Episode 1 : 目覚めたら女の子
プロローグと同時掲載です。
アカシックレコード、この世界の過去から未来まですべての事を記録した存在―――
そんなものは唯の都市伝説で存在なんかしないと、あの時まで思っていた……
そう……目の前に突如、謎の異形の生命体達が現れるまでは――
奴らは俺を消そうとした、そして多分一回消されたんだと思う。
アカシックレコードに干渉した俺達は消された。
何とも恐ろしい話だが、俺は辛うじて消されずに済んだらしい。
俺という存在は一応……まだ生きている。
ただ今の俺が、その俺という自信はない―――
「嘘……だろ」
あの後ベイズの医療施設に運び込まれた俺は、あの爆風による重傷から回復していた。
そして麻酔が切れ――今、目覚めた。
先程、俺が言い放った声は、とても可愛らしい声だった。
そして俺の視線は今、俺の胸部を見つめている。
「胸が、あ……あ、ある」
目が覚め、起き上がった時に思わず視界にとらえたのだ。
病衣の胸部を押し出している、ふっくらと――そして柔らかそうな膨らみが2つ。
それは決して鍛えてできた努力の結晶――筋肉などではない。
それはある一定の年齢を超えると女性に出てくる身体的特徴の一つである。
改めて言おう、俺は男だったはずだ。
断じてこんな体ではない。
そう思い込むために首を横に振る。
すると視界にブロンドに光る髪が垂れてきた。
思わず手で触れると、それは絹糸のように心地の良い手触り。
そして軽いのか俺の手から零れ落ちていく。
ちなみに俺の髪の毛は赤茶。
そんな髪はいつもスキンヘッドだった。
あの出来事のショックで色素が抜け落ちたのだろうか……
それに俺はこんなにも髪が伸びるまで意識を失っていたのだろうか。
―――否
現在の医療科学なら遅くても3週間以内には意識が回復するほどに発達している。
つまり、こんなに髪が伸びるはずがないのだ。
そういえば俺はこんなにも座った時の視線は低かっただろうか。
まるで子供の時みたいだ。
――――子供⁈
まて、そんな筈は……
顔を覆うとして伸びてきた手に、今度は思考が移る。
俺の手はこんなには白くはなかった。
そしてこんなにガリガリじゃあなかった。
幾らなんでもここまで筋肉が落ちるはずはないし……
胸に手を当て柔らかい感触を改めて再確認。
「あー」
声をだし、声の違和感を再確認。
髪を見えるとこまで持ってきて目の前で落としてみる。
呆然自失――
思考は停止、天井を見上げ固まった。
× × ×
―――コンコン
扉が小さくノックされ、一泊置いて扉が開かれた。
扉に目をやると一人の看護師と目が合う。
前回船の中で会った人物とは別人のようだ。
目が遭った看護師は小さく微笑み俺に近づいてきた。
「よかった。ちゃんと目が覚めたのね」
「あ、あの……」
「先生を呼んでくるわ。待っててね」
俺の言葉は微笑みと供に流され、看護師はそそくさと部屋の外に出て行ってしまった。
俺はまた目の前を見て思考を停止する。
数分後―――
「気分はどうかな?」
にこやかな笑みを浮かべる初老の白衣を着た男性。
先程俺のもとに看護師と一緒にやってきた。
「痛みなら……ありません」
「そうかいそれはよかった」
ニコニコと俺の顔を見て嬉しそうにする初老の男。
「いやはや運ばれた時はどうなるかと思って肝をひやしたよ」
「あ、あのっ」
「……ん、何かね?」
「お、俺はどうなってしまったんでしょうか⁈ 」
「俺?お嬢ちゃんは男の人みたいな言葉使いをするんだねぇ」
男みたいな―――
いや俺は男のはずだ。
今確かに不思議なことになってるかもしれないが、男で間違いは……
「お、俺は男じゃないんでしょうか?」
恐る恐る俺は口にする。
喉から発せられるのはソプラノトーンの可愛らしい物だった。
そしてそれを聞いていた男は困惑した表情を浮かべ口を開く。
「う~む――何が合ったかは私には分からないが……君は間違いなく何処からどう見たって―――女の子だよ」
俺は再び固まる。
そしておもむろに下の―――股間の方に手を伸ばした。
そしてある物が在るべきはずのところにないことを認識する。
