ニケとサクラ
ニケは農奴として生まれた。
農奴の村。
そこは農民の住む農村とは違い痩せた土地。ギリギリの生活。
栄養状態の悪さから平均寿命は他の階級の村よりも圧倒的に悪い。
なくならない口減らしや脱走者。
そんな中でもニケは家族と細々と暮らしていた。
そんな暮らしも両親の死によって突然終わる。
5歳の頃だった。
フェオドラの言うところのはしかだったのだろう。
自分たちの子供すら増えれば口減らしのために捨てられる。
それが農奴の村。
村にニケを養う余裕はない。
奴隷として売るとしても、親を失った農奴階級の子供は栄養状態が悪く死ぬ可能性が高いため価値がない。
ニケも口減らしのために山に捨てられる運命だった。
ある日、旅の女が村を訪れた。
30歳くらいだろうか。
顔からは年は判別できない。
額から頬まで達する大きな傷跡がありそれが年齢を判別困難にしていたのだ。
そんな女を村人の誰もが気味悪がっていた。
女が訪れた日、ニケは山に捨てられる予定だった。
だがニケは村長に女のところに行くように言われた。
街の娼館にでも売られるのだろうか?
そうニケは思った。
娼婦が具体的に何をする商売なのかはわからないが、あまり良い商売ではないとは漠然と知っていた。
病気にかかるので長生きはできないとも聞いていた。
それでも今死ぬよりはいくらかマシなはずだ。
女はニケを見るとうれしそうに笑った。
その笑みは傷のせいか化け物のように思えた。
ニケは不気味に感じながらもそれを悟られないように笑い返した。
両親が死んでからニケは周りを敵に回さないことを覚えたのだ。
それを見て頭を撫でる女。
ニケはなぜかそれが嫌ではなかった。
その日のうちに女はニケを連れて村を出た。
村長が言うには、ニケは女に売り飛ばされたらしい。
相手はまともな人相ではない。
あとで娼館にでも売り飛ばされるのだろうと思った。
ところが、村を出ると女は手を差し出してきた。
「手、つなご?」
優しい声だった。
ニケは声の変わりように驚きながらも素直に手をとった。
二人は手をつないで街に向かう。
その間、女はずっと話をしていた。
違う世界から来たこと。
神様に友達のいない時代へ送ってもらえるように頼んだこと。
その対価として大事なものをとられてしまったこと。
その話は女が死ぬまで何度も聞かされることになった。
何度も何度も。
そう、街についても女はニケを売り飛ばさなかったのだ。
キリュウ サクラ。
それが女の名前。
「お姉さんと呼べ」そういつも言ってたけど、ニケは母親だと思っていた。
異世界に渡った女と少女が出会った。
そして始まるつつましくも幸せな生活の話。
話はそこまででいい。
まだ、サクラとニケが完全に別の存在だった頃の話。
それが、サクラの死とサクラの持っていたブレスレットによって全てが変わってしまった。
まだ麗亜には言えない。ここから先が地獄なのだから。
フェオドラにも真にも伝えられない。
そう思いニケはサクラの死から始まった事件の重要部分についてだけは秘匿することにした。
◇
「んで、これを見て欲しいんだ」
ニケは懐から何かを取り出す。
黄色い金属製のブレスレット。
手入れはされているが、経年劣化なのだろうか色はくすんでいた。
麗亜はそれを見た瞬間、目を見開いた。
「まさか……これは変身用のブレスレット!」
ニケは麗亜の反応を見て、やはりといった具合の表情を浮かべていた。
「黄生さんは地球で死んだとき、これは持ってなかったはずです!なんでこの世界にあるんですか!」
「わからない。これはサクラの形見なんだ。真くんは持ってないの?」
「持ってないです。真ちゃんは死んだとき持っていたのに……」
麗亜はわけがわからないといった様子だった。
ニケはそれを見て一人で納得したようだった。
「そうか……それがわかればいいんだ。これはあげるよ」
そういってニケはブレスレットを麗亜に手渡す。
「形見なのにいいんですか?」
「もう必要ないしね。じゃあ、私の『事情』の話をしようか」
「『事情』ですか?」
