Prologue:『 Remodeling Girl 』
一話と同時掲載です。
貴方が消えてしまわぬよう……致し方ないのです―――――
誰かの声が聞こえた――それはとても暖かな声だった――
そしてどこか懐かしい――
そんな声の主の事を俺は……よく覚えていない――
「うっ……」
急激な頭痛と供に、俺の意識が覚醒する。
「っ――」
見開いた目からは強烈な光が入り込んだ――反射的に目を閉じる。
――そして、もう一度。
今度は、目を慣れさせるように――ゆっくりと開く。
まず目に入ったのは、清潔感にあふれる白の天井。
それとは別にどこか無機質で暖か味がない。
病室――?
俺は一体……?
体はなぜか重く先ほどから動かそうとしているのにもかかわらず動かない。
それどころか全身に強烈な痛みを感じる。
状況を確認せんと、俺の瞳は先ほどから視界を激しく上下させていた。
「―――よかった。 目が覚めたのね」
足元から唐突に、安堵の息を洩らした女の声が聞こえてきた。
「だ……れ……」
誰だ?――そう聞こうとした。
しかし声を出そうとすると唐突に痛みが入る。
そして舌がうまく回らず裏返っているような声が出た。
「大丈夫――私はあなたの味方よ」
その声は幼い子供が怯えているときに落ち着かせる声に似ている。
その声は俺に向けているのか?
俺は成人した男だ。
たとえどんな状況であったとしても、そんな風に言われるような男では無かったはず――
だが今俺の眼前に顔を出した、まだ顔にあどけなさが残る女はやはりどこか優しい目で俺を見つめてくる。
つまり俺は誰から見ても居た堪れない状況だというのだろうか?
では先ほどから来るこの痛みの原因は相当なもののようだ。
そしてそんな彼女を見る俺は――
「えい……せい……へい……なぜ――」
もう一度声を出した。
しかしやはり痛みのせいで舌は回らず、間抜けな高い声が発せられる。
それを聞いた女の顔は一瞬だけ顔をゆがめた――しかしすぐさま先程と同じくして優しい顔に戻る。
「私は衛生兵じゃなくて、看護師よ――か・ん・ご・し・分かる? 」
女は“看護師”という単語をやたらに強調して確認を取ってきた。
俺はまだ重く上手く動かない頭で精一杯頷いて見せる。
「そうよ。私は看護師だからね」
そう言うと女は嬉しそうな無邪気な笑顔で俺の頭を撫でた。
少しだけ焦る俺の心が安らいだ気がした――が次の瞬間に先ほどとは比べ物にならない衝撃が脳内を襲った。
「まったく“女の子”が衛生兵なんて言うだなんて世も末よね」
―――!?
思考が、脳の中を駆け巡るシナプスが――
冷静を保っていた俺の理性が――
ガラスのような音を立て崩壊する。
どういうことだ……俺は男のはずだ。
記憶が正しければ俺はアラン・マグウェアであり――ヒューゴスティア連邦の航宙軍所属の大佐だったはずである。
断じて“女の子”などではない。
俺は今年で30歳の成人男性だ。
「お……れは――」
再び口を開こうとした看護師が俺の口を塞ぐ。
く、苦しい――
『苦しい』と顔で訴えるとすぐに看護師は手を放してくれた。
「もう喋っちゃダメっ! 無理しちゃだめよ――喉が焼けているのだから。
此処は船内の医務室、だからその傷は治せないの。ベイズに着くまで我慢しててね」
そう言い残して俺の視界から看護師がフレームアウトした。
だが彼女の言葉は俺の記憶を引き出すには十分だった。
俺の心の不安がその言葉を皮切りに、急激に膨れ上がる。
喉が焼けている――
俺の体はっ―――
俺の仲間はっ―――
博士はっ―――
俺はどうしてここにいる―――
あの後何が起きたんだ!
