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笑う三日月 4

「俺の生まれた里は歧呉の南の端っこにあってよ。馬の産地だった」

 そう話す勘吉はどこか遠くを見ている。きっと故郷を思い出しているのだろう。とても穏やかな顔をしていた。

 里は山に囲まれた温暖な気候に恵まれ、そこでは馬も人も伸び伸びと暮らしていた、と勘吉は言った。特に名馬が多く生まれると、国内外で有名な里だったそうだ。平地では何頭もの馬たちが駆け回り、多くの国から使者がやってきては、献上する馬の下見に来ていたそうだ。

「昔『小夜嵐(さよあらし)』っていう青毛の駿馬がいて、その子孫たちが里の宝だったんだ」

 青毛というのは真っ黒な毛を持つ馬のことだ。厩を担当していた男が、青毛は中々生まれないと話していたのを聞いたことがある。実際鵟衆の厩には、黒鹿毛はいても青毛の馬はいなかったはずだ。珍しい毛色で足も速いとくれば、それは人気だっただろう。

「俺はその小夜嵐の子の孫の……とにかく、子孫の馬を連れて里を離れたんだ。そいつを歧呉の偉いお方に献上するためにな。離れていたのは、十日ばかりだったか? まぁ、そんな長い間じゃなかった。けどよ、その短い間だったぜ……」

 歧呉の城下に向かう途中。勘吉は立ち寄った茶屋でとある噂を耳にした。団子を頼み、丁度一心地着いた時分だった。なんでも、ある里に殿様が兵を出すように指示をしたらしい。話をしているのは、笠を被り、山越えをしてきたばかりだという男と店の主人だった。笠の男は墨染めの衣に白い脚半、手甲をつけた姿で行脚僧と見える。その僧がさらに、何故兵が出されたのかという話を始めた。

 その里の乙名が、反馬の国の領主から制札を受け取った、というものらしい。その制札の内容に関しては、乱防狼藉事、田畠取荒事、諸事百姓に対し申し懸け停止という有り触れたものであったらしいが、それが歧呉の領主に知られてしまったから大事である、と。

「制札って確か、戦争中、敵国にお願いして貰うやつだよな?」

 以前読んだ歴史小説では、確かそんな風に書かれていたと記憶を頼りに言えば、「まぁ、そうだな」と勘吉は笑った。満尋の国がここの常識とかけ離れていると信じた二人は、もう以前のように彼の質問に驚いたり、笑ったりはしない。

「敵国とは限らないんですけどね。まぁ、お願いするのは結局同じですから変わりませんけれど」

 十壱がそう言うように、自国の領主でも他国の領主でもどちらでも良いのだろう。村や里の安全を保障してくれとお願いするのだから。しかし、敵国にそれを貰うとなるとそれは裏取引のようなものだ。田畑や村を荒らさない代わりに、支援を要求されることもあるだろう。それが自国の領主の耳に入れば、そちらから攻められる可能性があるのだ。

「歧呉の領主に知られちまって、正直自業自得だとその時は思ったな。実際反馬とは戦はしていないわけだから、先手を討とうとしている反馬に取り入って、そいつらだけ抜け駆けしようってことだろ? それで俺は興味も削がれて、その茶屋を後にしようとしたんだ」

 結局それは叶わなかったけどな、と勘吉は寂しそうに呟いた。

 僧の話はさらに続いた。その里は米、金などを反馬に渡しているだけでなく、駿馬も次々と貢物として納めている、と。勘吉はそれを聞いて嫌な予感がした。慌てて僧にその里はどこの里だと聞いてみる。只事ではない様子の勘吉にも、その僧は狼狽することも無く言ったそうだ。南の端の名馬の里だ、と。