「そんな事をしなくったって君は間違いなく女の子だよ」
顔を上げると優しく窘める様な言い方をする男と目が合う。
「で、でも――」
俺はアラン・マグウェアであるはずだ。
そう言わなければ、そう言わなければ――
しかしあり得ない現実を叩きつけた今、自分が狂ってるだけだと思われてしまうのではないか。
そんな恐怖におびえ口に出せなくなってしまう。
「で、でしたら、アラン・マグウェアは無事ですか⁈ 」
叫ぶように言う。
そう自分がアランでないのなら、アランはどこに行ったのかというを聞けばいい。
「うーむ……ちょっと待ってなさい」
「え、えっと」
「ここに君を連れてきてくれた軍人さん達なら何かわかるかもしれないよ」
そう男は言うと椅子から立ち上がり病室を出て行った。
「ねぇあなたにとってアランさんはどういう人なのかな?」
横で聞いていた看護師が男がいなくなるのを見計らって俺に甘い声で問いかけてきた。
「あ、アランは……アランは……」
「アランさんは?」
「アランは……俺じゃないのかって‼」
叫びだった。
心の底からの願いだった。
俺が俺でなくなるが怖かった。
だから俺を認めなければ今の俺が消えてしまいそうで。
だから俺は力いっぱい叫んだ。
不安を掻き消すように。
「マジ……なの、か?」
不意に聞きなれた男の声がすることに気づいた。
その声の主を探すと、やはり見知った顔を見つける。
その顔は驚愕とそして何とも言えないやるせない表情に板挟みにあっているようであった。
しかし俺はそんな彼の顔を見て安堵の息が漏れた。
「よかった。ローグス達は無事だったか……」
「なぁ、なぁお前は一体、何者なんだ――」
安堵する俺を余所に二人は困惑の表情を浮かべて問いかけてくる。
「俺は、俺はアラン・マグウェア―――記憶が正しいのなら俺は、アラン。マグウェア大佐だ」
「……はっ―――馬鹿を言うなよ……アラン隊長がお前みたいな女な訳、ねぇ……だろ」
ローグスが言った言葉に俺は後ろから刺されたかのような気分になった。
「確かに……そうなのかもな」
目の前が歪んで見えた――
俺の中にあった何かが大きな音を立てて崩れていくようなそんな気分になった。
もう……俺は、いないのか。
そう思い頭を下げかけた時だった。
「俺は信じるぜ!」
突然上からそんな声を掛けられた。
俺は藁にも縋るかのような思いで、顔上げ見上げる。
「スト……レン……」
その無邪気に見せる彼の笑顔は、何時にもなく頼もしかった。
「いくつか質問する。それで俺達が確かめる、それで俺達が納得すればお前を隊長だって認める。それでいいだろ? 」
ストレンの言葉に俺は素直に頷いた。
そうやって言ってもらえるのはありがたい。
記憶でなら自分のことを証明できる自信がある。
「……少尉が言うのなら、文句は」
チラリとローグスに目をやると不服そうにだが納得している様子であった。
「なら、決まりだな」
ちらりと白い歯を覗かせてストレンが笑った。
その笑顔が俺に向けられているのが少し、気恥ずかしかったけれど、今はこいつ頼りだ。
「それで、俺は何を答えればいい」
「あっ、まあそうだな……――――
アラン・マグウェア。
年齢は30歳。
出身は辺境宙域。
第9817孤児院で育った。
12年前に起きたミルキー紛争にて徴兵され、その時の活躍により士官学校編入を許可される。
そして7年前、第3次海峡戦争時の功績により大尉へと昇格する。
そして2年前、特命により大佐へ昇格。
そして今回の任務に……
俺のここまでの経緯をすべて彼らに話した。
勿論、彼らが知らないこともあっただろうが関係はない。
自分が自分と証明できるのなら、できるだけ情報は多い方がいいはずだ。
「……もう、大丈夫です」
「―――認めてくれるのか?」
俺は彼の目をじっと見つめる。
彼はそれに気づくとまたもやすぐに目をそらしてしまった。
何故目をそらすんだ、こっちは真面目に不安でたまらないというのに。
「まあ、なんというか隊長……悪かった」
「よかった、信じてくれるんだなっ」
「いや、貴方が隊長だってことは分かっていました」
――――はっ?
