泣いた魔王が笑うには
魔族は常に飢えを抱えている。
身を焦がすような激しい愛に。泥濘のような底なしの愛に。
ぼんやりと揺れる視界の中、勇者と名乗った青年が地に伏すのを辛うじて確認し、シィシィシャルロットは瞬きを繰り返した。
その拍子に、限界まで溜まっていた水分が眦からころころところがった。
「り、リヴィ、お、終わったの…?」
「あんたがぎゃーぎゃー喚いて逃げ回らなかったら、もっと早く片付いていたけどね」
勇者の心臓を抉りだし、血塗れとなった右手を払いながら鼻を鳴らしたのは、腰まである長く艶やかな金髪を項で纏めた青年。
あまりの美しさに、相対する者をぞっとさせる美貌を不愉快気に顰め、紅玉の如き眼で周囲を見渡す。
豪華絢爛玉座の間は今や見る影もなく、破壊の限りを尽くされ血糊で彩られ、尚且つ異臭を放っていた。
「あんのくそ魔術師、さんっざん抵抗しやがって…。手足もぎ取るだけじゃ足りなかったな…」
「り、り、リヴィ…」
「というか、さっきも言ったけど、大部分はあんたのせいだからね!底割れた桶みたいに水分垂れ流してないで、しゃきっとしなよしゃきっと!」
「う、うぅぅ…」
足元にあった、騎士のものと思われる甲冑に包まれた右腕を蹴り飛ばしながらのリヴィアタンの叱責に、シィシィシャルロットは必死に目元をこすり鼻を啜った。とはいっても、先程の恐怖はなかなか消えず、身体の震えは暫らく止まりそうにもなかったが。
「あーもう。せめて手巾で拭きなよ…。赤くなってるし。ドレスもちょっと焦げてるね。とりあえず場所を移そうか」
「そ、そ、そうする…」
「少しは落ち着きなよ」
「う、ん…」
誰もが手を差し伸べたくなる儚げな美貌も台無しにするほど、ぼさぼさに絡まったシィシィシャルロットの銀髪。
それを指で軽く整えてやり、リヴィアタンは自分の懐から取り出した手巾で雑な仕草で彼女の顔を拭った。
そうして、シィシィシャルロットの紫の瞳が、いつもと同じぐらいの水分量になったのを確認する。
シィシィシャルロットは非常に臆病で怖がりで泣き虫だ。
物音がすれば恐ろしくて泣くし、他人と接するときも緊張と恐怖で泣くし、果ては目の前を魔獣が横切った驚きだけで泣く。
瞳が水分に覆われ潤んでいない方が珍しい。
付き合いの長い、側近の一たるリヴィアタンと接する時でさえ、例外ではない。
「あ、ありがとう…、リヴィ」
「どういたしまして。ほら、行くよ」
ちぐはぐな主従は、先の戦闘によりもはや廃虚と化した玉座の間をあとにした。
そして、戦いの勝敗はすぐに世界を駆け巡る。
勇者一行は、魔王シィシィシャルロットの討伐に失敗した――…と。
*************
昔々の物語。
世界は薄く広がって、何重にも重なって層のようになって在った。
神は土から生物を創り、祝福を与えた。
闇と沈黙から生まれた生物には祝福が与えられなかった。
祝福がないために消えゆくそれらの悲鳴に、神の双子の弟神だけが気付き、己の血をわけ与えた。結果、それらは永い生と、魔力を得た。
神はそれを許さず、弟神を千に引き裂き、あらゆる世界に、あらゆる時代に隠してしまった。
闇と沈黙の生物は弟神に感謝と忠誠を誓い、千に別たれた弟神の復活をただただ願う。千の御身を、世界の層を渡り、探し続け守り続けながら。
散り散りに在る弟神の御身の傍には、魔族が侍る。そのコミュニティの先導者を、魔王、と人は呼ぶようになる。
弟神を巡る魔族と神々の戦いは終わらない。
生けるもの全てを巻き込んで、今尚続き、終わりは見えない。
弟神から直接血を授かった、始まりの魔の子として生まれたシィシィシャルロットは、多くの兄弟姉妹の中でも特別だ。
戦で深手を負った神が、癒しの眠りについた三月の間に生まれ、闇と沈黙の祝福を殊更に受けた魔王である。
シィシィシャルロットはその日、目覚めた瞬間に理解し絶望した。
「シシィ、起きた?入るよ」
数度のノックの後、部屋主の返事も待たずに扉を開けたリヴィアタンは、豪奢なベッドの上で音もなくはらはらと涙を流すシィシィシャルロットの姿を認め、盛大に溜息を零した。
廊下で待機する侍女に手を振れば、慣れた様子で音もなく下がる。
「ちょっと…、今度はどうしたの」
「り、り、リヴィ、きょ、今日は、無月の百年だわ…」
「あぁ、そういえば。それなら、これは招待状だね」
「ひっ」
リヴィアタンがひらひらとふった、蝋で封された豪奢な黒の封筒に、シィシィシャルロットは過剰なほど怯え、喉を引きつらせた。
「わた、わたくしのもとには、そ、それは届かなかったことにしましょう、そ、そうしましょう…!」
