Episode 8 : マグズ
前回の続きです。
歩くごとにブーツがセラミックの床を叩く音が響く。
メインストリートを少し外れると人の数がだいぶ減っていたのだ。
それでもあくまでも人と人との間に隙間があるなといった程度ではあるが、それでも先程よりも幾分も歩きやすい。
そして俺は両腕に食べ物を持ち、食べ歩きを満喫している。
口の中が寂しくなり、右手に持ったコロッケを食べる。
「~♪」
サクサクとした触感と程よい肉汁が口の中に広がった。
幸せ――
モキュモキュと口を動かし程よく味わったら飲み込む。
喉にも幸せのおすそ分け。
こんな幸福感は久方ぶりかも知れない。
頬は緩み切りたぶん今の顔は相当、緩い顔になっている気がする。
それでも旨い物は旨いのだっ!
今度は左手に持ったニクマンとやらを今度は食べた。
柔らかくて――
「――――‼ 」
思わず口から出ようとする内容物を一気に喉の奥へと追いやる。
熱かったのだ。
ニクマンを食べた瞬間に中から溢れ出す熱々――もっとり越して激熱の肉汁と具が口の中に広がったのだ。
口の中が火傷したのではないかと思うほどの熱さであった。
余りの熱さに口の中が空になった後も、小さく呻き声をあげてしまう。
「これはワナだ。きっとそうに決まっている」
ニクマンを恨めしく見つめた後、恐る恐る口の中に放り込んだ。
冷ましてから食べれば意外に美味しい、勢いよく食べると熱さで死にそうになる。
恐ろしい食べ物なことだ。
まあいい、程よい熱さのコロッケを食べて忘れ――
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさっ」
「ひゃっ⁈ 」
突然後ろから肩を掴まれ、思わず小さな悲鳴が出た。
ついでにコロッケも地面に落ちた。
「ありゃ~……ごめんごめん脅かす気はなかったんだけど」
全く反省の色が見えない謝罪を言う男の声が後ろから聞こえてくる。
くそっ――俺のコロッケをよくも!
俺は半分睨みつけつつ振り向いた。
其処に居たのは、いかにも染めましたと言っている金髪をした中肉中背の男だった。
「一体なんの様でしょうか」
震える肩、怒りに震える声を抑えて、俺は目の前のだらしなく服を着崩した男を見る。
それに対して男は振り向いた途端、急におとなしくなった。
俺の怒りを分かったか、なら謝ってほしいもの――
「か、可愛いぃ……」
男が大きく口を開け呟いている。
俺もそれを聞き口を開けずにはいられなかった。
コロッケっ!
俺のコロッケについて謝れよっ!
「冷やかしなら今すぐ目の前から消えてください」
「いやっ……」
だからなぜ俯いてモジモジしているんだよっ!
早く俺を解放するかコロッケ弁償しろっ!
「へーい其処の可愛い彼女、俺と遊ばない」
棒読みだった。
男のそれが完全に棒読みだった。
そして完全にタイミングがおかしかった。
そのセリフは百歩譲って分かったとしよう。
しかしそれは赤い顔をしてモジモジしながら言うものではないとここに断言しておく。
「は、はぁ……」
呆れてしまってコロッケの怒りなど何処かに飛んで行ってしまいそうだった。
「へーい彼女、俺と――
「お断りします」
とりあえず断っておこう面倒なものは嫌いだ。
「――えっ」
固まる男を一瞥した後、スカートをふわりと翻して歩を進めた。
× × ×
俺はメインストリートから1㎞ほど離れた位置にいる。
ここら辺は食品を多く取り扱った店が多くあり、先ほどの失ったコロッケを補充しようと俺はこの場に足を運んだのである。
しかしコロッケの代わりを買う前にまたしても俺は、すれ違った人間に絡まれていた。
「ね、ねぇっ!」
その声は若い女のもので、俺のすぐ上、後方から聞こえてくる。
だが俺は足を止める気はない。
早く次の未知なる料理を――
「お願いだから待っててばぁ!」
肩を軽くたたかれてしまった。