× × ×
ヒューゴスティア連邦(正式名称:アンドロメダ・ヒューゴスティア及び星間国家連合同盟)―――
アンドロメダ銀河に勢力を置くアンドロメダ随一の国家であり、この銀河では最古の歴史を持った国家でもある。
名の通りヒューゴスティア国を盟主とした中央政府国家である。
首都惑星はウィーズボストで惑星全体の都市化が進んでいる。そして今では惑星の地表は見る影も無くなっている。
連邦はミルキーコースなどの主要な航路などを抑え、新進的な技術革新により活気ある国家として強い影響力を持つ。
しかし年々その加盟国が増えてきたがために政治が隅々まで行き届いておらず、最近では勢力圏維持に注力しているのが現状である。
そんなヒューゴスティアに新たに加盟したローン公国。
ローン公国はアンドロメダ銀河の中でもかなりの辺境に位置し歴史も300年とない新興国である。
そんなローン公国だがその自治宙域ないには、いくつもの過去の移民団が残したとされる遺跡が存在。
その調査のために数多くの人間が訪れていて、銀河の中で最も賑わっている場所ともいえる国だ。
そんなローン公国の自治領ベイズの衛星ゴラーンにて、先日新たな遺跡をヒューゴスティア国は独自ルートで発見していた。
そしてその調査をすべく依頼された、1隻の大型貨物船が遺跡の頭上で、今、停止した。
「アラン大佐、目標地点に到達しました」
デッキ前方のシートに座る男が、餌を目の前にした子犬のような顔で俺の方を向いた。
「了解だグレイアム。他の者たちをブリーフィングルームに呼んでくれ、始めるぞ」
「了解」
此処数週間で座り慣れてきた椅子から名残惜しくもケツを上げ、俺は艦橋を後にしブリーフィングルームへと向かう。
遺跡を調査する科学者を目的地まで運びそして護衛してほしい。それが俺の部隊に与えられた任務だ。
ウィーズボストから数週間かけて、乗り慣れない支給船の艦長を務め今に至る。
まあ乗り慣れない船――というよりはカモフラージュ用に支給された船だ。
これは連邦の意志で来た調査ではなく、ヒューゴスティア国として調査をしたいという上からの命令だったのが主だった理由である。
遺跡の中には時折過去の技術、ロストテクノロジーが存在する事がある。
技術の発展――兵器の質の向上につながる事から、遺跡が見つかれば忽ちその付近で国同士の小競り合いが起こるなんてざらだ。
それを一人、独占できる機会を手に入れたのである。
ヒューゴスティアとしては盟主であるためにもその調査を自分たちだけで成立させたかった。
その為にカモフラージュ船――民間の貨物船に偽装した調査船である。
「盟主で居続けるために――他より優れたものを……ね」
何時までたっても俺には、首都の為体な環境で生活している政治家達が考える甘い考えは分からなかった。
正直、大佐に成ったのも、奴らの体裁を保つためともいえるようなものだったのだし。
一兵卒からの士官学校編入そして少尉として配属された後の度重なる階級の上昇―――
英雄として称えられる俺――そしてそんな英雄を輩出した国。
「考えるだけで反吐が出そうだ……」
ため息が止まらない。
今の任務の意味について、あれやこれやと考えながらブリーフィングルームに入った。
「よし、ブリーフィングを開始する」
俺の号令と供にその場の全員が立ち上がる。
「今回の任務は調査隊の護衛だ。上からの事前調査報告によれば脅威となる物はないとされている―――」
俺が一言発するたびに、俺の部下たちは「うんうん」と深々と頷く。
「おい、お前らできればそれ、止めてくれないか? 」
もうここ数か月、俺が大佐となってからというもの。
なぜか周りがこの様に謎の行動をとるようになってしまった。
「いやいや、それは失礼、ですが感心していたことに偽りはありません」
ゴリラのような屈強な男が自信ありげに顎を撫でながら、そう言い放った。
「何度も言うが俺はお前らと大して変わらん、そういう目で見るのは止めてくれ」
「お言葉ですが大佐、あなたのように一兵卒からわずか数年で大佐に成る人間などいませんよ」
確かに彼の言う通り俺は例外かもしれない―――