「どういうことだっ」
俺は怒りのあまりベッドから立ち上がろうとする。
「駄目ですっ! 座ってください」
しかしすぐに看護師に止められた。
そしてそんな俺見たストレンは先ほどまでとは違いピシッと姿勢を正し俺を見つめた。
「すいませんでした隊長。隊長がどこまで記憶が確かなのかを聞かねばいけなかったのです……数々のご無礼後許し下さいっ」
「すみません隊長、先生に……その記憶喪失しているかもしれないと言われていたので……それで記憶が不安定なら人格を否定してしまった方が、隊長の今後には良いと仰っていたので。」
ストレンの謝罪の言葉に続きローグスも合わせてわせて謝罪をしてきた。
「どういうことだ」
今度は落ち着いた声でストレンに問いかける。
「はっ――あの後、隊長たちから連絡がなかったので不審に思い、我々はあの中に突入したのです。
すると辺りは何かが爆発したのか燃え盛っていました。
そしてそんな部屋の隅にその……お姿が変わられた隊長を発見しました。
最初は不審に思っていたのですが、壊れたそのスーツが放つ識別コードが隊長のものと一致したので、あなたが隊長であるとすぐ解りました。
それでこちらに運び込んだのですが、その際に各種検査を頼んでいまして。その結果から99.96%で遺伝子情報が一致していたので間違いないと我々は判断したのです。ですが先生が、そのような体に何らかの形でなった際に、記憶が消えてしまったのではないかと仰られていたので、そのすみません 、
試すようなことをしました」
ストレンは申し訳なさそうに頭を下げた。
「……お前たちの事情は分かった。そういう事なら多めに―――見てやらんでもないが」
「すみません」
「いい、謝るな。それにだ、俺も不安だったんだ本当に俺なのかって……しかしそれなら俺は俺で間違いなようだな」
「え、ええ」
「ならよかった」
俺はピリピリとした緊張感から時はなたれ顔の筋肉が緩んだ。
「た、隊長」
ローグスが言いずらそうに口を動かしている。
「どうした」
「いえ……なんか隊長、可愛いなって」
「はっ⁈ 」
「いえ‼! その、えっと」
かわいい……可愛い―――
―――――‼!
