第九話
夏月に声をかけたのは群青色の着物を着て笑いながら足腰がしっかりしている老人だった。
「……藤爺。 何でここが?」
「夏月。 ここは元々はわしの土地じゃと黒から聞いとらんのか?」
藤爺と呼ばれた老人はほっほっほっと笑った。 藤の頭は真っ白で顔は逞しく日焼けして黒かった。
「荒太から夏月が帰って来んとの連絡を受けて来てみれば。 どうした? 夏月よ」
少し涼しい風が二人の頬を撫でる。 藤は夏月の隣に腰を下ろし問いかける。
「……藤爺、山神の禁忌を犯したとしたらどうなるの?」
「ふむ。 神格は確実に失うぞ」
夏月の唐突な質問返しに何も言う事なく藤は簡潔に述べた。
「それって死ぬの?」
「うーむ。 考えようによってじゃな。 山神として見れば死ぬ。 そして新たな山神が生まれるのじゃ。 じゃが別の観点で見ればその者は生きられる」
連続の質問にも藤はしっかりと答えた。 夏月は別の観点? と言うと藤はそうじゃ、と頷いた。
「山神として。 なら他の者、神格を失いわし等に似ているのは何かのぉ?」
「……人間……?」
笑いながら夏月に問いかけると夏月は信じられないと言った顔をしながら答えるとそうじゃと力強く頷く藤。
「昔のぉ、黒の前に黒檜山には山神がおったのじゃよ。 夏月たちにもな。 その者達は完全なる家族じゃった。 じゃがな、彼らは何分男所帯だったのでな、愛という人間の持つ不思議な力に興味を持ったのじゃ」
あり得ないと言いたげな夏月の顔を一瞥すると藤は話し始めた。