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イングリッド 後編

前編ちょっとだけ直しました。


砦では軍議が行われていた。


「キサマァッ!

何が亜人に暴動を起こさせれば領地を奪取できるだ!

あっという間に鎮圧されたわ!」


鷲鼻の男が茶色い髪の屈強な男に怒鳴っていた。


「ま、まさか、王国がアレほどまでに亜人を飼いならしているとは……」


そう言いながらうなだれる茶髪の男。


「貴様のおかげで村に寄越した兵が全滅したわ!

どうしてくれるのだ! どうしてくれるのだぁッ!」


不毛な責任追及。

それに意味はない。

最終的には部下の誰かに責任を押し付けるのだから。

なあに王国にも適当な部下の首を送りつければいい。

と、思った。

その時だった。


ドゴォッ!っという音がした。

部屋の入り口の木製のドアが壁とともに粉々に吹っ飛ぶ。

吹き飛ばされて転がる鷲鼻と茶髪。


「ふぅーッ。

黒色火薬って結構な威力があるんですね」


壁の外に全身を包む大鎧。それが見えた。

鎧の中から聞こえた声。それは幼い少女のものだった。


「な! な! な!」


言葉が出ない。


「はーい確保」


鎧の後ろから屈強な亜人がなだれ込んでくる。

屈強な大男。

一般的にオークと言われる種族。

例の村の亜人達だった。


「うわああああああッ!

何をするやめろおおおおぉッ!」


亜人にタコ殴りにされて組み伏せられる二人。

それを見て鎧が亜人に声を掛ける。


「あー、そいつら殺しちゃだめですよー。

生かしておけば身代金取れますからね。

そのお金で皆さんの村を直しますからねぇー」


うなづく亜人たち。

その一言で暴行が終わった。

そして、物音を聞いてやって来る兵士。


「伝令! 砦に侵入した何者かに襲撃を受け我が方は総崩れ、すぐにお逃げくだ……うわあああああ!」


すぐに亜人達に捕らえられる。

それを見て茶髪の男が暴れる!


「ぬおおおおおおッ!はなせえええええッ!

そこなる鎧!