「ガルフルシアン様がわざわざ影を使って届けたのに?僕の首を飛ばしたいの?物理的に」
「ち、ち、違うわ!…そ、そうだわ、では、わたくしは体調不良ということに…」
「そんな返答したら、ガルフルシアン様たちのことだから、喜び勇んでこの世界を訪ねてくると思うよ」
「……!」
逃げ道がないことを悟り、シィシィシャルロットはベッドの上で悶絶した。
リヴィアタンはベッドの端に腰を下ろすと、丸くなって頭を抱えるシィシィシャルロットの背中をさする。
ついでに、ぼたぼたと零れる涙を指で拭い、天女もかくやという優美な笑顔をみせる。
「諦めて行っておいでよ。兄弟姉妹たちと顔を合わせるだけじゃない」
「り、り、リヴィ…!」
「僕が行けって言ってるんだよ」
「は、はい…」
神の血を引く魔族は性質も神と似通う。
刹那的快楽主義で排他的。傲岸不遜で実力主義。知より血、舞より武を好む。
今が楽しければ全てよし、文句があるならば力でねじ伏せろ、気に食わない奴は皆死ね、むしろ殺す。
薔薇の棘が指に刺さる痛みでさえ我慢できない、平穏幸せ、自他共に認める吹けば飛ぶような弱さ。
魔族が持つ特徴をどこかに盛大に落としてきたシィシィシャルロットが、身体が干からびるのではないかというほど、恐怖から大量の涙を流すことになる集い。
かつて神が眠りに就いた三月の間に生まれ落ちた、血を同じくする7人の兄弟姉妹が百年毎に集まる「無月の百年」である。
*************
ゆらり、と血の如き葡萄酒が燭台の灯りを反射する。
円卓に並ぶ7つの席がたった今、最後の空席を埋めた。
「ガルフルシアン」
「ウォールグーズ」
「リリ・ペロ」
「キールギゼット」
「し、シィシィシャルロット」
「ハサル」
「ササル」
掲げる葡萄酒の杯を干せば、彼らの挨拶となる。
「さて。愛すべき弟妹たちは息災そうで何よりだ」
長兄、ガルフルシアン。
銀糸の髪に紅い瞳、微笑めば女神でさえ喜んでその身を差し出す艶やかな美貌。魔族の鑑のような残虐な性格を、秀麗な薄皮一枚で隠し切る。怨嗟滴る数多の生き血を啜ってきた赤い唇が笑みを浮かべる。
「面倒くせぇんだよ、この集まり。折角今は人間どもとの楽しい大戦争中だったっつーのによ。何を好き好んでこんな陰気な場所に集まらなきゃなんねんだよ」
「ルシアン兄上に対してその口のききかたは失礼ではないか。それに、いつでも遊べる人間どもと愛する兄妹弟との時間を比較することはそもそも間違っている」
次兄、ウォールグーズ。
しなやかな筋肉に覆われた大柄な身を豪奢な椅子に預け、苛々とつま先を床に叩きつける。野性味溢れる荒削りながら精悍な容貌は、半分を翡翠の鱗に覆われている。短く刈った金髪を乱暴に撫で、三白眼の橙の瞳をギラつかせた。
反するは、長姉リリ・ペロ。
不満気に揺れる太い尻尾、神経質に震える頭頂部の三角の耳。口元からは鋭い犬歯が覗く。灰褐色の豊かな毛並みと琥珀色の瞳をもつ狼面の男装の麗人だ。
「ウォール兄様、文句があるなら来なきゃいいのにー」
「そうだよー。低脳で野蛮な人間どもと遊んでればいいんだよー」
「「ウォール兄様はそれで満足する単純馬鹿なんだからー」」
「なんだとっ?!」
末子、男女の双子のハサル、ササル。
燃えるような赤髪を肩口で切りそろえ、猫のような碧眼を輝かす幼子の二人は、鏡に写したような同一の容姿をもつ。
「きゃー、ウォール兄様が怒ったー」
「助けてー、キール兄様ーシシィ姉様ー」
三兄、キールギゼット。
艶やかな漆黒の髪に、長兄と同じ紅い瞳。魔族には珍しく、書物を読み魔術の研究を好む。そのため日に焼けることが少ない青白い肌に、いつも眠た気な半眼。口数が少なく、発しても片言が多い。
膝の上に乗ったハサルを落ちないように支えてやりながら、額の瞳合わせて三対の目でウォールグーズを不満気に見た。
次女、シィシィシャルロットも、同じく膝上に乗ってきたササルを涙目で恐る恐る抱える。
「ウォール兄上……」
「あぁ?!俺かよ?!その双子が先に喧嘩売ったんだろうが!!!」
「「きゃー!!ウォール兄様怖いよー」」
「ウォール兄上!無闇に弟妹に怒鳴り散らす必要はないだろう!」
「…あれ?シシィ姉様?」
いち早く気付いたのは、シィシィシャルロットに身を預けたササルだった。
先程から一言も発しないシィシィシャルロットは、兄姉弟妹からの視線を一身に浴び、膝上のササルが激しく上下する程ぷるぷると震えながら――恐怖の限界を超え静かに号泣した。
「…っく、ふぇ……」
「「あーー!!ウォール兄様がシシィ姉様を泣かせたーー!」」
