学園の戦い9 真の帰還
学園の中庭。そこに置かれた台。いわゆる朝礼台というやつである。
爆破でダメにした真に見せる用の気合の入ったドレスの代わりに上下ともに乗馬用の服を着たフェオドラがその台の上にいた。
フェオドラは力強く宣言する。
「今から私は自分の恋人を救出するために行く!以後はグーに全て託す!去りたいものは去れ。誰も責めはしない。これは私の私闘だ!」
ボルテージが上がる中、学生たちは別の一点を見つめていた。
顔色の変わる学生たち。
それを機敏に察したフェオドラはみんなが向いているほうを見る。
そこには緑真。その腕にはお姫様抱っこをされているイングリッド。
そして、イングリッドはその肩に顔をうずめていた。
イングリッドをお姫様抱っこしてる真と目が合う。
フェオドラはあまりのことに脳の処理が追いつかなくなり叫んだ。
「んぎゃあああああああああああ!」
悲鳴。だがすぐにいつものフェオドラに戻る。
「っちょ!ずっりー超ずっりー!お姫様だっこ!私も!私も!」
キレながらぴょこぴょこと跳ねるフェオドラ。
――見苦しい!
その場にいた全学生の心が一つになった瞬間だった。
そもそもフェオドラは真より身長が高い。……というか真の身長が低い。
格好がつかないのだ。
だが、そんな事はフェオドラには関係ない。
ただ単にお姫様抱っこがうらやましかったのだ。
フェオドラと目が合った真はイングリッドに声を掛ける。
「桃井さん。降りて。赤口のとこについたよ」
真がうながし、優しく足を地面につけてやる。
だがしがみつく手はより強くなってくる。
「好きです。お兄ちゃん」
ズギューン。それは真のストライクゾーンに投げ込まれる剛速球だった。しかも魔球。
固まる真。それを確認して振り返った桃井ことイングリッドがフェオドラに向けた表情。
それは『私の勝ちですね。ご愁傷様』といった勝ち誇った表情であった。
だが、その瞬間イングリッドは見た。
両手を挙げて空を飛びながら二人にダイブするフェオドラを。
「真ォッ私もだっこー!」
甘かった。甘かったのだ。
ギャグでは『真に手を出したら燃やす』と主張しているフェオドラだが、本心では真の所有権を主張するつもりはない。
フェオドラは自分自身の経験から男のどうしようもないところを知っている。
しかも相手は男だった頃を知っている。
本命もおらずに女遊びを繰り返すどうしようもない男の姿を。
そんな自分が唯一の女にも一番の女にもなれるとは思えない
だからといって誠実な別の男に乗り換える気もない。
真がいいのだ。
今度こそ素直に真と生きたい。
だから、目指すのは『都合のいい女』。浮気どころかハーレム上等。狙うはハーレムルートの中の一人。
真なら深い仲になった女を切り捨てることはできないだろう。
そこまで考えていた。
真しか見ていないヤンデレ娘イングリッドとは覚悟が違うのである。
むしろ一番病んでいるのがフェオドラである。
そんなフェオドラにもみくちゃにされる真。
それを見て学生たちがざわざわと騒ぎ出す。
「あれイングリッド殿下だよな?真、死ねばいいのに」
「さすが真の兄ぃ!全てのイベントがエロに直結しておる。兄ぃ死ねばいいのに」
「なぜだ……なぜ俺にはエロイベントが発生しないのだ!リア充男の娘死ねばいいのに」
男子学生はもみくちゃにされる真をただただ見ていた。
男子学生たちは思った。
憎しみだけで人が殺せればいいのにと。
女子学生たちは妄想していた。
男子の怒りを買ってフェオドラとイングリッドそれに麗亜の目の前で男子学生全員に性的にめちゃくちゃにされてる真を。
女子学生の妄想は一つ間違っていた。
実は現実のそこには麗亜の姿はなかったのだ。
◇
「やはりみんなで隠し事してましたね」
麗亜がそうつぶやく。
ほの暗い地の底。全てを飲み込むような闇が広がる空間。
そこは学園の地下。
地下数十メートルもの自然にできた穴。
その上に学園は建設されていた。
麗亜はサーチの結果この穴の存在を認識していた。
学園の混乱の最中の隙。それを狙って進入したのだ。
穴の中には螺旋階段があるものを囲むように設置されていた。
この世界の魔法使いならなんと表現するのだろうか?
鉄のゴーレム。巨人のため鎧。神と呼ぶものもいるかもしれない。
厚い装甲に覆われた金属の体。背には空を飛ぶための羽とエンジン。
人が登場するためのコックピッド。
人間を模しながらも人間とは一線を隠すその造形。
それは麗亜。いや麗亜の前の体であった。
動かせるかもしれない。どうやら魔法的な力で動いていると思われる無線から主だったポートにノードの到達を確認する。
――よし。通信は生きているようですね。
麗亜の脳内にイメージされるコマンドプロンプト。
全ての操作は脳内で行われる。
そこにあらかじめ作ってあった自分用のユーザーIDとパスワードを入力。
パスワードは素数を元に毎週変更されるのだが、生成される乱数と計算式を麗亜は記憶していた。
――よし通った。
やはり自分の身体だ。そう確信して今度は管理者権限を奪取。スーパーユーザーとして全プログラムをチェック。
プログラム自体の同一性に問題はない。だがプログラムのタイムスタンプに異常が見つかる。それは真と麗亜の死亡時より後の日付になっていた。
――どういうこと?私は真ちゃんと一緒に死んだはずなのに。
麗亜は狼狽した。ありえないことが起きていたのだ。
慌ててロボのデータベースをチェック。表のデータベースは更新されていない。だが裏の麗亜専用のデータベースに異常が見つかる。
データベースの構造自体のエラーではない。やはりデータベースの更新日時が麗亜の死亡後になっている。それも数十年後だ。
それはクローラの溜めた情報。なんのバイアスもかかっていない情報群。それを全文チェック。項目ごとに仕分けする。
そこにはその後の地球の出来事が記録されていた。
ありとあらゆる情報。
赤口の死。黄生の死。青山の死。桃井の死。真の友人たちの生き様の記録。
そして真の友人たちという最大の障害がなくなった後の緑の暴走。
「これは……どう真ちゃんに伝えていいかわからない……」
麗亜は思わずそうつぶやいた。あまりにも膨大なデータから分析した結果はごく直近の未来に起こる出来事。それを真に言ってしまうのはためらわれるのだ。
考え込んでいると足音がした。麗亜は焦った。スキャンは常時かけていた。なのに接近を許した。そして足音の主はわかっていた。わかっていたのだ。
「グーお姉さま……」
そこにいたのはグーだった。
スキャンをくぐりぬけられそうな人であるフェオドラはこの騒ぎで走り回っている。だから残されたもう一人しかいないのだ。
「データを読んだのなら……それが時期尚早なのはわかっているでしょう。真ちゃんがあと少しで仕上がります。それまで黙っていなさい」
麗亜は無言でうなずく。それを見てグーは引き返し、その後を麗亜はついていく。
「お姉さま。フェオドラお姉さまは真ちゃんを裏切るんですか?」
「いいえ。男の子が女の子になってやってきた時点で存在が裏切り者みたいなものです。これ以上はないですよ」
その答えでは納得できない。麗亜は結論を保留するしかなかった。
そして麗亜は一番大事なことを質問した。
「私は何者なんですか?ただのロボのプログラムじゃないんですか?」
無言。押し黙るグー。
その答えは返ってこなかった。