戦士としての誇りを掛けて一対一の勝負を申し込む!」


それを聞いて茶髪の男に近寄る鎧。

いきなり拳を振りかぶる。

グチャッ!という音がして茶髪の男の前歯が数本宙に飛んだ。

一撃で昏倒する男。


「いまさら戦士の誇りとかバカですか?」


昏倒した男を蹴飛ばす。

男はピクピクと痙攣していた。

容赦の無い追い討ちに亜人たちが口を開けて見ていた。



「いやあ、だってあれだけの兵を動かしちゃったので元老院に文句言われないように成果出さなきゃダメかなぁって……あはははははは」


アインが砦に迎えに行くとイングリッドは頭をかきながらそう言った。

砦は特に損傷も無く、戦闘が行われたとはとても思えない有様だった。

だが、ほとんどが怪我もせず縄で縛られている敵軍の兵士たち。

戦ったのだろうか。

酷い暴行を受けたような傷を負っている兵士がいる。

前歯を失って血だらけになってぐったりしているものもいた。

イングリッドの鎧。

その小手にべったりと血が付いていたところから、イングリッドも戦闘に参加したのだと推定される。

ところがイングリッドの持っている武器。

鍛冶職人に特別に作らせたハルバード。

イングリッドが薙刀と呼んでいる武器には使用された形跡はなかった。

両軍に死者はいなかった。

イングリッドの護衛につけたアインの部下たちもほぼ無傷で帰ってきた。

イングリッドの部下や亜人た、イングリッド自身、そしてアインの部下も敵に手加減をするだけの余裕があったのだ。

あくまで安全に敵を排除してしまっていたのだ。


だが、それとアインの怒りは別問題であった。

アインはキレていた。

こめかみには血管が浮き、歯軋りをしていた。

大きくため息をつく。

自分を落ち着かせようとしたのだ。

そして、なるべく優しく聞くことにした。


「なぜこんなことをしたのですかな?」


アインはなんとか冷静に言うことに成功した。

最初の発言は絶対に嘘だ。

そう断言できた。

元老院への報告にまで気を回せる人間が、それだけのために無茶な作戦を実行するとは思えなかったのだ。

アインは本当の狙いを王女の口から語らせたかった。

だからこそ冷静に慎重に聞くことにしたのだ。


「だってこのままだと亜人の皆さんを処分しないとダメでしょう?」


「そうですな。少なくとも首謀者は死罪、村は税金を倍といったところでしょうな」


「なので、亜人の皆さんと協力して砦を落としに行ったということにします」


「はい?」


「いえだから、隣国が亜人の村に攻め込んできて人質を取りました。

なので人質を奪還。報復措置で砦を攻めました。ということにします」


「なぜそのようなことを?」


「その方がいいことが多いんです。

亜人さんたちは逆賊から英雄へ。

アインさんは砦というお土産を元老院に持っていけます。

兵士さんたちは五体満足で帰れますし、恩賞も期待できるでしょう。

元老院と国はみっともない内戦から、圧倒的な勝利で正義をなした戦争という評価の転換ができます。

国民は戦勝ムード。

隣国は滅ぼされなかっただけマシと。

文句言ってきたら外交ルートで締め上げます。

私は亜人の皆さんと仲良くなれました。

ということです」


滅茶苦茶だ。とアインは思った。

成功したからこそ言える台詞であり、失敗していたら国は王女を失ったのだ。

だが、目の前の少女はその滅茶苦茶をやってしまったのである。

誰も損をしない終結を。

おそらく、最初から落としどころを考えて作戦を立てたのだろう。

亜人のことまで計算に入れて。

文句を言う資格など無いのだろう。

そうアインは思った。

暴走を止められず、計画の駒としてすら見てもらえなかった自分では……と。

アインの中で諦めの感情が沸き、それとともにいつの間にかアインから怒りの感情が消えていた。


「隣国はそれで納得しますかな?」


ふと疑問に思ったことを口にした。

今回の件で唯一損をしたのが隣国なのだからだ。


「しないでしょうね。

でも……下手に手を出したら火傷するってわかって頂けたと思いますよ。

それに、今回の件で隣国がちょろい相手だってわかりましたしね」


ため息。

そこまで理解しているのなら、何も言うまい。

イングリッドはアインなどより、よほど事態を理解していることを理解したからだ。


「なぜ……我々を置き去りにしたのですかな?」


駒としてすら見てもらえなかったことを嘆いて言ったのではない。

ただ、イングリッドが何を考えていたのかが知りたかっただけだ。


「そりゃ、油断させるためですよ。部隊に紛れ込んでる間者の人も含めてね。

酒宴で浮かれてるって報告が行って、悔し紛れに無駄な軍議をしてるところに闇夜に紛れて強襲。

将校を捕らえて、あとは士気がだだ下がりの弱兵を投降させたり逃がしたりして、はい終わり。

まあ、あっけないものです」


イングリッドはそういうとヘラヘラと軽薄に笑った。


「……いるのですか? 我々の中に」


「いないわけがないでしょ? 私だって隣国には何人も送ってますよ」


そう言うイングリッド。目だけは笑っていない。


「そういうわけで誰も損はしない形で一件落着です。

アイン将軍。戦後処理はよろしくお願いいたします」


話が終わったとばかりにさわやかな笑みになる。

その笑顔を見てアインは深く深くため息をついた。


後日、過剰に成果が誇張された報告書を元にした演劇が上演される。

彼女が率いる軍が村を襲った悪漢を打ち倒す娯楽劇。

その中でのイングリッドの二つ名は『軍神』。

これが彼女が『軍神』と呼ばれるようになった事件の顛末である。


14歳になったイングリッド。

彼女を先導しながらアインは思う。

軍神? それは彼女を表す言葉としては不適切だ。

誰も何もさせてはもらえなかった。

敵も味方もだ。

気がついたら全てが終わっていた。

そんな埒外の存在をなんと呼べばいいのか?

未だにアインには結論が出せないでいる。

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