているうちにこの包囲網を無理やりにでも突破して一時撤退、再度トンネル入り口で艦隊を再度編成し直した方がいいのではないだろうか。
しかし自分の艦隊でない以上、今はまだ、俺がとやかく言えるような状況ではない。いや、仮に言ったとしてだ。今の俺のような小娘に従う大人はいるまい。
だが仮に……もしも、もしも彼に――ラーウェン・ストラフェル――に、この艦隊を指揮する能力がないと誰から見ても明らかであれば、その時は――――。
俺だけだったのなら、ここで死んだって構いはしなかった。
しかし、ただ巻き込まれただけのエレナや、俺の帰りを待っているアンジュの為にも、俺はこの戦い、ただの傍観者で終わる気など既にない。
隙があれば俺は動く。
『司令ッ!』
「わかっている! 俺に口答えするなッ!」
無造作に通信用モニターを強制終了したストラフェル。その全身からは苛立ちや焦りが見られた。
冷静じゃない。
いや、冷静さを欠くなんて次元は、もうとっくの前に通り越していた。
「くそッ! くそッ! くそうッ! 私は完璧だったんだ! あの戦艦が……あの猪口才な賊が、私を誑かしなどしなければ、私の作戦は……私の作戦はッ――ッ! 」
「――中佐?」
流石に見ていられなかったらしい、俺の後ろの木偶の坊がストラフェルに近づく。
そしてストラフェルの肩に、手を置いた瞬間だった。
「私の邪魔を、するなあ―――ッ!」
ストラフェルの絶叫と供に、木偶の坊――もとい、男――が後方へと突き飛ばされていた。
飛ばされた男は、何が起きたのかわからないと言った様子でストラフェルを見る。
「お前などもう必要ない! 下がれッ! 」
「中佐! 落ち着いてください」
「私は落ち着いているッ! 貴様こそなんだ! なんなんだ、なんなんだよぉッ! 」
ストラフェルは、座り込んでいた男にさらなる暴行を加え始めた。
怒りにまかせた所業であった。ただ、蹴られ殴られる男は、ストラフェルに反撃の意志を見せなかった。
男は彼の忠実なる忠犬だったようだが、ストラフェルはそんな忠犬を失う事よりも、自分のプライドのがよほど大事だったようだ。
暫くすると男は動かなくなった。
「はぁ……はぁ……はぁ。上官に逆らった罰だぁ! 」
まあ、ただ力任せに殴った程度だ。あの男は死んではいないだろう。
それに、どちらにしろあの男は俺も邪魔だった。
暫くの間、ああしていてもらって損はない。
それにだ……今の“映像”は俺にとっての追い風となる。
ストラフェルは、勢い良くコンソールを強打。艦隊通信ステーションを通さず、ストラフェルは航宙間の艦通信システムを直接使い、半場絶叫に近い形で命令した。
「全艦に通告! 攻撃目標を正面、要塞へと逃げ帰る敵へと変更しろ! アイツ……あの、あの戦艦だけは絶対に逃すなッ」
彼にとってあの戦艦はきっと、親の仇の様に見えているのだろう……だが、この状況下で追撃するという選択は、愚かであるとしか言えない。
ストラフェルの正面にモニターが浮かび上がると、そこから叫び声が上がった。
『し、司令! このまま正面へと突っ込めば我々の艦隊は完全に包囲されることになり、敵の十字砲火を受けます!』
「たかだが敵の伏兵、少し現れた程度でどうした! まだ、まだ我々の艦隊の方が数で勝っているのだッ!なにを臆することがある!」
『しかし司令! そんなことをすれば大勢の犠牲者がッ』
「貴様ッ! この期に及んで命を惜しむか! ユーベルト・ディガッシュ大将、ここにたどり着くまでに散っていった数多くの将兵の尊き犠牲あってこその今日を、貴様は、貴様は侮辱するというのかッ。恥を知れッ! 」
自分のプライドの為だけに、たったそれだけのために、これまで死んでいった同志たちの志すらも踏みにじり、大勢の仲間に死ねと、自分のプライドを守りたいが為に言うか……。
そんなことは決して、許されるはずがない。
いや、許されてはいけない。
彼は、司令官――指揮下にいる全ての人間の生殺与奪の権限を持つ者――であり、志半ばで倒れた人間達の意志を引きついだ人間だった。
だが、そんな重要な事すら忘れ、その与えられた力を振るうだけに変わり果てた男になど、ここに立つ資格などない。
沸々と湧き上がっている怒りを、その身深くに潜め、席を立ちあがった。
一歩、また一歩。足裏に伝わる感触を確かめながら、前へと足を運ぶ。
今からとる行動は、決して褒められたものではないかもしれない。
それでも、この男を――いや、この流れを何とかすることが出来るのは俺しかいない。
もうこれ以上、彼がために犠牲を出してはいけないのだ。
ストラフェルの背後まで近づくのと同時に、俺は拳を握り体を捻る。
振り向いたストラフェルが俺を見て、目を見開いた。
と同時に俺は、彼の体に大きな一撃をお見舞いする。
ストラフェルは1メートルほど横に吹き飛んだ後、床へと倒れ込み動かなくなった。
それを軽く見た後俺は、腹に大きく息を吸い込んだ。
「全艦、ただちに前線をポイントG7まで引き下げろ! 後方にいる敵部隊はまだ我々の艦隊の真後ろにまでは来ていないッ! 一度退くなら今しかないぞッ! もう一度、言う。全艦、直ちにポイントG7まで撤退しろ! 」
数年ぶりに張り上げた声。
それは、ドラを鳴らしたような、地響きが起きたような低いものではなく、草原を吹き抜けていく風のごとく凛とした声。
こんな声を出したのは初めてだった。しかし……俺は、一つだけ確信した。
たとえ声が変わろうが。
たとえこの身が女に変わろうが。
見える景色、周りにいる人間、全てが、大きく変わったとしても――
俺は“俺”であることに変わりはない。
だからきっと、俺は、この場を持ち直して見せる。
そう心に誓って。
明日も投稿します。