しかし、俺が大佐となったのは周りが協力してくれたからであり俺自身の力ではない。
本来ならば俺の周りにいた人間すべてが俺と同じ道を辿るべきなのだ。
「ですが大佐は、あの“第3次海峡戦争の英雄”ではないですか」
そう発した部下の言葉を聞いた俺は、顎を逆なでされたような感覚がふつふつと足元から込み上げてくる。
英雄――聞こえはいいが戦争から生きて帰ってきただけだ。
あの場にいた人間は等しく英雄であり俺よりも優れた人間が数多くいた。
俺は仲間を助けようとし―――結果、仲間を殺し逆に自分が生き延びてしまったのだ。
それが英雄と呼ばれるのである。世の中はとことん理不尽だ。
「バカっ、その話を大佐の前ではっ」
慌てた一人が先ほどの部下を止めにかかった。
「ごほんっ―――。 まあ今の発言は大目に見てやる、再開するぞ」
「「「「サーイェッサー」」」」
そしてそこから1時間ノンストップでブリーフィングを続けた。
断じて気分が害されたからとかそういう理由で長引いたわけじゃない――
あえて言うとするなら、少し怒りが収まらず集中できなかっただけである。
「よし1時間で準備、その30分後に調査隊と供に降りるぞ」
「「「「サーイェッサー」」」」
ブリーフィングを終えた俺は足早に自室へと足を進め用意を始めた。
× × ×
全員が機密服に身を包み遺跡の前で最終確認を行っていた。
「いやぁー、今日はよろしくお願いしますぞ」
遺跡前で配置に着こうとしていた俺に、人懐っこそうな笑顔を浮かべた老人が俺に握手を求めてきた。
「はい。 よろしくお願いいたします博士」
彼はウェイン・グランスター博士。
調査隊のリーダー。
彼が今までにあげた論文の数々は世間で大いに評価されていて彼の名前を知らない人間はこの世界にいない。
「いやいや、わしの事はウェインでいい」
そう言っている博士の顔は口は笑っていたが目が笑っていなかった。
「そうですか。ではよろしくお願いいたしますウェイン」
「ああ、よろしく頼むよアラン君」
そういうと博士は他の調査員たちのもとに帰って行った。
何というか博士は悪い人ではなさそうだった。
ああいう人間なら、これからも仲良くやっていけそうだ。
『みなさん入口を見つけました。アランさん部隊をお願いします』
通信機から入口を探していた研究員の声が聞こえた。
「了解した。マックス、ジャッカル、俺と来い先導するぞ」
『『了解』』
入口を抜けた先の通路は、人が一人通れるかどうかの広さで非常に狭かった。
「入口が狭い、一列で来てくれ」
そう告げて奥に入る。
大気が存在しない世界にある遺跡は何か大きな衝撃があったのか形が歪んでいたものの、特に劣化して壊れたという場所は見受けられなかった。
「なんていうか―――」
『神秘的じゃろ?』
博士の声が通信機を通じて聞こえてくる。
―――しまった。
もしもの為にと通信を点けていたことを忘れていた。
でも、まあ聞かれて困るような内容でもなかったのであわてる必要などない。
「ええ、まあ」
『我々は確かに進んだ技術を持っている。しかしご先祖様達は長い旅の途中で技術の多くを失ってしまった。
そしてそんな忘れ去られた技術の塊がこの遺跡たちなんじゃよ』
「なるほど」
そう俺が呟く居ていると、イヤホンの奥からも多くの感嘆の声が混じっていることに気付いた。
やはり、この博士といると飽きなさそうでいいな――
最深部に到達するまでの間、特に何事もなく進むことができた。
その間に聞けた博士の雑学はとても面白く、最後の方には俺や部下だけでなく研究員達からも感嘆の声が上がっていた。
『して、目的地到着じゃな』
巨大なエアロックが俺達の目の前を塞いでいる。
「ウェインこれは? 」
『うーむ、エアロックじゃのう……中には空気が残っているかもしれん
「そんな事があるんですか? 」
『ああ、たまーに設備が生きているところがあるんじゃよ。たまーにな、でもちょっと手を加えるとすぐに壊れていますものが大半なんじゃよ』
「なるほど」
『じゃからなぁ……うーむ』
「しかしこれでは」
『あの…』
弱弱しい声が俺と博士の会話に混じった。
「なんだ言ってみてくれ」