「な、なんでだよ!?お、俺のせいじゃ――」
「ウォール兄上、怒鳴る、シシィ、怖がる」
キールギゼットの指摘に、ウォールグーズはそろり、とシィシィシャルロットを見やる。
図らずとも迫力ある三白眼で睨まれた気になったシィシィシャルロットは、びくりと肩を揺らした。
かなりのショックを受けた顔をしたウォールグーズだが、姉弟妹は誰も見ていなかった。
「ひ、ひくっ、ふ、」
「シシィ姉様泣かないでー」
「大丈夫だよー、ウォール兄様はシシィ姉様大好きだから、傷つけたりしないよー」
「だ!!!誰がこんなちんちくりんが好きだと?!というか、ササル!!てめぇどさくさに紛れてシシィの胸揉んでんじゃねぇよ!」
「シシィがちんちくりんだと?ウォール兄上の目は腐っているのか?それに何より、淑女に向かって何という言い草だ」
こちらも我慢の限界にきたらしい。淑女でありながら紳士の精神を持つリリ・ペロが音をたてて席を立つ。
「なんだよ、やるのか?!」
血気盛んなウォールグーズも迎えうつために立ち上がる。
シィシィシャルロットは言えない。
ぼろぼろ零れる涙を舐めとりながら、怪しい手つきで胸を揉んでくる双子の弟妹が。
どことなくおろおろした雰囲気を纏いながら、何かの実験にシィシィシャルロットの涙が役立つかもしれないと閃いたらしい顔で空いたカップをそっと差し出してくる三兄が。
魔族のなかでは温厚で紳士な長姉が。
反対に、血肉まき散る闘いが大好物の次兄が。
そして、今までの弟妹の会話をにこにこして聞きながら、今まさに死闘が始まろうとしているのを止めもしない長兄が。
――貧弱なシィシィシャルロットを一捻りで殺すことができる彼等が怖い、などと。
今すぐに我が城のベッドで高級羽毛布団に包まって寝たい、と熱望しながら、シィシィシャルロットは滂沱と涙を流した。
ウォールグーズとリリ・ペロは、いつでも攻撃を仕掛け防ぐことができるよう神経を研ぎ澄まし、冴え冴えとした空気を纏いだし。
爛々と瞳が燃え出す。
その空気に当てられて、双子も、キールギゼットも不穏な光を瞳にのせた。
場に魔力が渦巻き、緊張が肌を刺す。
誰知らず唇が釣りあがる。
魔族は闘争本能に忠実だ――。
一触即発の中、微笑むガルフルシアンと視線がぶつかった。
歯の根が合わない程震え、今にも卒倒しそうななか、シィシィシャルロットは息だけで囁いた。
「る、ルシアンお兄様」
助けて、と。
ぱん、と乾いた音が響いた。
夢から覚めたような顔で、弟妹は音の出処を振り向く。
両手を叩き合わせた格好で、ガルフルシアンはにこりと微笑んだ。
「落ち着きなさい、お前たち。我等が愛する妹が、今にも窒息死してしまいそうだよ?」
各々が、気まずげに席に戻る。
それを確認し、「満足かい?」とガルフルシアンはシィシィシャルロットに首を傾げた。
ちなみに、シィシィシャルロットはその間息も絶え絶えで返答する気力もなかった。
「兄姉弟妹で親睦を深めるのもいいが、今回は一つ懸念事項があってね。それを解決するのが先決だと私は思うんだ」
「ルシアン兄上を悩ます事案とは一体何事でしょうか?」
「我等がきょうだいの14子、ジャールルルトが人間の勇者に討たれた」
瞬間、降りた沈黙は絶対零度であった。
神に愛されなかった過去を持つ魔族は、魂の底にこびりつく渇望を抱えている。
魔族に生まれついたからには逃れられない、永遠につきまとう飢え。
貪欲なまでの「愛」への欲。
だが、魔族の根幹は冷血で残虐、力が全て。殺伐とした彼等の在り方で、どうやってその飢えを凌ぐのか、答えは一つしかなかった。
血族への傾倒である。
彼等は皆等しく、差異はあれど異常なまでに己の血族を愛する。
それは、シィシィシャルロットたちも例外ではない――。
誰もが凍りつく中、先に動きだしたのはウォールグーズだった。
「皆殺しだ」
熱しやすい彼ならば激昂してもおかしくないその報に、だが静かに一言呟いただけだった。腹の中で混沌のうねりとなっているだろう怒りは、凝縮され呪いとなって吐き出される。呟きとともに、円卓上のもの全てが黒炎に包まれた。
「ジャールルルトの無念、晴らしてやろうぞ」
リリ・ペロは爪と牙を光らせる。
「どこのお馬鹿さんかな?」
「殺すだけじゃ生温い、魂も陵辱してあげる」
双子はくすくす、くすくすと囁き嗤う。
「……………」
言葉はないキールギゼットの背後、影が膨れ上がり、不穏な異音を奏でる。まるで無数の牙を擦り合わせているかのような冷たい音が。
狂々とするその場で、怒りに囚われるより呆然としてしまったシィシィシャルロットは、力が弱いからこそ、ある事実に気付く。
