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笑う三日月 2

 秋の空にチチョーチチョーと囀る鳥の鳴き声が響き渡る。その変わった鳴き声に、あれはなんだ、と尋ねれば、小雀(コガラ)が鳴いているのだと返事が返ってきた。いつも(つがい)で行動し、夜も共に眠るのだとか。「あのように、一羽きりで鳴いているのを聞くと、なんとも物悲しくなります」と、十壱は小雀がいるであろう木の枝を仰ぎ見た。

 満尋と勘吉、十壱は明鵠寺の門前の掃除をしていた。二、三日仕事を休みにする、と言われたが、一週間ばかり経った今でも満尋たちに仕事が回されることは無い。そのため、やる事といえば当番の家事や、自主練くらいしかないのである。しかし、満尋はそれも仕方がないと思っていた。挟河(さかわ)岾許(はけもと)へ出ていた者たちが帰ってきてから、鵟衆は何かと忙しい。その為満尋たち新人にまで手が回らないのだ。もう子どもではないし、各自自分たちでやってくれ、といった感じだ。それもこれも、まだ自分たちが賊退治の仕事を引き摺っている所為だと、満尋は自分自身に落胆するのであった。

 掃き集めた落ち葉を一所に纏めると、こんもりと大きな山になった。明鵠寺は山の中にあるため、落ち葉の量がとにかく多い。毎日誰かしら掃いているのにこれだけ溜まるのだから、暫く放って置いたらここはすぐに埋まってしまうのではないか、と疑うほどだ。今はまだ九月に入ったばかりだが、おそらくここは陰暦なので、現代では十月くらいにあたる筈だ。まだまだ、落ち葉のシーズンは続きそうである。

 このぐらいでいいだろう、と三人は(すき)で適当な所に穴を掘った。そこに落ち葉を埋めるためである。汗だくになりながら一メートルくらいの深さまで掘ると、掃いた落ち葉をどんどん落としていく。後は燃やすだけだ。

 満尋は腰に下げた袋から火打石を取り出して、鋤先の鋼の部分でカチカチと打ち鳴らす。火花が火口(ほぐち)に燃え移ったら、付け木を押し付けて火が出るのを待った。これも初めのうちは中々点けられなかったが、今では手馴れたものだ。この世界の当たり前が、徐々に自分の中に浸透しているのを満尋は感じていた。それに気づいた時は、戸惑いもあったが、生死が関わるのだと自分を納得させた。そして今は、それほど戸惑いは無い。むしろ、出来る事が増えて嬉しいくらいだ。

 満尋が火をつけている間に、二人は消火用の水を汲んできたようだ。ようやく付け木に燃え移った火を落ち葉の中へ放り投げると、じわじわと炎が大きくなり濛濛と煙をあげた。炎で落ち葉が変形していくのを黙って見ていると、不意に勘吉が「今朝の話だけどさ……」と口を開いた。

「俺は残るよ。ここ以外、行く所が無いからな」

 満尋は言い難そうな勘吉に先手を打つ。実際、ここを出てもまともに働かせて貰えるかどうかは分からない。皆が皆、宇木衛門のように、身元不明の世間知らずを内に入れたりはしないのだ。そう考えると、本当に鵟衆の頭は器のでかい男だと満尋は思う。

「正直、人を殺すことには抵抗がある。……俺のいた所では、どんな理由であれ人を殺せば大罪で、もう普通の生活に戻れることは無かったから……」

 そう言って満尋ははっとする。現代のことを、こうして二人に話すのは初めてではないだろうか。勘吉には一度だけ、学校や子どもの頃の遊びについて話したことはあるが、改めて自分から話題にあげるのは多分初めてである。今までは、どこの国から来たんだ、と問われるのが怖くて、できるだけ避けていた話であったが、二人になら異世界から来た、と打ち明けてもいいような気がした。

「へぇ、どんな理由でもね。んじゃ、戦の時はどうすんだ。それはまた別の話か?」

 勘吉が珍しそうに聞いてくる。十壱も興味津々だと目が言っていた。

「いや。戦は無かった」

 すると、二人は豆鉄砲を食らった鳩のような顔をした。きっと驚くだろうとは思ったが、予想以上の反応で満尋は小さく噴出す。

「それは、また、はぁ。……このご時世に、まあ。平らかな国なんですねぇ」

「戦が無いって、あるのか本当にそんなとこ。もったいねぇ。なんでそんな国飛び出して出てきちゃったんだよ、お前は」

 本当に何故だろうか。それは満尋にも分からない。なんて答えようか、と言葉に詰まっていると、勘吉が青ざめた表情で満尋から一歩下がった。

「まさか……お前。国で何事かをやらかして、追放されたのか? 流刑か!?」

「それは無い」

 これだけはハッキリと言い切ることができる。自分は何も、異世界に飛ばされるようなことはしていない。普通に、本当に普通に生きてきたはずだ。警察に捕まるようなことは一度も無いし、人道から外れるようなこともやっていない。この世界に来てもう二ヶ月近いが、未だに何故自分なのだと満尋自身思っているのだ。

「……気がついたら、神隠しに遭ってた。だな」

 自分の身に何があったかを的確に表すなら神隠しだろう。拉致でもない、追放でもない。何か、人智の及ばぬ超常現象に、満尋は勾引(かどわ)かされたのだ。「神隠しねぇ」と勘吉は吐き出した。しかし、二人はそれを別の解釈で捉えたらしい。人の手によるものを、満尋が比喩で神隠しに当てはめたと思ったようだ。「それじゃあ、帰り難いよな」と、見当違いな返事をよこす。

「それでも本当にいいのですか? 人を手に掛けるのは罪なのでしょう?」

「いいんだ。たぶん、もう帰れることはないだろうし。それに一人殺すも二人殺すも同じっていうか……。いや、同じじゃないけど、もうやってしまった事は変わらないだろ」

 今帰れたとしても、今まで通りに友達や家族と笑い合えるかは分からない。現代は平和で、とても甘くて優しい世界だ。そして、どこか空想的な世界でもあると今なら思える。友人たちがこぞって言う、「死ねよ」や「殺すぞ」といったジョークを、もう一緒に笑うことは出来ないと満尋は確信していた。

「そうですか。しかし、最初の頃のあなたを見ていると、大分暮らし向きの異なる国のようですから、苦労は絶えないでしょう。あたしも同室の(よしみ)として力を貸しますよ」

「おう!」

「……ありがとう」

 十壱の優しい言葉と、勘吉の力強い賛同に満尋ははにかんだ。それならば、満尋も二人の為に、どんな些細な事にも力を貸そうと思った。助けられてばかりではいけない。同室の好だ。

「と、いう事はだ。お前も残るんだな? 十壱」

 にやり、と勘吉が笑えば、十壱は艶やかな笑みを浮かべた。

「ええ、勿論。行く所が無いのはあたしも同じです」

 そう答えた十壱には、鵟衆として生きていく確固たる自信と決意に溢れていた。行く所がない、というのは、彼にとってマイナスではないらしい。それはただ彼を取り巻く状況の一つであって、選択の理由ではないと、十壱の表情が強く主張していた。

 そこには、女性的で柔らかな印象の少年はいない。十壱から感じられるのは、覚悟を決めた男の姿であった。


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