もちろん俺は聞き逃さない、そういう風に生きてきた。
『はい、エアロックの解除の仕方が解りました』
『そうか――よし扉を開けよ中に入るぞ』
博士の声は新しいおもちゃを見つけた子供の用に終始テンションが高かった。
『エアロック解放』
そう調査隊の一人が告げると目の前の巨大な壁が真ん中で二つに裂け左右に消えてゆく。
大気がないため音がなかったものの扉の開閉でホコリが大量に舞ったのでその物々しさは実感ができた。
「ローグス、それとストレン貴様らは外で見張れ」
『『了解』』
二人を残し俺達は中へと足を進める。
中にはエアロックの先にもう一つエアロックがあった。
『二重構造か』
博士がそう呟いていると後ろでもう一つのエアロックが閉まっている事に俺は気づいた。
「ウェイン! 後ろのエアロックが」
『なんじゃと⁈ 』
控えていたローグスとストレンが慌てて、こちらに来ようとしているのを視界がとらえた。
「ローグス! ストレン! お前たちはそこで待機――状況は追って説明する」
『『りょ、了解!』』
エアロックが俺達と彼らを分断し何事もなかったかのように閉じた。
暫くして鈍い重低音が響き何事かと思えばそれは目の前のもう一つのエアロックが開くことだという事がわかった。
「……これは」
『どうやら杞憂の様じゃったのう』
『隊長中では何がっ』
目の前には協会の様な―――しかしそれには不格好な機械の支柱がそびえ立っている部屋だった。
「まだ――生きている部屋のようだ。二人はそのまま見張りを続けてくれ」
『『了解』』
『ヘルメットをとっても問題ない気圧と酸素濃度です』
『ほう脱ぐか』
徐に博士がヘルメットを取ろうとする。
「ウェイン」
『大丈夫じゃ、ほれ』
博士がヘルメットをとって大きく深呼吸をして見せる。
そして何もないだろうという風に胸を張り頭をつついている。
脱げ――という事なのだろうか……
一抹の不安を抱えながらも俺もヘルメットをとった。
「ほら、大丈夫じゃったろう?」
「――ええ、そのようです……」
そんな俺達を見た周りも続々とヘルメットを脱ぎだした。
「にしてウェイン。ここは何か分かりますか?」
「さぁ、さっぱりじゃな」
アンドロメダ随一と謳われる男が分からない物がここにはある―――らしい。
正直、俺には分からない。これが何なのか、そしてこれのどこに価値があるかなど。
「じゃが見る限りこれは通信装置かのう」
ウェインがコンコンと支柱を叩く。
「しかし、こんなもの今まで一度も見たことないわい」
「珍しいのでしょうか?」
「ああ、初めてじゃ」
「では調査は?」
「ああ、始めるとするか。お主等始めるぞ準備せい」
× × ×
もう何時間たっただろうかよく解らない。
博士たちは先ほどから後ろのよく解らん支柱と睨めっこを続けている。
そんな傍らで俺達は暇を持て余していた。
「隊長、俺達居る意味あったんでしょうか」
マックスが何とも不満げにブー垂れた。
「まあ偶には平和なのもいいだろう」
万が一にも戦闘しなくて済むのならそれがいい―――
俺はいつもそう思っている。
なにせ仲間を失う苦痛はないよりも耐え難い。
それに時によっては俺自身が仲間に引導を渡さなければいけないのだ。
そんなことはできる限り起きない方がいいに決まっている。
「にしてもあれで何が解るんです?」
ジャッカルもまた、訝しげに博士たちを眺めぼやく。
「さあな、まあとりあえず俺達には理解できない事だろうよ」
そんな風に話していると突如後ろから眩しい光があふれてきた。
「 す ば ら し い っ ‼ 」
振り返ると――博士の周辺に浮かぶ無数のホロモニターが浮かび。
そして先ほどの柱がまばゆい光を放っていた。
「ウェイン何が起きているんです⁈ 」
「おぉ、アラン君。これは素晴らしい!! 素晴らしい大発見だよアラン君‼ 」
「――何が素晴らしいのですっ」
「これはな―――これはだな―――アカシックレコードだったのだよ!! 」
両手を広げ、上に振りかぶる博士。
まるで何かに取りつかれたかのように奇声を上げ続けているその姿に俺は思わず後ずさる。
「どうしたのだアラン君‼ 我々はもう、恐れるものなどないっ」
