笑う三日月 3
景気良く燃える落ち葉を見ながら、十壱は「あたしの名前ですけれど……」と徐に口にした。それが今までの話とどう繋がるかと、満尋は首を傾ける。勘吉に至っては「は?」と声に出していた。
「名前の通りであたし、十一男なんですよねぇ」
これには満尋も「はあ!?」と驚きの声をあげた。ナンとは子どもの数の男だろうか。三男、四男くらいまでなら普通に聞いたことあるが、十一とは。しかも、姉妹を除いているのだから、一体十壱は何人兄弟なのだ。しかし、核家族化が進んだ現代では吃驚する数字でも、ここでは有り触れた家族構成なのかもしれない。満尋が目を白黒させていると、勘吉も、
「お前んち、でかい家だったんだな」
と、感心していた。やはり、ここでも大家族に代わりは無いらしい。ちなみに、勘吉は六人兄弟の次男だそうだ。特に珍しくも無い人数だそうだが、それでも多いと感じてしまうのは、平成生まれではしょうがないのだろうか。横道に逸れると理解しつつも、興味が勝って何人兄弟なのか聞いてみたら、男十一人、女四人の十五人兄弟だった。当然一人の母親からそんな人数が生まれるわけもなく、半分は愛人が生んだ腹違いの兄弟らしい。
「それで、父が死んだ時に長兄と一悶着ありましてね」
算術が得意で、教養もある十壱は、確か商家の生まれだったはずだ。満尋はなんとなくその一悶着というのが想像できてしまった。
「跡取り問題か?」
十壱は「ええ」と笑顔で肯定した。
「あたしは目掛けの子ですから」
十壱はなんでもない様に笑うが、かなり複雑な家庭事情なのは窺い知れる。本妻の子と妾の子が同等に扱われるとは思えない。きっと子ども時代も苦労しただろう。
それにしても、店の跡取りというのは、普通長男が継ぐのではないのだろうか。十一番目、加えて妾の子である十壱まで回ってきそうにないと思うのだが。
「商いの才が無い者に、店は継げません。あたしの家はそれなりに大きな店を持っていましたし、兄はその辺りがどうも……」
満尋の疑問を感じ取ったのか、十壱ははっきりとそう答えた。兄の出来栄えについては流石に茶を濁したが、良くは無いのであろう。大きな店の切り盛りというのは、人と人との駆け引きでもあるのだ。商いとは心理戦である。仕入先や客に足元を見られるようでは、やっていけない。それだけではない。市井のニーズを逸早く感じ取り、流行として発信する能力も必要である。後手後手では売れるものも売れないのだ。
「才能ありきなので、本来実の子には継がせないんですけど、あたしに白羽の矢が立ったものですから、それならば自分もと、兄が名乗りをあげたのですよ」
厳しい世界である。息子に必ずしも才能が受け継がれているとは限らないから、商家は養子をとってその子に継がせるか、有能な男を娘の婿にさせるというのが一般的らしい。満尋が初め思ったように、生まれた順番で長男に継がせるというのは、彼らにとって馬鹿馬鹿しい話なのだろう。十壱の父親も入り婿だというから、実際、十壱のように、実子に声が掛かるというのは極めて稀なケースらしい。
「お前、認められてたんだろ? なんで継がないでここにいんだよ」
勘吉が最もな質問をすると、
「嫌ですよ。あちらさんの兄たちから、妬み嫉みを一身に受けるだなんて。そもそもあたしは継ぐ気なんて、さらさらありませんでしたからね」
と、しれっと言い放つ。その潔さに満尋は思わず苦笑してしまった。二ヶ月共同生活をして分かったが、十壱は意外と損得で動く男だ。大店の当主という地位を手に入れるのと、兄弟から嫉妬の目を向けられるのとを天秤に掛けたのだろう。極めて商人らしい考え方だが、結局彼はここにいるのだ。当主になる得よりも嫉妬で被る損の方が、彼の中では比重が大きかったらしい。では、今実家はどうなっているのだ、と尋ねれば、十壱は「さあ?」と関心がないのか、どうでもよさ気に返事をした。
「たぶん今まで通り、姉か妹の婿に継がせるのではないでしょうか。もう家を出た後のことなので、分かりませんが」
それでも、本当に未練はないのだろうか。彼は鵟衆として血生臭く生きるよりも、店にいて算盤を弾いたり、商談をしたりという方が似合っていると満尋は思う。しかし、彼の心は固く決まっているらしい。きっぱりと、戻るつもりはなく、ここで立派な傭兵になるのだと言った。
「そうか。じゃあ、十壱。改めて……、よろしく」
満尋はそう言って自分の右手を差し出した。握手のつもりだったのだが、十壱は意味が分からなかったのか、彼の右手と顔とを見比べている。そこで、ああ、握手の習慣が無いのか、と思い至った満尋は、十壱の手を取って自分の手を握らせた。
「握手だ。挨拶の時はこうする」
「あく、しゅ、ですか。なるほど。ええ、よろしくお願いします」
二人固く手を握れば、新しい関係が築かれたような気がした。友達でもない、ルームメイトでもない。命を預けあう仲間、と言えば格好良過ぎるだろうか。しかし、これから先何度となく、満尋たちは危険に晒されるだろう。だったら、格好良過ぎてもそれでいい。必要なのだから。
「おいおい、俺だけ仲間外れか? 混ぜてくれよー」
二人の握手を面白そうに見ていた勘吉が、自分もと両手を差し出してくる。子どもですか、と十壱がその手をピシリと払い落とすと、「いてー」と大げさに手のひらを振って見せた。
「分かってるよ。最後は俺だろ? 俺だけ話さないなんて、なんか格好悪ぃもんな」
勘吉はずっと持ち続けていた鋤の取ってに寄りかかる。
「俺もな、鵟衆の先輩に拾われたんだよ。満尋と同じだな」
勘吉はにかっとした笑みを浮かべると、そのまますっと無表情になった。視線の先には、灰になった落ち葉の残骸がある。勘吉は桶の中の水を、思い切りその穴の中へぶちまけた。じゅわっと音を立てて、穴から白い蒸気が立ち上った。
チチョーチチョーと小雀の声がまた響き渡る。十壱の言うように、一人が寂しい、と鳴いているのだろうか。
※目掛け
めかけ。【妾】の字はもともと【目掛け】の当て字だそうですので、満尋以外では【目掛け】と表記します。