「まあ、そんなに大した話じゃないよ。真君が来るまで黙ってろって言われててさ」
「誰に……ですか?」
「ジークフリートっていう組織。聞いたことある?」
フェオドラの話に出てきた謎の勢力。
麗亜が無言で頷くと、ニケは話を続けた。
「いやさー。サクラの遺体を取られちゃってさー。返して欲しければ学園に入学して緑真がくるまで黙ってろって言われたのよね」
「遺体……黄生さんが亡くなったのって最近なんですか?」
「ところが10年前なんだよね……おかしいだろ?いまさら遺体なんて……ところがね……5年前に突然やって来たあいつらが墓を暴いたんだ。そしたらさ……骨になってなかったんだ。腐りもしてなかった……」
「どういうことですか!」
つい声を荒げてしまう麗亜。そもそも通常土葬の場合、自己の持つ酵素や虫によって急速に腐敗して分解される。ゆえに死体がそれほどまでに長く腐らないことはありえない。
確かに死体への防腐処置、エンバーミングという技術は存在する。
地球でも1920年に死体防腐処理を施された死体が今も生前とかわらない状態であり、今も展示されているが、それにはホルマリン、塩化亜鉛、アルコール、サリチル酸、グリセリンが使われている事がわかっている。
もちろんこの世界での科学技術では不可能である。
「わからない。それも学園で魔法を学んだ今でも全く見当もつかない。最初はわけがわからなかった。サクラの話に出てきた男の子が来るまで黙ってろなんて。でもそれが本当に来た。で、相手の要求は満たしたから黙ってるのをやめた……というわけ」
「そうですか……」
麗亜はそれだけしか言えなかった。
ニケの話は怪しいが、明らかな敵対をしているわけではない。
実際、麗亜は話の途中ずっとニケをスキャンしていた。
呼吸、心拍数、声の周波数、その全てに明確な嘘と判断できるものはなかった。
そこから考えてニケの話はそのほとんどは真実であると判断できた。
だが、意図がわからない。なぜ麗亜なのだろうか?
真たちをかく乱するため。
それなら真かフェオドラに言えばいい。より動揺するだろう。
麗亜ならそこまで動揺はしない。直接の友人ではないからだ。
麗亜にとって元の世界の人間で大事なのは真だけだ。
フェオドラとは今の世界で出会って友人になった(と思う)。
優先順位は真が一番なのである。
真を守るためならどんな手も使う。
悪影響があると判断したら言わないことを迷わず選択するだろう。
確かに麗亜の情報を黄生は持っていないだろう。
だからこそ麗亜に言う必要はないのだ。
それとも他の理由。
考えるが論理的な答えは出ない。
考えることによって無言になる麗亜。
それを見てニケは申し訳なさそうな顔をして言う。
「ごめんね麗亜ちゃん!あなたに言ったのは特に意味はないんだ!ただ、フィーちゃんとか真くんより言い易かっただけで……」
手と手を合わせて合掌し、頭を下げて言う。
「え?」
ただ単に言い易かっただけ。
その発想はなかった。
と、騙されていたかもしれない。普通の人間ならば。
だが、麗亜には通じなかった。
スキャンのデータからの分析。
そこには今の発言だけが明確に『嘘』と判定されていた。
ジト目でニケを見る麗亜。
それを見て冷や汗をかきながらニケはごまかすように話を変えた。
「でさ、真くんの話だけど……あの子、子供でしょ?年齢じゃなくて中身が。この学園、奴隷出身の子とか多いんだけど、その子達と同じ目をしてる」
「どういうことですか?」
無茶な話題の変化。
だが、真の事なので麗亜は思わず食いついてしまう。
「子供じゃいられなかった連中と同じ目。今になって子供やり直してるでしょ?あの子」
「……確かに……そうですね」
緑の一族に所有されて使い捨てにされるだけの人生だった真。
麗亜はそれを思うと妙に納得してしまった。
「だから時間をかけたほうがいいよ。麗亜も真くんもね」
「……うん」
素直な返事。
この時、麗亜は完全に忘れていた。
『まーあの子。昔からハッキリしないんだよね!』
まるで自分の記憶のように言ったニケの台詞を。