「ウェイン、少し落ち着いて話しましょう」
「――――これで落ち着いていられるものなど居らんよ――アラン君‼ これさえ、これさえあれば、わしらは安泰だぞっ 」
「わかりましたから、落ち着いてくださいっ」
「素晴らしい――す ば ら し い っ ! ! 」
博士は俺の声など耳に入らないといった様子で、ただ光の柱の前で両手を上げていた。
それはまるで神が目の前に現れたときの狂信者が示しそうな反応だった。
「隊長……」
マックスが俺に助けを求めるような顔で訪ねてくる。
「駄目だ。 当分正気には戻らんだろう」
「ですよね。隊長、我々は何をしていればよいのでしょう」
「……とりあえず博士が喜びのあまり“滑って死なない様に”でも見ててやれ」
「―ふっ 了解です」
マックスは笑いながら持ち場に戻ろうとした。
「―――隊長っ!! あれは何です⁈ 」
突然マックスが悲鳴にも似た叫び声を上げる。
俺はその声に咄嗟に振り返りそちらを見る。
鋭くとがった鳥類の様な頭。そこから延びる舌は二枚に分かれ蠢く。
それに対して体は人工物の様な類人猿の体を持っているそれは、まるで映画の中で見たエイリアンそっくりだった。
「戦闘準備っー‼! 目標 正面の未確認生命!」
腰からプルバック式カービン銃を取り出し素早く構える。
マックスとジャッカルもまた同様に正面の“アレ”に銃口を向けた。
『貴様らは――野蛮な思考しか持ち合わせていないようだな』
「なっ――」
目の前のまるで知性を持ち合わせていないと思っていた“ソイツ”は頭の中に直接響くような声を発する。
『我は低次元の物が、我々の世界に干渉せぬように作られたもの。貴様らが今すぐ“ソレ”から離れ、立ち去るというなら見逃そう――』
「つまりあれから今すぐ手を引け、そういうことか? 」
『そうだ』
俺は手を上げ、マックスとジャッカルに銃を下させた。
「隊長⁈ 一体どういう」
「むやみに犠牲を増やすよりここはいったん手を引いた方が賢明だ」
「ですがっ――」
「 な ら ん っ 」
ピリピリとした緊張感が広がる空間に突如として響いたその怒声――
その声はウェインのものであった。
「ウェイン‼ ここは彼の言うとおりに――「駄目じゃ‼ ここでこれを見逃せばっ――次は何時見つかるかわったもんではない!!
それにこういう時のための貴様らだろっ ! 働け‼!」
「ですがっ‼ 」
「やれとっておるのだ!! 貴様はそんな簡単なことも理解できない低能かっ!? 」
博士の目からは、最初の理性的で何処か暖か味ある目は既に消え失せ――
頭の固い、上の奴らと同様にギラツイタ目でこちらを睨んできていた。
ああ、くそ――
どうすりゃいいんだ……
『なら、貴様らは今から敵という事だな』
低くそして心を底冷えさせるような奴の声が響いた。
「マックス! ジャッカル! 」
咄嗟に叫ぶ、もう奴は待ってはくれない。
それを示すかのようにすでに奴は研究員の一人に対して走り込んでいた。
「「了解」」
素早く下ろしていた銃を構え奴に向ける。
そしてサイトの中点を奴の頭に合わせる。
ファイヤ…‼
銃口が赤く光り、肩に激しい反動が返ってきた。
真っ直ぐ奴の頭に銃弾が――
それた⁈
銃弾は奴をとらえきれず虚しくも壁に跡を付けるだけにとどまる。
『死にたいのは貴様の様だな』
ギラリと光る赤い目――
それは俺の目を確かに睨んだ。
俺は身をひるがえし奴から距離を置く。
何も考えてはいけない――奴に近づかれれば俺は死ぬ――
確かではないが数々の死線を乗り越えてきた俺はそう確信した。
後ろから突き立てる様な金属音が迫ってきている。
だが振り返らない振り返ったら死ぬのは間違いない。
「マックス、ジャッカル! グレネード‼ 」
俺は叫ぶ。
そして一拍おいて後ろから激しい衝撃と熱波が俺の体を襲った。
致命傷ではない程度の爆風――しかし体がその衝撃で少し宙に舞う。
なんとか吹き飛ばされている途中で受け身をとる事は出来た。
『隊長、無事ですか? 』
周りの喧騒のせいで直接届かない声はイヤホンを通して聞こえてくる。
「ああ、なんとか……奴は――」