「ぅ……あ、えっと何ですか?」
「君さっきナンパ野郎をコテンパンにした娘でしょ?!」
俺を呼び止めたのは、ハワイアンブルーを肩辺りまで伸ばした若い女性だった。
そして女の顔はなぜだか喜びと尊敬を浮かべた眼差しで俺を見つめていた。
「それがどうかしましたか?」
「いやっ、どうもこうも彼奴この辺りじゃ“手当たり次第に女の子に声を掛ける”って有名な奴でさっ。この間、私の友達も声を掛けられて、しかもその時『なんだブスかよっ!』って吐き捨てて立ち去ったのよ」
「は、はあ」
それはまあ、その友達とやらには深く同情したくなる話な事だが、俺には関係がない。
「で、私が怒りに行こうと思って彼奴に近づいたら、『君可愛いねっ、俺とちょっと付き合えよ』って言うのよっ」
「え、あ、はあ……」
訳が分からない。
彼女は何が言いたいのだろうか。
今の俺には到底わからない物だった。
「それでっ!」
女が俺に指を突き立て、話を止める。
「それで余りに腹が会ったから『私の友達にブスって言った奴なんかに言われても嬉しくないっ』って怒ってやったのよ」
「そしたら?」
「そしたらっ! そしたら彼奴『ブスに生まれてくるのが悪いんだ、ブスはブス、俺達恵まれた人間は恵まれた者同士で結ばれるべきなんだ』とかいいやがったのよっ!」
それは確かにソイツの言い分は心底、糞野郎な発言な事だが、やっぱり俺は何も関係ない気がするのだが。
何故だかその後も彼女は、あのナンパ野郎に対する愚痴を俺に対して吐き続けた。
そしてそれから数十分後。
「ってことなのよ」
「――えっ、あ、そう……ですか」
「だから彼奴が動揺した挙句に呆気なく断られるのを見たら無性に嬉しくって、で、つい」
つまりは、彼女は気に入らない人間が谷底に落ちていくのを見せてくれた俺に、お礼がしたいらしい。
要約するとそういう事だ。
つまり最初の成り行きなど要らなかったわけである。
そう思うとため息が止まらなくなりそうだった。
「だから、ちょっとお姉さんが何か奢ってあげたくなちゃって」
「そういう事ですか」
「ええ。で、いいかしら?」
「まあ。そう言っていただけるのでしたら」
丁度何かを食べようと思っていた俺は、女性の言葉に甘え、近くのカフェへと足を運ぶことになった。
メインストリートから少し外れたこの通りはそこまで人が多くはない。
もちろん人は通ってはいるが、丁度お昼を過ぎた時間でもありこの食品通りとも呼べそうな場所にいる人影は少なかった。
そしてそんな通りにオープンテラスを持ったここは『グレーミディアムズ』と呼ばれるカフェである。
外観は革新的な技術を持って作られたステーションの磨きあげられた内壁とは違い、地上にあっても違和感のないであろう石煉瓦の壁が特徴的な作りである。
そんなカフェの中は外の静かさとは打って変わり、客が大勢入っていて此処だけ人口密度がおかしいのではないかと思うほどの物だった。
中も中で落ち着いた雰囲気があり居心地がいい、だから人がこんなにも集まるのだろう。
今目の前にあるコーヒーカップとソーサーも、市販の量産品ではなく、一つ一つが工芸職人によって作られたお高い物だと思われる。
俺はそれを割らない様に恐る恐る口元に運び、大量のミルクと砂糖で甘くなったコーヒを飲んだ。
「へぇ、じゃあ貴方は“マグズ”じゃないのねっ」
「まあ、そういうことになりますね」
マグズ、それは地上を捨て宇宙に出ていくことを決めた人々の総称である。
こういうと地上に二度と戻ってこないのではないかと思われるかもしれないので言っておくがそう言う物ではない。
あくまで地上や決まった土地で働かず。
永遠に続くこの広い宇宙の中で生活し。
そしてそれこそを仕事にしている人々の総称だ。
マグズ達は自分たちの船を持ち、それを拠点として活動している。
