貴族の令嬢フェオドラ
光が見え、吸い込まれる。
そして暗い洞窟を抜けたような気がした。
目は見えない。
耳もよく聞こえない。
お尻に痛みが走る。
身体を吹き飛ばされるような痛みに感じた。
悲鳴を上げる。
どうやら叩かれたようだ。
声が言葉として発せない。
ギャーギャーという声を出しながら軽くパニックになっていると、抱きかかえられた。
この時、赤口は自分が小さくなっていることを理解した。
股間に違和感を感じる。
アレがない。
アレがなかった。
竿もないナッツもないのだ。
喜びが溢れる。
女になったのだ。
女の身体なのだ!
貴族の令嬢。
フェオドラが誕生した瞬間だった。
自身の力で自由に動けるようになるまで丸二年。
幸運なことにこの世界の赤口が生まれた地域で使用される言語は日本語だった。
覚えなおす必要は無い。
物の固有名詞などを覚えるだけだった。
言語に問題が無くなった頃には、フェオドラは天才児と言われるようになっていたが、それだけでは満足しなかった。
社会制度を学ぶことに着手する。もともと前世は法学部出身だ。
それが社会制度を理解することに役立った。
政治体制は君主制。貴族制度あり。
大昔の戦争で捕獲された奴婢を実質的な農奴としている。
犯罪者への刑としての奴隷制。契約による人身売買もある。
中央政府が完全な統治をする手段がないため、非中央集権的社会。
領地の狭い都市領主が没落し、辺境の地方領主が台頭。
ドゥーム伯爵家も辺境を領地として近年台頭してきた。
成人した男性の死亡原因の多くがはしかなどの病気。
成人した女性の死亡原因は大半が出産。それ以外がはしかなどの病気。
それ以前に三割は大人になる前に死亡する。
平均寿命は40年程度。平均が低くなるのは子供の頃に死亡することがあまりにも多いからだ。
人種は、白人や黒人、黄色人種のような概念はない。人間は人間。
その代わりに亜人が存在する。
亜人も危険なら滅ぼすし、仲間なら優遇する。
非常におおらかな価値観。
宗教に関してもそうだ。
一応、国教としての中央教会はある。
だが建前上は、中央教会は宗教に非ず。宗教ではなく国家祭祀である。
王国の臣民たる義務に背かない範囲において宗教の自由は許されている。
要するに、「国と人様に迷惑かけなければ勝手にしていいよ」ということである。
社会を学んでいるととある問題が発覚した。婚姻年齢だ。
地方では13~15歳頃には結婚し、貴族に至っては10歳前後で政略結婚をすることがある。
戦慄した。
せっかく真に会える。真がいる世界なのだ。
他の男の抱かれるくらいなら、こんな世界滅ぼしてしまおう。
そう決心したが、フェオドラはその方法を持っていない。
現実的な路線でも結婚を断ることができる何かがなければならない。
最悪の場合、結婚させられそうになったら家出ができて生活することもできるような何かが。
そこで、フェオドラはこの世界と元の世界の一番の違いに目を向けた。
この世界と元の世界との一番の違いは魔法。
元の世界にも存在はしていたようだが、怪人だけが使っていた未知の技術。
戦隊装備にも応用されていたとの事だが、技術情報が公開されていないため誰もその細部を知らなかった。
それがこの世界の中核的な技術なのである。
魔法の存在によって科学技術そのものは全く研究されていなかった。
これはフェオドラにとって有利と思われた。
なぜなら、元の世界の高等教育レベルの自然科学の知識があるのだ。
この世界にない科学の知識を魔法に転用すれば並みの術者よりは有利に違いない。
産業転用も可能で家出したときでもつぶしがききそうである。
フェオドラは魔法を学ぶことを決心した。
そこからは、時間との戦いだった。
大学受験の時より、必死に勉強した。
勉強を始めたのが3歳。あと7年しかない。
家にあった書物。
印刷技術がないので手書きの写本。何度も読んだがいまいち意味がわからない。
入門書ですら、理論を学ぶ前提の総論部分を理解するのにさらに書物が必要であったりと、他人に理解させようという意思が感じられない。
あまりにも難しいため屋敷のものや両親に質問したが誰もわからないようだ。
その後、試行錯誤を繰り返し、3歳を半年ほど過ぎた頃に初めて魔法を使うことに成功した。
結論は理論は後から考えればいい。
本に書いてあるのは小難しい理論だったが理論に意味はない。
なぜなら、本自体が才能のあるものがなんとなくで書いた経験則を蓄積しただけの誤った理論だったのだ。
この世界の魔法使いはなんとなく才能で魔法を使っていたのだ。
誰でも使えるものでないというのも当たり前だったのだ。
赤口は3歳と半年でそれを理解した。
その理解の代償は勉強用に与えられた勉強小屋と辺り一帯の焼失。
なんとなくでできてしまった。
恐ろしいほどの才能。
半年後、4歳になったフェオドラは強くなる一方の魔力を制御するためという建前でその力を恐れた家族や親族に学園に放り込まれる事になる。
実は制御は必要なかった。
義務教育程度の科学の知識があれば、実験を繰り返すことで実用可能なレベルにまで制御できたのだ。
それを理解していたこの世界での父親だけは泣きながら反対したが、フェオドラに異論がないため学園へ行くことになった。
その頃には、フェオドラはこれがいわゆるチートと呼ばれるものなのだと理解していた。
このチートを最大限活かす計画を胸に秘めて。




