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赤口の回想2

桃井との事件から数日経ったある日。


赤口は基地のラウンジで変な形の電卓とテキストを交互に見ている真を見つけた。

桃井の一件からなんとなく真を避けていたのだが、真剣な顔をしながらも全く作業が進んでない様子だったせいか、つい話しかけてしまった。


「わからないところでもあるのか?」


「最初から全部わからない……です……」


『計算技術検定テキスト』と書かれた本を手にとって見る。


『入力方法例 (6.47/tan(π/3))-((sin(2π/5)-8.09)/(4.69+cos(2π/3)))』


「へぇーこの電卓そのまま計算できるんだ」


「……このπってなんですか?」


「え?」


絶句。


――学校名聞いたときに多少違和感があったがもしかして……いや偏差値30台クラスだからと言って馬鹿にしてはいかん。


恐る恐る聞いてみる。


「えと……円周率の記号とか……中学校で習ったよな?」


「中学……行ったこと……ありません。 学校行くの初めて……です……」


下を向きながらぼそぼそと言う。


――これはマズい。 完全にアウトだ。 だめだこいつ何とかしないと。


すぐに通信機で桃井を呼び出す。

不機嫌そうな声の桃井が応答する。


「なんですか? 私はもうあなたとは……」


「グリーンのことだ。 彼がピンチだ。 ラウンジまで至急着てくれ!」


「真ちゃん!真ちゃんは!真ちゃん!まこあくぇrちゅいおぱsdfghjklzvbんm、!」


恐怖を感じるほどの速さで血走った目の桃井が来る。

人を辞めた桃井に恐る恐る現状を説明。

そんなことないだろうと笑顔で問いかける。


「えっと、真ちゃん……いい国作ろう?」


「さいたま?」


への字になった眉毛の困った顔で首をかしげて答える。

明らかに目が本気だった。

冗談でボケているわけではない。

ギギギギギギギギッ!という音をさせながら桃井が赤口の方を振り返る。


「マズイッ! 本気と書いてマジでマズイです。 これから先、生きてけないレベルのヤバさです」


赤口は無言で頷く。

確かに学校名だけで『ピーッ』のレジ打ちすら断られる学校なのは知っていたが、まさかこれほどとは……

赤口と桃井の反応を見て下を向く真をなだめながら、どれほどの学力なのかを聴取する。


「うん。小数はなんとか理解してるな……えっと分数……というか分数の割り算わかるか?」


眉を下げた情けない顔のまま首を傾げてる。


「うん……数学というか算数のレベルはよくわかった…… 」


「真ちゃんは英語は凄いですね。 専門書レベルでも読んで訳せるみたいですよ……発音もきれいだし……読んだ内容自体は全く理解できてないみたいですが……」


「えっと……国語はどうかな? 自分の名前は漢字で書けるみたいだし……って読めるけど書けてないな……」


「社会は……なんで国際情勢とか紛争地帯は詳しいのに地図の穴埋めは東京と埼玉しかわからないのぉッ!」


「自宅と学校の半径数キロまでの事しか……わからない……だと……(ゴクリッ)」


「理科は全滅……電気科なのにオームの法則すらわからない……なんて……」


圧倒的絶望感。


「……勉強しましょう」「……勉強しよう!」


それからは大揉めに揉めた。


「だから何で国語教えるのに教科書がポルノ小説なんだよ!」


「なッ!? チャタレイ夫人の恋人、悪徳の栄え、O嬢の物語は文学史に燦然と輝く……」


「チャタレイ夫人の恋人と悪徳の栄えは最高裁まで争ってわいせつ認定されてるよな!」


「昭和32年、昭和44年の最高裁判例などもはや無意味です! 相対的わいせつ概念は我々の側、つまりメイプルソープ事件での勝訴によって、芸術性によってわいせつ性が阻却される方向に時代は向かっているのです!」



目が本気だった。


――ダメだこいつ……攻め方を変えないと……


「真はピュアだよな……?」


「へッ?」


「今が大事な時期だと思うんだ。」


「えッ?」


「高校生らしいピュアラブイチャイチャとかしたいだろ?」


ブシュッ!


鼻血。

そして目を見開きブツブツと何かを呟く。


「い、今、今ならあの名シーン。拘束。梟の仮面。焼印。毛を剃られて見世物を再現できるチャンス。圧倒的サディストォッ! ヒャッフーッ! いやいやいやいやいやいや、ピュアラブイチャイチャは今しか……いやだからこそ、今から仕込めば……超高校級のナンバーオブビーストゥッ!が……いやでも少女マンガみたいなシチュエーション。ああでもWEB広告の『あーあ……このケータイ防水じゃねーのに』」


漏れる声から桃井の闇を垣間見た。

赤口は心の底からドン引きする。


「もう、どうすればいいかわかりません!(性的な意味で)」


ブシュッ!

興奮のあまりまたもや噴き出す鼻血。


「うん。一度死ねばいいと思うよ」


生暖かい笑み。


そのやり取りを見てクスクスと真は笑っていた。

この日を境に三人は仲良くなっていった。

最初は無表情だった真もだんだん笑うようになっていった。

桃井によるエロゲ洗脳でエロゲ脳になったのは誰も気にしない。

世の中にはスルーすべきものがある。


「ちがーうッ! 真ちゃん! そこはただ裸になるんじゃないの! ただ裸になるだけ、それは開放! それじ全然ダメ! 羞恥心! 羞恥心を刺激するの! 羞恥心という枷を! ただ単にパートナーに無理やりされてるんじゃなく、て嫌だという常識を壊すの! 裸より恥ずかしい格好をさせて、それを心の中では貞淑な女性が喜んでいるというそのシチュエーションこそが倫理派を批判するということなの!」


「し、師匠……私が間違ってましたぁッ!」


――絶対にツッコまないからな!


周りがボケばかりなので、真もだんだん毒されてきた。

だんだん、だんだんと人間に変わっていった。



――ああ、そうか……俺も真もあの一年間で初めて本当の意味で友人ができたんだ……


そう現在の赤口は悟った。

幸せな日々だったと思う。

現在の赤口は、真の死からも何年も経っているのに、それを思い出すだけで、未だに自分が涙を流せることに気がついていた。

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