Episode 2 : 恥辱の試練 ☆
イラスト追加。
ズボンは画面に映ってませんが履いてます。
クレア・ハーミット――俺の現在の姿。
しかしその人物の歴史は新しく作られた偽の物である。
年齢は15歳。ヒューゴスティアの辺境、リーリスで生を受け、
7年前、第3次海峡戦争にて親を失い軍に保護されていることになっている。
これが今の……いや、これからの俺が受け入れなくてはならない物である。
そんなこんなで俺が、クレア・ハーミットとなって3週間がたっていた。
ちなみに俺は、あの任務からはもちろん外され、ローグスもストレンも俺の部下ではなくなっている。
それでも二人は俺を隊長と慕い、何時も見舞いに来てくれていた。
二人には感謝してもしきれないな、今度何か奢ってやろう。
そんな風に考えていると軽くノックした後、扉が開いた。
「隊長、おめでとうございます」
ストレンが敬礼しながら入ってくる。
「どうした?」
俺は軽く歯を見せ笑いつつ、ストレンを向かい入れた。
「あ、どうも隊長。先生がいつでも退院しても良いと言ってました」
「本当かっ」
思わずストレンの方に身を乗り出した。
「はっ! はいっ――もう―怪我も治りかけているだろうし、そ、それに、リハビリもよく頑張ってくれたお蔭で大丈夫だと」
「そうか」
俺の胸はときめいていた。
やっとこの狭いカゴのような世界から出れるという事に。
「じゃあ今すぐにでも……」
「あ、ああ、いえ隊長。そ、その、済みませんがそれはまだ無理かと」
「なっ、だめ……なのか?」
期待はずれなことを抜かしたストレンを不満の目で睨めつけていると、ストレンの口がパクパク動き出した。
「いや、えっと――その隊長……そんな目で見つめてもダメ……です、よ―――俺は負けないっす」
訳の分からんことを言うなストレン。
「何がダメなんだよ」
「いや、ダメなんですっ……俺は守りが固い男なんです」
「そんなことは聞いていないし、どうでもいい」
「なっ―――とりあえずダメなものはダメですっ」
「はあ……」
頬を赤く染め手元が怪しいストレンから目をはなし、窓の外を見る。
窓から入りこむ光が俺の目に当たる。
ああ、外が眩しい――
「あ、あの隊長?」
あー、どこからか声が聞こえる。
「隊長っ!」
誰かが俺を呼んでいる気がしなくもない。
「すみません隊長謝りますからっ」
――よし、許そう。
「ストレン、頭は冷えたか?」
「え、ええ……はい」
振り返ると、顔がまだ若干赤みがかったストレンがこちらを、不安そうに見つめていた。
「で、なぜダメなんだ」
「はい、まあ簡単に言いますと……隊長に合う服がないんですよね」
「いや、俺の服なら――」
あっ―――
ここで最近、頭の片隅に放り投げいていた現実を思い出す。
そう――今の俺は女の子だ。
つまり男の――それもガチムチ高身長の俺が来ていた服は間違いなくサイズが合わない。
というかクレア・ハーミットという名だけの情報に囚われていたが、そうだこれは俺が女の子になったからと、用意された名ではないか。
不覚、そのことを最近、完全に思考放棄していた自分が恨めしい。
ちなみに、どう思考放棄していたかと言えば簡単な話だ。
鏡を見ないように生活していた、それだけだ。
正直、まだ体の変化は適用できていなかった。
だから鏡を見たときに自分でない自分が映るのが怖くてたまらなかったのだ。
そうして生活しているうちに自分の体の事を棚に上げ、放置していたのを思い出す。
「そうか、俺、今、女だったな」
「へっ?」
間抜けな声が横から聞こえたので思わずそっちを向くと、呆れた顔をするストレンと目が遭った。
「いや、最近だなその、なんだ鏡を見ないで生活していてだな、その俺が女だったのを忘れてたんだよ」
「は…はぁ?」
「つまりだ、お前の言いたいことは分かった、とりあえず適当に買ってきてくれ。俺はあんまりその辺は詳しくない」
「まあ、いいですけど……隊長、それでいいんですか?」
「かまわん、文句を言うつもりはない」
「解りました隊長、このストレン、隊長の為っ、一肌脱いでくるであります」
大げさに敬礼するストレン。
「いや、そこまで頑張らなくてもだな」
「いえ隊長、確りと仲間とともに隊長の為に全力を注いでまいります。という事で俺、一旦帰ります」
「ん、もう帰るのか?」
「はい、他の仲間とも相談します」
「あ、ああ、分かった。よろしく頼んだぞ、ストレン」
「サーイエッサー」
若干浮足立ったストレンを、俺は見送った。
そしてこの後、奴に――いや奴らに服の事を頼んだことを全力で後悔する事になるとは、今の俺は思っていなかった。
× × ×
2日後――
「なっ、なあ……ストレン」
「はい」
ニコニコとしたストレンが俺を凝視している。
「これは、一体どういうことだ」
「よくお似合いです」
「止めてくれ。その発言が一番、心に来る」
鏡の前で硬直している俺は、ストレンに訴えるように呟いていた。
白色ののショールボレロ。
そして黒のフレアワンピース。
ワンピースの丈はひざ上まで伸びている、しかし正面だけは腰の付け根あたりで大きく下を切り取られていた。
その為これ単体できることは考えられておらず何かと合わせることを前提としているようなデザインである。
そして、その組み合わせに着た黒色のホットパンツが、白く少し肉付きが良い足を強調していた。
鏡に映る少女は、頬が赤く染まり羞恥に耐えるような顔だった。
そしてホットパンツの先を伸ばそうと手で引っ張っていて、その姿が何とも愛くるしさを強調しているのは皮肉である。
「いや、しかしよくお似合いです」
「止めてくれっ! 」
黒色をベースにまとめられたこの衣装は、良くも悪くも、白くスラリと伸びた少女の体躯を強調していた。
特に大きく開いた胸元にはふっくらとした胸が少しだけ垣間見えてしまっているのが問題だ。
恥ずかしさに今にでも倒れてしまいたい――
「もうちょっと! もうちょっとっ、露出控えめには出来なかったのか」
「確かにありましたね、控えめの奴」
「じゃあ――」
「ですが隊長に合うサイズの物が無かったんですよ」
そう言ったストレンは体がプルプルと震えていて、何かに耐えている。
間違いない、こいつは計画的にこれを選んできた、俺は心の中でそう確信する。
「出来れば、もっと控えめなのを買ってきてくれ」
「残念ですが隊長、無理です」
「……なぜだ?」
「今我々に残っている資金はあまりに少ない。隊長が入院してしまったのもありますし、それに今回隊長のために買った物がかなりの額でしたから」
「いや、俺の服なんて、これだけならたかが知れているだろ」
「ああ、もちろん、同系種の物をすでに複数買いだめて―――」
「なっ! 嘘だろっ」
「い、いえ嘘じゃなくてマジです」
「なっ……」
ストレンの衝撃の告白に、俺の瞳から光が一瞬、消えかけた。
しかしストレンはニコニコと続ける。
「でしたらもう少しフリフリの、丈は長いですが、ドレス上の物なら幾つか見つけたのでそれと……」
「これでいい」
フリフリなんて論外だ。
ま、まあこれだってよく見たら大人っぽいし良いんじゃないか?