活動内容は多岐にわたるが、彼らを宇宙へと導く一番の要因となっているのは、“宇宙に数多く眠る貴重な資材を抱えた星を持つ宙域を新たに探し出すこと”だ。
万が一にでもそれが見つけ国に申請をすれば、その宙域は自分の物とすることができる。
そうすればそこでとれた資源は自分の売りたい値段で売ることができ、上手く行けばそれだけでその後の人生をまさに“寝て過ごせる”程の利益を上げることができる。
もちろん、銀河系の大半は調べつくされていて、新たな宙域など、この広い宇宙の中なかなか見つからないわけだが、それでも宇宙へと旅立つ人間は少なくない。
そしてここまでで出てきた“宙域”という言葉がさすもの。
これも別にひたすら広いこの宇宙を隅々まで調べてから、細かく何処から何処までと決めているわけではない。
この宇宙のいたる場所には“歪みの空間”と呼ばれる不安定な空間があり、それを元に“ワープゲート”と呼ばれる超長距離間跳躍装置を作ることができる。
ただし歪みの空間を使ったワープゲートは一定の場所としか繋がらないためそこまで万能ではない訳で。
その為ワープゲートの先の一定距離の空間を宙域として定める決まりがあり、宙域名を付けることで今自分がどこにいるのかを分かるようにしている。
そして歪みの空間の多くは見つかっているが、見つかっていない可能性もあり、その先の新たにあるかもしれない宙域にロマンを求める人々が、先程も述べた“マグズ”と呼ばれる人々でもある。
でもやっぱり、簡単に新たな宙域など見つかる訳もなく、彼らの主な仕事は“宇宙の何でも屋”といった認識のが一般的だ。
その業務内容は多岐にわたり、一般的なものが客船の護衛、資源の採掘、輸送、そして遺跡探索などがあげられる。
この正面の女性――サラ・ミントスは“マグズ”であり自分の船を持っているそうだ。
船は連邦軍が払下げた大型の巡洋艦、リーン・スフィア級を改造したものを使っているらしい。
リーン・スフィア級とは連邦の一般的な巡洋艦で士官クラスが乗るものである。
ただしリーン・スフィア級は第3次海峡戦争の後、基礎スペックの旧式化に伴い生産が中止されている。
そして彼女の自己紹介が終わると、今度は俺の自己紹介をする番だった。
名前と年齢、それだけは真面目に答えた。
後は適当にこの星で暮らしている一般的な娘という事にした。
流石にこの場で『連邦議会議長と供に行動している』とは口が裂けても言えないので、俺は『くじ引きでツアーチケットが当たり、遊覧船に乗りに来た』という事にして置いた。
すると突然、彼女はハッと何かを思い出したかのように頭に手を当て俺を見る。
「ああ、そうだ。今は遊覧船とか乗らない方がいいわよ」
「何でですか?」
「最近、海賊被害がやばいのよ」
「海賊被害?」
海賊、つまりは“マグズ”でもなければ軍でもない。
いや、どちらかと言うなら“マグズ”なのだが彼らの性質上そうやって呼ぶのは、憚られている。
彼らのやることは単純である。襲撃からの略奪、または惨殺、それかその両方。
宇宙の悪の代名詞と言えば彼らである。
そんな彼らによる被害が増えているらしい。
「そう、知り合いが何人もやられててね。で、最近は遊覧船とかも襲ってるのよ」
「ああ、なるほどですね」
「そう、だから今の時期は乗らない方がいいかもって」
「ご忠告有り難うございます」
「いやいやっ、気にしないで。それに遊覧船のツアーチケット何て、一般的な家庭の子じゃ、早々手が届くものじゃないんだし。どうしてもって言うなら止めないからさ」
「では、参考にさせていただきます」
そう言って俺はコーヒーを再び口に含む。
「それと最近、ゴラーンで遺跡が見つかったらしくてね――」
彼女の“遺跡”という言葉に俺は思わず咽てしまった、
「だ、大丈夫⁈ 」
「――は、はいなんとか」
彼女が背中をさすってくれたおかげで直ぐに治った。