ジャールルルトは曲がりなりにも魔王の名を戴く者、高々人間如きが簡単に討てるわけがない――。
シィシィシャルロットが気付いたことに、気付いたガルフルシアンは天使さえ堕とす甘やかな笑みを浮かべる。
ぞくり、と悪寒が昇る。
「人間が魔王を討ったのなら、そこに神の介入があったと考えられる。ならば、報復は我々無月のきょうだいから贈ろう。――シィシィシャルロット」
ここに、と上座に呼ばれる。
シィシィシャルロットは、ガルフルシアンの次の言葉が嫌というほどわかった。
この場から背を向けて逃走して命がある確率を考え、ものの二秒で諦める。
のろのろとした動きで足を進める。
互いの体温が感じられそうなほど、恐る恐る近付いた時には、シィシィシャルロットの瞳は完全に涙の膜が張っていた。
ガルフルシアンは妹の様子に頓着せず、むしろ微笑ましいものを見るような目で眺め、シィシィシャルロットにとって最も恐ろしい言葉を落とした。
「シィシィシャルロット。我等が愛弟を討った人間どもに報復を。奴等に絶望を」
長兄の命に異を唱える弟妹などいるはずもなく。
溢れ出る怒りを何とか収め、他のきょうだいはシィシィシャルロットに願いを託す。
「「「「「絶望を」」」」」
ギラギラと燃える11の眼に見つめられ、シィシィシャルロットは何度目かの涙を落とす。
「気をつけて行っておいで。私のシシィ」
揃いのシィシィシャルロットの銀糸の髪を優しくかきあげ、ガルフルシアンは妹の額に優しく唇を落とす。
「は、はい、お兄様…」
ぶるり、と一際大きく震え、拒否権のないシィシィシャルロットは遠くなる意識を何とか繋ぎ止めながら切れ切れに答えた。
*************
樋口 雄太は、どこにでもいる平凡な高校生だった。
成績は中の中だし、運動神経だって特別いいわけでも悪いわけでもない。顔だって、イケメンではないが決して不細工ではない。と思いたい。
テスト期間ということで所属のサッカー部が休みになり、ぶらぶらと急ぐこともなく帰宅していると、突如足元が輝き――気づけば、勇者として召喚されたのだ、この世界に。
雄太だって、小説の異世界召喚ものは大好きだった。けれど、それは物語であって実際に体験したいというわけでは決してない。
最初は困惑した。困惑は怒りへ変わり、そして最後は諦めにかわった。
何故なら、この世界の人々が真摯に謝り、涙ながらに助けを求めてきたからだ。
人々を脅かす魔王を斃せば、必ず還す。
その約束のもと、雄太は奮起した。
幸いなことに、小説でよくみられるチート能力が備わっていたようで、身体能力が上がり聖剣は軽々と扱え、魔族を斃すのは楽勝だったし、怪我をしても直ぐに治る。
パーティは、雄太を召喚した聖女、双剣使いの女騎士、天才女魔術師、女盗賊――と、男が一度は夢を見るハーレム状態だ。
そして、予想に違わず、誰もが雄太を好きになり持て囃した。
聖女は、雄太が怪我をすれば直ぐに治るというのに涙を浮かべて心配するし、女騎士は「お前なんかまだまだ弱っちいのだから守ってやる!」と顔を赤くして叫ぶツンデレで、ヤンデレ女魔術師は隙あれば惚れ薬を飲ませてこようとして女騎士とよく喧嘩する。まぁまぁ、と雄太が納めれば、どこからともなく女盗賊がすり寄ってきて、「こんな小娘たちより私にしない?」と豊満な肉体をおしつける。
あれ?俺この世界の方が楽しいんじゃね?と思うのに時間はかからなかった。
これまた楽勝に魔王を斃した後もその思いはなかなか変わらなかった。
一層勇者様と持て囃され、美少女・美女が雄太に迫ってくるし、国王も褒美に金銀財宝を授けようと言ってくる。
国一番の美姫である王女は頬を染め、「私の夫となって、共にこの国を支えてくださいませんか?勇者様。お慕いしております」と涙ながらに雄太に告げる。
「勇者、ユータよ。魔王を斃してくれたことに礼を言う。そなたには褒美をとらせよう。また、お主が望むならば、直ぐに帰還の準備を始めようぞ。如何する」
だから、広々とした謁見の間に王を始め主要な貴族の面々が集まるなか、そう問われた時、雄太は考え込んだ。
王の後ろでは、王女が縋るような目で雄太を見つめている。雄太の背後からは、パーティの仲間からの視線をひしひしと感じる。
還るのはいつでもできるしなー、もうちょっとこっちに居てから還ろうかなー。
「はい、王様。では俺は――」
雄太が答えようとしたその時、頭上のステンドグラスが高い音をたてながら粉々に砕け散った。