『いい感じに燃えて拉げています――成功です隊長』
「それはよかった」
一時は肝を冷やしたが如何やら助かったらしい。
振り返ると其処には、確かに先ほどまで俺達を襲おうとしていた奴が燃えていた。
「はぁ……助かった」
『よくやったぞアラン君。これで気兼ねなく調査が再開できるというものだ』
まるで何もなかったかのような博士の声が耳から聞こえる。
「ウェイン、帰りましょうここは危険です」
『だからさっきも言ったであろう。それは無理だ』
「なぜですっ」
『“世紀の大発見”だからだよっ』
「では後日、また後日にしましょう」
『なぜだっ! もうそこまでそこまで来ているのだぞっ』
「だったら。なおさら! 後日にしましょう博士っ」
『無理だ―――』
話は平行線――
何とかして博士を諌めなければいけない、そう思った時だった。
『隊長! 後ろですっ』
マックスの悲鳴に近い声が耳を突き抜ける。
咄嗟に正面に転がり銃を構えつつ振り返る。
「なっ―――」
俺の後ろ―――倒された“奴”から無数の“何か”が俺の方に向かってきていた。
素早く照準を合わせる。
引き金を引いた……
耳を突き抜けるような射撃音――
ストックから伝わる衝撃が、肩から体に伝わる。
銃身から飛び出した銃弾は“何か”を的確に撃ちぬいていく。
よし、問題は―――
『ガアアアアアアッ』
耳元から悲鳴。
「マックスッ! どうした⁈ 」
『隊長、マックスが! マックスが“喰われて消されてる”‼ 」
マックスが無数の“何か”にたかられているのを視界が捉える。
マックスの体を“何か”が這うごとにマックスの体が消えて行った。
そして次の瞬間、マックスが消えた―――
『おおうっ!! なんとっ! そんな生命がいるというのかっ』
博士がなぜか奇声を上げている……こんな時に何を言っているんだあいつはっ――人が死んでるんだぞっ!
「ジャッカル博士を連行しろっ」
『りょ――隊長もう一人、いませんでしたっけ?」
「ああ、いたぞマっ―――」
……いや、ここには俺とジャッカルしか居なかった?
「いや、居なかったはずだ」
『では、自分の勘違いの様です』
ジャッカルはそう言うと向き直り、再び博士に近づく。
『なっはははっ! なんと“この世から存在を消してしまう虫”か恐ろしい……く、くはははっ‼ 』
『博士大人しく連行されてください』
『無理じゃ、こんな面白いものを見せられて帰れるわけがないだろう?』
『では無理やりにでも……』
「――ジャッカルっ足元だ! 」
『うぐっ⁈』
ジャッカルの足元には既に、大量の“何か”が這っていて。
俺が叫んだ次の瞬間には、ジャッカルが消えていた――
『やはり、やはり素晴らしいぞっ‼ ふっ ふひゃふひゃふひゃ』
気が狂ったかのように叫ぶ博士。
そして何処からかいつの間にか増殖した“何か”によって、研究員たちも消されていった。
悲鳴と怒声――そして気味の悪い博士の奇声――
「最後は君だ、アラン君」
何時しか俺は博士に腕を掴まれていた……
此処には、初めから俺と博士しかいなかったか?
何故だか先程から、何かを忘れてしまっている気がする。
だとしたら博士の言う“最後”とはなんだ―――
もう、何が起きているのか理解ができない、気が狂いそうだ――
『ビーッ‼! ビーッ‼!』
突如――中心の柱の周囲が淡く赤く光りだした。
「如何やら“彼ら”がこのことに気付いたようだな」
「ウェイン―――何を言っている」
俺の顔面を黒い何かが這っていた――
「さらばだアラ―――」
俺の視界が黒く歪みそして……
『貴方が消えてしまわぬよう……致し方ないのです―――――』
誰かの声が聞こえた――それはとても暖かな声だった――
「ッ――‼ 」
気が付いたら爆風に吹き飛ばされ壁に背中を打ち付けていた。
「―――~~」
苦しい……
痛い……
熱い――
熱さのあまり手を伸ばす――
すると見慣れない小さな白い手が俺の目に映った。
誰かに守ってもらわなければ直ぐに失ってしまいそうな白い手。
丸みを帯びたその腕は痛みを訴え震えている。
誰の手なのか――
深く考える時間は俺にはなく、視界は黒くフェードアウトした。
ご一読ありがとうございました!!