「それで、俺はすぐに里へ引き返すつもりだった。俺はそんな、制札貰ったなんて聞いてないからな。それこそ、牽いてる馬に乗って里の奴らに知らせねぇと、そう思った」

 しかし、その僧が青ざめた勘吉に待ったを掛けた。勘吉から事情を聞けば、そんならこのまま領主の下へ行き、それは間違いだと進言した方が早い。そう諭したのだ。そして、勘吉は城下への道を急いた。

「でも、結局間に合わなかった。俺が城下に着いた頃には、里の制圧は滞りなく終わったとかの給いやがった。里に帰れば誰も居なくてさ。馬小屋も全部空、皆血溜まりの中に倒れてたよ。

 全員供養した後は、何をする気にもなれなくて、あちこちをぶらぶらと風みたいに彷徨ってた。時々どうしようもない怒りが湧いてきても、国に一人啖呵切る度胸なんて無くてな。そんな時、鵟衆に声を掛けてもらったんだ」

 勘吉はざくざくと灰になった落ち葉の上に土を被せていく。口調は明るいが、一心不乱に鋤を動かす手に、勘吉はまだ戦っているのだと満尋は感じた。満尋も勘吉の隣で穴に土を投げていく。里の者が皆、というなら、勘吉の家族や以前懐かしそうに話していた幼馴染も、きっと亡くなったのだろう。家族や友人に会えないのは満尋も同じであるが、果たしてそれは勘吉と同じ悲しみであろうかというと、それは違うような気がした。

「この間さ、俺たち殺しただろ? 人を」

 手を動かしながら、勘吉は徐に話し出す。満尋はその中身に苦い顔をした。日常会話でぽろっと出てくるような話題ではない。しかし、足元を見ている勘吉には満尋のその表情は見えなかったようだ。構わずに続ける。

「あの時さ、思ったんだよ。俺もやってることは春日部の兵たちと変わんねぇ。同じもんに堕ちちまうのかって、ずっと思ってる」

「同じではありません。あいつらは悪党でした。良民を虐殺した彼らとは違う」

 強く言い切る十壱に勘吉は、ははは、と笑う。悪党であればいいのか、と満尋は自問してみたが、無駄なことだと答えが出る前に考えることを止めた。どんな大層な理由であれ、やらかした言い訳にしか聞こえないからだ。勘吉はどう思ったのか分からないが、そうだ、と同意することはしなかった。

「……よく分からないけど、同じになるもんかってずっと思ってればいいんじゃないか?」

 これからも、ずっとこの間のような仕事は回ってくる。悪党だから殺しても良かった、と自分を納得させることだけはしたくなかった。鵟衆にいる限り、どんなに重くても、どんな命も背負っていこう、と満尋は思っている。きっと、また夢で魘されるかもしれないが、それも覚悟の上だ。

 満尋の言葉に勘吉はしばし瞠目した。それから、「お前ってほんと、変」と満尋の頭をぐしゃぐしゃと撫ぜた。十壱もその様子を見て笑っている。微笑ましく見えるのかもしれないが、かなり力がかけられているのに気付いて欲しい。背が縮みそうだ。

「よし! 切りの無い掃き掃除も終わったことだし、やることは一つだな!」

 満尋の頭を撫ぜるのに満足したのか、勘吉は鋤を肩に担いだ。勘吉の言うとおり、足元の穴はすっかり塞がった。ちょっと色が違うことを除けば、元通りである。

「やること? なんですか、それ?」

「夕餉の仕度は俺たちじゃないし、風呂焚きか?」

 もうやる事も無いとのんびりしようと思っていたが、まだ何かあっただろうか。心当たりの無い二人に、勘吉は太陽のような笑みを浮かべた。

「ばぁーか。頭んとこに仕事を貰いに行くんだよ」

 勘吉はそう言って、泥だらけのまま宇木衛門の方丈庵へと走り出した。満尋は十壱と顔を見合わせると、笑いあった後すぐに勘吉の後を追う。

 その後、廊下が砂だらけだ、と京太郎からきつい説教を食らったのはまた別の話である。

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