飛び込んできた影が二つ、地に激突する瞬間風の魔術により衝撃を殺して降り立った。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!魔族よーーー!!」
誰かの悲鳴を皮切りに、人々は恐慌状態となった。
雄太は咄嗟に庇っていた腕の中の王女が無傷なのを確認する。
もちろん、王が傍の騎士に庇われて無事なのも確認済みだ。
「王女、怪我はありませんか?」
「はい、ユータ様のお陰で。…それより、あれは魔族…魔王の生き残った配下でしょうか…?」
「わかりません。ですが王女、早く非難を!俺がやります!」
「ユータ様!…ど、どうかお気をつけて…」
「ユータ様!大丈夫ですか!?」
「まだ魔王の残党が残っていたんだな。はやくやってしまおう」
「…ユータ…これが終わったら…私と結婚…」
「はいはい、それはまたあとで。ちゃちゃっと斃しましょっと」
聖女、女騎士、女魔術師、女盗賊、パーティの仲間が人波をかき分けて雄太の周りを固める。
「みんな…最後の戦いだ。気を引き締めて行こう!」
「「「「はい!」」」」
空からの急襲を仕掛けた魔族は、金髪紅眼の美しい男と、男の腕に抱かれた銀髪紫眼の美女。
男が丁寧な仕草でそっと女を床に下ろす。
かつん、と女魔族が足音高く雄太たちに一歩近づいた。
その姿の美しさに、雄太は息をのむ。
華奢だが凹凸のはっきりした肢体、人形のように整った容貌、瞬けば音がしそうなほど長い睫毛に囲われた紫の瞳は、何故か潤んで雄太を見つめる。
遠目からも艶艶としている赤い唇が言葉を紡いだ。
「――あ、あなたがジャールルルトを斃した勇者?」
少し震えたしっとりとした声。
ぞくり、と肌が泡立ち下腹部に熱が溜まるのが雄太にはわかった。
唾を音をたてて飲み込む。何故か目の前の美女を無茶苦茶にしたいという凶暴な思いがわき出てくる。
彼女も、ハーレムの要員なのだろうか?もし違っても、ハーレムに加わってくれないかな。
邪な考えを抱いた雄太に気付いたのか、女の後ろに控えた男が眉を顰める。
「いかにも、ユータ様が魔王を斃した勇者様です。あなた方が誰かなんて問うまでもありません。どうせ斃すのに無駄ですもの!」
聖女の声が掛け声となり、女騎士、女盗賊が駆け出す。
女を庇うように前に出た男は、腕の一振りで二人を弾き飛ばすと、雄太に向かって一直線に跳躍した。
女魔術師の魔術により出現した氷の魔犬を、いとも簡単に蹴り潰すと、雄太に向かって毒と呪いを纏う鋭い爪を振り下ろす。
腰の聖剣を抜くことも出来ていない雄太に、致命の傷を与える思われたその瞬間−−光の壁に阻まれ、男が吹き飛んだ。
「リヴィ?!」
魔族の女は悲鳴をあげる。
吹き飛んだ男は壁に激突すると崩れおちた。その右腕からは煙があがり、まるで炎に腕を突っ込んだかのように火傷を負っていた。
「うわー、いたそー。ね、お姉さん。俺には魔族の攻撃きかないんだよ。だからさ、大人しく捕まってくれないかな?」
「な、な、ぜ…」
「そんなこと、教えて差し上げる義理もありません」
「俺ね、こっちの世界に召喚された時に神様の加護をもらったんだって。だから、どうやったって魔族の攻撃を受けないらしいよ?」
「ユータ様!!」
のほほんと己の秘密を語る雄太に、聖女は髪を振り乱す。
「そんなに怒るなって。ね、お姉さん。そういうわけで、降参してくんないかなー。俺、出来ればお姉さん傷つけたくないんだよね」
ユータ様は美女にはすぐそう言う!!と後ろで女魔術師と聖女が顔を真っ赤にして怒鳴る。
しょうがないじゃん、男だもん。ハーレムに入って欲しいからさー。
「…あ、貴方、まさか異界の方ですか…?」
「ん?そうそう。で、そろそろ降参してくれる?」
「い、いやです…」
大きな瞳に一杯の涙をため、震えながらも女はきっぱりと断わった。
それを見て、パーティのメンバーはよし!と各々武器を構える。
殺す気満々の彼女たちにため息をつき、雄太は聖剣を抜くことにした。
彼女たちにやらせるよりは、自分の方が手加減出来るだろうし、女の顔には絶対に傷をつけないようにしようと思いながら。
そして、涼しげな音を伴い鞘から現れた聖剣を見た女の動きが止まった。
*************
勇者と名乗った少年は、淫魔の血を持つシィシィシャルロットの姿を見て素直に欲情するような、何の変哲もないどこにでもいる少年に見えた。
その少年が魔王を斃したという事実を忘れたわけではない。
だがまさか、異界より召喚され、異界の神の加護を持つ者だとは思いもしなかった。
理の異なる勇者に、シィシィシャルロットたちは手が出せない。
