上弦に問う 3
いつまで座ってんだとやってきた勘吉により、再び馬の背に跨ることとなった満尋は、流されるまま勘吉主催の乗馬レースに参加することになった。
「だから、俺今日が初めてなんだって、聞いてるか?」
うんざりしている満尋を他所に、着々と準備は進んでいる。男ばかりで競争といえば燃えるもの。他の衆徒たちも巻き込んで、総勢十四人によるレースが始まろうとしていた。
「では、ここを一周して山道を一回りし、一番先にここへ戻ってきたものが勝ちです。山道は三又のところを左に折れれば一本道ですから、間違えないようにー」
十壱は真っ先に審判役を買って出て、このレースから離脱した。なんとも要領のいい奴だ。スタート地点に馬を並べて、合図がなるのを待つ。馬たちもなんとなく乗り手の意気込みが伝わっているのか、しきりに鼻を鳴らしたり、足踏みをしている。
「では、よーい……」
ぴぃー、と十壱の指笛が高らかに鳴る。「はっ」と言うと同時に、どどどっと土煙をあげて一斉に馬が走り出す。満尋も遅れまいと手綱を握り締めた。
結局満尋は下から数えた方が早い順位に終わった。まぁ、初めてだし完走したことに意義がある、とマラソンのようなことを思う。一位は当然ながら勘吉だった。子どもの頃から乗り回していたというのは伊達でなく、二位とは圧倒的に差をつけてのゴールだったと十壱が言っていた。
そして驚くことに、このレースは頭の宇木衛門にまで伝わっていた。夕餉の席で、
「お前たち、今日は随分と面白いことをしていたようだな。今度は俺も混ぜろ」
と、口元を緩めて言われたときは、皆で固まった。
風呂に入った後はもうすることがない。明かりを灯す油は貴重なため、暗くなればさっさと寝てしまうのが、この世界の常識だ。部屋の前の縁に腰掛けて、ぼーと月を見ながら火照った身体を冷やしていると、勘吉が隣に座り込んできた。
「いやー、今日は楽しかったな。競馬なんて久しぶりだ」
「あんた、あっという間に見えなくなったな。昔から一番だったのか?」
馬の出来が一頭だけ違うのではないかと思うほど速かった。そう言うと勘吉は、豪快に笑った。
「んなわけないだろー。俺はいつも二番だったさ。幼馴染に滅法速いのがいてな。そいつには結局勝てず仕舞いさ」
今なら負ける気はしないんだけどなー、と言う勘吉はやはり何か事情があるのかもしれない。今でなくとも、いつか聞けるだろうか。
「そういうお前は、どんなことしていたんだ?」
子どもの頃を聞いているのだろう。すぐに思いつくのがテレビゲームなのだが、上手く説明できないし、それだと少し寂しい。
「学校で野球……とか?」
口に出して、あっと思う。学校も野球も分からないに決まっている。首を捻っている勘吉に慌てて、学校は同じ歳の子どもが勉強したり遊んだりするところ。野球は棒と小さな鞠を使って遊ぶものだと伝えた。
「ふーん、羽子板みたいなもんか。じゃぁ、今度そのやきゅうやろう」
「……遊んでる暇なんてないだろ」
明日はまた別の当番もあるし、剣術、槍術、後々は鉄砲も使えなくてはならないらしい。そして、その合間合間に簡単な仕事も貰うそうだから、遊んでいる時間なんてほとんどないのだ。それでも勘吉は諦めきれないのか、できる、できないと問答を交わしていると、すっと戸が開いて十壱が顔を出した。
「二人とも煩いですよ。明日も早いんですから、もう寝てください」
それだけ言ってまた静かに戸が閉まる。
「お前は俺の母ちゃんか」
そう勘吉が呟いたが否定はできない。満尋も同じことを思った。すると中から「外で寝たいのですね。どうぞどうぞ」という声が聞こえたので、慌てて部屋に入り頭を下げた。まだ夏の終わりとはいえ夜は冷える。締め出されてはたまらない。
自分の布団を広げて横になると、久しぶりに現代のことを思い出した。家族はどうしているだろう。学校は。友達は心配してくれているのだろうか。いくら考えても答えは出てこない。こちらから向こうの様子など知る術はないのだ。いつか勘吉のように、現代のことを懐かしいと思いながら語る日がくるのだろうか。そうならなければ良い。湯冷めしたのか、布団の中でぶるりと体が震えた。