まだ喉に違和感があったのだが我慢することにしよう。
「で、その遺跡ってさ最近まで内部の装置が生きてたらしいんだよね」
「そ、そうなんですか」
動揺が隠し切れず手に持ったカップがカタカタ揺れる。
「ん、まだ変な感じが残ってる?」
「い、いえ。お構いなく」
「ならいいけど。んでっ、噂なんだけどね――」
そういうと彼女は周りを確認し俺の耳元に口を近づけた。
「実は少し前の事なんだけど、どこぞの誰かさん達が中に入って戦闘したらしくて、遺跡の中心部が大爆発で吹っ飛んじゃったらしいんだよね。で、中には今までなかったような凄い物が在ったらしいんだけど、全部パーになってたんだって――」
言い終わると彼女の体が離れる。
ただ俺の体は硬直したままだった。
「どう、面白いでしょ?」
「……あ、え、はい」
何処も面白くなどなかった。
とうの当事者は今、この場にいるのだ。
遺跡の事は口外されてはいないはず、なのに彼女は知っているのだろうか。
どこまでの情報が漏れているかは分からないが、万が一俺の情報が知られれば、この間の一件のようにまた身の危険があるかもしれない。
ぞっと鳥肌が立ったような恐ろしさを感じた。
「どこで聞いたんですか?」
「え、あ~知り合い?」
「それを聞かれても困るのですが」
「あはは、まあいいじゃん」
彼女は割と本気で悩む俺を尻目に、軽く笑っていた。
「でね。まあ、それは噂はともかく遺跡があったのは本当なんだよね。それでも内部の損傷がひどくてサルベージしても中々何も見つからなくってねぇ、お蔭で久しぶりにたんまりと懐に入ると思ったのに、入らなかったんだよぉ」
彼女はコーヒ―を飲み干すと無造作にソーサーに置いた。
陶器で出来た二つの食器は高い音をだしそして沈黙。
彼女がしゃべるのと同時で会ったため場には束の間の静寂が訪れた。
「ああ。でも、クレアちゃんにこんな事を話してもつまらないよねっ」
「い、いえ。そう言う訳じゃないんです」
「ん~、別に無理しなくてもいいんだよ?」
「いえ別に、無理はしてません」
「そっかそっか、優しいんだねクレアちゃんは」
彼女はそういうと俺の頭を無造作に撫でる。
俺は恥ずかしくてすぐさまそれを払いのけた。
「ありゃりゃ、お姉さんのこと嫌い?」
「い、いやっ!嫌いも何も、急に触られたらびっくりするのは当たり前です」
「あっはっははは、まあそうか、それなら謝るよ」
彼女は軽く頭の前に手を持ってくると謝罪のポーズをとって見せた。
「まあ、いいですけど」
よく考えれば、別に触られたところで何もないことを思い出す。
「ふぅ~、まあクレアちゃんには私の愚痴を散々聞いてもらったし、他にも何か食べたいものはある? もう少し奢ってあげる」
そう聞かれ俺は徐にメニュー表を取り出し。
何があるかを確認した。
「じゃあ、このツイストタワーパフェを」
「OK~、了解」
彼女はそれをこころよく頼んでくれた。
にしてもパフェが食べたいなんて思うのは初めてかも知れない。
というより最近無性に甘い物が食べたいような……
まあ、あまり深く考えることでもないか。
そしてパフェを楽しんだり、軽い日常会話を挟んだ後、会計を終わらせ店出ると解散という事になった。
「それじゃ、また会えたらいいねクレアちゃん」
「ミントスさんも今日はありがとうございました」
「できればサラって呼んでくれないかな?」
「じゃあサラ、今日はありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。それじゃあねっ」
俺が手を振って彼女を見送ると、彼女も振りかえしてくれた。
彼女が道から見えなくなったのを確認すると俺も反対側に歩き出す。
一人で歩いてみるとまた違う発見もできていいかもしれない。
心のメモ帳に書き足しておこう。
【その後】
「お腹が、く、苦しい。食べ過ぎた……」