痛手を負ったリヴィアタンを心配しながら勇者に対峙したシィシィシャルロットは、加虐の興奮を浮かべながら勇者が引き抜いた『聖剣』に目が釘付けとなった。
「い、や、いや、いやいやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
シィシィシャルロットは絶叫する。
目の前の事実を否定したい一心で。
姿を変えても魔族がわからぬはずがない。
身体の底から歓喜する。
あれは、魔族の唯一神。弟神の別たれた御身。
如何なる経緯か。あの『聖剣』は、魔族が敬愛して止まない弟神だ。
では、討たれた弟は、同胞は。
愛する弟神により、命を絶たれたのか。
手を出すことなどかなうはずがなく、弟神を救うことも、自らを救うこともできず。
ただただ無力なまま、無造作に、意味もなく、屠られたというのか。
その無念、痛みは如何程か。
それでも弟神の御身が心配だと、その思念だけを『聖剣』に残し。
シィシィシャルロットの頬を、かつてない程熱い涙が伝う。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
シィシィシャルロットの突然の恐慌に固まっていた勇者たちは、最初、何が起こったか理解できなかった。
目にも止まらぬ速さで影が横切った。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
絶叫が響く。
両腕をもがれた聖女が赤い噴水をあげながら倒れこむ。
「だい−−おぶっ」
聖女に駆け寄ろうとした女騎士の首が飛んだ。
「ひっ」
息を呑んだ女盗賊の首が飛んだ。
「や、ユータ様!」
勇者に助けを求め、腕を伸ばした女魔術師の首が飛んだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぐぅっ!」
聖女の絶叫は、踏みつけられ肺を押しつぶされることで強制的に止められる。
「な…ん…」
聖剣を構えたまま何の動きもとれなかった勇者は理解できない。
転がるかつての仲間の三つの首が。
床に広がる血の海が。
惨状が、理解、できない。
「この人を−−泣かせたな」
シィシィシャルロットの悲鳴がスイッチであったかのように。
一瞬のうちに三人の首を刎ね、この惨状を描いたリヴィアタンは、頬を流れる返り血もそのまま、聖女の背を踏み躙り繰り返す。
「この人を、泣かせたな」
「…あ、…」
「何の慰めにもなりはしないけれど。せめて僕はお前の苦痛をこの人に捧げよう」
怒りを凝縮し、いっそ優しげに響いた宣言に、勇者はついに座り込んだ。
この世界にきて初めて遭遇した恐怖だった。
「う、ぅ、ゆ、ユータ…さま…」
「…うるさいよ」
唸る聖女に乗せた足に力を込め、リヴィアタンは違和感に気付く。
「お前、神族か」
神と人の合の子である聖女は、神族の持つ驚異的な治癒力で、今や血の流れを止めかけていた。
「ゆ、ユータ様、恐れることはありません。あなたは神に愛されし者。その聖剣に勝る魔族など、おりません」
「確かにお前の言う通り、そこの小僧は神の加護を持っているけれど。…お前は違うね?」
「…なにを、馬鹿なことを。私は神の子。父に愛されています」
「可哀想に、感じないの?お前はとっくに神とやらに見捨てられているよ。小僧を異界より召喚した時から」
神が愛するこの世界に異分子を招き入れ。
神の調和を乱す、異界の神の干渉を招いた大罪人を。
まさか神が愛すわけがない。
「そ、んな、そんな筈はありません!!私は父のために…!魔族め、出鱈目を言うのはやめなさい!」
「あははは!!本当に気づかなかったの?神力が落ちたとは感じなかった?神とやらの声が聞こえないとは?魂から反発しあう魔族が、神族のことがわからなかった理由は?」
「うるさいうるさいうるさい!!!黙れ魔族!!」
「ははっ、神に見捨てられた神族か。さすがの僕もお目にかかるのは初めてだ!滑稽だねぇ、シシィ!」
リヴィアタンの一連の蛮行を、涙が流れるまま呆然と眺めていたシィシィシャルロットは、呼びかけに微かに首を傾げ。
ほろほろと落ちる涙はそのまま、地に伏す聖女を憐憫の眼差しで見下ろし。
「あ、あなた、と、とても可哀想」
わたくしだったら、弟神に嫌われてしまったら悲しくて生きていけないわ
「----黙れ黙れ黙れ黙れ!!偉大なる神に歯向かう薄汚れた下等魔族ぐぇが!」
口角泡をとばし叫んだ聖女は、しかし、リヴィアタンが背を踏み抜くことで沈黙させられた。
「これ以上、シシィを怖がらせないでよ。よかったね?最期にシシィから同情してもらって」
彼女の優しさがわかっただろう?
