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第五話

 夢を見た。 遠い昔のことのように思える。 私、嶽村美夜子は昔、本当に昔だ。 幼少の時に家族恒例行事の赤城山の中にあるキャンプ場でキャンプをしていた時だ。

その日はとても暑かった。 山にいるのに蒸した空気が気持ち悪さを感じさせた。 空気は美味しい筈なのになぜか美味しく感じなかった。 私の家族はお父さんとお母さん、そして兄が二人だった。 なんら問題のない家庭。 だが何処かぎくしゃくし始めたのは確かその年のキャンプだったようにも思えた。

山の中のコテージから抜け出し闇に沈んだ山を懐中電灯一個で歩いていた。 今思えばよくやったと思う。 迷うなどとは思っていなかったのだ。 それが正解だったのか間違いだったのかはよくわからない。 だが私は少なくとも後悔はしていなかった。

サクッと歩くたびに腐葉土が音を出す。 たまに枝を踏んだのかパキッという乾いた音が今も耳にこべりついていた。

――サァァァッ

空気が変わったのを全身に感じた。 突然蒸し暑い空気が冷たい夜風と変わったのだ。 山特有の夏にもかかわらず冷たく清らかな風。 風と雷は群馬県を思わせるものとして【上毛じょうもうかるた】にもある。 冬の空っ風と夏の雷はもう無いことが無いものとなっている。

話がずれた。 私はまた一歩と足を踏み出すと懐中電灯が点滅した。 これには幼く怖いもの知らずだった私も怖くなったものだ。

トントンと手の甲で叩くものの徐々に懐中電灯の光は弱まりそして消えた。 カチカチとスイッチを押すが一向に点かない。 周りは闇。 少し月明かりが差し込んでいる所には木の幹や草が見える心細かった。 だが何故かそこまで怖いとは感じなかった。 何か温かなものがあると心のどこかで思っていたのだろう。 小さく鼓膜を揺さぶる川のせせらぎに心を落ち着かせてホォーッホォーゥと啼く梟の声に背中を押され、か細いが確かに照らす月明かりに導かれながら慎重に一歩また一歩と山の奥に入って行った。

サクリサクリ

歩みを進める程心が落ち着く。 何だろうこれは……。

私は何かに導かれていた。 それは間違いなかった。 そしてポツリと建つ民家を見付けた。 ボォッとした灯りが近づくにつれて温かなしかし力強い灯りに変わる。 今時珍しい平屋だという事が月明かりで分かった。 子供の好奇心とはとても強く自分ですらも予想だにしない行動をする時がある。

カララッ

鍵のついていない引き戸を控えめに開けて声をかけた。

「すいません」

声はそこまで大きくなかった。 か細く自分が緊張しているのと疲れていることに気が付いた。

「!? 黒!」

泣きそうになっていると家の奥から来た明るい茶色の髪をした少年がとても驚きながら奥へ向かって声を上げた。

「夏、一体どうし……。 黒ぉぉぉ!」

「うるっさい!」

「黒、貴方が一番声が大きいですよ」

明るい茶髪の少年を不審げに見つめながら奥から来た黒髪で少し長い髪を襟足の方で一つに束ねた少年が私を見ると叫びガラッとガラス戸を開けて中庭だろうか、蛍が飛んでいる所から現れたのは黒髪でお父さんより身長の高い着物の男性で酷く迫力のある声は私を縮み上がらせるには十分だった。 その後ろからこげ茶の小柄な着物を着た女性だった。 髪は後ろでかんざしで止めてあるように見えた。

「……入りなさい」

男性が私を見ると眉間に皺をよせながら私に言った正直怖かったが女性が笑いかけた。

「夏とは言え冷え込むでしょう? 女の子が体を冷やしたらいけませんよ。 ほら、お入りなさい」

スゥッと耳ではなくその声は心に響いた。 優しい声。 とても落ち着く声だった。 カララッと引き戸を更に開けて自分の体を家の中に滑り込ませると引き戸を閉めて靴を脱いで待っててくれていたらしい女性が歩き出すので私は慌ててその人に着いて行った。

長いとも短いとも言えない綺麗な板張りの廊下。 左側は部屋なのだろうか土壁に綺麗な襖が所々あり右側は中庭らしく池がありその池の水を求めて蛍がたむろっていてとても幻想的だった。

奥へ奥へと続く廊下。 疲れていたしその時の私は幼かったためにとても長い廊下に感じた。

一つ角を曲がり襖ではなく障子の部屋の前に来ると女性は静かに障子を開けて中に入った。 中に居たのは先程の男性だった。

「座りなさい」

「今お茶を淹れますからね」

男性の言葉に従い部屋に入って障子を閉め少し控えめに座ると女性がにこやかに笑って奥へと消えた。

その家はとても広かった。 それは比喩でもなくその時の私の家も小さい方ではなかったがその家より狭いと思った。

「名前は?」

「え、あ……。 えっと……たけむあ…みあこです」

男性に問われてその時の私は舌が回らずゆっくり言ったのに正しく発音することができなかった。

「……そうか。 私は黒だ。 お前は一人でここまで来たのかい?」

黒と名乗った男性はぎこちなく笑った。 とても優しそうな眼差しに私は安堵したことを鮮明に覚えている。 そして黒から問いかけられた為に私は頷いた。

「そうか。 大変だったな。 暫くここに居ると良い」

「わ、わたしかえれる?」

「何、すぐに帰れるさ。 今晩は疲れただろう。 ゆっくり休んでいくと良い」

優しい言葉に安心した私はふと思った疑問を投げかけると笑いながら黒は私に手招きをして私がそれに従い黒に近づくとお父さんにして貰っていたように膝の上に私を抱き上げて頭を撫でてくれた。

それに安心した私はいつの間にか眠ってしまった様で目が覚めると私は少し肌寒いコテージの中で寝っ転がっていた。 おそらくあのキャンプの日私達が泊まったコテージだと思うが綺麗な状態でしかも少しほこりを被っていたので不思議に思って出ようとしたら鍵がかかっていた。 ドンドンと叩きながら私は泣き叫んだ。 するとコテージを管理しているおじいさんに見つけて貰い私はお父さんとお母さんの元へ戻れた。 神隠しにあったのだと言われた。 夢だと思ったがやけに現実味のある夢を私は時々未だに見る。 あの山奥の綺麗な家は、あの温かな家は。 綺麗な空気はあの夢でしか味わったことが無かった。

 最初こそ私は夢じゃないと言い放った。 兄達は呆れお父さんもお母さんも私を敬遠し始め私は家で居場所を失った。

元々学校には溶け込めなかった私は信じてもらえない事と自分の記憶を疑うようになった。 今ではもう夢だと思っているが釈然としないのも事実だ。 あの黒と名乗った男性の温かさは今もまだ覚えているのだから。

そして一年前、丁度中学校に入ってやはり溶け込む事が出来ずに家にいるのも苦痛になり近くの市立図書館に逃げ込むように通っていると帽子を被り明るい茶髪が見え隠れしながら本を選ぶなっちゃんを見つけた。 あの家で最初に遭遇した少年と似ている気がした。 最初はそれだけの興味。 今ではなっちゃんという人物を好きになった。







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