第八話
生まれた時間は違った、確かに一番標高の高い黒檜が信仰を集め黒陽が一番最初に生まれそして力を持っている。 元の山の大きさはそれぞれの身長として現れている。
夏月は赤城山の中で一番低い鍋割のために身長が低い。
「あれ、黒、夏は?」
居間に出てきた荒太がいつもは座っている筈の末っ子ポジションの夏月がいない事に気が付き黒陽に問いかけると黒陽は首を振った。
「夏月がどこかへ行ったのだ」
「は?」
黒陽の口から理解できない言葉が出てきた。 その言葉を聞いた荒太、駒乃、長四郎は驚いた。 いつもなら食いつく駒乃も黒陽の真剣な表情に気圧されて何も言わなかった。
それもあるが一番は、やはり何百年の付き合いで一度もこんなことはなかった。 確かにどこかに行くことはあった。 だが夜までには、飯の時間には戻って来ていた。 荒太の胸に少しの恐れが現れる。
『何処行ったんだよ、夏月』
川の神からの差し入れなのか、食卓に並ぶアユを箸で摘み上げると荒太は頭から齧り付いた。
「……畜生。 畜生っ」
夏月は神の領域の中にある夏月しか知らない洞穴に居た。
ピチョンと飛び出している岩肌から滴り落ちる水滴の音。 奥の方で轟々《ごうごう》と轟く水流の音。 そして夏月の悔しそうな声。
あのまま家に居たら夏月はきっと禁忌の存在へと成り果ててしまう、そう思い一人になりたかった夏月は恐らく自分しか知らないと思われる洞穴に来ていた。
温かなあの空間では自分に素直になり過ぎる事を夏月は自覚して理解していたから。 何百年余りの付き合いをしていると相手の考えてる事は少しずつ分かるモノでありそれを心得てしまっている、それが当たり前だと思っている夏月は自分の甘えに嫌気がさしていた。
「よえぇなぁ……」
「ホントに弱い者は甘えを気が付かずにそのぬるま湯に浸る者の事じゃとわしは思うぞぉ?」
体育座になり両膝の間で頭を挟んで呟く夏月に声をかける存在。