聖女の心臓を容赦なく踏み潰したリヴィアタンは、顔色も変えずぐりぐりと尚踏みにじる。
びくびくと痙攣していた聖女が寸とも動かなくなってからも、暫く続けられた。
「…あ…あ…あ…」
とうとう、最後の仲間を目の前で容赦無く凄惨に殺され、勇者の恐怖は限界を超えた。
足に力が入らず無様に地を這い後退する。ガチガチと耳障りな音が、震えで自分の歯が鳴る音だと勇者は気付かない。
「----ね、ねぇ君」
止まらない涙を指で拭き取りながら、シィシィシャルロットは恐る恐る勇者の少年に近付く。
勇者が手にしている弟神の御身と距離が縮まるにつれ、シィシィシャルロットは己の血が喜びで沸き立つのを感じていた。
蒼白な顔で己を見上げる勇者のつま先にぶつかるまで近付き、こてん、と首を傾げ。
「苦痛と恐怖で苦しみ抜いた後の絶望は嫌い、よね?」
震える声で、シィシィシャルロットにとっては確認の問いを。
勇者にとっては恐怖を爆発させる台詞を吐いた。
「ぅ、わぁぁぁぁぁぁ!!!」
爆発した恐怖に駆られた勇者は、手にした『聖剣』でシィシィシャルロットの身を斬りつけようとし-----振りかぶった聖剣から何の手応えも感じないことに目を見開いた。
今まであらゆる魔族を容易く切り裂いてきた聖剣は、シィシィシャルロットの肌に触れることを拒むかのように、彼女の肩から薄皮一枚の空間を維持して先に進もうとしなかった。
風圧で揺れたシィシィシャルロットの銀髪が、ふわりと元の位置に戻る。
「…え、え?な、なんでだよ…」
どれだけ力を込めようと、聖剣はぴくりとも進まない。
「あ、あなたが教えてくれたのだから、わ、わたくしも教えてあげる。わたくしは、弟神の「寵愛」を頂いているの。だから、聖剣がわたくしを傷付けることは、あり得ないわ」
ガルフルシアン。ウォールグーズ。リリ・ペロ。キールギゼット。ハサル。ササル。そしてシィシィシャルロット。彼ら7人のきょうだいが、弟神の寵愛深きことを魔族で知らぬ者はいない。
人間にとっては、当然知る由もないことであっただけで。
「---あぁ、おじいさま」
恋人に囁くように、甘い吐息とともにシィシィシャルロットは聖剣を抱きしめた。
抜き身の刀身を抱きしめ、一滴たりとも血を流さないシィシィシャルロットを見、勇者は己に何の手立てもないことを知る。
「あ、あ、いやだいやだいやだ。お願いお願いお願い殺さないでお願いしますごめんなさいごめんなさい…!」
がくがくと震えながら、いつかの自分より滂沱と涙を流す勇者を、シィシィシャルロットはきょとんと見やる。
異世界からきた、ちっぽけな少年を。
「あ、あなたは、こちらの世界の争いに巻き込まれたということよね…。可哀想」
「っひ」
ただし、魔族は人間に興味はない。
そっと勇者の黒い髪を優しく撫で。
「でも、わたくしの弟を殺したという事実は間違いないわ。だ、だから、絶望を」
殊更恐怖と苦痛を与えるのはやめてあげる。
「…え?」
とん、と勇者の額を押せば、簡単に後ろへと上体が傾く。
倒れこむ勇者の背後で、宙に亀裂が入り、世界が裂けた。
「そ、そこは世界の層と層の間。人の身には余る空間。負荷に人の身は耐えられない。内側から壊れてひしゃげて捻れてしまう。---でも、あなたなら、だ、大丈夫」
だって、異世界の神の加護により、死ねない体でしょう?
