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暁光はまだ 2

 町での見回りは、満尋の緊張と心配を他所にすんなりと終わった。念のために眼鏡を外していたこともあるだろうが、町人たちは、約一ヶ月前に追い回した満尋の顔などすっかり忘れているようで、三人に「ご苦労さん」等と、にこやかに声をかけてくる者もいた。市では乾物売りを中心に盗みを働いていただけに、満尋は心中複雑だったが、また追い掛け回されなくて良かった、と安堵の気持ちも大きかった。二人は、町に着くなり眼鏡を外した満尋に疑問を抱いていたが、有事の際に壊したくないからと適当なことを言ってごまかした。日がある内に夜間担当の者と交代をして町を出ると、街道に入るなり即座に眼鏡をかけた満尋を、二人は呆れた顔で見た。

「その“めがね”とやらが無いと、あまりものが見えないのでしょう? 見回りの時も付けていれば良かったじゃないですか」

「確かにぼやけるけど、歩けないほどじゃないし……。何があるかぐらいは分かる。町でも問題なかっただろ?」

 今回は何事も無く見回りは終了したが、諍いに遭って本当に壊れてしまったら大問題だ。フレームが壊れるくらいなら何とかなりそうだが、レンズはもうどうにもならない。新しく作り直すことも不可能だろう。今までもうっかり壊してしまうのが怖くて、馬術と鉄砲術以外の稽古では時々外していたくらいだ。鵟衆は荒事が多いから、今度暇な時に眼鏡ケースでも作った方がいいかもしれない。

 日が沈む前に明鵠寺に戻ると、二之助が門前で三人を待っていた。地面には暇だったのか、たくさんの落書きが描かれている。あの、カブにかまぼこを二つくっつけて、笑っているのはもしかして自分の顔だろうか。隣に満尋と書いてある。

「やっと帰ってきた! そろそろかと思って待ってたのに、待ちくたびれたぜー」

「悪かったな……って、なんだこりゃ? これ俺の顔か? 名前無かったら絶対わからねぇな」

 勘吉は足元の似顔絵を見ながら、へたくそめ、と大笑した。九人分の似顔絵は、確かに上手ではないが、見ていると段々本人に似てくるから不思議だ。

「そうでも無い。良く似ている」

「ええ、本当に。あたしの顔もあるんですか? 嬉しいですねぇ」 

 満尋と十壱が褒めると、「そうだろ? 分かる奴には分かんだよ」と、二之助は勘吉を睥睨した。「それで、二之助はどうして待っていたんでしょうか?」と、十壱が口争いを始めた二人をやんわりと窘め、話を変える。

「あ、そうそう。孫太夫がさぁ、夕餉の前にちょっと集まろうって。三人とも外に出てたから、ここに居た方がすぐ会えると思ってさ」

 集まるのは長屋の空き部屋だそうで、もう他の皆はそこに居るらしい。満尋たちはまず足を洗ってから、二之助と共にその空き部屋へ向かうと、狭い一間に神妙な顔をした皆がぎゅうぎゅうと詰まっていた。

「ああ、お帰り。適当に座ってくれ」

 孫太夫が一番奥の位置に座り、あとの者たちは車座になって胡坐をかいている。しかし、一部屋に大の男が九人も集まると、単純に狭いというだけでは無い気がする。部屋の敷居を跨ぐと、なんだか空気が変わったような感じがした。要するに、むさ苦しいのだ。少し詰めてもらって入り口側に座ると、孫太夫が話を始めた。

「実は、この間の賊がまた現れたらしい」

 今日見張りに向かっていた新左衛門たちが行きの途中、街道を通る商人たちから聞いた話らしい。なんでも、今度は少し離れた所の山道に出るのだそうだ。おそらく、あの洞を根城としていた賊だろうと、もう一度自分達が彼らと対峙することになったというわけだ。しかし、こちらが動いているのに気付いていながら、こんなに早く姿を見せるとは。話を聞いていた面々も、どこか呆れ顔だ。確かに、以前主膳が言っていたとおり、彼らはあまり頭が良くないのかもしれない。

「そういうわけだから、明日から賊退治を優先に仕事を組むことになった。それでここからなんだが、この間のようにまた雲隠れされても困る。確実に捕らえる方法をとりたい」

 孫太夫が皆を見渡す。集まったのは、それを決めるためのようだ。皆それぞれどうするべきか考えているのか、一斉に黙り込む。満尋も顎に手をやり考えると、孫太夫が気まずげに手を挙げて、「一応方法は考えてみたんだ」と、口にした。

「商人のふりして、わざと襲わせるという手なんだが……」

 その言葉に誰もがやっぱり、という顔をした。皆同じ考えに辿り着いたのだろう。現行犯で捕まえるなら、やはりおとり捜査が一番手っ取り早い。もちろん、必ず賊に襲われるとも限らないし、おとり役の人が危険に晒されるというデメリットはある。しかし、また場所を変えられてイタチごっこになるよりましだ。確実に、というなら、これが現状一番いい方法だろう。問題は。

「商人を誰がやるか、だな」

 ぽつり、と八弥丸が溢し、皆に緊張がはしる。正直誰もそんな役はやりたくない。ほとんどのものが、刀を持ってやり合ったことの無い素人なのだ。こと満尋に至っては、殴り合いの喧嘩すらしたことが無いのである。勘吉が顔の前で激しく手を振り、僅かに上ずった声をあげた

「こ、ここはやっぱり、襲われそうな人選んだ方がいいんじゃないのか? それだと、俺は向いてないだろ? ……例えば、十壱とか、二之助とか」

 すると、勘吉を挟んで座っていた十壱と二之助が鋭い目つきで睨みを利かせた。突然白羽の矢を立てられた二人が、黙っているはずも無い。

「勘にぃ、ふざけんな!! ぜぇったい、おれはやらないからな!!」

「あたしもやりませんよ。こういうのは、襲われても大丈夫な人が引き受けるものです」

 それからは、あいつだこいつだと役の押し付け合いが始まった。参加していないのは、なんとかまとめようとしている孫太夫と、やはりこういうことに興味がないのか、ぽけっとしている与市くらいのものだ。一人八弥丸が、自分が引き受けても良い、と自ら名乗り出たが、がたいも良く、とても商人とは思えない風貌の彼は、皆から却下を貰っていた。

 結局、ぎゃーぎゃーと煩く騒ぐ面々に、「もう皆で商人やればいいんじゃないか?」と、投げやりに呟いた満尋の案が採用された。「全員でどうするんだ」という声を全て無視して集まりを解散すると、満尋は孫太夫、与市と一緒に食堂へ向かった。これ以上長くなると、食いっぱぐれてしまう。とりあえず後の采配は、孫太夫が上手くやってくれるそうなので彼に任せることにして、今日はいつもと違う面子で静かな夕餉を取った。


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