ああ、きっといいはずだ。
それにズボンじゃないか、丈は短くてもズボンだ。
スカートよりはまし―――
俺は素早く思考を研ぎ澄ませ自己暗示をかける。
仕方ないのだ……そう、これは服の種類が少なかった店が問題なのだ。
きっとそうだ、いやそうでなければいけない。
今度は自分で探そう。
それまでの我慢だ。
改めて俺は鏡に目を向ける。
確かに露出は多い、しかしそれは下品な物ではなくどことなく清楚な雰囲気を残している。
正直に言えば可愛い。
自分の事じゃなければ、賛成していたかもしれない。
しかしこれは軍人とはかけ離れた見た目だ。
どちらかっていうと良いとこのお嬢様に見える。
あれ――俺は一様、軍人だよな……
「ところで、ストレン」
「はい」
「一様だが制服も貰えるんだよな?」
「あ、えっと……まだわかりません」
「どういうことだ?」
「はい、隊長は今、軍の保護下にありますが一般市民という枠にくくられています」
「それじゃあ……」
「はい“今は”です。もしかしたら今後再び復帰できる可能性もあります」
「そうか」
改めて鏡に映る自分の姿を見る。
そして昔の自分を思い浮かべ比較する。
今の俺は、昔の俺の半分以下の伸長。
そしてどこをどう見たって体力のなさそうな見た目の少女そのものだった。
そしてその眼は、これからの未来に不安を抱える子供の物だった。
「あ、それで隊長。もう退院手続きはもうしてもよろしいでしょうか?」
「――えっ。あ、おう。頼んだ」
「解りました。では隊長はその間に荷物の整理をしておいてください」
「了解だ」
ストレンが病室の外に出ていくのを見送り自分が今まで使ってきたベッドに向き直る。
ベッドに座り、この何週間か世話になったスリッパを脱ぐ。
そして用意されたフリンジブーツに履き替えた。
鏡をもう一度見てみる。
―――似合ってるのが悔しい。
本当にいいとこのお嬢様にしか見えないなこれ。
「あれっ? 隊長、どうしたんですか? 自己陶酔ですか?」
「ひうっ!」
思わず体がすぼむのと同時に、自分が出したとは思えない小さい悲鳴が漏れた。
「ストレン! いるならいると言えっ!」
「いやぁ、今来たばっかでですねぇ。というか隊長、そんな声が出るんですね」
振り返ってみると、なにか腹の底で黒いものを抱えるような笑みを浮かべるストレン。
「それはっ」
「ハハッ、まあいいじゃないですか、可愛いですよ」
更に俺を見てあざ笑うかのように笑って見せるストレン――
対して俺は、今にでも顔から火が吹き出そうだ。
それにしてもコイツ、自分が何もないからって、いいご身分だな……
俺は小さくステップを踏み、一気にストレンに踏み込む。
「えっ、え――」
突然のことに対応しきれていないストレンを横目に、俺は次の動作として少しだけ屈みこむ。
「ちょっ――」
そしてその反動を利用し膝を曲げ、男なら誰しもが持っている急所へと蹴り込んだ。
「――うっ‼? ぐっ」
僅かばかりストレンが動いたせいで、クリーンヒットにはならなかった。
しかしそれでも完全に避け切る事は不可能だったようで、膝をつき股間を押さえ悶絶していた。
「ストレン。調子に乗りすぎだバカ」
「―――っ、くぅ、ううぅ」
「あんまり調子に乗るなよ? 今度は潰すからな」
ストレンは呻き声を上げながらも、聞こえてはいるようで、しっかりと頷いていた。
「何時まで寝てるんだ、早く出るぞ」
「……酷、すぎ、る……隊、長の、あ、くま」
「お前が余りにも俺を怒らせるような事をするからだろ。罰だぜ、罰」
ストレンの肩を軽くたたき立ち上がるよう促す。
そして立ち上がったストレンを引きずるように病室を後にした。
【その後】
「そういえば、よく今の俺の体のサイズ分かったな」
「ああ、隊長が寝ているときに、こっそり計りましたから」
「……」