人の身では手出し出来ない空間へ繋がる亀裂に飲み込まれる勇者の耳に、届いた最後の声だった。
勇者の姿が音もなく消え、沈黙した場にリヴィアタンは声を落とす。
「シシィ?」
いつまでも弟神の御身を抱き込んだまま立ち上がらないシィシィシャルロットに、リヴィアタンは疑問を抱き回り込む。
「…シシィ」
「り、リヴィ…、ひ、っく」
また盛大に涙を垂らすシィシィシャルロットを確認し、リヴィアタンは懐から手巾を取り出す。
しかし、血に汚れた手巾だったため、舌打ち一つ、地に投げ捨てた。
シィシィシャルロットと同じように腰をおとし、袖口で涙を拭ってやる。
「り、リヴィ、う、腕、腕は大丈夫…?」
「今更聞くの?」
「ご、ご、ごめんなさい…」
「大丈夫に決まってるでしょ。見てたでしょう」
「う、うん。あ、あの、守ってくれて、あ、有難う」
「当然でしょう。僕が、あんたを黙って泣かせたままにするとでも?」
シィシィシャルロットが物音が恐ろしくて泣けば、その原因を叩き壊し。他人と接するときに緊張と恐怖で泣けば、相手を排除する。目の前を横切った魔獣に驚き泣けば、魔獣を根絶やしにしようとする。
リヴィアタンは血の繋がった叔母であるシィシィシャルロットを確かに愛している。
魔族であるからに正しく過激に。
「で?まだ泣いてるってことは、僕はどうすればいいの?---あいつらも、我慢の限界だってよ?」
空が、陰る。
魔王、シィシィシャルロットの配下の者たちが、己の王の泣き声に怒りを露わに続々と姿を表している。
シィシィシャルロットは魔族にしては、力も弱く臆病で泣き虫だ。
怯臆を嫌う魔族が、それでも彼女を愛するのは、彼ら以上に彼女が魔族を愛しているからだ。
愛されたがりな魔族の中で、シィシィシャルロットは愛されたい以上に愛している。
本能的に命の危機から怖がりながらも、目に涙を溜めながら、心の底から狂信的に愛しているのだ。
---それが、彼女が愛される理由。
だから、彼女は許せない。愛しい弟を殺されて悲しくて怖くて怒りが収まらない。
勇者を片付けようと、気持ちが晴れることはない。
「さぁ、僕たちに好きに号令をかけなよ。あんたの思うままに動いてあげる」
リヴィアタンが、シィシィシャルロットを抱き上げる。
安心出来る腕の中で、シィシィシャルロットはすん、と鼻を鳴らし。
可憐な唇から、彼女を慕う者たちにとって絶対の言葉が吐き出される。
「こ、この国なんて、大嫌い」
どこかで、悲鳴があがった。
*************
つい先程届いたばかりの黒い封書をリヴィアタンが差し出すと、最近のように、シィシィシャルロットは広いベットの上でほろほろと泣き出した。
「なんで泣くの。まだ中身確認していないのに」
「わ、わかるもの。る、ルシアンお兄様からの、城への招待状、でしょう?」
「まぁ、そうだけど。相変わらずあの人に愛されてるね」
ふん、と面白くなさそうにリヴィアタンは封書をベットに放る。
弟の報復に国を一つ滅ぼした翌日にきた招待状。中身などわかりきっている。
シィシィシャルロットを褒めるためだ。
しかも、このタイミングを見るに、ガルフルシアンは間違いなくシィシィシャルロットに監視を付けていた。
もちろん、何か危険があれば助ける手筈の。
これからも、続々と他のきょうだいから招待状が届くはずだ。
要は皆、シィシィシャルロットを愛でたいだけである。
「り、リヴィ、そ、そんな呼び方しちゃ、だ、だめよ」
「煩いな。僕があの人のことをなんて呼ぼうと勝手でしょう」
「で、でも、この前も、あなたのことどうしてる?って聞かれたのよ?お父様、なんだから、」
「しつこい。僕はあの人を父と思ったことはないよ」
ぴしゃりとリヴィアタンが遮ると、シィシィシャルロットは口をつぐむ。
みるみる涙が盛り上がった。
それが頬を流れる前に、リヴィアタンは溜め息と同時に苦々しく呟いた。
「父とは呼ばないけれど。この招待には僕が付き添うよ」
「ほ、本当?じょ、冗談じゃないのよね?う、嬉しい。あ、有難うリヴィ」
シィシィシャルロットが、珍しく全身で喜びを表しながら、リヴィアタンに抱きついた。
条件反射で柔らかい温もりを抱き締めながら、小さい頭に顎を乗せ、再度リヴィアタンは不満気に溜め息をつく。
それに気付いていながらも、シィシィシャルロットは緩まる頬を止められなかった。
泣き虫な魔王の城で、軽やかな笑い声があがった。