「おい、俺は今どうなってるんだ!! 俺の見た目はっ⁈ 前と違うのは知ってる、どうなってるんだ!!」
「その、えっと……ご自分でご確認なさった方がよろしいかと」
その言葉に反応した看護師が部屋の隅から、大きな姿見を持ってきてくれた。
「……これは、俺、なのか?」
「え、ええ」
「はい、そのようです」
鏡に映り込んだ俺は少女だった。
その少女は俺だった。
ブロンドの髪は腰あたりにまで伸び、元々浅黒だったはずの肌は健康的な白色に変わっていた。
睫毛は目を強調するように伸び、強く睨んだような目は透き通るような青色の色彩を放っている。
スッと伸びた鼻筋に淡い桜色の唇、細さの中に何処かあどけなさを残したような輪郭。
それは10代半場の少女そのものであった――
そこに男であったアラン・マグウェアの身体的特徴は無い。
徐に頬をなぞる。
鏡の中の少女もまた頬をなぞる。
頬をなぞる白い手は細く美しい線を描いていた。
「ふっ……ふふっ」
何故だか無性に可笑しかった。
英雄と呼ばれた男の面影など微塵もない。
俺は……誰なんだ。
いや、もう、自分が何者かがわからない。
ただ笑うしかないのだ。
「た、隊長?」
そっと横目に二人を見れば心配そうな目でこちらを見つめている。
「なあぁ……俺どうすりゃいいんだ?」
「わかりません」
「ああ、そうだよなぁ……くっ――くっはっはっ、分かるわけないよな……」
何時にもなく、感情が高ぶるのが自分でも分かった。
でも、それを止めようとしても逆効果―――
余計に感情が高ぶってしまう。
「あの――隊長?」
「俺はぁ――俺、は―――」
俺の頬を何かが伝う。
鏡を見れば鏡の中の少女の顔は酷く歪んでいた、そして泣いていた。
それでも、その少女が可愛いらしいのが更に俺を悲しくさせ、涙は増えていく。
「ちっ、くそっ……涙が止まらねぇ」
気を紛らわそうと強がるほど涙が更に溢れる。
「自分は! どこまでも隊長についていく所存であります!!」
「自分もですっ」
顔を上げると、二人が俺に敬礼をしていた。
「ローグス……それにストレン――」
「隊長がたとえどんな姿になろうが隊長は隊長です」
「俺達は隊長の見た目についてきたんじゃありません! 隊長という人間についてきたのです。
だからそんなに泣かないでください」
「俺達はまだチームです」
「……あ、ああ、そう……だな」
俺は泣きながらも確りと、二人の誠意に答えるよう頷いた。
俺はアラン・マグウェアだ――
見た目がどれだけ変わろうが俺は俺なのだ。
俺はバカだな――
自分の見た目が変わって自分が居なくなる―――そんな事を考えるなんて。
俺が俺だと思う限り、俺は俺だ……
幾らか泣き続け、心を平常心に戻した俺。
「その、すまなかった。弱い一面を見せてしまって――」
これまでにないほどの屈辱だった。
人前で大泣き、そして部下に慰められる。
人生の大汚点だ。
「いや、えっとその……いえ俺達はむしろ得した気分……なので」
ストレンが何か、聞きづてならない事を呟いている気がする。
でもそれを問い詰めると、余計な反撃が返ってきそうなので、あえて突っ込むことはしない。
戦略的撤退は大事なのだ。
「……まあ最後の言葉は聞かなかったことにするが、このことを本国には?」
「はい、ハロルド・ダウニー大佐には伝えてあります」
「大佐は何と?」
「無事でよかった。しかし君の立場については検討することになるだろう――と」
「そうか……」
つまり俺は今まで通りの階級では居られないという事だろう……
それについては正直実感が元々無いようなものだったので残念な気分にはならない。
しかしアラン・マグウェアという人物として扱われなくなる可能性もいがめない、そういう風にも伝わってきた。
「はい、それともう一つ―――今日から君はアラン・マグウェアと名乗ることを禁ずる―――と」
―――なっ
「どういうことだっ!! 」
「アラン・マグウェアは英雄である以上、英雄のままでなければいけないとのことです」
“アラン・マグウェアは英雄”
そしてそんな俺がこんな姿では本国としては面目が立たないという事か。
しかしアラン・マグウェアが死んだ。
そういう風に扱えば本国の立場が危うい。
つまりアラン・マグウェアは生きている、しかし表舞台からは引退した。
この様に扱われるのが妥当な線と判断されたのか?
そうなると、俺は今後どう名乗ればよいのだろうか……
「じゃあ俺は、今後どう名乗ればいいんだ」
「大佐からは、本国が隊長のために新しい戸籍を用意した、と」
「新しい……戸籍……つまり俺は――」
「はい。大佐は今日から、その人物として生活することになります」
この日――アラン・マグウェアはクレア・ハーミットと名乗ることになった。
ご一読ありがとうございました!!